148 エンドゲーム〇
■◇■15.1 白と黒の戦略
(チェス? なんだそりゃ)
「ですから、解散騒動からの一連の反乱と今回の南洋レイドを振り返って解説していただきたいわけですよー。ボクだけじゃなく、結構多くの人が指摘してるんですけどね。リーダーさんの戦略には、チェス的思考が使われてるんじゃないかって」
シーサーの背に乗りながら、ボクは片っ端から念話した。
ボクは海底で<ロスト>して、<シュリ紅宮>で復活した。戦闘区域と多少離れているので、完全に日が没するまでに歩いて戻るには骨が折れる。
そこで、【工房ハナノナ】おすすめの貸出シーサーに乗ることにした。快適な乗り心地だったし景色も美しかったが、いかんせん暇だった。
きっと【工房】のメンバーは、三十メートルの崖が続く絶景を見物したあと、宿でもとっている頃だろう。
今回の戦闘での犠牲者は意外にもボクだけだったので、旅の道連れもない。なんとも鬱憤がたまる。
そこでボクは気晴らしに取材攻勢に出たわけだ。
リーダーさんに念話を入れたのは、既に十人ほど取材した後である。
(なんだい。チェス的思考って)
「まず、人員配置。一見バラバラに動かしているように見えるけれど、それぞれ役割があるんじゃないかって」
(役割? まあ、そりゃああるなあ)
「例えば、解散直後です。ディル君とユイ君の二人は騎士と見立てて、<オウーラ>と<パンナイル>に配置したんじゃないかって思ったんです。つまり、序盤は<ナカス>を相手に『ツーナイツディフェンス』を敷いたんじゃないかって」
(ディルとユイが騎士? そりゃあ面白い考え方だなあ。でも、知ってるかい? キングとナイト二体じゃチェックできないんだぜ。相手がミスしない限りな)
他の人への取材によってわかったのだが、ディルくんとユイくんがラストショットを決めたのはどうやら間違いないらしい。
「ということは、リーダーさん。相手にミスをさせる手を打たせたんじゃないですか? リーダーさんならご存知ですよね。相手に不利な一手を打たせる手を。チェスでは『ツークツヴァンク』と言います」
(そりゃあ知ってるが。ツークツワンクって言う方が一般的じゃあないのかい)
「原語に近い発音なんですよ、ツークツヴァンクの方が。たとえば、ディル君とユイ君が<典災>を倒す寸前、アマワリが<典災>の邪魔をしましたよね。それこそツークツヴァンクじゃないかって思うんですが、やっぱりそうなんですよね?」
(そうなのかって聞かれてもなー。そういう解釈もできるかもなあくらいにしか答えられねえなあ)
「じゃあ、別の質問いきます。ユイくんとディルくんのラストショットについておききします。ユイくんは、リーダーさんの<鋼尾翼竜>に乗ってたんですよね。高いところから降りるだけなら<鋼尾翼竜>からでもできますよね。なぜフルオリンさんに打ち上げてもらわなきゃならなかったのですか?」
桜童子は即答した。
(そりゃあ簡単なことだ。<典災>に上を向かせたかったんだ)
「なぜ上を向かせる必要が?」
(そりゃあ下からディルがねらっているからさ。人の目ってのは上下の動きに弱い。あれだけ完全な人型をしているヒザルビンのコアにも言えるだろう。きっと上を向くと思われた)
「ああ!」
(手順はこうだ。一、敵が触手を使うのに合わせて、リンさんがユイを打ち上げる。二、敵が上を向く。三、その隙にディルが敵を串刺しにする。四、火雷天神がユイを加速させて貫く。賞賛すべきは、ユイとディルの二人が、ノーコンタクトでそれをやろうとしたってことだ)
「上手くいったわけですね」
(いや、打ち上げ直前、アマワリがヒザルビンを殴り始めてしまってね。それで敵愾心が完全にアマワリに向いちまった。ヒザルビンはユイに目もくれなかった。上を向いてくれなかったからね。ディルも瞬間的にだが慎重にならざるを得なかったんだ。それでベストタイミングというわけにいかなかった)
「みんなは息ぴったりだったって言ってましたけど」
(あの時、てるるさんがディルのためらいを察して<アキュラシーサポート>を放ってくれたんだ。まさに刹那の判断だねえ。二本目の触手攻撃もあってディルは迷いなく串刺しに出来た。結局ユイとほぼ同時になっちまったから、冷や冷やしたよー)
ユイくんとディルくんの咄嗟の閃きは、ベテランのサポートがあって実現したものだったのだ。しかし、桜童子がそれを吹聴するようなことはないだろう。
ユイくんとディルくんの二人は、今後何度も戦闘訓練を重ねて今回の戦闘を検証したとき、成功した要因と不足していた要素に気付くにちがいない。桜童子は、二人が自らプロモーションする時を待っているのだろう。
「あれ? じゃあポーンなのか?」
(え? なんだって?)
