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六傾姫の雫~ルークィンジェ・ドロップス~  作者: にゃあ
Ⅷ ムーンライト・レゾナンス
130/164

130 トリガーオブウォー

「おい、ウサギの介。動けない理由は腹の傷のせいか、その話しかけてくる敵のせいか、MP減ったせいか。どれなんだ」

あの時、バジルは目を覚ました桜童子にそう尋ねた。


その問いに正確に答えるとしたら次のようになるだろう。


昏睡していたのは、MPが尽きたせいだ。

MPが減少したのは<常蛾()>のせいだ。

だが、攻撃を受けたわけでもないのに大量のMPが減少したのは、腹の傷のせいだ。

気絶しそうなほどの目眩と倦怠感を覚えたのは、大量のMPを損失したからだ。

動けないのはそのせいだ。


しかし、問いに答えなかったのは、狸寝入りしたからだ。



桜童子は、動こうと思えばバジルに問われた時、既に動けたのだ。

ただし、本体のMPはその後ゆるゆると減少していった。

問題は<常蛾>ではなかった。<悔恨呪>の方だった。


<悔恨呪>はレベルの低いバッドステータスだ。<キュア>と<ヒール>などできちんと治るはずのものだ。だが、とても厄介な部分があった。


「悔恨呪:罪の意識がある限り消えない」

その文字は、ステータス画面に侵食してきていた。

こうなってしまっては、腹の傷やその前に浮遊する状態異常を示すアイコンは、呪いの本体ではなくエフェクトに過ぎなかった。


桜童子は決心していた。<常蛾>は信頼できる仲間がいるから任せられる。だから自分は己の罪と向き合わねばならぬと。そして、罪の意識を払拭することが己の戦いであると。



<ナカス>南門。

普段は柄の悪い警備兵が七人、交代で見張りに立っているのだが、今は誰もいない。その代わり巨大で堅牢な扉が閉まり来客の到来を完全に拒んでいる。



「ヨカッタ。妙な所に帰還する羽目になったらどうしようかと思ったぜ」

<羅刹>姿の桜童子は門の前で呟いた。

こっそりと<P-エリュシオン>を抜け出した桜童子は<帰還呪文>を唱え、<ナカス>の前に一気にやって来た。


従者の中に入ったままこの呪文を使うのは滅多にないので、成功するかさえ賭けであった。それでも最速で<ナカス>へとたどり着かなければならなかった。


自分の作戦を実行するのは、サクラリアが<バジルピアノ>を弾いているこのタイミングをおいて他にない。

<悔恨呪>のせいで本体のMPが減少している最中である。そのままMPが空になればまた昏睡してしまう。だから、MPの供給がなされている今しかない。


本体に入った<羅刹>には、「一切何もするな」と命じてある。敵の呼びかけに応えることのないようにだ。


<召喚の典災>の言う「帰還の約束」にどれだけ信ぴょう性があるかなど分からない。現時点では実証する方法がない。「向こう側から再アクセスする方法」が見当たらない限り、実証は不可能なのだ。

「帰還の方法」ならまだいくらか考えられる。焦る必要はない。



「トニカク、<天空庭園>に急がなけりゃだ」

桜童子は北東の都市高速跡へと駆け出す。



<天空庭園>には多くの緑がある。そのため<歩行樹>や<桂花麗人>など樹木系モンスターが多くいる地である。

<ナカス>にほど近い神代の建造物の遺跡にそれほどの緑があるのは、<ナカス>を密林の中の奇岩城といった趣きでデザインしたためだろう。


<天空庭園>を下から見上げると巨大なフラワーポットのようにすら見える。その中に一際異彩を放つ建造物がある。<猫妖精族>の塔である。



これこそが、桜童子の悔恨の源である。

桜童子は、<ナカス>に侵入する際<冒険者>を分散させるため、<猫妖精族>をこの地に招いたのである。


<猫妖精族>は人類を<悪の種族>と見なしている。そのため、人類への攻撃に躊躇はないし、誘拐した<大地人>を奴隷として働かせる事件もたびたび起こす。



高い所を陣取るほど厄介な敵となる彼らを、<ナカス>の<冒険者>たちは攻めあぐねていたはずだ。その塔から煙があがっている。

<羅刹>の姿となった桜童子は、高速道の垂直な橋梁をたたたんっと蹴って塔の入り口までかけ登った。


近くに行って明らかになったのは、何者かの襲撃を受けて塔が半壊してしまっていることだ。


桜童子は塔の内部に入る。塔にはいくつも入り口があるが、どれも入るとすぐ目の前は壁となる。その壁と塔の内壁に沿って階段がある。


階段を登り終えると恐らくビルで言えば三階ほどのところに出る。真ん中に柱がある。柱には穴が開いていて、中にケーブル類が通っているのが見える。その柱を取り巻く階段が上へと続いている。


