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第七十六話 欠片程度



 次の日。

 リゴの村では宴が行われることになった。

 その準備の時間に、クラードはニナとニニをつれ、ラピス迷宮へと向かっていた。

 すっかり平和になった山で、村人たちは果物の採取をしていた。


 そんな彼らと時々すれ違いながら、クラードはラピス迷宮へとたどり着いた。

 ラピス迷宮に到着すると、そこにはジンがいた。

 彼は曲がった腰に手を当てるようにして、立っていた。


「……どうしたんですか?」

「いやぁ、のう。おぬしたちがラピス迷宮に入ろうとしていたんじゃろうと思ってのぅ」

「ジンさんはやっぱり――」


 ホムンクルスの研究について知っているものだったのかもしれない。

 クラードが視線を彼に向けると、笑みを軽くこぼした。


「まあのう。……ラピス迷宮に入るのじゃろう。わしも少しついていってもいいかの?」

「……ニナ、ニニいい、のか?」

「構わないと思います」

「ニニも同じです」

「ありがとのう」


 ジンは顔の皺をさらに濃くするように微笑んだ。

 ラピス迷宮の入り口を、ニナとニニが開く。

 いつもと同じ造りをしていたラピス迷宮を潜っていくと、そこは土の都と同じ、機獣によって破壊された街が広がっていた。


「五百年前。発展した文明は鬼神の復活によって破壊されたんじゃ。このラピス迷宮にはその時代の記憶が、残っておるんじゃ」

「……ここは土の都と同じ場所、ですよね」

「そうじゃのう。水と火の都のラピス迷宮には行ったかの?」

「はい。いきました」

「あの二つは過去の歴史じゃな。どのような意図で用意したのかはわからぬが、恐らくはホムンクルスで勇者を造る、ということを教えたかったのかも知れぬな」

「……確かに普通は考えないですよね」

「じゃがの。どのラピス迷宮も勇者の力を持ったものが必要なんじゃ。勇者スキルよりもより強いものじゃ。……じゃから、初めてラピス迷宮を開けるには結局勇者の力が必要なんじゃ」

「……ってことは、ラピス迷宮を開けるために、ラピス迷宮を開ける前からホムンクルスの研究はされていたってことですか?」

「そうじゃ。……その研究を始めたのが、今から五十年近く前のわしじゃ」

「……」


 クラードはジンの顔をじっくりとみた。彼は申し訳なさそうに笑った。


「わしが詳しい事情を知る理由もわかったじゃろ? そして、わしは、不完全なホムンクルスを作り出したんじゃ。無理やりに、竜神がもつ加護を真似たものを与え、その子は動いたんじゃ」

「……それで、ジンさんはどうやってラピス迷宮にたどり着いたんですか?」

「偶然じゃな。……もともとわしは勇者などの研究もしていたんじゃ。じゃから、その子をつれてラピス迷宮の調査にいったときもあったんじゃ。……そして、偶然にあいたんじゃよ」


 ジンはそこで言葉を区切る。クラードたちが進むほうへと、機獣が現れたのだ。

 それを、ニナとニニがあっさりとあしらう。


「ニナたちが魔物は狩ります」

「そのかわり、面倒臭い色々な説明は彼に任せます」


 ニナとニニは感情の薄い目をジンに向けた。

 それを向けられたジンは申し訳ない顔を作った。


「それでは、わしが知っていることを一方的に話すとするかの。もしかしたら、おぬしも知っていることもあるかもしれぬが、そこは勘弁じゃ」

「……大丈夫です。俺馬鹿だから、あんまり覚えてないですし」

「はっはっはっ。馬鹿と自覚できるのならば、馬鹿ではないわい」


 ジンはしばらく笑ってから、一つ咳払いをした。


「聖都と土の都のラピス迷宮にはそれぞれ、別のものが封印されていたんじゃ」

「……別のものですか?」

「そうじゃ。聖都のラピス迷宮は行ったかの?」

「いや、行っていません」

「まあ、あそこと土の都は対したものはないからの。歴史を知るには、それ以外の三つの都が一番じゃ。聖都のラピス迷宮には、一人の少女が封印されていたんじゃ」

「……俺の知っている人ですか?」

「よく知っている人ですよ」


 ニナが機獣の体を切り裂きながら、顔だけを向けた。

 ジンもまた、こくりと頷く。


「アリサ、という少女じゃ」

「……アリサ、ですか? ……アリサってかなりの年齢なんですか?」

「クラード、それと胸の話をアリサお姉さまの前では絶対にしないでください」

「するとしても、ニニたちがいないところでお願いします。ていうか、今ここでまっさきにその疑問が浮かびますか普通」


 ニナとニニのジト目にクラードは慌てて両手を振る。


「……わ、悪かったよ! ちょっと気になっただけなんだっての!」

「なるほどのぉ。アリサ様がおぬしを選んだ理由がよくわかったわい」


 ジンが大きく笑った。


「話を戻すんじゃよ。聖都に眠っていた少女はアリサじゃ。……彼女は千年前から、その体の年齢を止められているんじゃ」

「……千年前って、つまり勇者の時代ってことですか?」

「そうじゃな。アリサは勇者の時代に発見された、世界でもっとも竜神の加護が強い子だったんじゃ。その子を基本に、ホムンクルスの研究は始まったんじゃ」

「……それで、アリサは水の勇者の力を獲得したってことですか?」

「そうらしいの。詳しいことまでは、当時の人間ではないからわからぬが」


 クラードは語られる内容に驚きしかなかった。


「聖都にアリサがいて、土の都には竜神の筆があったんじゃ。それによって、加護の力を記入することができるようになったんじゃ」

「……現代でも、アリサを基本にホムンクルスが造られていったってわけですか?」

「そうじゃ。それを行っていたのが、わしじゃ。……いくつものホムンクルスが死んでいき、ここ最近になり、わしの弟子であったクロイソートという研究者が、ようやく完成させたんじゃ」

