第七十話 リゴ村
歩き出して一時間ほどが経った。
道中一度も魔物には襲われていない。クラードはちらとミクンへ視線をやる。
「この辺りはぜんぜん魔物が出ないんだな」
「……そうなんだ。私も驚いた。てっきりリゴ村にあれほど出てきたのならば、他の場所にもいるものとばかりに考えていたんだ」
ミクンが声に強弱をつけて話す。
魔物が人里を襲う一番の理由は、食料を求めてだ。
ミクンの言うとおり、ランクC、Bの魔物がリゴ村周辺に住み着き、リゴ村を襲っているのならば、そこにもともと住み着いていた魔物たちが、別の場所へと逃げる。
ランクの高い魔物にとって、ランクの低い魔物は餌でしかない。同種の魔物であれば共存できる可能性もあるが。
ランクC、Bの魔物がクラードたちが今いる場所にいないとしても、他の魔物がいないのはおかしな話だ。
「よっぽど魔物のリーダーが賢いのか、それとも何かリゴ村近くに魔物を寄せ付けるようなものがあるかってことか……」
「ないっ。そんなものは、絶対にあるはずがない!」
ミクンがぶんぶんと首を振って声を荒げる。
それまでとは違う声にクラードは眉間に皺を刻む。
はっとして、ミクンが咳払いをする。その理由を問うより先に、クラードの後ろにいたニニが声をあげた。
「に、ニナお姉様……そろそろニニはへとへとです。交代の時間です」
「……ま、待ってくださいニナの足も悲鳴をあげています。あと十分の延長をっ!」
「もう駄目です! 約束の十分が経ちましたっ。クラードに借りた時計の針! ほら、見てください!」
「……くぅぅ、歩きたくないです」
ニニがくいっとクラードの時計を指差しながら、ニナに顔を近づける。
普段仲のいい二人は、クラードの背中の権利を奪い合っていた。
二人は歩き始めて五分でダウンした。体力自体はあるようだが、長く歩くのが嫌なようだ。
虚しい喧嘩をする二人を見かねたクラードは、人差し指を立てる。
「それなら一ついい手段があるんだ」
「なんですか……? しょうもないものだったら、風魔法で穴開けます」
「……」
和ませる言葉を言おうとしたクラードは笑顔のまま口を閉ざす。
ニナが右手に風魔法をあつめる。
クラードは慌てて両手を振る。
「しょうもない意見だったのですね」
「ま、待ってくれ! 俺が足を引っ張ってやろうか? っていうただの冗談だったんだよ! 許してくれ!」
「な、なんとくだらない。くだらなすぎて魔法が消えてしまいましたよ……」
ニナはがくりと肩を落とし、とぼとぼと歩いていく。今度はニニを背負い、クラードは歩いていく。二人とも体重は軽いため、クラードの負担にはならなかった。
ミクンも先へと進み、クラードもその後を追う。
それから二時間ほどかけ、目的のリゴ村に到着した。
リゴ村の入り口の門は先ほどの街と比べても数段劣るものだ。
村の周囲は木製の柵で囲まれている。
その柵たちは頑丈に作られていたのだろう。木材をしっかりと組み合わせ、紐でぎゅっと締められたあとだけが残っていた。
ところどころに魔石が埋め込まれている。崩れている柵の一つに近づき、クラードは鼻を近づける。
ヨヤイ草の良い香りだ。人間にとっては心地よい香りだが、魔物にとっては最悪の臭いとなる。
クラードの地元でも用いられていた、魔物避けの基本だ。ヨヤイ草を服に塗りたくれば、魔物にそうそう襲われることもないとされている。
リゴ村を囲っていた柵はぼろぼろで、外から中が簡単に見えてしまっている。
動ける人間たちが柵の補強などに動いているが、それらは女性が多い。
「スキルの強い女性はともかくとして、男性はほとんど戦い続けているんだ……。もう十日ほどは魔物に襲われている状況が続いてしまっているはずだ。……みな疲弊しているだろう」
ミクンは魔物が二日連続で出たときに、すぐ村を飛び出し騎士に援助を求めた。
