144 インバーテッドルーク〇
■◇■11.01 ポチ
「鬼の人! くろらんに手ぇ出したら承知しないからね! んじゃ」
どんと黒ずくめの女性を受け取らされたシュテンドは、思わずさっきまで座っていた椅子に尻もちをついた。
「あ、あんた、あざみさんかい。ウサギ耳の大将はどうしたとかい」
「ヴェシュマだっけ? 尻出し姫さんと一緒に南に向かっちゃったんだよ。アタシたちも追っかけなきゃ。行こう、しららん」
しららんは振り返ってシュテンドにぺこりと頭を下げる。
「ちょ、待てよぉ!」
<P―エリュシオン>から転げるように飛び出した男がいる。能生寧夢だ。
「待てないからこんなに慌ててんでしょ!」
あざみが吐き捨てるように言う。
「俺も乗せろ」
前庭には熱気球と飛行船を合わせたような物体があり、下の籠のような部分にあざみとしららんが乗り込もうとしているところだった。
「重量オーバーよ。アンタ、アタシのストーカーでしょ。ストーカーなら根性見せて勝手についてきなさいよ」
たしかに籠は二人の狐尾族の少年と、きらびやかな女とがいて、長身の女子二人が乗り込もうとしているのだから、もう能生のスペースはないようにも見える。
「私、小さくなってくる!」
思い立ったら電光石火のしららんが、外トイレであった建物に飛び込む。
「んこしてポチが乗れるほどちっちゃくなるわけないぞ、しららーん!」
「そもそもお花摘みに行くわけじゃないって、たんぽぽちゃん!」
建物から声がして、やがてしららんが姿を見せた。それを見てあざみが口をぱくぱくとさせた。
「しららんが、古白河蘭子になってる」
<外観再決定ポーション>を服用したのだ。
年齢よりも幼く見える黒髪ロングの女性。その身長は以前よりもぐんと縮まり、服も若干ダブついてしまったから、とても低くなったように見える。
籠に乗り込むにも、あざみの手助けが必要になったほどの変化だ。しかし、あざみには懐かしいしららんの姿だった。
「ポチさん、空きました」
タララオ、ジロラオと同じ目の高さのしららんが、籠の中から声をかける。
「俺、馬でいいわ」
きっぱりと乗船することを拒否した能生。いくらしららんが小さくなってスペースができたと言っても、あいているのは上方空間のみだ。
「折角、人が姿を変えてまで協力しているのに、乗って来ないだなんてストーカーの名折れですね」
「アタシが追われるよりも追いかける方が好きだってこと、まだ理解してないわけよ。馬で堂々と追いかけるとかストーカーとして最低でしょ」
「知るかよ。っていうか、ストーカーってあだ名に名折れとかねーよ」
「そもそも、アンタ名無しだもんね。折れる名などなし」
「関係ねーよ」
能生は唾を吐く。
「冗談ばっかり言ってないで早く行かなきゃなの! <ファンフォレスト>にお引っ越しした姫様の代理母の見舞いに行って、その後<ユーエッセイ>に姫様送り届けてから、それから<フィジャイグ>行くんだから! <飛魚>、基本気球だからね? 風選ばなきゃなんだから、間に合わなくなっちゃうでしょ!」
そのルートだと、東に飛び、北に飛び、そこから一気に南下しなくてはならない。そんな都合の良い風はなかなかない。西からの風が強い季節である。
南下する風に乗るには、大海原に出なければならない。<飛魚>は多少の方向制御はできるが、推進力は弱い。
「私、<フィジャイグ>に行きます。行きたいです」
寡黙な姫が口を開いた。
「私は何もできません。なんの力もありません。ですが、知りたいのです。この世界で起きていることをこの目で見たいのです」
「おい。アンタが<古神宮>に帰って来ない間、オレがどんだけ婆さんの箒で殴られたと思ってんだよ」
「我儘をお許しください。クズハお母様のお見舞いなら<フィジャイグ>から<ユーエッセイ>に戻る時の方が手間にならないでしょう」
「早く戻れって言ってんだよ、家出娘」
「うるさーい! ポチの分際で、アタシのダチに命令すんなー! 決めた! 姫様は連れて行くからな! アンタは走って追いかけてきなさいよ」
「歩兵扱いすんじゃねえよ」
「タラちゃん、ジロちゃん! 行くよー!」
「あいよー!」
