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第七十九話 作戦



 ラニラーアは柔らかく微笑む。

 そんな彼女の隣では、レイスもいた。彼の肩にはリンドリが乗っている。心地良さそうに目を閉じている。

 本当に、リンドリはレイスに一番懐いている。

 ラニラーアが騎士に目を向けると、彼はこくりと頷いて看守室へと戻っていく。

 その扉は開いたまま、すぐにみえる位置に腰掛けている。


 休憩しながらも、監視ができるようになっていた。

 クラードは視線をちらと向け、それから背中を向ける。


「クラード、元気でしたの?」

「……ああ、まあな」

「ブレイブ様から話は聞きましたわ」

「ここは聖都の牢屋でいいんだよな?」

「そうですわ。中央区画にある牢屋ですわ。本当の罪人を送る牢獄島とは違いますわ」

「そうか……」

「……クラード、どうしますの? フィフィたちのこと――」


 クラードはラニラーアから視線をはずす。

 牢屋が揺れる。視線を向けると、ラニラーアが檻を揺らしていた。


「このままでいいと思いますの!? フィフィ死んじゃいますわよ!」

「……だからって、それ以上にたくさんの人が死ぬことになるだろ?」

「でも、でもっですわよ! フィフィがいなくなるなんて、そんなの嫌ですわよっ」


 がんがんと彼女が檻を揺らす。 

 レイスが落ちつけと声をかけるが、ラニラーアは暴れるのをやめない。

 クラードはひらひらと手を振る。


「仕方ねぇんじゃねぇか? 世界よりも大切なものがあるってか?」


 クラードがそういうと、ラニラーアがさらに激しく牢屋を揺らした。


「クラード……」

「どうしようもねぇんだよ。ラニラーア、用事はそれだけか?」

「……そう、ですわよ。クラード、助けには、行きませんのね」

「ああ」


 クラードはちらとラニラーアを見る。

 ラニラーアは両目にじわっと涙を浮かべる。それからごしごしと擦った。


「わかりましたわ。わたくしも、覚悟、しますわね」


 ラニラーアは目をごしごしと拭ってから、小さく何度も頷いた。


「……ごめんなさい。わたくし、もう帰りますわね」


 だだっと駆け出したラニラーアの背中を見送った後、レイスが息を吐いた。

 クラードはレイスからも視線を外し、早く帰ってくれと手を振る。


「本心、じゃないだろう? いいのか?」


 レイスはポケットに手を入れたまま、短くいった。

 クラードはそれに返答することはしなかった。

 ――巻き込むわけにはいかない。これは、俺の問題だ。


 ラニラーアとレイスにはそれぞれの生活がある。彼ら、彼女らの夢を知っていたクラードは絶対に彼女たちに協力を頼みたくはなかった。


 黙っていると、レイスは一度看守室を見てから、小さな声で言った。


「クラード、どうするんだ? おまえが助けたいものがあるのなら、オレは協力する」


 レイスの言葉に驚く。彼の一切迷いのない顔だった。

 クラードはぐらりと心が揺らぐ。フィフィたちを助けたいという思いは決定している。けれど、一人ではどうしようもないというのも本心だった。

 口をわずかに開く。


「……レイス。いいのかよ? おまえにだって夢があるだろ? 家族がいるだろ?」


 真っ先について出た言葉はそれだった。

 助けにいきたい、その気持ちははっきりとあったが、周りを巻き込むわけにもいかない。


「夢も家族も、この聖都にはない」

「どういうことだよ?」


 レイスは時々わからないことを言う。そんな彼は手を首を振る。


「今はその話はいいだろう。クラード、どうするんだ?」

「……助けにいく。けど、レイスもラニラーアも……巻き込むわけにはいかねぇよ」


 レイスに視線を向ける。彼は苦笑を浮かべ、それから口角を吊り上げる。


「おまえは、真面目な奴だな。いつからそんな風になったんだ?」

「昔からだ」

「冗談はよせ」

「……うっせぇよ」

「昔はもっと無鉄砲だっただろう」


 レイスの言葉にいくつか過去を思い出す。

 クラードはそんな顔を忘れるように首を振った。


「昔は知らなかったんだ。けど、今はもう成長して……色々見てきたんだ。いろんな場所で、たくさんの人を、生活を見てきた。だから……そんな世界が壊れるところなんてみたくねぇんだ。大人になったってことだな」

