011 混迷 ~毎日が日曜日、終わらない日曜日~
<パンナイル>の街は穏やかであった。
商人たちが行き交い、客たちが商品を求めているから自然と活気が生まれてくる。生活の匂いのする喧騒は漂っても、この街を一歩出たところにある陰りはここでは見当たらない。
<ビグミニッツ>入りしたサクラリアたちの話では、<冒険者>も<大地人>も疲れきっていてさながら亡者のようなのだそうだ。何に疲れているかと問われれば、食糧事情だろう。食物がまずくては覇気など出ようはずがない。
二本の大きな川が流れているこの町では、<冒険者>たちは日がな一日魚釣りをして過ごす者が多いのだという。それを<大地人>のところにもっていき、果実や野菜と交換しているのだという。
<ナカス>周辺の賑わいはまた異常だ。
昼過ぎくらいになると「おっしょいおっしょい」という掛け声がどこからともなくわきあがってくる。その声が<ちんどん屋>を呼ぶ合図になっているらしいのだ。それを先頭に<冒険者>たちが集まってきて行列になり、熱狂的に踊り始めるそうだ。それも毎日のことだという。
集う者たちはみな半裸で、みんな好き勝手に叫んでいるらしい。その<冒険者>たちの間で流行ってるのが、「なんもなかー! しょんなかばい!」のフレーズであった。
特に<PINK SCANDAL>の仕掛けた「うちらをしばるもんはなんもなかー! 服着とったってしょんなかばい!」のキャッチフレーズが人気で、金髪と茶髪のふたりがミュージカル調に歌ってローブを脱ぎ捨てるのを楽しみにつめかける<大地人>もいるくらいなのだそうだ。
歴史の教科書で「ええじゃないか」のことを習った気もするが、おそらくそんな感じだったのではないかというのがハギの感想だ。
桜童子はその報告を聞きながら、「どんたく」を思い浮かべていた。
元いた世界では、ちょうどこの季節、街中を囃子とともに練り歩く「どんたく」という行事が行われていた。
どんたくとは、オランダ語でゾンダーハ。「日曜日」の意味である。今では日曜日という意味は薄れ、賑やかに踊り歩く行事の名前として認識されているが、<ナカス>の現象はこれではないかと思われた。
しかし、「毎日が日曜日」の状態となると事態は異常になってくる。民衆の世直しの機運が高まって「ええじゃないか」がはじまったと習ったが、実は変革を望む集団が国内の混乱を狙って引き起こしたのではないかという説もある。ひょっとして今のこの大騒ぎは、誰かによって惹起された意図的な混乱なのではないかと、桜童子は懸念した。
実際に、巨大組織としてまとまりはじめた<ミナミ>から刺客が送り込まれ暗躍していたことなど、桜童子には知る由もないことだった。
「リーダー! 食べ物ぎょうさん買えたよー」
街中だというのにフランス人形風の刀匠は、大声でハンマーを振って桜童子を呼んだ。
「ホラホラ、ルテアっち。この<剣牙虎>ちゃんにリボン買ったんよー! ホラホラ、ディルっち巻いてあげてー」
「何でオレなんすかー。ドリィさん自分でやってくださいよー」
「<山丹>もディルウィードさんのことが大好きみたいにゃ」
虎はグルルと、喉を鳴らしてリボンを持つディルウィードの手をべろりと舐める。ひぃぃと声をあげてディルウィードは震える。どうやら、会談のあいだにすっかり仲良くなっているようだ。
「イクソラルテアさん。これは龍眼さんにも話を通していることなんだが、君の力をお借りしたい。こいつらといっしょに<サンライスフィルド>まで戻ってくれないか」
「いいにゃよー。もとよりそのつもりだったにゃ」
桜童子は黒猫娘にもうひとつ願いを申し出る。
「こいつらを<サンライスフィルド>まで届けた後、<ビグミニッツ>まで行かせようと思う。よかったらその引率もお願いしたいんだ」
「いいにゃよー。暇だしにゃ」
これもあっさりと受諾される。
「ちょいとちょいとー、にゃあっちはここに残るってこと?」
イタドリは首をかしげる。
「まさか、なんかの取引っすか」
ディルウィードも問い詰める。
「いやあ、おいらが洗いざらいしゃべることで、みんなそろって帰ることができるってわけさ。素直っていいことだねえ」
ぬいぐるみはおどけた仕草でふたりの追及をかわす。
「私たちを安全に連れ帰すために、もっている情報をすべて吐き出して、別ルートで一人帰ろうって算段かしら。さすがはギルドマスターだねえ」
「おや、サブマスらしくないじゃあないか、レン。誰が一人でって言ったよ。おいらがハギを連れて帰るんだ」
ふふと、シモクレンは肩をすくめて笑う。
「でっかい野心より、自分の腕に入るものを全力で守る使命感か。そういうの嫌いじゃないよ、リーダー」
「ああ、いっとくけどなあ、おいらの腕じゃ、おめえのおっぱいひとつだって抱えらんねぇんだから、あんま、買いかぶるなよー」
「あらー、この世界に来て初めての照れ隠しが出たねえ」
「照れてねえよ。んじゃあとは頼んだぞ、いくぞ、ウンディーネ」
そういって桜童子と水霊の従者はパタパタと駆けていく。あからさまに照れている様子が可愛かったがそれは口に出さなかった。一人で<ナカス>まで行くのであるから心配の方が大きかった。
「あちゃーあちゃー、ウンディーネちゃんに食材冷やしてもらっとけばよかったねえ」
そう言ってイタドリが空を見上げる。旋回する<鋼尾翼竜>の影が見える。召喚した金色の翼竜に乗って<ナカス>を目指すのだろう。
「ええわ、どこかで氷を買わんとね。それにしてもにゃあちゃん。あの背中にちゃんと乗れてるんかしら」
「オヤオヤー、女房役としては心配ですかなー」
「ふふ、女房役ならリアちゃんがいるじゃない」
シモクレンは口を隠して微笑む。
「うわ、こわいにゃ。<冒険者>の女はそんな笑顔ですごむのにゃ。いや、そのハンマーで叩いたら<冒険者>と言えども、ひとたまりもないにゃー」




