第六十九話 無理です
ギルドのテーブルに腰掛ける。パーティーの募集などで利用される場所だ。
席についたところで、クラードは改めて彼女に自己紹介をしてから、本題へと映る。
ミクンは両手をテーブルにつけ、ばっと頭を下げる。テーブルに頭をこすり付ける勢いだ。
「ありがとう、クラード、ニナ、ニニ! 私は本当に困っていたんだ」
「……別に俺たちも報酬をもらって仕事をするんだ。立場は対等なんだから、そんな畏まらないでくれよ」
ミクンは体を起こし、一度咳払いをする。
「今、私が暮らしているリゴ村近くに大量の魔物が出現していることは知っているか?」
「話くらいは聞いているよ。なんでも、ランクBとかCの魔物がうじゃうじゃいるとか」
「そうだ。リゴ村に暮らしているものたちでそれらを処理しようにも、どうしても手が回らないんだ。……まともに戦えるのなんて、私を含めて数少ないからな」
ミクンが顔をゆがめる。リゴ村の状況が彼女の脳裏には映っているだろう。
「それで、騎士にも話をしに言ったんだろ?」
「……騎士たちは、辺境の村に割く暇などない、とあしらわれてしまったよ」
「……そりゃあまたひでぇ話だな。仕事放棄じゃねぇか」
騎士たちの仕事は治安維持、また異常な魔物が発生したとき、市民を魔物の脅威から守ることだ。
ミクンは自嘲するような笑みをこぼした。
「とはいっても、断れてしまった以上、諦めるしかない。ならば、と私たちは冒険者を増やそうと思ったが、それでも報酬をたくさん用意することもできずにいたんだ」
「まあ、状況はわかったよ。それじゃあ、俺たちの仕事はリゴ村の冒険者たちと協力して魔物の殲滅をすることでいいのか?」
「その理解で間違いない。……もしも、引き受けてくれるのならば、せかすようで悪いが今から来てくれないか?」
「了解だ。ただ、依頼の報酬に関してなんだが……」
びくりとミクンが肩をあげる。
その両目に涙がびっしりと浮かぶ。
「す、すまない……この一万が限界なんだっ。三人の活躍次第では、六万ラピスすべて支払う。だから……そのっ」
「ああ。違う違う。報酬は一万でいいけど、殲滅っていうのは条件がちょっと難しいからな。ランクBとCの魔物の殲滅じゃなくて、リゴ村の安全――まあ、いつもどおりの状態に戻せたらでいいか?」
今のままでは彼女たちにとって有利な依頼だ。
殲滅、というのをはっきりと確認できる手段はない。だからこそ、クラードはそのように依頼の内容を変えるように伝えた。
「……確かにそうだな。報酬に関してはそれでお願いしたい」
「了解。ニナとニニもそれでいいよな」
「ニナたちは冒険者のことをよく理解していません」
「一応、冒険者先輩であるクラードに一任しますよ」
「言い方に棘があるな……よし、それじゃあ行くとするか」
クラードはぽりぽりと頬をかく。
ミクンはニナたちにばっと頭を下げる。
「ありがとうっ。三人がいなければどうなっていたことか!」
「仕事はこれからだ。解決するかどうかは現地まで行ってからじゃねぇとな」
クラードが席を立ち、依頼が張られている掲示板へと向かう。
そこには先ほどの六人の冒険者たちがいる。彼らはつまらなそうな顔をクラードたちに向けていた。
依頼書の一つをはがした彼らは、受付へと持っていく。
冒険者たちはその依頼を受けてからも、しばらくクラードを睨みつけていた。
クラードはミクンの依頼書をはがし、受付へと持っていく。
「さきほどの方たち、なぜか凄い睨んでいましたね……何かしたんですか?」
受付がきょとんとした様子で首を傾げる。
「ミクンの依頼を受けるっていうんで、ちょっと口論したけど」
「ああ、先ほどの。それで嫉妬っていうところですかね?」
「……どうだろうな」
冒険者たちの表情にクラードは首を傾げるしかなかった。彼らが一体何を考えているのか、さっぱりわからなかった。
「まあ、とにかく……ギルド職員としては依頼を受けてくれる人が助かりましたよ。ありがとおうございます」
クラードは冒険者資格を見せてから、その依頼を受領する。
受領こそしたクラードだったが、それでも不安は残っていた。
『竜の爪』と自称した彼らはそれなりの実力を持っている。そのパーティーが敬遠した依頼だ。そう簡単にはいかない。
クラードは僅かに嘆息をついたが、それをミクンには悟られないようにする。ミクンはニナとニニにあれこれ話しかけている。彼女たちはそれをつまらなそうな顔で首肯だけを返している。
万が一無理な場合は、一度聖都に戻ってラニラーアからブレイブに話を通すことも考えながら、三人のもとに戻る。
「それでは、リゴ村に向かうために一度外へ出ようか」
ミクンの提案にクラードは頷いた。ギルドを離れ、街の外へと向かう。
ミクンは後ろを歩くニナとニニたちをちらと見た。
「兄妹、ではないようだが……パーティーとかだろうか?」
「ああ。俺たちは冒険者のパーティーだ」
そういうことにしておくのが一番都合が良い。