中に入るとよくわかるが、この階より上は、爆破でもあったように崩れていて、空まで見えている。足元の瓦礫はその残骸だ。


<猫妖精族>はいない。だが、彼らの本拠は地下だ。

ここが三階ならば下には二階分しかないはずなのだが、不思議なことに十階くらいまである魔法の地下空間が存在する。


瓦礫のない辺りに、ハッチを見つけて侵入する。

かなり広い空間にいくつもの部屋。中央にアンティーク時計の内部のような歯車やロープ。ネジのように回転して心柱の中にものを送るカラクリまである。階段もハッチもない。となるとどこかの部屋が昇降機になっているのだろう。



桜童子は昇降機を見つける。どこかで水の抜けるような音がして、桜童子を乗せた昇降機はゆらゆらと揺れながら下の階に降りていった。

「水力カラクリかよ」


桜童子は頭を掻いた。<猫妖精族>がどこかに潜んでいるとしたら、今の音でバレたに違いない。次の階で蜂の巣にされるところを空想したが、杞憂に終わった。


次の階は真っ暗だった。先ほどの空間が二階ぶち抜きの大きさだったからおそらく地上部分の全てである。だからどこからか光を取り込む窓などもあったのだろう。

こちらはもう、魔法の地下空間である。暗くて当然だ。


<羅刹>の身体では、<冒険者>の身体ほど暗視が効かない。何の備えもしていなかったので、まずは動かず闇に目を慣らす。次に昇降機を降り、壁に背中を当て耳を澄ます。


音を聞いた限りでは、トラップや襲撃の心配はなさそうだ。ただ用心は必要だ。

忍び足で中央まで近寄ろうとすると、かすかに咳払いが聞こえた。


桜童子を姿勢を低くし、警戒度を最大に引き上げる。

「装備もろくにつけない女が入ってきたと思えば、何か探しもんか」


「ダレだ」

「<羅刹>? あまり偵察には向かない使い魔だな。誰の使い魔だ。オレがここにいることを内緒にしとくなら殺さないが、もし、<plant hwyaden>にたれこむ気なら容赦はしない」



物陰に座る男を目が捉えた。見覚えがある。

<衛兵>に捕らえられ、拘禁された<廿鬼夜行>のリーダーだ。

「シュテンド・UG!」

「だから、お前は誰の使い魔だ」


「オイラだ。桜童子ダ。無事だったのか!」

「桜・・・、ああ、ウサギ耳のとこの。無事じゃねえさ」



シュテンドは「最悪の脱出法」と<帰還呪文>を使い、拘束を逃れたらしい。最も警備が手薄になったから脱出に成功したのだという。

昨夜、<オウーラ>攻略に失敗した結果、大量の<常蛾>が<ナカス>になだれ込んだ。<常蛾>による被害は、<大地人>にとどまらず<冒険者>や召喚生物、<衛兵>にまで及んだという。



<ナカス>側にとって朗報だったのは、<猫妖精族>まで眠りについたことである。


夜の間に急襲部隊を選定し、夜明けとともに<猫妖精の塔>攻略を開始。首魁マスカルポーネが討たれ、塔の心臓と言えるこの階にあった宝玉が破壊されるに至り、<猫妖精族>は一匹残らず<天空庭園>から逃げ去った。それがわずかに数時間前のことである。


おそらく急襲部隊はこれから酒を浴びるように飲んでやっと眠りにつくであろう。塔の後始末はきっと次の日以降になる。


そこでシュテンドは仲間の迎えが来るまでの間、この真新しい廃墟に潜伏することにしたのだ。

<羅刹>を見て声をかけたのは、迎えにしては早すぎるし追手にも見えない、おおかた近くに住むドロップ品狙いの野盗か何かだと判断してのことだ。


相手がウサギ耳の仲間だと思って安心したのだろう。シュテンドはこれまでの経緯を楽しそうに話した。


現実世界(向こう)に帰りゃあただの酒屋ん親父ばい。刺激的なんはよかばってん、ひと月も拘禁されるんはさすがにきつかったったい。しばらくはのびのびさせてもらわにゃならん」


「ココでか?」

「にしゃぼんくら言うなて。ここは明日にでん壊さるるき。おい、<猫妖精族>探しよっとかい。一匹もおらんごとあっとぞ。下ん階はしっかり破壊さりち、食い物ひとつなかったったい」


「ドウやって降りた?」

「ほれ、そこに階段がありゃすとじゃろ」


シュテンドは背後を指差して言った。桜童子は駆け寄って階段を下る。

シュテンドは森呪(ドルイド)魔法で、階下を明るくしてやった。


この階にはくねくねとした階段がたくさんあり、壁や天井など至る所に取り付けられたドアにつながっていた。おそらく地上に逃げる際に用いる魔法のドアなのだろう。いくつか試してみたが、宝玉を失ったためか、ただのドアノブのついた壁や天井になっていた。