「あいらよー!」
上昇する<八十島かける天の飛魚>を見上げて、能生は呟いた。
「見てろよ。歩兵が成った様を見せてやろうじゃねえか」
■◇■11.02 小手鞠
「小手鞠さん、本当にお世話になりました」
「莫迦なの? ディル坊、本当にお世話になったと思ってんなら、仲間たちの部屋、きちんと片付けてきなさい!」
<エイスオ>の街。
ディルウィードたちは小手鞠の薦める宿に数泊し、いよいよ旅立つという折、わざわざ小手鞠が見送りに来たのだ。
「オレたち、ちゃんと」
「莫迦なの? 無自覚莫迦なの? あなたたちがどっかからか寄せ集めてきた木や鉄や骨やヒゲで毎日ごちゃごちゃ何か作ってたってのは調べがついてんの。床板のスキマに一ミリの欠片も落としてないなんて掃除機もないこの世界でよく言えるわね」
一息もつかず小手鞠がしゃべり始めた時の恐ろしさを知るのは、この中ではイタドリとディルウィードだけである。不満そうな栴那たちを、二人は有無を言わせず宿に追い返した。
宿の前には、小手鞠とアリサネ、クロガネーゼとすずだけになった。ずいぶん無言で立っていた。
「ボクは、<生産系>というのは<戦闘系>の落ちこぼれなのだと思っていたんだ」
ふとアリサネは小手鞠に向かって、ひとりごとのように呟いた。
「キミは覚えていないかもしれないけど、以前【工房ハナノナ】とも組んでレイドに挑戦したことがある。キミは優秀な指揮官だったと記憶しているよ。そんなキミが【工房】を辞めたのは、ギルドが<生産系>に向けて舵を切ったから。つまり、落ちこぼれたからだって思っていたよ」
「その認識、あながち間違いじゃないわ。もっこり王子」
小手鞠はアリサネを見ることなく答えた。
「若気の至りの名まで覚えていたなんて、光栄だね」
「アルミ@もっこり王子なんて名前だし、もっこりーずってギルド名だし、当時キワモノでしかなかった<魔法剣士>だし、莫迦なの? って感じていたのはたしかよ」
はじめて聞く情報に、クロガネーゼがドン引きしている。
「キミもレイダーだったならわかるはずだね。攻撃力ニ十パーセント追加する武器に目の色を変え、MPを回収する指輪に躍起になり、移動時間短縮とHP回復が同時にできる靴の素材集めに血眼になる感覚が。クエストの達成に欣喜雀躍し、作成した装備の仕上がりに一喜一憂する感覚が」
「誰でもそんなものよ」
小手鞠は肩にかかる長い髪を払いながら思う。その喜びを共有するため、オフラインでも顔を付き合わせて語り合うのだ。少しでも優位に立つため、狩場の交渉に進んで赴いたのだ、と。
「強くなるために装備を獲得し、装備を手に入れるためにレベルを上げる。それこそがボクたち<戦闘系>レイダーの本質だ。そこが一つの筋。その獲得競争で生き残るために、より強いものと手を組む。そこがもう一つの筋。彼らにはもう一本別の筋があるように思えるんだ」
すずとクロガネーゼは黙って、訥々と語るアリサネの話を聞いた。
「昔に比べて緩くなっただけじゃない?」
小手鞠はアリサネの話を否定しようとした。アリサネが話そうとしているのは、きっと希望の話だ。
自分が見限った世界に希望が転がっているなんて話聞きたくない。
「彼らは自分たちの職能が困難を乗り越えるための鍵だと信じて疑わないのだ」
<味の発見>以来、<サブ職業>の価値が見直されたのは確かだ。アリサネ自身、<ルーンナイト>という職能を見直し<口伝>にまでたどりついた。
「レイダーだったボクらには、全くなかった筋だ。でも、その筋さえ忘れなければ、ボクらだって<生産系>になれるんだ。<生産系>は<戦闘系>の落ちこぼれなんかじゃない」
小手鞠の胸がチクリと痛んだ。
【工房ハナノナ】を降りたのは、見ている世界の違いにふと気づいたからだ。でも、そのことで傷ついている自分に気付かずずっと恨みに感じていた。
【工房ハナノナ】はあの頃から堕したわけではない。信じるに足る道を新たに一本見出しただけだったのだ。
小手鞠の左目から小さな涙がたった一粒だけこぼれた。自分の青さに対する弔いの涙だ。こぼれ落ちたのは胸に刺さった小さな棘だったのかもしれない。
すずだけがそれに気付いて「あ」と小さく呟いた。