「いえ。うーん。じゃあホントにチェスのような考えでメンバーを起用してはいないと?」
(相手が決まっていて、敵の最終目的も分かっているならばある程度手筋も読めるだろうが、今回敵はバラバラ、狙いもさまざまだからな。チェスってのはちょっと無理だなあ。だけど、まあおいらの思考にゲームが関わってないとは言っていない)
「え?」
(チェスではない別のゲームが頭にあったのはたしかだよ)
「それは何ですか?」
言ってからしまったと思った。
(答え合わせが必要かい?)
言われてしまった。考えるためのヒントはもう出てるということか。
チェスではない別のゲーム? 将棋? 将棋には中将棋や大将棋というものがあったはずだ。そっちか?
いや、待て。敵もバラバラ目的もバラバラなのだから、「王手」を狙ってくるゲームではないということか。
トランプか? 人生ゲーム? TRPG?
あ、そういえば、謎のセリフがあったはずだ。そうそう。
避難誘導しているときだ。
「ヨセ間違えば中盤戦に戻ってしまう」。
何のゲームだ。
目を閉じると白と黒のイメージが流れる。
あ。
「囲碁?」
(わかってんじゃないのー。あえて言うなら囲碁のようなイメージがあったってだけだ。左上辺が<ハギ・ナガト>、右上辺が<キョウ>。左下辺が<フィジャイグ>、中央あたりを<サンライスフィルド>と見立ててた。完全な後手に回らないようにたくさんの布石が必要だった。バラバラに対応しなきゃ手遅れになるからな)
「だから解散!?」
(布陣だけして、あとはそれぞれで何とかアタリを作ってもらうしかなかった。バジルとイクスの辺りは薄い手だったんだが、よくやってくれたよ)
「じゃ、じゃあ、アマワリを味方に付けたのって<ツークツヴァンク>じゃなく囲碁の戦法ってことですか?」
(ああ、あれか。いやー、あれは挟み撃ちに出来たから、ひっくり返せりゃいいなーって)
「そこだけリバーシですか!」
(まあ、囲碁にこだわっていうとウッテガエシが一番近いのかも知れないが、発想としてはまさしくリバーシだったよ)
かなりパースの効いた西日本の絵を地に描いて、そこにルールに縛られることなく置き石していった結果が今回の一連の流れということか。
さすが<画家>なだけに感覚的なことこの上ない。
(舞華くん。そろそろ合流かい。トキマサがえらく心配してるぜ)
「じゃあトキマサ君に伝えといてください。『君の絵は仲間を守る立派な盾だよ』って。あ、あー! リーダーさん! あの少女、ジュリちゃんは無事でしたか!?」
ボクはうっかり大事なことを聞き忘れていた。
(お前ぇさんのおかげで無事だよ)
ボクは胸を撫でおろす。
「でも、なんで戦闘区域の海底近くにいたのでしょうか」
(そうか、お前ぇさんはジュリのこと知らねえんだったな。こっちに戻ったら話すよ。念話で話すようなことじゃねえからな。ただ、簡単に言うとジュリはヒザルビンのコアを完全に消滅させた)
「え! あのジュリちゃんが!?」
(断末魔の叫びとともに放った泡攻撃で気絶させられたそうだから、危ないところだった)
海中で聞いた悲鳴はヒザルビンの声だったのか。てっきりジュリちゃんの声だと思い込んでいた。
「ジュリちゃんって何者?」
ぼくは髪をわしゃわしゃとかき乱す。リーダーさんは笑った。
(早く戻ってこいって)
気になる。無理だとはわかっていたが、ボクはシーサーを急かした。
