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第七十七話 選択




 もやもやとしたものを抱えながらの、風の都の旅は終了した。

 聖都へと戻ってきたクラードはそれでもまだ、いまだざわついていた。

 勇者祭まで、残り三日だ。

 街は勇者祭に向け、にぎわっている。勇者祭の日のために、出店などは準備に忙しそうだった。


 その日、彼女たちは祭りとともに、その体に鬼神を封印し――そして、命を失う。

 聖都に到着し、そこから城へと歩いていく。


「あー、その……二ナ、ニニ」

「なんですか」

「馬車からずっと、曖昧な言葉ばかりですね」


 二人の言うとおり、クラードはずっとこの調子だった。

 ホムンクルスの役目を聞いてしまったため、言葉が素直に出てこなかった。


「……二人は、怖くないのか? 鬼神を封印することと、死ぬこと……どっちだって、俺なら絶対いやだ」

「そうですか?」

「生まれたときから役目を与えられているだけ、いいのではとニニは思います」

「ニナもです。意味もなく生きるよりも、ずっと良いと思います」


 ニナとニニは表情を変えずにいった。その二人に、クラードは表情をゆがめる。

 どうして悲しくないのだろうか。死ぬなんて絶対に嫌だ。この旅で仲良くなった彼女や、フレア。

 何より、クラードはここ最近ずっと一緒だったフィフィを思い出す。


「俺はおまえたちに死んでほしくねぇよ」


 ニナとニニは顔を見合わせる。それから二人は頬をかいた。


「そういう風に言われるのはどうも慣れませんね」

「ただ、私たちも死んでほしくない人がいるんです」


 ニナとニニは、決意を固めた目をクラードに向ける。その両目には強い意志が宿っていた。


「アリサ、お姉様だけでも、助けてくれませんか?」

「アリサお姉さまは、ずっと……この世界のために尽くしてきました。今だって、ニニたちを助けようと必死です」

「ですから、お願いです。アリサお姉様だけでも……またあの迷宮に封印させないでください。お願いします」


 二人はぺこりと頭を下げる。

 アリサだってそうだ。けど、助けたいのはアリサだけじゃない。

 必死になって考えた。けれど、ジンが鬼神を倒す手段を見つけられないのに、この前まで事情を知らなかったクラードに、そんなことができるはずもなかった。


 リンドリを使い、レイスに今知っている情報を伝え、どうにかできないかと相談したが、その返事もない。

 八方塞りのまま戻ってきた城は、今には彼女たちを封じるための檻のように見えた。


 彼女たちはこの狭い世界だけを知り、そして道具として生きる。

 彼女たちを無理やりに拘束している、そんな聖都に対して、クラードは苛立ちを覚えた。

 ホムンクルスの実験を行い、ホムンクルスを道具のように使うすべてが許せなかった。

 それは聖都へ、はては聖王への苛立ちともなる。


 城に到着し、すぐにニナとニニとは分かれる。彼女たちは、それぞれの部屋へと戻っていく。

 クラードは真っ直ぐにアリサがいる部屋へと向かう。

 アリサの部屋の前では、オリントスがいた。彼はちらとクラードに視線を落とした。


「久しぶりだな」

「……久しぶりです」

「アリサ様の仕事は終わったのか?」

「……終わった、と思います」

「そうか」


 オリントスはじっとクラードを見ていたが、やがて小さく息を吐いた。


「すまない。なんでもない。アリサ様もおまえを待っている。中に入れ」

「……わかりました」


 オリントスの横を過ぎ、扉をあける。窓際に置かれた椅子に腰掛け、彼女はテーブルに置かれたティーカップに口をつけていた。

 ドレスをまとっていた彼女はちらと視線をクラードへ向け、ティーカップをテーブルに置いた。


「勇者祭に合わせて、きちんと戻ってきたようね」

「……なあ、アリサ。もう細かい話は抜きだ。俺に何をさせたかったんだ? 護衛として雇っていないのは鼻からわかってるよ。けど、じゃあ何を理由に俺を雇ったんだ?」

「あの子たちに、最後、せめていい思い出ができればいいと思ったわ」


 アリサは綺麗な顔を笑みで飾る。

 クラードはその顔にぐっと近づき、肩を掴む。


「こんな短い旅で何が思い出だよ。こんなの、むしろあいつらを苦しませるだけだろ!? 外の世界を知って……死ぬのが辛くなるだけじゃねぇか」

「そうかしらね? 例えばクラード、あんたは後三日で死ぬって、わかったら、何をする?」

「死なないようにするっ」

「病気よ。病気であんたは死ぬのよ」


 首を振った。


「それでも死なねぇよ。やりたいことたくさんあるんだ。結婚だってしてねぇし、うまいものだって食べたりねぇ。まだまだやりたことあるんだ。何が来たって、俺は絶対生きてみせる。何より、まだ父さんも師匠も探せてねぇんだっ。たとえ、三日で死ぬっていわれても、それ以上生きてやる!」

「……はぁ、あんた馬鹿ね」

 

 アリサは小さく微笑む。それからクラードの手を払いながら、外を見る。


「……フレア、フィフィ、ニナ、ニニたちは近衛騎士が守っている小さな家屋にいるわ。それは城の庭にあるわ。……彼女たちを、連れて逃げ出す人がいてもあたしは知らないわ」


 アリサの言葉に、クラードは体を硬直した。

 それはつまり、聖都を、世界を敵に回せということでもあった。


「……アリサ、おまえまさか最初からそれが目的だったのか?」

「……そうよ。あたしのせいで生まれてしまったあの子たちを助けられるなら、あたしはこの世界がどうなっても構わないわ。鬼神が復活して、世界がどうなろうとも、あの子達が生きているなら、あたしはどうでもいいわ。……鬼神が手を貸してくれるのならば、あたしは鬼神にだって忠誠を誓うわ」


