第七十五話 魔強化ポーション
「効果ありは三人、で残り三人は耐性があったかぁ……。まあ、けど無力化できれば十分だ!」
クラードの言葉で、彼が何かをしたのだろうとルボルはわかる。
彼のランクはGである。しかし、そのスキルが優秀というのはわかっていた。
ルボルは仲間たちの不安を拭い去るように叫んだ。
「相手はランクGだ! 恐れることはなにもねぇ! 全員で潰せ!」
無傷な二人と、剣が重いと悲鳴をあげていたもう一人が剣を捨て、クラードへと距離をつめる。
ミクンの前に出たクラードは右手に剣を持ったまま、左手をあげた。
瞬間、強い力がルボルたちの剣を襲った。まるで。何かに吸い取られるような感触だ。
逆らおうとしたが、その力になすすべはなく、ルボルの所持していた剣はあっさりとクラードのほうへと引っ張られてしまう。
全員が武器を失った。それでもまだスキルがある。
仲間のうち、二人が慌ててスキルを発動しようとしたが。
「や、やっと追いつきました……」
「……疲れましたよお姉様ぁ」
遅れてやってきた少女二人が、大きく息を吐きながら片手をひょいと動かす。
放たれた風の魔法が、スキルを放った二人を弾く。二人は吹き飛びながらもなんとかスキルを放ったが、ニニの放った土の壁によって飲み込まれた。
「おう、二人とも遅かったな」
「はぁ……死んでください」
「なんでだよっ」
「ニナお姉様に同意見です」
クラードが少女たちとぐちぐち話し始めた。
まるで、戦いはもう決したとばかりに。
――ふざけるな。ふざけるなよ。
ルボルはぐっと拳を固める。過去に、あっさりと自分たちを抜いていった冒険者たちの顔をいくつも思い浮かべる。
それがふつふつと怒りの形となり、体の底から力があふれ出す。
魔強化ポーションを取り出し、一気に飲み干す。
一日に何度も使用するのは危険だ、と聞いていたが関係なかった。
瞬間、体が膨れ上がる。異常なまでに力がわきあがる。
「る、ルボル……っ」
「お、おまえ体が……っ」
仲間たちの声が聞こえ、ルボルは首を捻る。
「体ァ?」
ルボルは視線を落とした。両腕と両脚、そして体はまるでオークのようなものになっていた。
驚いたが、ルボルは湧き上がる力に従った。
「てめぇら! こんな奴らにやられて悔しくねぇのか! ポーションを飲めば、もっと強く、ツヨク……なれるぞっ!」
だんだんと意識が薄まっていく。ルボルは気を失う前に、とクラードへと飛び掛った。
彼が振りぬいた剣と拳がぶつかる。
クラードがよろめいた。さっきまでは一方的だったが、押している。
それにルボルは満足する。腕を振りぬく。人間のものではないが、もう関係ない。
「おい、やめろっ! それを飲んだらおまえらだって化け物になるぞ!」
「うるせぇ!」
ルボルが叫び、拳を振りぬく。
ルボルは笑みを濃くして、ただただ笑い続けた。
〇
「……くそっ」
クラードは短く呟く。
クラードはルボルの攻撃をかわしながら、男たちへと視線を向ける。
魔強化ポーションを取り出した瞬間に、テレキネシスを使い、奪い取ろうとした。
しかし、ルボルがその間へと割り込む。
クラードは歯噛みしながら剣を振りぬくが、ルボルの拳になぎ払われる。
「やめろっ! 化け物になったら、どうなるか――」
「ガキがっ、死ねぇ!」
クラードはナイフワープでかわそうとしたが、それより先に土の壁が出現する。
ルボルの拳が土の壁にめり込む抑えたのは一瞬だったが、その隙にニナの風魔法が放たれた。
「ウィンドブラスト!」
風の魔法は一切の遠慮がなく、ルボルの体を切り刻みながら吹き飛ばした。
「クラード、あなた死ぬ気ですか?」
「そんな奴らのことなど放っておけばよいでしょう」
ニナとニニが口をそろえていった。
『竜の爪』たちは掻き立てられるように、魔強化ポーションを飲み干した。
途端、彼らの体もまた、化け物へと変化をする。
鋭く尖った角が額から生え、まるで鬼魔そのものだった。
彼らを襲っていたはずの状態異常は消え去る。クラードは装備からスキルを回収しながら、五体の鬼魔をにらみつけた。
「……なんで、こいつらは」
クラードは割れたポーションの破片に視線を向ける。誰が、魔強化ポーションを彼らに渡したんだ。それに、魔強化ポーションは勇者製造の副産物じゃないのか? これではまるで、鬼魔の力そのものではないか。
様々な疑問に苛立ちを含めながら、クラードはワープナイフを一斉に投げる。
無感情に魔法を放つニナたちに、クラードは顔をしかめる。
クラードは一気にワープを行い、男たちへと剣を振る。
ワープを連続で使用し、クラードは男たちの首を一瞬ではねた。クラードはため息を一つしてから、男たちの死体へと視線を向ける。
彼らは完全に化け物と化していた。
その場にいた召喚獣たちは姿を消し、すべてが終わったことでミクンがへなへなと崩れ落ちた。
「……終わったのか」
「……ああ、そうだな」
クラードは剣をしまいながら、唇をぐっと噛んだ。
「……この死体だけでも、村に持っていけば、みなは納得してくれるだろうか」