■◇■15.2 クガニ
<水の島ハティヌキューミー>。
ジュリとアキジャミヨが暮らす島である。
その島には<ウフソーリングの太陽石>と呼ばれる石がある。
【工房ハナノナ】は夜明け前にそこを訪れて、再結成宣言しようということになった。
フルオリンたち<新機動戦線アマワリ>は夜通しで宴を開くらしい。<時が眠る島>からもどったメンバーも夜遅くに合流するからであろう。どうやらこの酒席には、ヴェシュマたち<リューゾ>のメンバーも加わるそうだ。
<食闘士>てるるは「こういうときこそ自分の出番」と大張り切りだ。
<新機動戦線アマワリ>の中でただ一人【工房ハナノナ】についていきたいと申し出た人物がいる。
クガニだ。<ウフソーリング>でありながら<冒険者>に憧れる人物である。
「【工房】のみなさんは、しばらくしたら<ナインテイル>さ帰るよー。クガニのために何往復もさせるわけにはいかないよー」
マヅルが説得するもクガニはイヤイヤと首を振る。
「おれたちはー忘れっぽいから、島出たら帰ってこれないかもしれんよー」
カニハンディーンも説得したが、クガニは聞き入れようとはしない。
「<ナインテイル>はここより乾いてるよ。お肌カサカサになるよー」
もう一度マヅルが説得するも無駄だった。クガニの意志は固い。
ウミトゥクと桜童子が話し合ってるところに、クガニは駆け寄って頭を下げる。
「サラダボウズさー! どうか、わーも【ゴーゴーバナーナ】に入れてくれ!」
桜童子はしばらく小麦色の肌の女性をきょとんと見上げていたが、やっと意味が通じて答える。
「おいらはそんなヘルシーな名前じゃないし、ギルドもそこまで陽気な名前じゃないが、意志は変わらないかい?」
クガニは桜童子の言葉の意味を考えて目を細める。
「えーっと、サラダボウ・・・」
「おいらは、サクラドウジ」
「ゴーゴー・・・」
「コーボーハナノナ」
クガニは、鶏冠を真っ赤に膨らませてこの上ないくらい平身低頭な姿勢で土下座した。
ウミトゥクは妹分の失態に「面目無い」とつぶやいた。
「かっかっか。了見の狭い面接官のいる採用面接ならこの時点で『ご縁がなかった』と言われるんだろうねー。しかしクガニさん、ホントにいいのかい。ウミトゥクさんもマヅルさんもカニハンディーンくんもこの地に残って<新機動戦線アマワリ>としての役目を果たすって言ってるよー」
「わーも【コーボー】でなんかせんば!」
上げた顔は真っ赤だが、真剣な表情だった。
そこにきゃん=D=プリンスがやってきた。クガニとは付き合いの長い【工房ハナノナ】のメンバーだ。
「仕方ないですねー。僕も<ナインテイル>についていくことにしますよ。クガニちゃん一人じゃあ危なっかしいからね」
人のいい<猫人族>の青年は、いわば身元引受人を買ってでることにした。
「ボクがついてるなら問題ないですよね。桜童子さん。ウミトゥクさん」
クガニの表情がパッと輝いた。
ウミトゥクと桜童子は頷きあった。
そして、桜童子は叫ぶ。
「みんな! 褒美のもらい損ねはないかー! さあ、ツルバラくん! <la flora>の準備はいいかい!」
「いいっすよ。いいんすけどね。うわー、言いにくいけど言うっすよ。リーダーさんだけは別に来てほしいんす。いや、いつでも出航できるっすよ。だけど、エンカウントの鬼が一緒だと、船のメンテもめちゃくちゃ大変なんすよ。お願いするっす。<鋼尾翼竜>でリーダーさんだけびゅびゅーんと来てもらえませんかねえ」
