010 資源 ~ルークィンジェ・ドロップス~
「おい、がきんちょ! 足とめんな」
「バカか! いや、バカ武闘家! オレは<冒険者>じゃねえけど隊列ぐらいわかってるぞ! このままじゃ、姉ちゃんおいてくことになるだろ!」
縦列で<柴挽荒鬼>の群れの中を駆け抜ける。
ヨサクは足が速い。それに加え<ワイバーンキック>で前方の敵を蹴散らしながら突進していくので、全速力のユイですら引き離されていく。
ヨサクが現れて、八体の<柴挽荒鬼>は姿を消した。しかしその後、すぐにまた八体が現れ、撃破するとともにまた八体が姿を現した。
「レベルアップの体操にちょうどいいだろうが!」
これで三十二体撃破。たしかにレベルは一つ上がった。
しかし。前方に四体、後方に四体現れた。中間距離をとっていたユイが引き返す。サクラリアは必死に歌いながら円刀をふるう。風切り音をまとって円刀が柴挽荒鬼を切り裂く。
一体を倒すのがやっとで、その間に鉈で切りつけられてしまう。大口を開いて、サクラリアを頭からかぶりつこうとする柴挽荒鬼を、ユイが飛び込んで蹴散らす。
「ありがとう、ユイ」
「姉ちゃん、無事か!」
ヨサクが戻ってきた。
「右だな」
「お、おい!」
また八体現れる。さらに八体。撃破するたびに同じエネミーが現れる。
ユイもサクラリアも必死で追いすがる。レベルが簡単に上がるのはいいが、何なんだ。この異常発生は。
そして六体と二体に分かれて出現する。分かれて出現たびにヨサクは戻って進路を変える。
「そういうことか」
「え、何? ユイ」
「あの兄ちゃんは、バカだけど賢いよ」
「え? え?」
「別の言葉で言えば、無謀だけど策がないわけじゃないらしいってこと」
走って息を弾ませながら、サクラリアは必死に考えるがわからない。
「姉ちゃん、本当に考えてるか? これは迷路なんだよ」
「迷路? なんの?」
「なんのって」
ユイは大きく飛んでヨサクが撃ちもらした柴挽荒鬼を一蹴する。
「あのエネミーの発生源さ!」
ヨサクはレベルこそMAXではないが、体術に長けている。元いた世界でも相当強いに違いない。頭はそこまで賢いわけではないようだが、閃きや直感が鋭いようだ。野生の勘というやつらしい。
まとめて敵が現れた時には前に進み、分散した時には進路を変え、より多く現れる方の進路を探して選んでいることがわかる。
大量発生しているようであるが、八体ずつであるという規則がある。これは大量発生ではなく大量再生産なのかと、サクラリアは思い至る。
「まさかリスポーン!?」
「姉ちゃん心当たりがあるのか!?」
「倒されたモンスターはね、一定期間が経つと補充される仕組みがあるの」
でもそれはゲーム世界の設定ではなかったのか。サクラリアは自問する。
「<古来種>に聞いたことがある。倒されたモンスターは、六傾姫の怨念を集めながら幼体に戻り、復活の時を待つって」
「この世界ではそういう設定になってるのね」
「なんだ、設定って」
「それはいいの。でも、まさか」
サクラリアは前方に現れたシヴァの情報を見る。<不死>属性だ。
ヨサクが左のストレートで、頭を破壊し、煌く泡となる。
サクラリアは夢中で思考を巡らせる。その泡はきっとどこかに集められているはずだだ。本来ならそこで幼体として再生の時を待つはずが、柴挽荒鬼は<不死>。幼体が存在しないから、そのまま再生されてしまうのだ。
それにしても早すぎる。すべてのプレイヤーがゲームを楽しむための設定であるリスポーンが、この速度では逆効果となるだろう。これはなんらかのバグだ。
ヨサクはその本能でバグの発生源へと向かっているのだ。そのヨサクが一度踵を返し、向かって右へと進路を変えた。そしてすかさず<ワイバーンキック>。その方向に目を凝らす。
大きな樟がある。その幹が脈動した瞬間、その幹の八方に<芝挽荒鬼>が出現した。ヨサクの蹴りがそのうち一体にヒットする。幹ごと蹴飛ばしたので、樟は大きな音を立てて傾ぐ。だが、折れるような気配はない。
ヨサクの狙いは、発生源を断つことらしい。しかし、ヨサクは幹への攻撃を続けなかった。下方に体をねじり、拳に力をこめる。
「オリオンンンディレイィィブロォォオオオオオオウ!」
放ったのは無数の拳のラッシュ。その対象は、楠の根元の地面である。
地面が爆発したように弾け、地震のように波打つ。
その隙に、足元を掬われた柴挽荒鬼たちの息の根を止めるユイ。
