第七十四話 召喚
クラードたちが依頼をすべて終えた日の夕方。
『竜の爪』のメンバーは、借りている宿で苛立った声をあげた。
「お、おい……全部の依頼が受けられちまったじゃねぇか! これじゃあ、金は手にはいらねぇし、魔強化ポーションだって買えねぇだろ!」
「……うるせぇぞ。まさかあいつらが戻ってくるなんて思ってもいなかったんだよ」
リーダーのルボルは顔をしかめ、メンバーたちを見る。
彼らはみな、苛立ちをあらわにしていた。魔強化ポーションをしばらく飲んでいないのも、苛立ちに拍車をかけている。
「……くそっ。気にくわねぇ奴らだぜ! ああ、打ち殺してやろうか……っ! そうだ、それが手っ取り早いんじゃねぇか?」
一人の男がけらけらと笑う。彼の言葉に同意するものたちがいる中、ルボルはそんな軽率な発言をしたものを睨む。
ルボルも、魔強化ポーションの影響で、思考が淡白になっていた。
それでも、この中ではまだ比較的冷静な判断を行うことはできた。
「あいつらはやべぇよ。オレの召喚スキルで見たが、あの村の周囲をありえねぇレベルのスキルであっさりと防壁を作りやがったんだよ」
「……ちっ、じゃあどうするんだよ?」
メンバーの一人が苛立った声を上げる。
ルボルは街にきたばかりのことを思い出していた。
この街は確かに稼ぐにはちょうど良い。有名な冒険者がいるわけではなかった。
それでも、いつまでも一箇所に留まるわけにもいかなかった。似たような魔物ばかりが出現していれば、疑われる可能性もある。
「安心しろよ。あいつらは夕方、風の都行きの馬車に乗っていったぜ。これでもう、この街はもちろんだし、リゴ村だって襲えるぜ」
ルボルの言葉にメンバーは笑みを濃くした。
「それじゃあ、ルボル、早速今夜もやるのか?」
「ああ、今日から再開だぜ。そんで、リゴの村でもらえるものをもらったら、この街も去るぜ」
「あの女、だな」
『竜の爪』の一人が口角を吊り上げ、顔を歪ませるように笑みを浮かべる。
ルボルもにやりと笑った。彼らの目的はリゴ村の依頼者だった。
『竜の爪』のメンバーが自由に話していく。
「あんな可愛い女が依頼者で来るとは思わなかったぜ。今までの依頼者なんて、太った商人や老いた奴らばかりだったからな」
「ああ、そうだな。こんなチャンス、逃すわけにはいかねぇよな?」
ルボルはメンバーの言葉で、昔を思い出していた。
『竜の爪』は、平均ランクEの冒険者パーティーだった。
平均年齢二十半ばであり、その全員が低ランクでありながらも、いつか最強になれる日がくると思い、冒険者として仕事をし続けていた。
しかし、ランクの壁は大きくルボルたちの前に立ちふさがった。
周りの高ランクの若い冒険者たちにどんどん抜かれていく苦しみを味わい、努力が無駄であることを理解していった。
日銭を稼ぎ、酒場に入り浸る日々だった。そんなあるとき、彼らは風の都で魔強化ポーションを手に入れた。売っていたのは騎士だ。研究所に出入りをする騎士で、いつもいくらか盗み出していたのだ。
ポーションを飲んだ瞬間、ルボルの能力は飛躍的に向上した。
ランクは一つあがり、さらに追加で飲むことで、ようやくランクC、Bまで到達した。成長はそこで止まってしまったが、それでも飲んでいる間は一時的にスキルや肉体が強化される。
彼らにとって、それは夢のようなポーションだった。
魔強化ポーションは非常に高価な代物だったが、飲めば一時的にランクAやSにも匹敵するほどの力となる。
何より飲んでいる間は酒を飲んだときのような程よい酔いと興奮が体を支配する。
彼らは取り付かれたように、それを得るためだけに金を稼いでいった。