「ハッハッハ。じゃあそうだなあ。【工房ハナノナ】のメンバーを先に行かせて、おいらはちょっと別の用を済ませてこようかな。<火雷天神>! 一緒に行ってほしいところがあるんですよ」
「にゃあちゃん! ウチもいくで!」
どうやら桜童子とシモクレンは、別ルートで集合するらしい。
「おいおい、ギルマスとサブギルだけが別ルートって大丈夫なのかよ」
「久しぶりに聞いたにゃ! 腐れバジルの腐れ発言!」
「腐ってねーよ! オレ様もその言葉久しぶりに言われた気分だよ」
イクスとバジルがいつものやり取りをはじめた。あざみが近寄ってバジルの肩のあたりを、手の甲で軽く突いた。
「あー、二週間ぶりに会ったんだから、何も言わず時間作ってやんなって。まあ、その間長く一緒にいたアタシが言うのもなんだけど」
「え、たんぽぽちゃん。今、そんな仲になってるの? にゃあさんとレンちゃん! 意外ー!」
しららんは目を丸くする。
「あ、そうか。しららん知らないのか。それを言うならドリィ人妻だぜ?」
「妻です。妻やらせてもらってます。頑張ります」
「え? 旦那さんは?」
「ボクが、夫です」
「いえあ!? ディルくんが? ちょっとー、私、なんだか浦島太郎気分ですよー」
しららんが感心してディルウィードを見ていると、ディルウィードの肩にアリサネがポンと手を置いた。
「ちょっといいかな。ウサギ耳のサラダボウズさーん。<サンライスフィルド>のキミたちの住処には、まだ居住スペースがあるかなあ」
ぎょっとした表情でディルウィードが振り返る。
「まさか」
「いえね。クロたんが久しぶりに雨風凌げるところで暮らしたいものだと言っていてね。デルピエロくんのところにはあるのかい? バスルームなんか」
「ディルウィードくんよ、あるみん。私はどこだっていいわ。休めるなら」
「すずもお供させていただきます!」
「わ、すずさん! 鼻血出てるよ」
ディルウィードが拭くものを探してあたふたする。
「かっかっか。賑やかしいこったよ。じゃあ、夜明け前に会おう。行くぞ、<鋼尾翼竜>!」
桜童子とシモクレン、そして<火雷天神>を載せた<鋼尾翼竜>が飛び立つ。
蒸気船<la flora>の甲板には、ツルバラ、ジュリ、アキジャミヨ、バジル、イクス、山丹、あざみ、しららん、能生、アウロラ、タララオ、ジロラオ、イタドリ、ディルウィード、アリサネ、クロガネーゼ、すず、栴那、ゴーチャー、スオウ、あやめ、ハギ、ヤクモ、ハトジュウ、きゃんD、クガニ、舞華、トキマサ、サクラリア、ユイが乗っている。
ユイは気絶状態から回復したものの、安らかな寝息をたてて寝ている。サクラリアが付き添っている。
エンカウント低減措置を施してあるが、それでも甲板に飛び上がってくるエネミーはいる。
「今、ここに飛びこんでくる敵はすげーバカだろ」
バジルが笑う。これだけ<冒険者>が揃っているのだ。パーティ級の敵でも瞬殺だ。
「いけ! ポチ!」
あざみが能生に命じる。
「お前も動け」
ベテラン組は笑って動こうともしないが、ここでいいところをみせたいクガニや<機工師の卵たち>は元気に走り回る。
「<冒険者>ってすごかねー」
「すげーらよー」