重機でえぐったような穴が地面に空いたがラッシュは止まらない。
そしてひと呼吸だけその拳が止む。拳を包むエフェクトが変わる。
「タイガァァァエコォオオオオオフィストォォオオゥ!」
地面が強く脈動する。そして何か塊が土の中から弾け出す。その塊をヨサクは握る。攻撃を止める。
あたりに静寂が戻った。さらさらと樟が葉を一斉に散らしていく。
もう、柴挽荒鬼が現れる様子もない。サクラリアが駆け寄る。
「それは、何?」
「ああ、おれは<採掘師>なんでね。宝石さ」
手の中にあったのは、深く青く輝く雫型の宝石だった。
■◇■
桜童子にゃあが念話を終了してまた座敷に戻ってきた。
ちょうど楚々とした雰囲気の猫娘が、水を運んできた。
「ああ、ありがとう。ミケラムジャさん。申し訳ありませんね。まだ果実をしぼったものしか味がないもので、せめて冷えた水でもいかがです」
「そいつはありがとう」
「エレメンタラー、先ほどの話に戻しても?」
「構わんよー」
桜童子はさっそく水に口をつけた。庭では桜童子の従者<ウンディーネ>が鯉と戯れているのが見える。
「ルークインジェ・ドロップスとは、なんです?」
「宝石だと確認できたよ」
「確認? じゃあその情報をあなたはどこから手に入れたのです?」
「<エイスオ>の古書物室に入った友人からね」
「エインシェントエルフの記録ですか。しかし、この短期間によくそれだけの情報を」
「念話に回数制限があったらまずいなと思ったからね。仲間の安否も大事だけど、この世界を知るための情報は早急に手に入れるべきだと思ってね。とにかく念話は情報収集に絞って行ったのさ」
「なるほど。しかし、事は密を以て成り、語は泄をもって敗るというのに、あなたは情報を惜しげもなくしゃべる。なぜです」
「おいらはこの世界では無力に等しい。おそらく今後、おいらたち<冒険者>は大手ギルドに接収されるか、大手商家のお抱えとして生き残るかの道しか残ってはなかろうよ」
「あなたのギルドが、その情報で、大手ギルドの中枢に入ることも可能なのではないですか」
桜童子は水を飲み干したが返事はしなかった。
「野心はないということですか。しかし、私たちと手を組めば、相応の対価が望めると考えたのですね。さて、話を戻しますよ。その六傾姫の怨念は、レベルの高い<採掘者>なら、宝石という形に凝集させて掘り出せると」
「怨念っていうか、大量に放出するマナでバグを引き起こしているんだろうねえ」
「バグですか。それならば動力として用いるのは難しいのではないですか」
「バグといってもね。そのものの特性をより顕著に引き出すといった類のものだとおいらは考えているよ」
「例えば?」
「ウチの工房にははぐれサラマンダーがいる。術者との召喚契約が切れたのだろう。だが、そのまま住み着いてしまっている。おそらくはウチにもマナの発生源があるんだろうよ。つまり、従者召喚にルークィンジェ・ドロップスを用いれば、契約数という大きなデメリットを回避できるようになるかもしれない」
「ほう」
「式神も喋り始めた。ブラウニーを上回る知性をもちはじめていると思われる。簡単な呪文なら覚えられるかもしれない。さきほどの報告では<不死>属性のモンスターが恐ろしいスピードで再生産されていたそうだ。これはネクロマンサーには耳寄りな情報だねえ」
しばらく考えて邪眼師は答えた。
「あなたの狙いがようやく分かりました。惜しげもなく情報を開示する理由が」
桜童子は立ち上がった。
「商家の資金力をバックに、<資源調達>のクエストを発注しろと。そういうわけだったのですね」
「思ったような移動もままならない世界に来てしまったんだ。<採掘師>を中心としたパーティーを組ませることで、ソロプレイヤーたちの移動も可能になるだろう。生産系ギルドには新エネルギーを動力とした機構を作らせる。それは商家にとってもマイナスであるはずがない。しばらくクエストの報酬はうまいもので十分なんだろうしな」
廊下に出て、<ウンディーネ>を呼ぶ。その桜童子の背中に声がかかる。
「もう行ってしまうのですか。ここにいれば、あなたとパーティを組んで狩りでも楽しめると思ったんですが」
振り返って笑う。
「そのうちいやでも戦うことになるだろうさ。でもまあ、敵でないことを切に願うよ。<イヴルアイ>の龍眼さん。あ、情報提供の代わりと言っちゃなんだけど、しばらくイクソラルテアさんをうちで借りていってもいいかい?」