「……そう、ですか」


 その研究者の名前はどこかで聞いたことがあった。恐らくはレイスがらみだろう。


「それがホムンクルスのわしが知る限りの過程じゃな」

「……ありがとうございます」

「わしはとてつもない罪を犯したのじゃよ。……人の生命を作りあげてしまった」


 ぐっとジンは拳を固める。

 ホムンクルスの製造に関しては、正しい間違いはわからない。

 けれど、クラードはずっと思っていたことがあった。


「俺はニナたちに……他にもまだいますけど、彼女たちと会えた事を嬉しいと思っています」

「……クラード」

「まあ……ホムンクルスを作ることに関しては良いも悪いもよくわからないです。そりゃあ、竜神様を慕う人からすれば否定することなのかもしれませんけど……俺は絶対に出会うことができなかった人たちと会えたから……嬉しいですよ」


 クラードはそういって笑った。

 ニナとニニも顔を見合わせ、短く息を吐いた。


「……そう、じゃな」


 ジンは薄く微笑むばかりだった。

 クラードは彼と共に進み、ラピス迷宮の五階層へと到着する。

 映像が流れていく。

 機獣と人間が戦っているものだ。そして、そこには、映像からでも十分伝わるほどの禍々しいオーラをまとった鬼が四体いた。


 男女がそれぞれ二名ずつ。

 魔王カルテルと似たような雰囲気であったが、明らかに格が違った。

 真っ赤な腕を持つ鬼神が片手を振れば、人間は吹き飛ぶ。


 その鬼神の手下とばかりに、残りの四体の鬼たちも暴れていく。

 

「この映像は五百年前の鬼神と魔王、そして人間の戦いじゃ。機獣を自分の支配下に置いた鬼神は、人間を追い詰めていった。一度、世界は鬼神に支配されかけた。……しかし、な」


 映像は切り替わる。

 鬼神の前に現れたのは一人の男と、五人の少女だった。

 五人はアリサ、フレア、ニニ、ニナ、フィフィに非常に似ていた。


「アリサは、この戦いのときにもいたそうじゃ。……そうして、役目を終えた彼女は再びラピス迷宮に封印された、そうじゃ」

「……そうなのか」

 

 アリサを除いた四人の少女たちは、それぞれ力を使い、鬼神の力を体内へと封じ込めていく。

 鬼神の体は失われ、その力のすべてが少女たちへと飲み込まれる。

 完全に消える刹那、鈍い声が響いた。『いまわしき竜神の封印術……。五百年か。我に寿命はない。貴様らが竜神とともにあるかぎり、何度でも我は復活し、世界を鬼のものとしてみせる』。


 鬼神はそういい残し、姿を消した。

 力を封印した四人の少女たちへ男は近づき、苦悶の顔を作った後、その剣で少女たちの胸を突き刺した。


「何やってんだ!?」


 少女たちは僅かに悲鳴をもらし、崩れ落ちた。

 アリサは唇を噛み締め、視線をそらした。


「五百年前、復活した鬼神を封印したのは、五百年前に製造されたホムンクルスたちじゃ。その封印の仕方は……そのホムンクルスの体に鬼神を入れ、仕留めることじゃ」


 ジンが映像をまとめるようにいった。

 クラードがぐっと手を握った。鬼神を倒すための手段が、ホムンクルスを犠牲にするやり方に、体が震えた。


「……それじゃあ、アリサ、フレア、ニナ、ニニ、それにフィフィは自分の命を犠牲にして鬼神を封印するってことなんですか?」

「……そういうことじゃな。正確に言うのであれば、アリサは使わぬはずじゃ。封印を終えたそのとき、世界でもっとも安全なラピス迷宮へ、彼女を戻すはずじゃ。また鬼神が復活するそのときまでの」

「……それしか、鬼神を封印する方法はないんですか?」

「わしは、他に手段がないかとこうしてあちこち旅しながら、研究を進めていたんじゃ。風の勇者が最後に暮らしたという村でならば、何か情報が得られるかもしれぬと思ったのじゃが……すまぬの。何も見つかっていないんじゃ」

「……鬼神を倒すのは?」

「五百年前の聖都を含めた多くの都を破壊したんじゃ。あれほどの力を持つ鬼神を倒すなど、よっぽどのものでなければ不可能じゃ」


 クラードは視線をニナとニニに向ける。

 彼女たちは映像を見終えてもすべてを理解していたかのような顔のままだった。


「クラード、別にニナたちは何も悲しむことはありません」

「クラード、ニニはすべて知った上で楽しく生きていましたから」


 それから二人は顔を揃えたあと、声をあわせた。


「「まあ、せめて助けてもいいかな、と思える人間に最後に会えたのはよかったです」」


 にこりと二人は微笑んだ。

 それからすぐに表情を戻す。


「あっ言っておきますけど欠片程度ですけどね」

「そういうことですから。変なことは考えないようにしてください」


 ニナとニニはべーと舌を出した。

 クラードは何も返す言葉が見つからなかった。


「これが、アリサお姉様から頼まれていたニナたちのお仕事です」

「クラードに世界のすべてを知ってもらうことです」

「まあ、それを見せた上できっとアリサ様は無茶な要求をするでしょう」

「……ですから、クラード、無茶な選択はしないでください」


 ニナとニニは意味深な言葉を残し、第四階層へと向かって歩き出す。

 クラードは、まだうまくまとめられていない中で、ラピス迷宮の外へと出た。


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