戦闘に関われないタララオやジロラオ、ジュリやアキジャミヨ、アウロラやトキマサ、そしてユイとサクラリアが中央に身を寄せあっている。
当然、ハギの結界術の中にいるのだが、<ユーエッセイ>の歌姫アウロラが歌うと結界が明るく輝く。
<六傾姫>のクローンであるアウロラは、依然として<アルヴ>の血に目覚めていない。ただ、漏れ出すように力が流れ出ているのであろう。
すぐ横にジュリが座っているのも不思議な光景だ。
眠れる<六傾姫>と三分の一だけ<航海種>。
ただ、当人たちは己の力を知らず、甲板に時折上がる敵に震えて身を寄せあっているのである。
そんな中、ユイがついに目覚めた。
「おはよう、ユイ」
サクラリアは嬉しそうに微笑む。
「まだ夜だけど」
「オレ、リアにまだ言えてなかったよ。『ただいま』って」
「おかえりなさい!」
サクラリアはユイを抱きしめた。
でもすぐに離れる。
「フルオリンさんからユイにドロップ品のプレゼントがあるの。<御霊鎮めの脚武装>。<秘宝級>だよ」
装備品を両手で受け取って重みを確かめるユイ。
「オレ、世界を救えるかな」
ふとレベルを確かめて驚くサクラリア。ユイのレベルはいつの間にか自分をはるかに置き去りにし、既に桜童子に追いつくほどになっている。
複雑な笑顔でサクラリアは頷く。
「きっと、・・・だよ」
「さて、見えてきたっすよー!」
ツルバラの陽気な声が上がる。
■◇■15.3 ジャクセアの守り人
「あっぶねー! 危うく撃ち落とされるところだった」
「なんだ、キミたちだったのか」
<鋼尾翼竜>は、近隣の飛行系エネミーをたたき起こしながら、<ジャクセア>にたどりついた。
引き連れてきた大量のエネミーと一緒に撃ち落とされそうになった。
<ジャクセア>の守り人となったロエ2の技が強烈なのだ。
「<ナカス>の南門みたいにドロドロに溶かされるかと思ったよ」
桜童子は握手を求める。
ロエ2は握手で答えながら、目をキョロキョロとさせた。
「あ、いた。こっちにおいで<火雷天神>ちゃん」
<火雷天神>はシモクレンの陰に隠れていた。容赦なく幼児扱いされてしまうから苦手なのだ。
「あ、お芋の人」
シモクレンが言った。ロエ2は目を輝かせた。
「<バスケタ>で会ったね。まさかポテトサラダ作りに来てくれたのかい?」
「なんだ、レン。知り合いだったのか」
「ここまで一緒に来たんよ。山ほどお芋買ってて大変そうやったからねえ。残念ながらエプロンもってへんからサラダ作られへんのやけどな」
シモクレンが言うとロエ2は残念そうにしていた。
「へえ。そいつは妙な縁だなあ」
桜童子は笑ったが、ロエ2の方はまだ不思議そうにしていた。
「私にしてみたら、<ナカス>に飛ばされたときに出会った大福ちゃんと、<バスケタ>に飛ばされて出会ったハンマーお姉さんが知り合いってのが驚きだよ。で、この喋るウサギさんはだあれ?」
桜童子はハッとして、<羅刹>を召喚した。
「おいら、こっちの姿だったんだ! じゃあ改めて挨拶しなきゃなあ。おいら【工房ハナノナ】ギルドマスター桜童子だ。よろしく」
「そうか、『ウサギ耳』ってあだ名で呼ばれていた理由が分かったよ。ロエ2お姉さんと呼んでもいいよ。よろしく」
どうやら桜童子も弟妹認定されたようだ。
「<吸血鬼>離職クエストは?」
「失敗した。見込みが甘かった」
ロエ2は八重歯を見せて笑う。
「こちらへは?」
「ちょっと世界でも守ろうと」
