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第七十一話 調査


 クラードはミクンと共に村長の家を出た。そして、すぐに驚いた。

 来たときにはなかった、岩の壁が出現していた。

 ちらと壁のほうへと視線を向ける。村の人たちがニニの近くに集まっていた。


「あれはキミの仲間が作ったのか?」

「……まあ、な」

「凄いな……まさかさっきの一瞬でこれほどの壁を作り上げるとは」


 クラードも驚いていた。まさかこれほどあっさりと、あれほどのものを作るとは思っていなかった。

 クラードは苦笑を返しつつ、ニニのほうへと向かう。

 近づくと、ニニは大きくため息をついた。


「ああ……疲れました。もう休みたいです……」

「二ナの壁次第で、この村の防御が決まるんだ。頑張れよ」

「うひゃあ!? 誰ですか気安くニニの名前を呼ぶ変態は!」


 大げさな反応を示し、ニニがじろっとクラードを睨む。


「……おまえ、分かって言っただろ」

「ああ、クラードですか。岩の壁をとりあえず造りましたが、もっと頑丈なものに変化させたほうがよかったですかね?」

「できるのか?」

「時間がかかりますけどね」

「ならやめておけって。今は魔物の侵入を防げればいいんだからな」


 岩の壁でも十分だ。それ以上になれば、要塞となる。さすがにそれが村にあるのは不自然だ。

 ニニがこくりと頷き、片手を向ける。土の壁が出現し、それが岩へと変化する。

 それらは三メートルほどでとまる。厚さはその半分ほどだ。十分すぎる防壁だ。


「俺たちは魔物の出現している原因を調べに山へ向かうからな。ニニも頑張ってくれよ」

「あーあ、クラードではなくお姉様の声が聞きたいです……」

「……とにかく、頑張ってくれよ」

「わかっていますよ」


 渋々、といった様子でニニは頷く。


「そういえば、二ナはどこにいるんだ?」


 近くにニナとジンの姿はない。ニニは腰に手をあて、じろっと睨む。


「何をするつもりですかっ」

「ちょっと様子を見に行くだけだよ。まったく、おまえらってどうして俺に対してそんなに当たりが強いんだよ」

「二ナお姉様なら、そちらの建物にいますよ。なんでもけが人が集められているらしいです」

「了解、ありがとな。そんじゃ引き続き頑張ってくれよ」


 ニニはせっせと壁を作り上げていく。

 クラードは振り返りミクンをみた。


「悪い、二ナがちゃんとしてるか一度見てきていいか?」

「ああ、私も寄りたい場所がある。すぐそこの建物だ。一度そちらに行ってくる」


 ミクンが指差した建物は小さな物置のような場所だ。クラードはこくりと頷いた。


「わかった。終わったらすぐ行くな」


 クラードはニナがいるという建物へと向かった。

 そこは長い平屋だ。中に入ると、布団が床に敷かれている。

 そんな平屋では、人々が体を確かめながら声を上げていた。

 