「なに?」
あまりに自然に小手鞠が言うので、見間違いだろうとすずは思った。
「いえ。あ、お、遅いですね。あやめちゃんたち」
すずがそう言ってごまかすと、あまり間をおかず宿から六人が出てきた。
「マリちゃん先輩、遅くなりました、遅くなりましたー!」
イタドリが直立して言う。
「たしかに遅かったわね」
「ゴウちゃんとスオウ君が閃いて、宿屋のおじさんに味無しパンもらってきたんです。それを濡らしてこねたら鳥黐みたいなのができたので、それで徹底的に掃除してきました」
ディルウィードの説明に、エドワード=ゴーチャーとスオウがなんだか誇らしげにしている。見ればイタドリまで胸を張っている。
「あなたたち二人がドヤ顔なのは分かるけど、ドリィちゃんまで得意気なのはなぜ?」
すると、栴那が当然ですよといわんばかりのきょとんとした表情で言った。
「そりゃあ、ドリィ姐さん<料理人>っすから。オレらじゃ変なスライムになっちまうっす」
まただ。
彼らは己の職能が困難を乗り越えるための鍵と信じて疑わない――
―アリサネの言った通りじゃないか。
「え?」
小手鞠が呟いたような気がして、栴那が聞き返した。
「それが―――、」
「はい?」
「それが、<【工房ハナノナ】のものづくりの力>ってヤツ?」
「いや、どっちかって言うと、おばあちゃんの知恵袋的な?」
そう言ったディルウィードの頭と栴那の頭を乱暴に掴んで、わしゃわしゃとかき回した。
「頼もしいじゃない! まったく、あなたたちって人は。早いとこ【工房ハナノナ】再結成なさい」
大きく「ハイッ」と返事した六人を、アリサネたちがあたたかい目で見つめている。
出発した九人を小手鞠は見送りながら空想した。
桜童子はメンバーを駒に見立てて、チェスをしているのではないかと。
ルークにはドリィちゃん。ナイトには<魔法砲台>から<魔法騎士>の支援で転身したディル坊。
空想すると段々愉快になってくる。
クイーンは攻撃力からするとあざみちゃんで、ビショップはレンちゃんだろう。キングズサイドのビショップにリアが入り、ナイトにあの<大地人>少年が入るというのも悪くない。
ドリィちゃんに匹敵するルークが他にいるか。こないだ顔を見せにきた狼と猫と虎、三匹まとめればよさそうだ
そうなると新メンバーはみんな兵士<ポーン>ということになるだろう。
「せいぜい活躍しなさい! 【工房ハナノナ】の兵士たち!」
すると、栴那が振り返って言う。
「今度ぉー! 活躍するのはぁー! ツルバラくんかも知れないッスー!」
ツルバラ? 今の中にはいなかったはずだ。
「ふふ、あのウサギさん。一体、誰を成らせる気かしらね」
「はいー?」
栴那は耳に手を当てる。小手鞠は口に手を当てる。
「頑張りなさーい!」
心地よい風が南に向いて吹き抜けた。
■◇■11.03 ツルバラ
解散発表から、いや、もっとそれ以前からツルバラにはある思いがあった。
船を設計するという夢である。
ディルウィードを<機工師>の修行に誘ったのも「ともに世界最高の動力をもった船を造ろう」と声をかけたのがきっかけであるので、そこから考えると【工房ハナノナ】に入る以前からの夢である。
ディルウィードも転職し終わったが、その夢の実現には時間が必要だった。ペンと定規を持ってじっくり紙に向き合う時間だ。
その時間が解散発表からやってきたのだ。
シモクレン、サクラリア、ユイの三人は、<オイドゥオン>家の張る陣の近くに宿をとって、解散発表から二週間ほど政情注視を行っていた。
彼女たちが動けない間、ツルバラはたった一人で<la flora>の上で過ごせた。集中して設計図に向き合えたのだ。
しかし、三日目に暗礁に乗り上げる。
ツルバラは甲板に寝転んで曇り空を見上げた。
「リーダーさんたち、あの雲の上、飛んでんのかな」
リーダーさんたちが乗ったという<飛魚>は、炎と風で操る熱気球だが、<ルークィンジェ・ドロップス>が魔力に反応して飛行補助を行うのだという。要するにハイブリッドな動力をもつ船体なのである。
それはいつか辿り着きたい<世界最高の動力をもつ船>のヒントになっていると思う。