ロエ2が後ろを振り返ると、月明かりが差した。岸壁か何かに見えたのは<神代>の宇宙開発の代物だった。
「あれ、飛ばせるかい?」
桜童子が短い手を伸ばして言う。
「さあ、どうだろうね」
ロエ2は曖昧に笑った。
「<狂気の雛鳥>に貴女が海を隔てた島にいると聞いてね。ひょっとしてロケットを飛ばそうとしているのではないかと思ったんだ」
「一緒に来なかったのかい。<雛鳥>は」
「<典災>にトドメを刺すのに力を使いきってね。しばらく目覚めないから置いてきた」
「そうか、それは残念だ。で、ここへはどんな用で?」
ロエ2が眼鏡の位置を整えた。本題に入る合図のようだ。
「レン」
桜童子がシモクレンを呼ぶと、シモクレンは取っ手のついた金属の匣をもってきた。
「ああ、それは」
<火雷天神>が情けない声を出す。
「<蒼球>。おいらたちはそう呼んでるよ。<ルークィンジェ・ドロップス>はエネルギーの塊。この<蒼球>は最大級の<ルークィンジェ・ドロップス>。そのロケットを飛ばすのに必要なエネルギーは採れるんじゃないかな。こいつは、持つべき人が現れた時に渡すべきだと思っていた」
「すごいマナだね。ちょっと蓋を開いただけで、濃厚なのが溢れ出してきたよ」
高レベル<召喚術師>のロエ2にも、マナの奔流が見えたようだ。
「こいつをあなたに渡すこと。それがきっとおいらたちの冒険の物語の最終章なんだ。だから、受け取ってほしい」
ロエ2は<蒼球>の匣を受け取る。
ロエ2はにっこり微笑む。
そして、突き返す。
「え?」
「キミたちはこれを私に渡してエンドゲームとしたいんだろうけど、キミたち流に言うならば、『受け取るべき時が来ていない』と言うべきかな。私はポテトサラダが尽きれば島から離れるだろうし、これをもって歩くのは骨が折れる。私が受け取るべきときにキミたちからいただくことにするよ」
納得いかない桜童子は再び渡そうとするが、<火雷天神>が押し止める。
「佳いではないか、佳いではないか。今はいらないといっておるのだから、持ち帰れば佳いではないか。(それがないと、ワシはずっとこの姿のままじゃ!)」
「心の声が漏れてますよー」
「大福ちゃんがこの姿のまま一緒にいるという約束なら、私が預かってもいいが」
「結構じゃ! 行くぞ、あやかしウサギ!」
<火雷天神>が猛烈に桜童子を押す。その背にロエ2が声をかける。
「キミたちにとってここが物語の終着点だったと考えていたとしても、まだ終わっちゃいけない理由を言っておくよ。私はキミに今日の午前中会っている。この島でだ」
桜童子は眉をひそめて振り返る。
「おいらはずっと、<フィジャイグ>にいたぜ」
「だろう? この謎を解かない限り、君の物語は終わらない」
■◇■15.4 ウテナ=斎宮=トウリ
<パンナイル>―――。
「この地は百害あって一理なしと吹聴してくれていたんじゃないのかい? マルヴェス子爵」
龍眼は最初から目を開いていた。この密談に否定的な態度で臨んでいるという証だ。
「ギョッギョッギョ。最初からこの地に興味などないわ、バカ者め。こちらの御方がわざわざ貴様のような一市民に会いにいらっしゃったというのに、礼儀の一つも知らぬのか」
「礼儀云々をいうならばこのような非公式な場で会見する必要もないでしょう。そもそも、ご随身がマルヴェス子爵だけというのも疑わしい。そちらにいらっしゃる方が、一市民がお目にかかるのもとうてい叶わぬような殿上人だなんてね」