「おお、嘘みたいだ……っ。傷が一瞬で治るなんて!」

「まさか彼女は聖女様なのではないか……」


 布団から体を起こし、けが人だった人々は歓喜の声をあげる。

 ニナが人々に手を向け、一人一人に魔法をかけていた。

 ジンが興味深そうにニナを見ていた。ニナはやりづらそうな顔で、治療を行う。


「……すげぇなニナ。傷を完全に治癒するのか?」

「完全ではありません。治療した後きちんと休む必要があります」


 治癒系のスキルは多少の疲労回復と、外観上の傷を癒す力が精々だ。


「それでもここまでだなんて……いやぁ、驚いた」


 さすがに勇者の力というだけはある。

 クラードが感心していると、ジンも同じように頷く。


「本当に感謝しかないんじゃよ。まさか、これほどの力を持っているなんてのぅ」

「ああ、ジンさん。さっき村長に聞いたんだけど、山で魔物が発生しているかもしれないんですよね?」


 クラードが小首を傾げると、彼は考えるような顔で頷いた。


「……うむ。そうじゃな。断定はできんが、魔物たちは山のほうから降りてくることもあったんじゃ。そして……魔物たちはどうにも知能があるようじゃ。後ろで誰かが手を引いているのか、あるいは相当に賢いリーダーがいるのかは不明じゃが……ここ最近の鬼魔騒ぎもあるじゃろう? ……魔王が、出現したなどとも聞く。この村は勇者に縁のある村でもあるんじゃ。だからのう、鬼魔や魔王が村を狙っている、可能性もあるのではないか、というわけじゃ」

「もしもそうだったら……まずいことになりますよね」

「……そうじゃな」


 悲観ばかりしていてもいられない。クラードは胸をばしっと叩いた。


「わかりました。それじゃあ、これから山の調査に向かいます。ニナ、みんなのことよろしくな」


 クラードがニニを励ますと、彼女は肩を落とした。


「……はあ、わかっていますよ。ニニに言われたかったです」

「それ、ニニも言っていたぜ」

「本当ですか。それではニニがニナを元気づけている場面を想像しながら頑張ります」


 ニナは途端に嬉しそうな顔を作る。

 それでいいのか? とクラードは僅かに思いながらも、何も言わなかった。

 クラードは建物を離れ、ミクンが向かったほうへと行く。

 

 小さな物置のような建物についた。

 ミクンはすぐに見つかった。彼女は建物の前で立っていたからだ。

 入り口は頑丈な鍵がついている。何かを封印しているようだった。


「リフィリア、ようやく冒険者を連れて来れたんだ。……これで、問題が解決すれば、リフィリアだって自由になれるんだ」

「……本当、ですか? ですが、風の勇者様がお怒りになられたのでは……。村長の家の女性は、昔からその身を風の勇者に捧げるのでは――」

「……父さんだって、古臭い風習だといっていただろう。絶対にそんなこと、しても意味はないんだ……待っていろ。お姉ちゃんが必ず魔物を、元凶をしとめてみせるからな」


 ミクンがそういいきって、顔をあげる。

 立ち上がったミクンとクラードの視線がぶつかり、ミクンが頬をかいた。


「待たせてしまったか、すまない」

「いや、そんなことねぇよ。今来たところだ。……もういいのか?」

「ああ、大丈夫だ。すまない、山へと向かおう」


 ミクンがちらと小さな建物を見て、それから歩き出す。

 クラードは彼女の横に並ぶ。クラードは聞くか迷って、頬をかいたあと小さく口を開いた。


「あの中にいる子は、友達、とかか??」

「……私の大事な妹だ」


 クラードは一瞬だけ逡巡する。


「なんであんな場所にいるんだ?」


 ミクンは苦笑を浮かべた。


「……この村の風習みたいなものだ。……この村が勇者縁の地であることは話しただろう? 最後、風の勇者様がこの地でその生命を全うしたことから、そういわれているんだ」

「へぇ……知らなかったな」


 レイスが聞けば喜びそうだな、とクラードは思った。


「それもそうだ。今も大切にしているのはこの村の人間くらいのものだからな。とにかくだ、そのとき風の勇者様はこの村に結界を張ってくださった。その結界によって、村は長く安定した土地を得た。食物などが良く育ち、何より魔物が襲ってこない領域を授かったんだ」

「……へぇ」

「だが、それらは初めだけだ。千年も経った今、それらの加護はとっくになくなっている。実際、この村は五百年前に壊滅寸前まで行っていたらしいからな」

「機獣が暴れた時代だよな」


 クラードもラピス迷宮で再確認していたため、すんなりと出てきた。

 ミクンも頷く。


「リフィリアがあの建物にいる理由は感嘆だ。風の勇者様の加護に報いるため、昔の村の人々はラピス迷宮の近くに祭壇を作り、そこに村一番の女性を捧げていたんだ」

「……生贄ってことか?」

「そんなものだな。何の影響もない、と私は思っている。だが……そして幸か不幸か、生贄を捧げることで作物が多く取れる年も出てしまった。それらは眉唾ものでしかないのに、過去の人々は生贄を捧げ続けた。時代によっては、雨が降らないという理由だけで、生贄を何人も用意した、なんてこともあるほどだ。……その歴史は本当に五十年も前までは続いていたんだ」


