第八話 俺が守ってやるから
三階層に入ったのは今回が初めてではなかった。
スケルトンとブラッドバットがいるこの階層は、冒険初心者には難易度が一気にあがる。
地中から生えるように出現するスケルトン。
突然現れるその骸に驚く冒険者は数多い。
一、二階層のブラッドバットと違い、いきなりの戦闘になることが多く。事前の準備ができない。
そのため、本来の力が試されることもあり、初心者冒険者の一つの関門とも言われている。
クラードが前に入ったのは、まだステータスを獲得してから間もない頃だった。
ラニラーアとともにスケルトンのいるこの階層へやってきて、戦闘を行った。
結果は……一人ではスケルトンとまともに戦うことができなかった。
スケルトンの攻撃を力で受け止めることはできず、受け流すことでどうにか防ぐことができる程度。
連続の攻撃に、やがては体が耐え切れなくなる。
そこで、ラニラーアが助けてくれた。
あのときのラニラーアの自分を見る目に、酷く心が痛んだのがわかった。
彼女は、自分に同情しているようだった。
あれはたまらなく悔しかった。彼女の優しさだと理解している。
それでも、その目を向けられてしまったのが、心に痛かった。
もう一度彼女の横に並びたい。
前に立ちたい――。
無謀なことであるのはわかっているが、それでも自分の力のなさを理解してからは、必死に努力をしてきた。
三階層に立つと、戻ってきたという感覚が強かった。
ラニラーアとは何度も通ってきた階層だ。
この先の魔物とだって、何度か戦ったことはある。
だが、それでも、クラードにとってこの階層は嫌な記憶とともに、一つの地点でもある。
三年間で、さらに剣の技術を磨いた。
国で教えている剣術以外にも、冒険者や騎士で腕の立つ相手に頭をさげ、訓練をつけてもらった。
自分が相手に頼むとき、ステータスを見せるのがほとんどだ。
ステータスのあまりの低さから、剣を教えてもらう場合に、馬鹿にされることもあったし、傍から見ればいじめているような状況になっていたこともあった。
全身に傷を作ったとしても、クラードは凄腕の戦闘技術を見られれば、それでいいと思っていた。
実力があるものはやはり動き一つとっても無駄がない。
何より、同じ剣術をもとにしていても、その人なりの独自のアレンジが加わっていることがある。
そういった、戦闘に特化した剣を目でみて、体で体験して、そうして後で自分に必要な部分を真似していく。
初めは稚拙な模倣だ。
けれど、やがてそれは自分の技となる。
スキルも、ステータスもなくても、それでも強くなるためにあがいた三年間。
スケルトン相手に、どこまで戦うことができるか。
それを確かめるときがきた。きてしまった。
クラードは軽く息を吐いて、剣に手をやる。
すべてが無駄だったとは思っていない。
クラードは自分を信じて剣を掴んだ。
「フィフィ、落ち着けよ。敵は骨で、怖いかもしれなけど、落ち着くんだぞ」
「クラード、なんだか顔がなんだか……なんだか」
「……変か?」
「うん。かたくなってるみたいな……」
「大丈夫だ。生まれつきこんな感じだ」
「いつもはもっと優しい顔をしてる。ちょっと……怖い? 怖いのも違う……うーん、面白い感じ?」
「なんだそりゃ」
フィフィは強張っている、といいたかったのかもしれない。
言葉を必死に思い出そうと眉間に皺を刻んでいる彼女を見ると、クラードも笑みが生まれた。
「よしっ! 確かにさっきまではちょーっと色々と考えてたんだ。けど、もう大丈夫だ。この階層はスケルトンっていう魔物が新しくでるんだ。いきなり出てくるから、驚かないように気をつけるんだぞ」
「……スケルトン? それが骨の魔物?」
「そうだ、びびるなよ」
フィフィがひょいひょいと足を動かす。
彼女との間にあった一人分の隙間が、それで埋まる。
フィフィが僅かに服の裾を掴んでいる。
年齢は、自分よりもいくつか低いだろう。
とにかく彼女のそんな姿に苦笑しつつ、戦闘が始まったらすぐに彼女を守れるように意識を研ぎ澄ませる。
スケルトンの出現は本当にランダムであり、警戒をしているしか奇襲を防ぐ手段はない。
三百六十度、どこでもスケルトンが出現する。
一番厄介なのは、背後に突然現れることだ。
フィフィに、後ろ側を警戒してもらいつつ、クラードは前方のほとんどを見張る。
と、視線の先の地面が、沸騰でもするかのようにうごめく。
やがて、その土からは魔物が姿を見せる。
土を持ち上げるように浮き上がったそこからは、クラードとそう変わらないサイズの人型の骨が出現する。
数は一体だ。
右手には剣を持っている。
しかしそれはさびついている。
武器などは手入れをしなければ、どんどんその性能が落ちていく。
武器の性能は、誰でも装備すれば確認できるが、例えばさびた剣には、『錆』という悪いスキルがついてしまう。
切れ味が悪くなるというスキルというわけだ。
自分にあった武器や防具を装備するのも、戦闘を行うものにとっては大事なことだ。
スケルトンの持つ、さびた剣に、剣としての威力はない。
ただ、それでも鈍器として使用されるだけでも、以前はまるで歯が立たなかった。