「鬼魔、の仕業にすればいい。鬼魔が魔物を作り出して、村を襲っていた。誰も深くは追求しないんじゃないか?」
「そう、だな。ありがとうクラード。キミのおかげで、妹が助けられそうだ」
クラードは視線を彼らへと向け、ため息をついた。
ニナとニニが彼の横に並ぶ。
「なぜか悲しそうですね」
「誰かを殺すのは初めてですか?」
「そりゃあ、な」
クラードは嘆息を一つついて、手を払う。
「別に気に病む必要はないでしょう」
「彼らはそれだけの罪を犯しました」
「慰めてくれているのか? ありがとな」
そう伝えると、ニナとニニが首を全力で振った。
クラードは軽くため息をつく。あれらは鬼魔だ。けれど、人間だった。
何より彼は、この場にて『竜の爪』たちを捕まえるつもりだった。
「殺すつもりはなかったんだけどな……」
「こんな奴ら生かす価値などありませんよ」
ニナは表情を一切変えずにそういった。
ニニもまた、何も反応しなかったが、ニナと同じ意見のようだった。
「そうかもしれねぇけどな。死ぬってのは一番楽な罪の償いかただ」
「どういうことですか?」
「死ねば悪さした奴は終わりだからな。あの世にいって、竜神様が悪い魂は地獄に落としてくれるっていうけどさ、死後の世界ってよくわからねぇし、やっぱり生きている間に出来る限りの償いはするべきじゃねぇかな」
「つまりクラードはあいつらがより苦しむ姿を見たかったということですか」
ニニが小首を傾げる。
「いや、そういう意地悪な気持ちで言ったわけじゃねぇけど……まあ、生きて罪を償わせたいってのはあったな」
「どちらでも構いませんよ」
「はい。彼らが生きていることで苛立つ人もいます。すぱっと殺してしまったほうがいい可能性もありますよ」
「……まあ、難しいことはよくわかんねぇけどな」
クラードは短く息を吐く。
そもそもの原因は魔強化ポーションだ。それを横流ししている人物がどこかにいる。
聖都に戻ってから、ブレイブに報告する必要がある。クラードは小さく息を吐いてから、彼らの死体でもっとも綺麗なものを一つ担いだ。
犯人の肉体として村へと持っていくものだ。
「ニニ、後はうまく処理できるか?」
「そうですね」
ニナが風魔法ですぱすぱっと跡形もなく切り刻み、ニニが魔法を使って地下深くへと埋めた。
ほとんど一瞬で終わった。人の命はあっさりと消えてしまうのだともクラードは思った。
「よし、村に戻ろうぜ。たぶんだけど、魔物がいなくなってみんな驚いているだろうしな」
クラードはミクンに視線を向ける。彼女はこくりと頷き、立ち上がった。
「そうだな……特に父さんなんて暴れたりないかもしれない」
「はは、確かにあの人ならそんなことも言いそうだよな」
「ああ。村に戻ったら祝いでもしよう。三人が村を救ってくれたのだからな」
「そんなたいそうなことしてねぇよ。そもそも、報酬はもうもらったんだし……」
「いやいや、あの報酬では少ない。だからせめて、おいしいものでも用意しよう」
「おいしいものですか」
「果物とかもありますか?」
「ああ。村で取れる最高のものを用意しよう」
「それは素晴らしいです」
「それは楽しみです」
ニナとニニは満面の笑顔を浮かべる。
あれほどの力と、判断力を持っていても彼女たちもやはり少女だ。
それから村にたどり着いたクラードたちは、村のものたちに事情を説明した。
死体があったこともあり、村人たちの理解も早かった。
「……そうか鬼魔が原因だったのか」
「よかった。てっきり勇者様のお怒りに触れたのだと思っていたよ」
「それならば、わざわざ生贄を出す必要もないな」
村人たちは納得し、ミクンは一目散にリフィリアのいる小屋へと向かう。
クラードは鬼魔の死体を処理してから、ミクンのもとへと向かう。
小屋から出ていたリフィリアがミクンとともに抱き合っていた。
二人は非常に似た顔たちをしていた。
それを見ていたニナとニニはぎゅっと手をつないだ。
「クラードはあの人たちを助けたくて、村の依頼に最後まで協力したのですか?」
「……いや、まあそれはあるけど――」
「すけべぇ、ですね。あわよくばあの人たちと仲良くなりたい、と。恩を売りたいということですか」
「そんなこと言ってない! 仲良くなれるならなりたいもんだけどな」
二人に返事をすると、あからさまに微妙な顔を作った。
「クラードはあの村長の娘さんのように、全力を出せますか?」
「クラードは命を、立場を、国を捨てたとしても、助けようとは思いますか?」
「どういうことだ?」
ニナとニニは視線をミクンに向けたまま言った。
クラードは意味を理解できず、首をかしげていると、彼女たちは首を振る。
「無理ですね」
「……クラードの両腕では難しいです。助けられるのは一人だけです」
「だから、判断を誤らないでください」
「アリサお姉さまは、無茶を要求しますからね」
ニナとニニは柔らかく笑った。彼女たちの笑顔の意味も理解できずにいると、
「間抜けな顔ですね」
「アホ面ですね」
二人はいつものように罵倒をくりだした。