しかし、それが暗礁の原因ではない。
雲を見上げる目に宿るのは、あくまで希望と憧れの光である。
その時、誰かが縄ばしごを登ってくる音が聞こえた。
「やあ、ツルバラくん」
甲板にハギの顔と手が見えた。
「驚かさないでくださいッスよう! こう見えて結構小心者なんスから」
「<ソード・プリンセス>をしまってもらえるとありがたいんだけど。ハハ、キミが独りで頑張ってるって聞いてね。よっと」
甲板に立つハギも一人だった。
「あれ、ハギさん。<ナカス>内部を探るって言ってなかったっスっけ? そっちはいいんスか?」
「それなら平気だねえ。ヤクモに<ルークィンジェ・ドロップス>持たせてあるし、そのヤクモの手はイングリッドさんが握ってくれている。感覚は繋がってるから、気分としてはVR装置をつけてデートしてる感じだね」
「え、なんか不毛スね」
「ひどい言い草だなあ。なんか行き詰まってるんじゃないかって心配して見に来たってのに。どうなんだい? さっきまで、甲板に寝転んでたんだろう?」
「え、なんでそれを」
ハッとして空を見ると、鶏のような式神がパタパタ飛んでいるのに気づいた。
「ハトジュウ、スか」
「僕には隊長のような推理力はないさ。でも、顔色を見るのは得意なんだ。ツルバラくん、困ってるでしょう」
「なんか、解散した割に、解散した気がしないスね」
「そこが【工房ハナノナ】らしさなんじゃないかな。というわけで、先輩らしく話を聞くよ」
ツルバラは、<黄泉騎士の怨嗟宮>アタックの後、桜童子からオーダーを受けたことをハギに明かした。
「へぇ。『爆発する砲弾を受けても沈まない船』ねえ。隊長は一体何をどう予測して、そんな注文をしたんだろうねえ。聞かなかった?」
「そりゃあ、いつもの『答え合わせが必要かい?』が出たので、考えてみるっスって」
「んで、ツルバラくんはそのオーダーにどう答えようとしたの?」
いくつかの設計図と緻密に計算した紙がある。
「まず、亀甲船ってのを考えたんスけど」
「お隣の国の船だねえ。あれ、ツルバラくんの図では、屋根の上に剣とか槍とか立ててないね」
丸っこい屋根を持つ船体に龍のような首がついているのが特徴の船だ。他の船から乗り込まれないように、ハリネズミのように屋根に剣を突き立てていたと歴史の教科書に乗っていたのをハギは見たことがある。
「そうなんスか? 名前だけは聞いたことがあるんスけど、装甲船じゃないんスか?」
「実のところどうだったんだろうね。どっちかって言うと信長の安宅船の方が装甲船だけど、それじゃあ爆発する砲弾を受けたらきっと燃えちゃうんだろうなあ。火縄銃レベルまでは防げたとしてもね。ところで、ツルバラくんの設計した船にはどんな問題があるんだい?」
「喫水が深くて、重心が高い。これじゃあ浅い所は進めないし、少し波立っただけで転覆してしまうっスよ」
「ふうん。他の案は?」
「<la flora>を装甲させる手なんスけどね」
「何か問題が?」
「非常に重くなるんス。百五十トンは下らない。軽量化のために薄手の金属に変えるとレア度が上がるスから、船全体となるとちょっとしたクエストをこなさなきゃスね」
「んで、こっちの図は潜水艦なの?」
「亀甲船弐号機っス。水の中なら燃えないかなと思って」
「うわー、こっちはまさにキテレツだねぇ」
「え、そんなに変スか?」
「コロ助、知らない?」
「さあ、わからないっス」
ハギは、鼻でため息をついた。
「やれやれ。<船大工>でもないツルバラくんにとんだ注文をしたもんだねー、うちの大将は」
「<航海士>でも若干のサポートは得られてるんじゃないっすかね。おれ、こんなに計算得意じゃなかったっスよ。だから、ちゃんとアイディアさえ下りてくれば、きっと描けるんスよ」
「あ、そうか。<操舵手>からスキルアップしたんだね。おめでとう。じゃあ、アイディア待ちだったんだね。さっきは」
「雲を眺めてもアイディアは下りてこないっすねえ。みんなどっからすごいアイディア出してんだろ。オレ、凡人だもんなー」
「一パーセントの閃きがなけりゃ、九九パーセントの努力があっても、ただの凡人ってヤツ?」
「そうス。ハギさんに天才の閃き法を教えて欲しいっス」