 五十年前であれば、もう十分世の中も発展してきている。

 ある程度の事情に関して、理由もしっかりと出てきているのだが、この村ではそれが続いていたのだ。


「……そうか。それじゃあ、リフィリアは」

「その昔の歴史を知っている者たちが、これは風の勇者のお怒りだ、なんだといっていてな。生贄を用意すれば助かるかもしれない、と言っているんだ」

「リフィリアを助けるには、一刻も早く魔物を退治する必要があるってことだよな」

「そうだ。……できれば原因もはっきりと究明してな。どの地方の魔物が、餌を求めてこの土地にやってきて、住み着いてしまった、とかなんとか。まあ、そのあたりは魔物を良く調べればわかるだろう」


 ミクンの両目は鋭く尖る。


「生贄だなんて、風の勇者様だって望んでないだろうしな。なんとか原因を見つけよう」

「……ああ。ありがとう。それじゃあ、山に向かおうか」


 ミクンとクラードは山へと続く道へと入る。

 緩やかな傾斜となっている山は、果物の木々が多い。

 それらに視線を向ける。魔物が傷つけたような形跡はなかった。

 

「ここも村で管理しているんだ。最近では魔物が襲い掛かってきてしまい、ロクに見ることが出来ていないが……」

「おいしそうな果物が色々あるんだな」

「ああ。この土地では様々なものがなるんだ。……さて、ひとまずは魔物を見つけないことには住処も調べられない。探してみようか」


 クラードとミクンはお互いが見える範囲で、手分けして魔物を探す。

 だが、一時間ほどは山を歩いていったが、一向に魔物の姿は見えない。

 クラードは山の地面に視線を向け、続けていた。


 田舎者としての経験だ。森を移動するとき、魔物がいるかどうかは足跡や糞でわかる。

 一時間、山を大きく移動していたが、一切それらは見当たらなかった。

 魔物は生き物だ。人間よりもずっと野生的であり、足跡を誤魔化すことはできたとしても、糞を丁寧に隠す魔物はほとんどいない。

 仮に、そういった魔物がいたとしても、村を襲うほどの集団の魔物すべてが同じように行動するわけがない。


「……一切魔物がいない。これでは、何も調べられないな。以前、山に入ったときはもっと襲われたんだぞ」

「ミクン、魔物の捜索じゃなくて、魔物が住めそうな場所を探してみねぇか?」

「そう、だな。私が案内していこう」


 ミクンが先頭になって歩いていく。その顔には焦りがあった。


「村の人たちは山の調査を行ったのか?」

「何度か試みたんだが、村が襲われたり、山で大量に魔物が襲い掛かってきてしまったりで、それどころではなかったんだ」

「……そうか」


 となれば、この状況は異常だ。

 それから、クラードたちは山をざっと移動した。

 ミクンの案内のもと、魔物たちが姿を隠すと思われる場所、すべてを。

 しかし、それでも魔物の姿を見つけることはできなかった。


 もちろん、前からずっとこの山にいる魔物は存在した。しかし彼らの後をつけても、彼らの小さな住処があるだけだった。


 動物も同じだ。山にいた野生の動物は、何にも怯えることなく、生活している。

 住処と思われる場所を探したが、魔物は一切ない。怪しい洞穴などは、中まで入って調べたが、糞や生活していた痕跡も残っていない。


 それでも、ランクB、Cの魔物たちはどこからともなく現れ村を襲う――。

 クラードはいくつかの疑問を抱きながら、村へと戻った。

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