第八十二話 聖王
立ち上がったクラードに、ブレイブは困惑しているようだった。
クラードはその隙へと仕掛けるように剣を振りぬく。ブレイブの剣とぶつかり、お互いは顔を突き付ける。
「……私だってこの選択のすべてが正しいわけではないとわかっている。だが、クラード、それは貴様の選択もそうであろうっ!」
「そうかもしれねぇけど、もう決めたんだ。俺は俺のわがままで、フィフィたちを助けるっ。それだけだ!」
クラードは声を荒げ、大地をける。
――足が悲鳴をあげるほどに。限界を超える。今より早く、さらにその先へ。
先ほど風の刃を連続で受けた痛みさえも無視して、クラードは駆ける。
ブレイブは風の塊をぶつける。クラードはそれにテレキネシスをぶつけた。
魔力と魔力がぶつかる。威力はブレイブに軍配があがる。
そこで生まれた爆風に乗り、クラードはブレイブへと肉薄する。
振りぬいた刃を、ブレイブは長剣の腹で受ける。
力で押し切ろうと、クラードは筋力へと力を振り分けたところで、ブレイブの体から放たれた風に弾かれる。
緑色の風は、その形をまるで竜のようにして、クラードへと襲いかかる。
剣を振りぬくと、ブレイブの風に巻き取られ、天井付近まで打ち上げられる。
それはクラードがテレキネシスで剣を奪うよりも、ずっと威力の高い一撃だ。
残った風の竜がさらに二体、クラードへと襲いかかる。剣で受けては楕円だ。
クラッシュを発動し、クラードはその風の竜を破壊する。
まだ、まだ足りない。
彼の風を上回るほどの速度と、力が必要だ。
足へ、腕へ力をこめる。筋肉が悲鳴をあげても、動くならどうでもいい。
顔をあげる。クラードは床をめくりあがらせるかのごとく、けりつける。
爆風に背中を突き飛ばされたように加速するクラードに、ブレイブは声を荒げる。
「クラード、何度やっても同じだ!」
ブレイブが長剣を振りぬき、クラードはそれを寸前でかわす。彼の背後に紫のナイフを投げながら、剣を振る。
ブレイブが長剣で防ぎ、そこから風を放つ。
周囲をなぎ払う暴風から逃げるように紫のナイフへ転移する。
転移した先に風の刃が襲いかかる。クラードはそれをクラッシュで破壊し、背後へとナイフを投げる。
ブレイブがそちらへと意識を向けた瞬間、クラードはもう一度加速し、その懐へとせまる。
速度から筋力へ。一瞬で装備の調整を行い、剣を振り上げる。
ブレイブの長剣を殴り上げ、ブレイブの体がよろめく。
クラードはその長剣をテレキネシスで操作し、振り下ろす。ブレイブが後退してかわし、風の刃を両手に作り出す。
二刀から放たれた連続の刃を、クラードは紙一重でかわす。
限界ぎりぎりの最小の動きで、クラードは剣の腹でブレイブを殴りつける。同時に、その服へと紫のナイフを引っ掛ける。
ブレイブは風の盾で、それの威力を緩和させたが、それでも衝撃は伝わる。
弾かれたブレイブの服に引っ掛けたナイフワープを使い、ブレイブの体をけりつける。
もう一度転移する。だが、ブレイブは目をかっと開き、魔力を集めた。
「同じ手を、くらうと思うな!」
ブレイブが立ち上がり、周囲すべてを風でなぎ払う。
距離をつめたクラードはその風になぎ払われる。
体を起こしたクラードへ、風がぶつかる。体を切り刻みながら、クラードは天井へと弾かれる。
「まだっ、まだだ!」
クラードは空中で奥歯を噛み締め、ぎろりとブレイブを睨み、見下ろす。
ブレイブが風の竜を放つより先に、スキルを放つ。
ナイフワープをいくつも作りだし、それをテレキネシスで射出する。
ブレイブの風の竜がクラードへと襲いかかる。その顎をおおきく開く。
クラードは射出したナイフへと転移する。
ナイフをブレイブの周囲へと集め、クラードはもう一度転移を行い、剣を振りぬく。
ブレイブは拾った長剣で受ける。だが、ナイフは一つじゃない。
「うぉぉっ!」
連続の転移だ。周囲に浮かぶナイフへの転移を繰り返し、剣を振りぬく。
ブレイブが風でナイフを打ち落とそうとする。それをテレキネシスで防ぎつつ、壊されたいくつかを補うようにナイフを造り続ける。
ブレイブの破壊よりも先に、クラードのナイフの製造が早い。
魔力を秒ごとに削り、クラードは眩暈に襲われる。だが、限界を越えなければ、ブレイブを倒すことはできない。
ブレイブは最小の動きで、風と長剣を使い捌き続ける。
ブレイブが動き出すより先に、クラードは転移を繰り返す。
ブレイブの周囲から、連続で剣を振りぬく。
右、左、上。あらゆる角度からの連続攻撃を、ブレイブは風を盾のようにして防ぐ。
見とれるほどに、鍛え抜かれた剣だ。絶望するほどに鍛え抜かれた剣だ。
それでも、彼を超えなければ先はない。
クラードは思いを剣に乗せ、それを力へ変えて、腕を振りぬいた。
ブレイブの風の盾が壊れた。それが手の感覚を通じて、クラードの全身を駆け抜ける。
「終わりだ!」
最後の転移はブレイブの完全な背後。ブレイブが最低限の足捌きで振り返るが、彼も人間だ。その足の動きは今までよりも遅い。
ブレイブの背中を剣の腹で殴りつける。