「ボクは、いたって凡人だからなあ」
「<口伝>まで持ってるのに?」
「あれは、ヤクモとハトジュウのおかげだからねえ。天才って言ったらあざみちゃんくらいかな。でも、彼女は閃きがすごすぎて自分の行動すら理解できないことが多いし、何か作れるかって言ったらそういうわけじゃない。天才の閃きが役に立つかっていったらそれはまた別の問題なんだよ。だから、ボクは、凡人なりの発想法なら伝えられる」
「それでも構わないっス」
ハギは、微笑んで甲板に寝転んだ。
「一つは、良いものを完全に模倣すること。そこには凡人にはない工夫や意図が含まれている。そこを盗む」
「盗作スか」
「いやいや、模倣して技を盗むってことだよ」
「なんか時間がかかりそうスね」
「うん。これは長い期間地道にやっていくもんだねえ」
桜童子のオーダーで与えられた期間は約二週間。設計だけでなくできることなら素材調達までしておきたい。
このままでは、設計だけでまるまる二週間必要かもしれない。
「もう一つが、逆転の発想」
「むむむ。凡人でも大丈夫スか」
「ボクも、凡人だからいい例えが思いつかないなあ」
「えー」
「あとは、問題を心の隅っこに置いておいて一旦問題から離れる。全く無関係な情報をたくさん仕入れるのもありかなー」
「それ、逃避スか」
「いや、結構大事だと思うよ。アンテナを高くして使えるものがないかのんびり探すって感じかな。イメージ的には雑貨屋とかホームセンターをぶらぶらする感じだねー」
「雲見てるだけじゃダメっスよねえ」
「それでも閃くのが隊長とかユイくんとかだからなあ。あれも何かの才能ではあるんだろうなー。じゃあ、何か全く関係ない話でもしてみようか。そうだねえ、逆転の発想でおもいだしたんだけど」
「問題から離れつつー、アンテナ高く聞くっスー」
「いや、そんなかしこまられると。まあ、いいか。ツルバラくん、チェスしたことある?」
「いや、ないっス」
「じゃあ将棋は」
「それならあるっス」
「よかった。じゃあ歩兵が成ったらどうなる?」
「『と金』になるっス」
「裏返せば『と』って書いてるよね。チェスもね、ポーンって歩兵の役をする駒があって、これも成ることができるんだけど、残念ながら裏返して使えないんだよね」
「あれっスよね? 頭が丸い形してるんスよね」
「だからひっくり返せないでしょ。しかも、成るときはクイーンにもナイトにもルークにもビショップにもなれるんだ。まあ大概最強のクイーンになるんだけど。でも、成ったポーンをそのまま使うと紛らわしいよね」
「クイーンになったならクイーンを使うってことっスか」
「クイーンが使えればねえ。でもまだ盤上に残ってて使えない時ってどうすると思う?」
「ポーンになんか目印でもつけるっスか」
「それ、最終手段だねー。ある意味大正解。でも、普通はある駒を代用するんだ」
「え、どれ使っても紛らわしいスよ」
「案外そうでもないし、見た目クイーンっぽい」
「いや、チェス詳しくないから降参っス」
「ルークを逆さにして使う。頭が平らだからね。使えるものを見方を変えて使えばいいって話。どう? 逆転の発想っぽくない?」
「なんか船づくりに生かせるっスかねえ」
「さあ、どうだろう。ボクは、無関係な話をしただけだから」
「えー、マジっスかー」
ツルバラは再び寝転ぶ。
「二週間でオーダー通りのものつくれなかったらどうなるっスか。マジでオレ、スランプっスわー」
「その時はその時で、自分の力で何とかするんじゃないかな」
ハギが去った後、ツルバラは今の会話を全てメモに書いた。凡人には凡人の頑張り方があるはずだ。
結局、頭を抱えて一週間が過ぎた。試しに何か作ってみようと船に木材を引き上げたはいいが、紐すら解いてない。
几帳面に並べられた木材をぼんやり眺めていると、何か閃く予感がした。ハギとの会話メモを読み返す。
「見方・・・、自分で・・・。ああっ!」
ツルバラは、もう一度計算をはじめた。
「間に合うっス! これならオーダー通りのができるかも知れないっス。間に合う、間に合うっスよおおお!」
ツルバラが見上げた空には、もう雲はなかった。