だが、それだけで欲は満足されない。
次に欲しいと思ったのは女だ。
もともと、『竜の爪』たちのメンバーの根底には、有名になって金持ちになりたい、女にもてたい。そんな野望があった。
力をつけていったところで、それらがより顕著に現れるようになった。
もちろん、女を買う手段もある。だが、六人のパーティーで女を一人ずつ買うには莫大な金が必要となる。
何より、魔強化ポーションも買わなければならない。それを購入するには金が必要で、女を買う余裕まではなかった。
ならば、報酬に女を追加してしまえばいい。
彼らの思考はそれで一致した。難しいとはいえ、可能性はいくらでもある。
魔強化ポーションの問題点でもある。
日もすっかりと落ち、ルボルは立ち上がる。
『竜の爪』のメンバーたちも続々と立ち上がり、彼らは言葉にするまでもなくリゴの村まで向かった。
クラードたちがやってくるまではこれが日課だった。
夜、二時間ほどの移動でリゴ村が一望できる山にたどりつく。
リゴ村を監視する上で、この位置は絶好の場所だ。
「サモンアイスウルフ、サモンアイスゴブリン!」
ルボルはスキル名を名乗る。召喚したのは二種類の魔物だ。
彼らはルボルの魔力を元に作られた魔物たちだ。実際の魔物とは大きく違い、ルボルのランクに比例した力を持っている。
つまり、ランクB、C程度の力を持っていた。
ルボルは魔強化ポーションを取り出し、ごくごくと飲んでいく。
魔力が増幅する。筋力だって膨れ上がっていく。
ルボルはさらに魔物を大量に作り出す。数は今までよりもはるかに多い。ランクBの魔物と、時々ランクA相当の魔物も生み出せた。
「ははっ、どうだどうだ! 大量についってやるぜ、ひゃははっ!」
百を超えるほどまで作ったところで、ルボルは大きく息を吐きだす。
いくら強化した肉体とはいえ、そこまで作ると肉体への疲労も大きい。
ルボルのほうへ仲間が視線を向ける。どことなく、不安そうだった。
「ル、ルボル、大丈夫かよ?」
「はっ、馬鹿にするなよ」
ルボルが指示を出し、魔物の群れは一気に村へと向かう。
雄たけびをあげながら、リゴ村の入り口まで行き、その壁を殴りつける。
しかし、いくら殴っても壁はびくともしない。以前の木の柵であれば、あっさりと破壊できた。
「……ちっ。しゃあねぇ。正面から行くしかねぇか!」
村の立ち見櫓にいた叫んでいるのが、召喚獣ごしに見えた。
関係ねぇ、とルボルは口角を吊り上げる。
入り口となれば、村人たちもそこに戦力を集めているだろう。しかし、関係ない。村人如きに、負けるつもりなどなかった。
村の狭い正面の入り口から、魔物を突っ込ませていく。
だが、一度に通れる魔物は二体が精々だ。魔物たちは順番を待つような形で、村へと入っていくしかない。
村の入り口を守る男たちによって、魔物はすぐに潰されていく。
また、外壁に上った村人たちが、次々にスキルを放つ。
おまけに、外壁から放たれるスキルをくらい、魔物たちは中に入る前から削られていく。
「ああっ、くそ! 気にくわねぇ! 雑魚共が邪魔をしやがって!」
「おいおいっ! ルボルおまえ、なにやっているんだよ!? ぜんぜん突破できてねぇぞ! これじゃあ、いつもみたいに、依頼にならねぇぞ!」
「……依頼か」
ルボルは舌打ちをした。
『竜の爪』のやり方は簡単だ。
不自然ではない場所に召喚獣を配置し、通行者や商人を襲わせる。
たまらず依頼を発注した彼らのそれを、『竜の爪』が引き受けることになる。
あとは簡単だ。実際に、その依頼者の目の前で召喚獣を倒せばいい。
そうやって慎重に稼いでいたのだが、ルボルは魔強化ポーションを飲んだことによって気が大きくなっていた。