フィフィがかたかたと震える。
スケルトンが剣を構えて、威嚇するように声をあげる。
声帯など、とっくに失われているが声はでている。
目だってもうないが、魔力の光かその両目は青く光っている。
白骨は、そのまま生前のように走り出す。
筋肉などなくても動くスケルトンは、魔法生物という分類だ。
その体の活動すべてを、魔力で補っているため、魔力が尽きたときには動かなくなる。
昔、相手の魔力を奪い取ったらどうなるかという実験を行い、その結果が動かなくなるというものだった。
フィフィがそのような魔法を所持していれば、それをお願いしたいが、あいにくそのようなものはない。
もっといえば、今フィフィは怯えているようだった。
まずは彼女の緊張が解けるまで、時間を稼ぐ。
「フィフィ、落ち着いてからでいいから魔法の準備をしてくれ」
「……う、うん」
「そんな怯えるなって。俺が守ってやるから」
クラードは自分を鼓舞するようにそういいきる。
向かってきたスケルトンの剣の軌道に合わせる。
お互いの武器がぶつかりあう。
筋力はやはりスケルトンのほうが上だ。
だが、技術で勝負する。
ふっと、肘をぬくように力を緩める。スケルトンが勝機とばかりに力をこめた瞬間に踏み込む。
スケルトンの剣に、クラードは自分の剣の腹をぶつける。
なぎ払うような一撃だ。
スケルトンの剣の向きが変わる。
行き場を失ったスケルトンの一撃が、地面へと落ちる。うまく力の向きを変えることができたとクラードは笑みをこぼす。
スケルトンが剣を引くより先に、クラードはその顔に剣を振りぬく。仕留めきるつもりは毛頭ない。あくまでスケルトンの意識を持っていくだけだ。
力技で押し切りたいという気持ちは、捨てる。
――今は焦る必要はない。
学園を離れた以上、期限はない。
それに今は、フィフィを守らなければならない。
普段のような突っ込んだ攻撃はせず、クラードは耐えるという点を意識する。
もちろん、力で倒す戦い方に憧れはある。
だが、憧れだけでは強くはなれない。
スケルトンが苛立ったように剣を戻す。
スケルトンの青い目がクラードを射抜いた。
それを見て、挑発するように笑う。スケルトンの視線を釘付けにする。
視界にいたフィフィが詠唱を始める。
思っていたよりもずっと早く彼女が復帰した。
クラードはもう一度剣を握る。
ぎゅっと握り締めると、訓練の日々が思い出される。
昔と比べて成長していないわけではない。
怯えも何もない。
今あるのは、フィフィを守るというただそれだけだ。
前衛としての仕事を確実にこなす。
その一つだけだ。
クラードは隙を見つけながら呼吸を整えていく。
ステータスには関係ない、スタミナ、技術。
その二つだけは、誰にも負けないという自信。
スケルトンが剣を乱雑に振り回す。
雑な剣ではあるが、振り払ったあとの腕の角度。
肘の高さ、体の姿勢、足の開き具合。
それらから次に来る攻撃を予測し、最速の動きでかわしていく。
剣をなるべく使わず、緊急時にのみ剣を当てる。
一瞬腕がきしむ。
ぐっと奥歯を噛み締め、クラードはその力の向きを変える。
「いってーなくそっ!」
なんとか凌いで、声を荒げる。
力では負けているのがわかっているからこそ、まともに受けない。
フィフィの手に集まった魔力が強く三度光る。
詠唱が終わったという合図だ。
ここまで一度もスケルトンに追い詰められていない。
もう少し、攻撃力があればスケルトンを突破することもできただろう。
昔よりも強くなっている。今は、それだけわかれば十分だ。
クラードは一度呼吸をする。
それから、フィフィの魔法を確実にあてるために、状況を確認する。
スケルトンは今、フィフィに背中をさらしている。
クラードは左手を大きくあげる。それがフィフィへの合図だ。
彼女が魔法を放つために、片手をスケルトンへ向ける。
スケルトンは魔力でも感じ取ったのだろう。
フィフィのほうへと振り返る。
だが、今さらだ。
クラードは一歩距離を離したあとに駆け出す。
「どこみてんだ!?」
意識を自分へと戻すように声をあげると、スケルトンが慌てた様子で自分を見てきた。
スケルトンが剣を振る。
接近に気づいての慌てた剣だ。あまりにも鈍い剣を、かわすのは容易だった。
スケルトンの剣をスライディングで避ける。
クラードは両目でしっかりとスケルトンに迫るアクアランスを見た。
スケルトンの右肩をアクアランスが打ち抜く。
スケルトンの体が崩れる。
その足へと剣をなぎ払う。
スケルトンが頭から地面に倒れる。
クラードはすぐに起き上がり、力任せにその頭を叩いた。
スケルトンが短く悲鳴をあげる。
土に溶け込むように、その体が消滅する。
あとには魔石だけが残った。
そこで、ようやく大きく息をつけた。
「クラードっ、大丈夫だった?」
心配した様子でフィフィが駆け寄ってくる。
クラードは精神的な疲労からその場で座り込んだ。
まだまだ、ラニラーアには遠いが、それでも強くなっている。
「ああ、俺は問題ねぇよ。フィフィこそ大丈夫だったか?」
「わたしは大丈夫」
こくこくと頷く彼女を見届けて、クラードはほっと胸をなでおろした。