「大人、か。確かにそうだな。けど、大人だからって何でも我慢するわけでもないだろう」


 レイスは一呼吸を置く。


「昔のおまえなら、周りの迷惑など考えないだろう。……クラード、どうするんだ?」


 レイスははっきりとそういった。彼がここまで無茶なことを言うとは思ってもいなかった。

 クラードは一度視線を下げる。それから牢屋の檻を掴む。


「なら、レイス。文句言うんじゃねぇぞ?」

「……ああ」

「一緒にフィフィたちを助けるのに協力してくれ。……騎士を、ブレイブ様を、オリントスを……あいつら全部を敵に回して、俺一人じゃどこまでできるかわからねぇ」


 レイスは笑みを浮かべる。


「オレはおまえを全力でサポートする。だが、オレは戦いでは完全に足手まといになる。だから、逃走手段だけは用意する」

「逃走手段?」

「ああ。復活した鬼神からもそうだが、何より騎士たちから逃げ延びないとだろ?」

「そう……だな」


 フィフィたちを助け出せば、周囲は敵となる。その状況から逃げるのは至難の技だ。


「作戦開始は明日の昼だ」

「知ってるか、レイスっ。催しは昼から始まっちまうんだぞ! そんなことしてたらフィフィたちが死んじまうぞ」

「知っている、おまえと一緒にするな。だからこそ、その時間を狙うんだ」

「……その時間を、か?」


 レイスはこくりと頷いた。


「ラニラーアの話では、すでに城には多くの騎士がいて、小屋にフィフィたちは入れられてしまっている。助け出すのは難しいだろう」

「……わかってるよ」


 城でその場面をクラードは見ていた。


「だが、明日。大聖堂で行われる鬼神封印の儀式では、大聖堂の庭部分までは入れるようになるそうだ。鬼神に不安を感じている市民たちを落ち着かせるためにな」

「……そうか」

「だから、入れる場所まで入って、そこから大聖堂を目指すんだ」


 レイスの作戦を聞いたクラードは苦笑する。


「……入れる場所までって、用はそこからは騎士をぶっ倒して先に進めってことだろ?」

「そうなるな。相手はブレイブ様を中心とした、最強の騎士集団だ。フィフィと……あと他にもいるんだったか? オレは大聖堂に向けて、飛行船を飛ばす」

「飛行船!?」

「ああ、おまえのいっていたとおり、一番最初に乗せてやる。まあ、どこまで飛べるかはわからないがな」

「……そっか。それで、未開拓大陸に逃げる、ってわけか?」

「そうだ。そもそも、飛行船の調整こそしているが、オレも人目を盗んでやっているからな。……逃げた後の必要な道具も積み込んでいて、まだ時間がかかるんだ」


 初めからこうなることをわかっていたかのようなレイスの口ぶりに、クラードは苦笑を浮かべた。

 

「……それじゃあ、レイス。そっちは任せたぜ」

「飛行船のほうは任せろ。おまえは十二時を目安にフィフィたちを助け出せ。オレもそれにあわせて、飛行船を大聖堂に飛ばす。飛行船は高い位置に飛ばしたままだが……フィフィや他の勇者に力を借りれば、移動は難しくはないんじゃないか?」

「おう、そうだな。……最悪俺だってどうにかしてみせるからな」


 クラードは獲得しているスキルを思い出す。テレキネシスのスキルを一瞬にこめて発動すれば、飛行船まで跳ぶこともできるだろう。


「作戦は以上だ。脱出は出来る限り、ぎりぎりまで控えておけよ。騎士に無用に警戒されて、これ以上数を増やされてもたまらないだろう?」

「……わかった」

「それじゃあ、オレは準備を進めないといけない。……クラード、オレが一人虚しく飛行船を飛ばすことにならないように頑張ってくれよ」

「……わかってるって」


 レイスに苦笑を返し、クラードは体を起こした。


「なあ、レイス。おまえさっき言っていたよな。夢も家族もここにはないって。……ちょっと聞いてもいいか?」

「……別に、話して楽しいことでもないだろうが」


 レイスが頬をかく。


「単純にちょっと気になっていたんだよ。……そういえばレイスってどんな夢があるんだろうなぁって思って。科学者になって、遠征部隊についていきたい……とかきいたことはあったけどさ」

「そういえば、詳しく話していなかったな。理由はおまえと似たようなものだ」

「家族を探しに行きたいってことか?」

「ああ。オレは孤児院の出身だったが、妹もいたんだ。だが、あるとき霧隠れによって妹だけが飲まれてしまったんだ。……妹を探しに行きたいんだ」

「そうか。それで、冒険者学園に入ったんだな」

「まあ、実力はよくてランクC程度だ。それじゃあ未開拓大陸にはいけないから、科学者のほうに路線変更したわけだ。今後、飛行船が実用レベルにまでなれば、その飛行船の運転手としても外にいけるかもと思い、船ではあるが操作も学んでいたんだ」

「……なるほどなぁ。色々考えていたんだな」


 レイスは口をぎゅっと結ぶ。彼が照れるときはいつもこうだ。

 リンドリが楽しそうにレイスの前を飛び、レイスはそれを無視するように歩き出す。

 リンドリが慌ててレイスの肩へと飛んでいく。


「それじゃあなクラード」

「……ああ、そっちも任せたぜ」


 レイスが去っていったあと、クラードは牢屋の天井をじっとみた。

 作戦決行は明日だ。

 それまでに、体を十分休ませる必要がある。




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