騎士がすぐに動けない可能性も考慮し、ある程度の金も持って村を飛び出した。
結果としては両方ともつかまらないという最悪の事態となってしまった。
「……私が村を出てきたときよりも酷くなっている」
「ってことは、その間に魔物はさらに襲って来たってことか」
顔をしかめたミクンが頷く。
やがて、ミクンに気づいた村人たちが声をあげる。
村人たちの注目はクラードたちへ集まっていく。
期待する眼差しに、クラードは苦笑だけを返した。
「……すまないな。みんな、救世主がやってきたと思っているだろう。過度な期待をぶつけてすまない」
「いやぁ、いいんだよ。俺は心地良いしな、なんかこう、英雄になったみたいだ」
「馬鹿ですね」
「能天気ですね」
ニナとニニの鋭い言葉を放つ。
ミクンは村を歩き、やがて、一つの家で足を止める。
「……話していなかったが、私は村長の娘なんだ」
「ああ、そうだったのか。だから、依頼の発注を任されていたのか」
「そんなところだ。……父にひとまず帰還の挨拶をする。すぐにクラードたちには仕事をしてもらうことになるかもしれない」
「金をもらう以上、しっかりやるぜ。任せろ」
クラードが答えると、ミクンは小さく頷いて扉を押し開けた。
中には三名の男がいた。
一人は筋骨隆々の男だ。一番中央奥にいる。
もう一人は眼鏡をかけた男性だ。彼も、細身ながらも体は鍛えられていた。
最後の一人は老人だ。
「おうっ、ミクンじゃねぇか! ようやく戻ってきたか!」
一番奥の筋肉男がそういうと、ミクンが軽く息を吐く。
「お父さん、ごめんね。ちょっと時間かかっちゃって」
「無事ならそれでいいんだぜっ。オレたちだって余裕で耐えていたんだからな!」
ばしっと村長が胸を叩く。
それに対して、呆れた声をあげるのは眼鏡をかけた男だ。
「何が余裕ですか……遅かったですね。お金を持ち逃げしたのかと思いましたよ」
「するわけがないだろう」
眼鏡男に対して、ミクンは苦笑を返した。眼鏡男も、眼鏡を軽く動かし、ほっとしたような笑みを作った。
最後にミクンは老人へ頭を下げる。
「ジン様、ご迷惑をかけてしまいました。これほど時間がかかるとは思ってもいませんでした」
「本当、途中で何かあったのかと思ったんじゃよ」
ジンは白く染まった顎髭を撫でながら、息を吐いた。
ミクンはそれから全員に一礼をし、クラードたちに手を向ける。
「こちらにいる三名が、冒険者の方です」
ミクンがそういうと、三人はそれぞれ考えるような顔でいった。
「やっぱり、あの金額じゃ三人が限界か……」
「そうですよね。……仕方ありませんが、三人にお願いしましょう」
「なるほどのぅ……」
ジンは顎を撫でながら、二ナとニニに視線を向ける。
ジンは一度目を見開き、それから首を振った。
クラードはあまり無駄な時間もかけたくはなかった。村をあのままにしておけば、魔物からの脅威に弱すぎる。
「ミクン、話は俺だけ聞いてればいいよな。……二ナ、ニニ。魔法で村の援助を頼めるか?」
「何をすればよいのですか?」
二ナが小首を傾げる。クラードは顎に手をやり、思い出しながら話した。
「ニナ、回復魔法が得意なんだっけか?」
「はいそうですが……」
そこでニニがくいくいとクラードの服を引っ張る。
クラードが顔を近づけると、ニニが声を抑えながら言う。
「二ナお姉様のこと、どこで調べたのですか、変態」
ニニがいぶかしんだ目を作った。場合によっては許さないとばかりの、鋭い目にクラードが両手を振る。
「誰が変態だ。フレアから聞いてたんだよ。ニナは回復が、ニニは防御スキルが得意だってな。だから、ニナは怪我している人たちを治してやってくれ」
「わかりました」
「ニニは土のスキルで魔物が侵入できないように防壁を作ってくれるか? ニニの土スキルはかなり融通が利くものだからな、おまえなら防壁くらいなら余裕だろ? まさかできない、なんてことはないよな?」