 「だからクラード、残りの時間で考えて」。

 アリサは鋭い目をクラードに向ける。

 アリサの恐ろしいほどに真剣な目に、クラードは気圧される。


「覚悟を決めたら、あとはお願い。……安心して、鬼神のほうはあたしが一人で封印してみせるわ。……それで、ホムンクルスだなんだの、馬鹿な話も終わりにするわ」

「……アリサ。けど、それじゃあおまえは」

「あたしはいいのよ。あたしはすべての元凶なんだから。このくらいの罪滅ぼしはするわ。……それに、それであの子達が平和な世界で生きていけるなら、ぜんぜん構わないわ」

「おまえじゃねぇだろ……全部人間が悪いんだろ。鬼神を倒すだけの力を得られなかった……」


 人間たちだけで、鬼神を倒すことができていれば。

 その仮定は無駄でしかなかった。


「とにかく、クラード。……あたしの話は終わりよ。あんたはどっちを選んでもいいわ。フィフィたちを助けても、助けなくても……安心しなさい。あんたの仕事ぶりはきちんとあちこちに伝えてあるわ。問題でも起こさない限り、遠征部隊にだって入れるわ」


 遠征部隊、という言葉にクラードは家族を思い出す。

 フィフィたちを助ければ、二度と遠征部隊になど入れるはずもない。


 それどころか、家族にも故郷の人たちにだって会えるはずがない。

 彼女たちを助けたいと心ではずっと思っている。けれど、いくつもの可能性を潰すことにもなってしまう。


 クラードは思わず口を閉ざす。アリサは、小さく口元を緩める。


「ごめんなさいね。あたしのせいで色々と迷わせてしまって。……あたしはどっちを選んでもうらむつもりはないわ。……ゆっくり、考えて頂戴」


 アリサの部屋から廊下へ出て、クラードは拳に力をこめる。

 彼女たちを助けたい、その思いは嘘偽りなく本当に心の中にあった。

 だが、それでも同等に遠征部隊に入り、父を、師匠を探したいという思いもあった。


 二つの感情がぶつかりあう。どちらかが消えることはなく、ぶつかりあったまま、心の中でうずくまってしまう。

 答えは二つだけ、出たままだった。学園の座学のテストに比べれば、簡単だ。

 どちらか選んだほうが、答えとなる。間違いなどない、誰でも解けるような問題だ。


 だが、だからこそ難しかった。どちらを選んでも、正しく、どちらを選んでも間違いだ。

 クラードが顔をあげると、オリントスと視線がぶつかる。


「……」


 オリントスは黙ってクラードを見ていた。クラードはその視線から逃げるように、自室を目指す。


 誰かに相談したいと思ったクラードはラニラーアの姿を探した。この城では彼女くらいしか、心のうちをぶつけられる相手がいなかった。

 しかし、ラニラーアはブレイブとともに、任務へと向かっていた。

 戻ってくるのは今夜になるという話を聞き、クラードは仕方なく部屋へと戻った。


 クラードは部屋の窓をあけ、リンドリへ魔力を向ける。

 リンドリはすぐに飛んできて、窓枠に乗る。


「なあ……レイスは最近どうしたんだ? おまえいつも一緒だよな?」

「ぺぺっ」


 びしっとリンドリは羽を動かす。リンドリの言葉がわかるはずもなく、クラードはがくりと肩を落とす。


「なあ、おまえならどうするんだ? もしも大切な子が死ぬかもしれないってときに、別の場所で大事な子もやばいってなったら、どっち助ける? 助けられるのは一人だった場合、どっちにする?」


 状況を簡単に説明すると、リンドリは首を傾げる。

 それからびしっと翼を別の場所へ向ける。そのあと、○、と翼を動かす。

 それからクラードに翼を向ける。×とリンドリは造った。


「……つまりなんだ? もしも俺とレイスが両方危なくなったら、レイスのほうを助けるってことか?」

「ぺぺ」 


 こくこくとリンドリが頷く。クラードは大きくため息を吐いた。リンドリにとっては、レイスのほうが大切なのだろう。今は状況が少し違った。

 クラードは聞き方がわるかったかぁ、と思いながら、それでもいくらか落ち着いた心で、それじゃあと別の提案をした。


「俺とラニラーアならどっちにするんだ?」

「ぺぺ!」


 クラードに翼を向けたあと、×を作った。

 がくりと肩を落とすと、リンドリは愉快そうにその場で跳ねた。


「そんじゃそこら辺の見知らぬ人と俺ならどっち助けるんだ?」

「……ぺぺぇ」


 それは非常に難しい問題だ、とばかりにリンドリは首を捻る。

 その姿にがくりとクラードは肩を落とす。落ち込んでから、さらにまた落ち込む。

 なぜ鳥相手に相談なんてしているんだろう、と。

 

 クラードはリンドリに用意した手紙を渡す。レイス宛の荷物を受け取ったリンドリが晴天の空へと跳んでいく。

 

 雲が一切ない空とは違い、クラードの心はどんよりとしていた。

 ベッドに寝転がったクラードはもう一度アリサの話をまとめる。


 フィフィたちを連れてどこへ逃げるつもりなのか、助けたところで逃げるなんて不可能ではないだろうか。

 見捨てて、それによって得た平和な世界で、遠征部隊になり、父親を探しにいく。

 ――たとえ、父を見つけたとしても、そのとき、心から喜ぶことはできるのか?

 クラードはぐるぐるとそんな思考で埋め尽くされたまま、一日を過ごした。




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