<ヒミカの砦>の北端。開けた土地にある物見搭の下。明かりもないこの場所に龍眼はたった一人で来るよう密書を受け取った。
そこに現れたのは侵略者ウモト=アルテ=マルヴェス子爵だった。
一時はこの男のせいで、<パンナイル>混乱の責任を取らされた龍眼だ。警戒しない方が難しい。
しかしマルヴェスはそんなことを忘れたように誇らしげに、後ろの貴人を紹介した。
「こちらの御方をどなたと心得る! ヤマトを治める斎宮家の領袖、仁愛と叡智の御仁、トウリ様にあらせられるぞ」
「我が名はウテナ=斎宮=トウリ。長き話を省くため、このような非公式の場をもった。誠意をもって何も隠さず話すことを誓おう。我らは、これより東西融和の手を進めるつもりなのだ。そのときに<ナインテイル>が火薬庫であってはおちおち東を向いておられぬ。だから、そなたにこの地を守る礎になっていただきたいのだ」
「ギョッギョッギョッ。なんという名誉! なんという有り難きお言葉。心して受けよ」
龍眼はその邪眼でマルヴェスを睨むが、魚顔の貴族には通じないらしい。
「ナインテイル伯爵は死して<ナインテイル公爵>となったが、それから長きの間、空位となっていた。そなたがその名を継いでみぬか」
<ナインテイル>の力関係に新たな問題が起きようとしていた。
■◇■15.5 工房ハナノナ再結成
「キタキター! おっせーって! ちょっと!! 翼竜ども振り切って来いよ!」
バジルは桜童子の金色の翼竜を見つけて叫ぶ。
夜明け前のヒヤリとした空気を打ち破るような飛行音だ。
桜童子は<鋼尾翼竜>から<絶海馴鹿>に切り替える。ふわりと桜童子とシモクレンと<火雷天神>の三人が落下すると追尾してきた翼竜たちは、ざあっと頭の上を飛び去っていく。
「間に合ったか?」
「毎度毎度、危なっかしい登場しかできねーのかよ!」
「いいからバジル! 静かにするにゃ」
あざみが太陽石の上に<ルークィンジェ・ドロップス>をかざす。
太陽石に紋様が浮かぶ。力強く脈動がはじまる。
<アルヴ>のテクノロジーを秘めた石と言われるこの太陽石は、<ルークィンジェ・ドロップス>に反応すると近くのものも透過して後ろの景色を見せることができる。
さらに紋様が内部に走ると文字に変わり始める。
5、/、5。5、:、5。
「間に合った!」
ユイが叫ぶ。
「隊長! 一言お願いします」
ハギも言った。
「<大災害>から一年が経過した。これまで幾多の困難があったがおいらたちはそれを乗り越えてきた。誰にも気付かれないような小さな足跡だが、またともに新たな歴史を刻もう。五月五日、午前五時五分。ここに【工房ハナノナ】再結成を宣言する!」
まだ、みんな静かにしている。
紋様が変わる。
5、/、5。5、:、6。
「おおおおお!」
「あっぶねー! リーダーの長話続いたらどうしようかと思ったよ!」
「よく間に合ったねえ」
ぼくたちは、一つの節目を受け入れた。
最初は唯唯諾諾と受け入れるだけの異世界生活だった。
強く生きると心に決めて<冒険者>の日々が始まった。
そして、一年。
仲間とともに歩むことを再び誓い、新たな季節を迎えることにした。時は静かに過ぎていく。
夜は間もなく明けようとしていた。
-第九章『ツークツヴァンク・タクティクス』 完-