勇者の存在は今はまだ秘匿するべき事項だ。
だからクラードはミクンにそう伝えるようにしながら、二人に指示を出す。
「ええ、当たり前です。ニニの力見くびってもらっては困りますよ」
「そういうことだ。ミクン、誰か付き添いの者を一人連れて行ってもらってもいいか?」
「それならば、フレームが――」
ミクンが眼鏡をかけた男をちらと見る。
フレームはこくりと頷きかけたところで、ジンが歩く。
腰はすっかり曲がっていたが、その両目に宿る力強さは本物だ。彼も昔はそれなりの腕を持っていたのかもしれない。
「わしがいこう。若い者たちで、じっくりと作戦のほうはたてておくんじゃよ」
「そうですか。それではジン様、よろしくお願いします」
フレームが頭を下げ、ジンが片手をあげる。
そうして彼はすたすたと外へと歩いていく。
「お穣ちゃんたち。わしがついていこう」
「ニナと申します、よろしくお願いします」
「ニニと申します、よろしくお願いします」
二人は丁寧に頭を下げる。
普段との態度がまるで違うことにクラードはいくらか頬を引きつらせながらも、指摘はしなかった。
ニナたちが去ったところで、村長宅での作戦会議が始まる。
「ミクン、あれから状況は一切変わっちゃいねぇ。魔物たちは今も増え続け、この村を襲っているんだ」
「……そうなのか」
「んで、えっと」
村長の視線がクラードに向いた。
クラードはその探るような視線に、小さく頷く。
「ああ、クラードです。よろしくお願いします」
「んな畏まらなくていいぜ、クラード。オレたちは戦友みたいなもんだからな。クラードにやってもらうことは、魔物たちがどこを住処にしているのか、それを調べてもらうことだぜ」
「検討はついているのか?」
「恐らくは、ラピス迷宮がある山のどこかだ。……どうにもラピス迷宮が関わっているのではないかってジン様が話しているんだ」
クラードはちらとジンのほうへ視線をやる。ジンは顎に手をやっていた。
「……なんでまた?」
「ほら、水の都で鬼魔が出現しただろ? それに、風の都でも数体だが鬼魔……じゃなかったんだが、似たような魔物が発見されたんだよ。奴らはもしかしたら、勇者に関係しているこの村を狙っているんじゃないかってわけだ」
クラードは水の都でのブレイブが一度聖都に戻った理由を思い出していた。確か彼は、風の都に出た鬼魔を調べるため、一度戻った――と。
「ジン様はもともと聖都で研究者をしていたんだ。そのときからラピス迷宮には詳しくてな。今では個人的だそうだけど、勇者たちに縁のあるこの地で今も研究をしているというわけなんだ」
「……そうだったのか」
周りの人たちに慕われている理由がよくわかった。
「とにかくだ。村はなんとか踏ん張って見せるっ。クラードたちには一刻も早く魔物たちの住処を探してほしいんだぜ」
「よしっ、それなら任せてくれ! すぐにでも探しに行くぜ!」
「おう、本当か! 頼むぜクラード!」
「ああ、任せろっ」
クラードと村長はがしっと手を合わせる。
フレームが額に手をやり、首を軽く振る。
「……やれやれ、村長と似たような人間ですね」
フレームの言葉にクラードは首を傾げる。
剣を持ち直したミクンが、声をあげる。
「クラード、私もついていく。今元気なのは、私くらいだからな」
「うしっ、ミクン任せたぜ!」
村長がぐっと親指を立てる。
ミクンは強い決意を固めた目を彼に向ける。
「だからお父さん、もう少し例の件は待ってくれないか」
クラードは彼女の言葉に首を捻る。だが、それを質問する暇もなく、村長が頷いた。
「わかってるよ。オレだってあれは最終手段だと思ってるからな」
ミクンがこくりと頷き、細くなった目を入り口へ向ける。
「クラード、行こうか」
「ああ、了解だ」
ミクンとともに、クラードは外へと出た。