「……ニナもさっきの奴らみたいなかっこいいパーティー名が欲しいです」
「そういえば、クラード。二つ名というのがあると聞いたことがあります。そういうのも考えたいです」
「いいですね、ニニ。ニナも色々思いつきました」
「ニナお姉様、さすがです」
ニナの言葉にクラードは顎に手をやる。力をつけた冒険者には二つ名が与えられることがある。
雷撃の○○、のようにそのものの能力を表す言葉がつくのがほとんどだ。
「まあ好きに考えてもいいけどな」
「ニナのパーティー名はこれです。可憐少女、下僕です」
「おまえ自分で可憐って言っているのかよ。確かに可愛いけど……ていうか下僕ってもしかして俺か?」
「他にいますか? ていうか可憐少女はニナではありません。ニニのことです」
ニナがそういってニニの手を掴む。と、ニニが今度はニナの手を握り返す。
「ニナお姉様も可憐です!」
「ほ、本当ですかニニ」
「はい、もちろんですニナお姉様!」
二人は手をつないできゃきゃっと嬉しそうに頬を染め、喜んでいる。
クラードは片手を腰に当て、ため息をつく。ミクンが口元に手を当てて微笑んだ。
「仲がよいな。二人は双子なのか?」
「まあな。ちょっと髪の色とかは違うけど、双子……だぜ」
クラードは二人の出生を知っていて、その言葉をすんなりと出すのに僅かな抵抗があった。
「……仲の良い姉妹か。いいものだな」
「一人っ子なのか?」
「……いや、妹がいる」
ミクンは視線を下げながらいった。
クラードは深く聞かず、笑みだけを返した。
「クラードは兄弟はいるのか?」
ミクンが小首を傾げる。クラードは首を振った。
「いや、俺も一人だ。けど……俺も土の都の田舎出身なんだけど、そういうところってあれだろ? 近所の子どもも面倒を見るだろ?」
「ああ、確かにそうだな。リゴの村には週に何度か勉強を教える日があるんだ。私たち年長者が子どもに教えることもあるんだ」
「そうだろ? だから、そういう子たちが兄弟、っていうのはずっと思ってたなぁ」
「そうだな。私もそれはあったな」
ミクンは顔を僅かにあげる、懐かしむような表情だ。
クラードは、故郷を思い出していた。
聖都の仕事が終わり、無事遠征部隊に入ることができたら故郷に戻ろうか。
クラードはもう何年も見ていない母の顔を思い出す。
街と外を繋ぐ門へと到着する。そこにいた騎士がミクンに気づくと、視線をはずす。
「ミクン、なんか騎士に見られていたな」
「……まあ、そうだな。あの騎士にも話をしたんだ。依頼を受けられるようにできないのかって。難しいと、返されてしまったが」
「まあな。あの騎士の上司に当たる人間が拒否してるんだ。助けたくても一、騎士じゃどうしようもならないと思うぜ」
人助けという点で見れば、騎士よりも冒険者のほうがやりやすい。
騎士は目の前で事件が起きれば対応できる。だが、基本的には上の指示を待つ必要がある。
上だって同じだ。緊急の仕事以外に関しては同じ地位の人間に話を通す必要がある。
その点冒険者は、自分の裁量で行動することが可能だ。
人助けをする場合に、たくさんの報酬を要求することも、報酬を一切要求しないことだってその人次第だ。
「ニナ、ニニ。ここからは魔物が出るかもしれねぇからな。気を引き締めろよ」
「わかっています。いくつかパーティー名を考えたのですが、クラードは邪魔なので省きますね」
「お、おう。……それはいいんだけど」
「ニナお姉様、これで考えやすくなりますね」
そもそも二人のパーティー名は、パーティー名らしくない点について伝えるのはやめた。
クラードは肩をがくりと落とす。とはいえ、二人も魔物に襲われれば態度も変わるだろう。
「リゴ村までであれば、私がきちんと案内をする。任せてくれ」
「そんじゃ、お願いするな。ここから徒歩でどのくらいになるんだ?」
「そうですね……三時間くらいですかね」
まあそのくらいか、とクラードが顎をかいていると、
「さ、三時間!?」
「無理です死んじゃいますよ!」
ニナとニニが揃って悲鳴をあげる。
パーティー名を考えるのも忘れた二人が、首をぶんぶんと振る。
そのまま町へと逃げ出そうとしたため、クラードは二人の首根っこを捕まえる。
「途中疲れたらおんぶしてやるから」
「なおさら嫌です! ニナのおっぱいの感触を楽しむ気満々じゃないですか!」
「ねぇよ! そんな気持ちも、お前の胸も!」
はっきりと叫んだニナに、町にいた人々が反応する。
「さらっと何を言うのですか! これでも、アリサお姉様よりはあります!」
「ニニもですっ。アリサお姉様のぺったんぺったん平坦な胸よりもありますからね!」
「よーしっ、そのことアリサに伝えられるのと一緒についてくるの、どっちがいい?」
「……つ、伝えたらクラードも死刑ですよ」
「そ、そうです。ど、どうしますか!」
二人はがくがくと震える。クラードはその程度の脅しに屈するつもりはない。
首根っこを離し、ミクンとともに歩いていく。
二人はへなへなと肩を落としてから、ゆっくりと歩き出した。