その下に降りる必要はなかった。床に大穴が空いて、階下が見える。どこも床が抜けてしまっている。魔法で撃ち抜かれたのだろう。


だがこの状況を見ても、まだ<悔恨呪>は消えていない。本体に宿る<羅刹>にステータス画面を確認させるまでもない。


<ムーンライト・レゾナンス>作戦が実行される前に、サクラリアがきゃんDから受け取った情報が気がかりなせいだ。



「<ミャノーラ>攻略により<ハヤト>地方の昏睡者たちが目覚めた。ただ、元から無事だった<オイドゥオン>家の人々や家臣、配下の<冒険者>たちの姿が見えない」


消えた<オイドゥオン>家―――。


「うまくいきすぎれば、ナインテイルを地獄に落としかねない」

自分のセリフが頭に蘇る。


禁断の<猫妖精族>誘致作戦。

それにより<ナカス>に暮らす<大地人>に危害が及ぶ可能性があった。そのことにだけ罪悪感を抱いているのだとすれば、<塔>さえ排除できれば罪悪感を払拭できるはずである。


だが、<悔恨呪>は消えない。

罪悪感は別にある。



【工房ハナノナ】にイクスを入れる。

そのためだけに、<ナインテイル>全土に向けて引き金を引いたことだ。

戦乱を巻き起こすかもしれないという未必の故意。

それこそが罪悪感の正体である。



<plant hwyaden>支配後の<ナインテイル>は、危ういパワーバランスの上に成り立っていた。特に<九商家>と<ナカス>の関係は臨界状態であるといえる。



<ナカス>にほど近い<アキヅキ>は、<クォーツ>家滅亡を装うことで表舞台から姿を消しつつ常に反撃のチャンスを狙っている。

<衛兵装備紛失事件>を利用した<ワンハンドゴッド事件>は、カーネリアンの奇策であるが、そもそも彼女を巻き込んだのは桜童子である。



<ナカス>からの防波堤<パンナイル>は、<冒険者>を各地に散らせる龍眼の作戦により、表面上は<ナカス>に従う構えを見せている。だが、いつでも<ナカス>を奪うための戦力と変えることができる。一旦戦争となれば特需も生まれる。<リーフトゥルク>家はその時を待っている。



<ナカス>から遠い東側では、元々抵抗するほどの力をもたない<ウェルフォア>家以外は火種を抱えた状態である。<ヒュウガ>の<イトウ>家、<オオスミ>の<オオスミ>家は、そもそも<ナカス>に対して従う意思すらない。



元々<オウーラ>などが勢力範囲だった<ラレンド>家は、人質を取られて<ミナミ>に行くことになった。獅子身中の虫とならんことを心に秘めての決心だ。

その行動に胸を熱くした義理人情の海賊姫<リューゾ>家のヴェシュマは、今でも<ラレンド>家の帰りを待ち、<ナカス>への鉄槌を下したい思いでいっぱいだ。

<エイスオ>のカリステア=カルファーニャが、<アキヅキ>の巫女と軍師、桜童子を伴って現れたときは、「今がその時か」と逸ったほどである。


どこも表向きは穏やかだが、どこかが動けばいつでも抗う意思があるのだ。


そのどこかが<バスケタ>の<オイドゥオン>家だった。


<オイドゥオン>家は、消えたわけではない。この<ナカス>を目指し<白灰街道>を北上しているはずだ。朝から進軍させているならば、あと小一時間ほどもあれば<ナカス>に現れるに違いない。



義に厚い<セゴード>の子孫である依斧の巫女トゥトゥリがこの状況を許せるわけがないのだ。

彼女たちにしてみれば、領民たちが原因不明の眠りにつき救援を欲しているときに、<ナカス>の門を閉ざすなどありえない愚行なわけである。


<白灰街道>上のヴェシュマは海上に避難し、ネコアオイも<常蛾>攻略に集中している最中である。今ならばトゥトゥリを止める者はいない。逆に言えば、トゥトゥリが何をしたとしてもヴェシュマやネコアオイに迷惑をかけることもない。



暗愚な<ナカス>の行為に反対の声を挙げることが正義とし行動に移したとみて間違いない。

その愚行の直接の原因は<常蛾>かもしれないが、そう仕向けたのは桜童子の策のゆえである。



自分のせいで戦端が開く。

これが最も恐れていたことであり、<悔恨呪>が解けない原因だ。


「おい」

シュテンドが桜童子に声をかけた。

「平気な?」


よほど呆然と立ち尽くしていたのだろう。シュテンドにまで心配されるとは。そして、ハッとする。


「オイラと一緒に戦争を止めてくれねえか!」


桜童子はシュテンドに頼んだが、それで理解してもらえるはずもなく、順を追って説明する。

だが、忘れていた。シュテンドは<ナカス>に対するレジスタンス組織のリーダーなのだ。


「あっはっは。気でも狂うたか、ウサギ耳の使い魔! オレはこん日を待っとたんぞ! 戦争? ああ、腕が鳴るのぅ。こっちゃあ一ヶ月間じいっとさせられとったんぞ。中洲はわが故郷ばい。取り返せるなら戦争も厭わんわい。『天童酒店の若旦那、天童勇次は青竹割ってへこにかくくれぇの横道もん』言われとったところ、アンタにも見せたるばい」



八方塞がりか。策を練るにしても時間が必要だ。桜童子は塔を出ることにした。

にこにこしながらついてきたシュテンドと昇降機に乗り込み、じわりじわりと水位が上昇する力でしか上がらない仕組みに焦れながら、戦争回避の道を何通りも何通りも頭の中でシミュレーションするのだった。

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