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第七十八話 牢屋


 風呂に入ったあと、クラードはずっと部屋でごろごろとしていた。

 結局一日何もできなかった。これほど悩んだのは生まれて初めてでもあった。

 夕食も満足に喉を通らず、クラードはさっさと眠ってしまおうとベッドで横になる。

 しかし、そのとき部屋がノックされ、クラードは仕方なく立ち上がった。


「私だ、クラード」

「……ブレイブ様。戻ってきたんですか」


 扉をあけると、鎧姿のブレイブが笑みをこぼす。

 久しぶりに見たブレイブはどこか疲れた顔をしていた。


「まあな。クラードこそ、彼女たちのためにあちこち行っていたのだろう?」

「……そう、ですね」


 表向き、クラードの仕事は四人のホムンクルスたちの思い出つくりだった。

 その実際は、ラピス迷宮の調査であったが、クラードはそれを口に葉出さない。

 けれど、クラードはずっと落ち込んだままだった。それに気づいたのか、ブレイブは短く息を吐いた。


「……深く考えるなクラード」

「ブレイブ様は……知っていたんですか?」

「……ああ」


 こくりと彼は頷く。目の前にいるのは騎士団長だ。けれど、クラードは言わずにはいられなかった。


「……こんなやり方でしか、世界を救うことはできないのですか? ……俺はあいつらが死ぬのなんて絶対に嫌です」

「……言い方を悪くすれば、ホムンクルスの命で世界にあるいくつもの命が助かるんだ。ホムンクルスの件を詳しく知っている者は、このまえ謁見の間にいたものたちだが、彼らはみな、それで納得している」


 クラードはあの場にいた貴族たちを思い出す。

 アリサに対して当たりの強いものがいた人もいた。恐らくは、アリサがホムンクルスに近しい立場の人間だからだ。

 貴族たちの目は、まさに道具をみるようなものだった。それがまた、クラードの心をざわめかせる。


 ホムンクルス、ではない。彼女たちは立派に人間だった。


「……あいつら死ぬんですよね?」

「クラード、すべてのラピス迷宮に行ってきたのか?」


 僅かに責めるような目から気宇ラードは一度視線をはずして、それからこくりと頷いた。


「はい。そこで、全部見てきました」

「……そうか。アリサ様はやはりそれが最初から目的だったか」


 ブレイブは考えるように顎に手をやる。

 それからクラードの両肩を掴む。クラードは一切身動きがとれなくなるほど、彼は力強かった。


「クラード……私はこの作戦に賛成している。……私は騎士団長として、民を聖都を守り抜きたい。相手は鬼神だ。鬼神相手にたった四つの命を犠牲に、もっとたくさんの命が助かるんだ……これほど素晴らしいことはないだろう」

「……けどその四つの命は――」

「クラード。……私だってあまりこういう言い方はしたくないが、彼女たちは作り出された人間だ。竜神様の加護をもらった人間とは、違うんだ」


 ブレイブは表情を歪ませながら、必死にそういった。

 それは自分へ言い聞かせるような口ぶりでもあった。

 クラードはそんな彼に向かって、声を荒げる。


「違う、違うんだ。竜神様の加護とか、そうじゃないんだ。……俺はあいつらに生きていてほしい。そこに、人間の違いなんて何もないんだ」

「……クラード」

「ブレイブ様……勇者スキルもちのあなたや、ラニラーア、それにオリントスがいれば、鬼神だって倒せるんじゃないですか? ……他にもっとたくさん優秀な騎士や冒険者だっているんです。フィフィたちだって、みんな強い力を持っています。だから、みんなで戦えば――」

「どうだろうな。仮に倒せたとして、どれだけの犠牲がでる? 五百年前、鬼神と戦った人々は、その数を半分以上減らしたんだ。……民を思えば、私に鬼神と真っ向から戦うなどという考えは出てこないんだ」

 

 ブレイブははっきりとそういった。

 それから彼は外をちらとみる。


「……クラード、すまない」


 ブレイブは短くそういうと同時、拳を振りぬく。

 予想していなかった一撃に、クラードは一切耐えることはできず、そのまま意識を手放した。


 

 ○



 クラードは冷たい石の感触によって目を覚ました。

 体を起こし、周囲を見る。そこは牢屋であった。

 長方形の部屋に、通路と繋がる道は柵で囲まれている。


 光が僅かに入ってきているのを見るに、地下ではない。

 聖都内にある、軽い罪を犯したものたちを一時的に留置する場所、とクラードは予想した。

 クラードは差し込む日差しを見て、日付が変わったことを理解する。


 柵の隙間から顔を出すかのように顔を押し付けたクラードは、そのまま通路をじっと見ていた。


「誰かいないのか? ここはどこなんだ?」


 クラードは柵を掴んで何度も揺らす。

 そうしていると、ようやく騎士がやってきた。

 眠たそうな目を擦りながらやってきたのは、見慣れない騎士だ。


「……確かクラードだったか? ブレイブ様から手紙を預かっている」

「……」


 騎士が隙間から手紙を落とす。

 それを掴んだクラードは手紙を開いて中を確認する。


『クラード。勇者祭が終わるまでの間、頭を冷やせ。……世界と四人。どちらを優先するべきかは考えればわかるはずだ』


 クラードはその手紙をぐっと握り、それからぐしゃりと潰す。

 ――優先、ではない。どっちも同じだけ大切だ。そこに上も下もない。


 クラードはブレイブの手紙をポケットにしまい、視線を周囲に向ける。

 四人を助ければ世界は危険にさらされる。四人を見捨てれば、世界は平和になるが、四人は――。

 クラードは迷いを抱えながら、それを少しずつほどいていく。

 