さらにいくつもの、召喚獣を作り上げていく。
今までのものよりも一回り強力だ。加減しない、ルボルの本気でもある。
「おまえらっ! どうせ誰もみてねぇんだっ。リゴ村を壊滅して、そのままそこに生き残った女たちを自由にしてやろうぜ!」
ルボルの言葉に、一瞬メンバーは固まる。しかし、すぐに狂気の笑みで歪んだ。
「……へ、へへへっ! 確かにそっちのほうが手っ取り早ぇよな! 今のオレたちなら、あんな小さな村どころじゃねぇ。アクリスの街だって余裕だぜ!」
「ギルド職員の女も可愛いかったしなっ、次はあっちに行こうぜ――!」
げらげらと笑い続けた彼らは、がさりと森の木々が揺れたことで固まる。
慌ててそちらを見る。――何者だ。
目をかっと開き、その顔を憤怒に染めたミクンの姿があった。
『竜の爪』のメンバーは一瞬焦りを感じていた。しかし、すぐにそれはなくなる。
相手は一人、それもただの村娘だ。やればいい。彼らの意思は一瞬で合致する。
「貴様たち……っ。何をふざけたことを抜かしている!」
「はっ、誰かと思えばたいしたものも用意できねぇ依頼者様じゃねぇかっ。ちょうどいい、おまえら、やっちまえ!」
『竜の爪』のメンバー五人がそれぞれ剣を抜いて飛び掛る。
ミクンは腰に下げた刀を抜き、左手に持っていたライトを空高くへと放り投げる。
くるくるとライトが周囲を照らしていく。
五人はそれを意に介さない。
一人が飛び掛り、抜き放ったミクンの刀に剣をぶつける。
一人の剣を受けたミクンだったが、その顔は大きく歪んでいた。力は圧倒的に『竜の爪』のほうが上だ。
にやり、と笑みをこぼす。ミクンは大きくのけぞり、その脇からさらにもう一人が腕を伸ばす。
ミクンは慌てて腰に差していた紫色の短剣を取り出したが、手放した。
「へっ! やんちゃな姉ちゃんだぜ! だが、いい体じゃねぇかっ」
「……貴様らのせいで、私の妹は――!」
ミクンが声を荒げる。
「おまえ妹もいるのか? 同じようにやってやるから安心しろよ!」
男が荒々しくその胸へと手を伸ばす。
しかし、その男の手がミクンの胸に届くことはなかった。
一瞬でミクンの隣へと転移したクラードが男の頬を殴りつけた。
派手にとんだ男は、近くの木に体を打ち付ける。
「大丈夫かミクン!」
「あ、ああすまない」
ルボルはそこに現れた男に目を見開く。
「てめぇは……Gランクの冒険者か! 帰ったはずじゃなかったのかよ!?」
「帰った振りをしたんだよ。どうやら敵さんは随分と賢いやつみたいだったからなっ。おまえら、こんなことしやがって……騎士に突き出してやるからな!」
「くそ……っ! おまえら!」
それでもまだ、ルボルたちは有利だ。すぐに余裕を取り戻す。この場にはクラードとミクンの二人しかいない。
全員で囲めば、負けることはない、ルボルが笑みをこぼした瞬間、彼らの仲間が悲鳴をあげた。
「ま、魔物だぁ!」
突然、仲間の一人がそう叫んだのだ。
確かに、この場にはルボルが召喚した魔物がまだ三体残っていた。
しかし、彼の目はルボルや他の仲間を見てのものだった。
尻餅をつき、必死に後ろに下がっていくさまは、まるで鬼神にでも遭遇してしまったかのようだった。
または彼が苦手なナメクジ種の魔物を見たときのようだ。
その悲鳴は一人で留まることはなかった。
「か、体が痺れる! おえっ、おまけに吐き気も……これは毒か!?」
「う、うぉぉっ!? 剣がおもてぇ!」
ルボルの仲間たちのうち、三人が似たような悲鳴をあげる。
だが、ルボルを含めた三人は無傷だった。
「な、何が起きていやがる!」
突然仲間の三人が悲鳴をあげる。
クラードが地面を踏みつけ、ルボルは慌ててそちらを見た。