ブレイブは大きくのけぞってから、膝をつき、顔だけをあげる。
戦場が静寂に包まれた。
戦い続けていたオリントスたちも動きが止まる。
それほどまでに、ブレイブが追い詰められたのが、衝撃的だったのだ。
クラードは大きく息を吐き出しながら、ポーションを取り出して体にふりかける。
ブレイブは膝をついたまま、顔をあげる。
「……クラード」
ブレイブは短くそう呟くと、それに弾かれたようにオリントスが駆け出した。
周囲にいた動きの止まっていた冒険者たちをなぎ払い、オリントスはアリサたちの前へと駆け出した。
「ご無事ですか、アリサ様」
「……あんたが来るなんて予想外だったわね」
「……前聖王様との約束を果たしたまでです」
オリントスはさっと彼女らの手錠の鍵穴に土を入れて開錠する。
ラニラーアを含め、全員が解き放たれた。
アリサがクラードのもとへと駆け出す。
「クラード、巻き込んで悪いわね」
「今さらだ。悪いと思うなら、ここから協力してくれ」
クラードはアリサの顔をじっと覗きこむ。
アリサはこくりと頷いていると、ニナが一歩前へと出た。
「……クラード、どうしてきてしまったのですか。ニナはあれほど言ったでしょう。馬鹿な真似はやめてくださいと。あなたの両腕で、守りきれるものがどれだけあるのですか」
「知らん!」
そう返すと、ニナは心底馬鹿をみるような目を作った。
それからクラードは彼女の頭を潰すように撫でる。
「考えたけど、俺なんて一人じゃ何もできねぇよ」
クラードがそうすると、ニニが悲鳴をあげるような声をあげる。
「俺の両腕で守れるのは精々一人分くらいだ」
クラードは全員を見て、無責任な言葉を言い放つ。
「だから、自分で自分を守ってくれ! それでも足りないってときに、俺は手を貸す! だから、全力で自分の両脚でしっかり歩いて、自分の守りたいものを、自分の腕で守りぬけ! だから……脱出に協力してくれねぇかな?」
頭をかきながら、彼女たちに笑みを向けた。
クラードの言葉に、アリサたちは顔を見合わせ頷いた。
「……とにかくよ。あたしが責任はとるわ。フレア、あんたに任せるわね」
アリサの底の場を聞き、フィフィを含めた全員が睨む。
クラードは彼女の頭をぽかりと殴り、
「おまえも一緒だ馬鹿! この期に及んでまーだそんなこと言っているのかよ」
「なによ……だってそうでもしないと、世界が危険に――」
「世界なんてどうでもいいっ。それよりおまえがいなかったら俺はどうすればいいんだよ!」
「へ……へっ!? そ、それってな、何よいきなりっ」
フィフィたち五人もまとめて一人で面倒を見れるわけがない。
クラードは思い切り叫ぶと、アリサは顔を真っ赤に染めた。
「クラード、ふざけたことをしている場合ではない。急いで逃げるぞ」
「そうだった。オリントス、外にで――」
そこでブレイブが立ち上がる。
オリントスが両手に剣を構え、外へと顎で示す。
「どういう意味だよっ」
「どの道僕は、ここですべてをかけるつもりだ。アリサ様を逃がすための時間稼ぎくらい、引き受けよう」
「おまえも一緒にくるんだよっ!」
「ふざけたことを抜かすな。誰の犠牲もなく、ここから逃げるのは厳しいぞ」
「いや……違うんだオリントス」
ブレイブは真っ直ぐに聖王のもとへと歩いていく。その場で膝をつき、ブレイブは声を張り上げた。
「……聖王様。私からの頼みを聞いてください」
「なんだいブレイブ」
その場で腕を組み、黙って様子を見ていた聖王が首を傾げる。
「……ここにいる者たちならば、鬼神にだって勝つことは不可能ではないでしょう。ですから、今一度、試してみませんか? ……鬼神の封印ではなく、討伐を――」
ブレイブの言葉に、聖王は顎に手をやる。
「ブレイブ、それは難しいと話したではないか。僕たちはいいよ。だがね、戦場は聖都を中心としたものになるだろう。そこに済んでいる民たちはどうなる? ブレイブだって、理解していただろう」
「ですが――」
かつかつと聖王はブレイブから離れるように歩いていく。
ぱちぱちと彼は包帯で巻かれた右手と無事な左手を合わせる。
「確かに素晴らしい戦いだったよ。まさか、ブレイブに膝をつかせるとは思わなかったよ」
クラードは彼を警戒したまま、ラニラーアたちへと視線を向ける。
聖王は何かをたくらんでいる様子だった。何かはわからない。それが不気味で仕方なかった。
聖王の最大戦力であるブレイブを追い詰めた。勝ったのはどちらかわからないほど、クラードはぼろぼろであったが。
「鬼神、を倒すか。ブレイブも面白いことをいうね。いや、先に言い出したのはキミかクラード」
「……聖王様。俺は本気です」
「本気か。鬼神を倒せると、いいたいのか?」
「はい。……倒してみせます。だから、アリサたちを生贄にするのは、まだ待ってくれませんか?」
ここで交渉できれば、それに越したことはない。
聖王は笑みを浮かべる。その笑みはあまりにも、温度の冷たいものだった。
「ならば、試してみるが良い。キミたちの力が、どこまで通用するのかをっ」
叫ぶと同時、聖王の右手の包帯がはがれ、赤黒い人外の腕が出現した。