 クラードは四人の少女たちを思い浮かべる。


 フィフィはこれからも冒険者を続けたいといっていた。

 フレアは言っていた。可愛い服とかたくさんきて、旅をして回りたいと。

 ニナとニニは、甘いものをたくさん食べていたいと言っていた。

 ――そんな彼女たちの夢は、どうなる?


 助けたとき、世界は――。

 クラードは頭をがりがりとかきむしる。


 やることもなく、クラードは檻の中にいながら自由な身で、アイテムボックスを開いた。

 装備は何も取られていないし、竜神の加護を消す手錠もされていなかった。


 クラードは自分の状態を確認してから、牢屋を眺めた。

 他に牢屋に入れられている人はいない。牢屋の看守も、あくびまじりだ。


 極悪人を閉じ込めているという空気は一切ないあ。

 本当に、頭を冷やすか、勇者祭が終わるまで拘束するためだけに、クラードをここへ連れてきたのだろう。


 クラードは拳を固める。

 ずっと思考はまともだ。クラードはやりたいことがたくさんあるのだ。

 日がすっかり沈むまで考え続けていたが、答えは出なかった。


 時々暇つぶしに来る騎士と話をする。

 この問題を解決するための糸口が見えればいいと思って話した。

 騎士は腕に顔をつけ、わんわんと声をあげる。


「そりゃあおまえ、ブレイブ様も酷いことするなぁ!」

「……そうでもないと思いますよ」


 今おかれている状況を、リンドリに伝えたように適当に言い換えて騎士に伝えると、彼は大げさなくらいに声をあげた。

 

「いやいや、大変だったなぁ。俺もおまえの手伝いをしてやりてぇけどよぉ。俺にも家族がいるからなぁ、すまんな」


 クラードは苦笑まじりに頷いた。ここから出すわけにはいかない、ということだ。


「……わかっていますよ」


 クラードはひたすらに悩んでいると、騎士が短く息を吐く。


「明日の勇者祭楽しみだなぁ……」


 今クラードが抱えている問題に勇者祭が関係しているとは一言も伝えていなかった。

 騎士は純粋に、勇者祭を楽しみにしての言葉だったが、クラードは驚いて顔をあげる。


「あ、明日!? 明後日じゃないんですか?」

「え? あ、ああ……そういえばおまえ丸一日眠ってたからな……」

「そんな馬鹿な!」


 クラードは頭を抱える。まさか、もう期日が明日に迫っているなんて、と。

 クラードの混乱とは裏腹に、騎士は楽しそうな声をあげる。


「明日は俺、休みなんだ。一日思い切り楽しみたいものだぜ。それになにやら中央区画では大きな催しもあるみたいなんだよ。ほら、おっきいおっきい大聖堂があるだろ?」

「……ありますね」


 各都には聖堂があり、それらの総本山とも呼ぶべきものが、聖都にある。

 そこは城に匹敵するほどの規模だ。


「お昼にあそこで派手な催しをするらしいんだ。なんでも勇者様が鬼神を静める儀式をするとかなんとか。……当日はたくさんの人が集まるんだろうな。いやぁ、休みがとれてよかったぜ」


 当日は騎士も多くが集まるだろう。

 魔王カルテルの存在も、未だその所在はつかめていない。

 鬼神を封印しようというとき、魔王カルテルが姿を見せないはずがない。


 勇者祭。それを楽しみにしていたフィフィの言葉が脳裏に浮かぶ。

 ――そうだよな。ああ。そうだ。

 難しいことを考えていても仕方がなかった。クラードは短く息を吐く。


 クラードは差し込む夕日に目を向ける。

 苛立ちと焦りがある中で、クラードは密かに固めた決意を胸に抱いた。

 と、その時だった。クラードの心の内を知ったかのように、一人の騎士がやってきた。


「あっ、こ、近衛騎士様!」


 慌てたような声とともに、クラードの前にいた騎士が立ち上がった。

 そして敬礼をし、やってきた騎士が否定するように手を振る。


「楽にしていいですわよ。わたくしはブレイブ様の従騎士ですから」

「……は、はっ!」


 騎士はほっとしたような息をついた。

 それから騎士は見とれるように彼女を見ていた。

 登場した金髪の吸血鬼ラニラーアはクラードに気づくと、柔らかく笑った。



 



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