第六十七話 依頼
食事を取った後、クラードはギルドへと足を運んだ。
風の都のギルドよりも建物は一回りほど小さい。
扉をあけると、からんからんと鈴の音が響く。
ニナとニニはきょろきょろと周囲を見ていた。
「ギルドに入るのは初めてなのか?」
「ええ、まあ」
ニナとニニはちらちらと周囲に視線を向ける。
木造であるギルドの建物は、雰囲気が出ている。明かりもそこまで多くなく、窓から差し込む日差しを頼りにしている。
ギルドの受付にいる女性のもとに向かった。
「リゴの村について聞きたいんですけど、あそこって今どんな感じなんですか?」
「リゴの村……ですか。今はランクC、B相当の魔物がわんさか出てきてしまって、村の人たちも大変な状況ですね」
「ランクB……そこまで行ったら、都の騎士たちが動きますよね? 討伐隊などは向かったんですか?」
「……それが」
受付の女性が周囲を見て、それからクラードに顔を近づける。
「……騎士の方があまり熱心な方ではなく、適当に兵をたまに送り、わずかな調査だけをして、帰ってきているみたいなんです。上にもきちんと報告していないそうで――」
「……はぁ、そうですか」
「……嫌になりますよ。どうせ、コネでも使ってなった騎士なんですよ」
ふんと受付の女性は鼻息を荒くしていった。ずっと言いたかった愚痴なのだろう。言い終わった後の彼女は清々しい顔をしていた。
「それじゃあ、冒険者はどうなんですか? 集まりましたか?」
「……リゴの村の子が依頼募集をしていたんですけど、その……あまり報酬のほうがいいものではなかったので。冒険者も命を賭けるほどではないんですよね……仕方ないことなのですが、こればかりは」
冒険者は自由業だ。仕事をするもしないも、その人自身で決めることになる。
もちろん、力を認められた冒険者は、ギルドに雇われるような形になる場合もあるし、ギルド側も相手の能力を把握して、依頼の受注などをある程度制限する場合もある。
だから、薄情と思われることになっても、報酬次第で依頼を受けるか受けないかは決めることになる。
「魔物発生の原因はわかっているんですか?」
「……わかっていません。ただ、あの村はラピス迷宮の近くにあります。最近、鬼神の復活やら何やら騒がれているらしいですよね。ほら、水の都でも先日魔王が出たとかなんとか」
「ああ、まあそうですね」
クラードはまさにそれを撃退した一人であり、目の前でその話をされることにわずかながらのむずがゆさを覚えた。
「なんともカップルの冒険者が魔王を撃退したとか……ずるいですよね! 実力もあって、おまけにそんなのって! 竜神様はどうしてそんな差別をするんですかね!」
受付の女性はむっと頬を膨らませる。
クラードは彼女の発言に目をひん剥いた。どんな噂の広まり方をしているのだろうか。聖都新聞に記事が載っていたが、そこには、一人の男性冒険者と一人の女性騎士、としかかかれていなかった。
おまけに記事の中身は、ほとんど女性騎士に関してだ。その容姿をたたえるものも多くあったし、何よりブレイブの従騎士であることが記者の心をつかんだようだった。
その記事をみたときはクラードももっと書いて欲しいと思ったほどだ。
なんなら名前を載せてほしいとも思っていた。なぜなら、そのほうが有名になるからだ。
結果的には、アリサにこうして雇ってもらったため、必要はなかったが。
「……一人は騎士だったそうですけど。それにカップルなんて話は一言も聞いてないですけど……」
「あっ、そうなんですか? けど、他の人がそんな話をしていたような……まあ、水の都なんて、対角にあるような場所ですからね。情報が間違っていても仕方ないですよ」
「そうですね……」
ただ、訂正してもらいたいことではあった。
「それにしても……あの子たちって妹さんですか? それともまさか、お子さん!?」
受付がニナたちを指差して、そんなことをいった。
「妹、みたいなものですよ」
子どもがいる年齢に見えるのか、とクラードはひそかにがっかりしながら、二人のほうに行く。
ニナとニニは手をつないだまま、依頼が張られている掲示板の前にいた。
しきりに依頼書を目で追っている。
たくさんの依頼が張られている。地方のギルドは依頼が少ないこともあるため、驚いていた。まだここは風の都への流通拠点となる場所で、多いのだろう。特に、護衛依頼があった。
「何かいい依頼でもあったか?」
「別に、探していたわけではありません」
「文字の勉強をしていただけです」
「そうか。全部読めるのか?」
「馬鹿にしているのですか? 怒りますよ」
「そうです、スネをえいっと蹴ってやりますよ」
しゅしゅっとニニが足を動かす。その顔は半分冗談、半分本気といった感じだ。
クラードは苦笑しながら依頼をざっと見回す。
隅のほうに、リゴ村の依頼があった。
六名を募集していて、その一人当たりの報酬は一万ラピスだ。
村としては六万ラピスを用意したのだろうが、ランクB、C相当の魔物がわんさか出ているのならば、報酬としては少ない。
腕のいい冒険者が一日迷宮に潜った場合、一万ラピスならば稼げる額だ。
リゴ村の依頼では食事や宿代なども補助してくれるようだが、それほどうまみのあるものではない。
出現した魔物のランクが高いのが、ネックだ。
下手な報酬では、冒険者が飛びつかない。かといって、騎士たちはサボっている。
リゴ村が危機的状況にあることは理解した。
「……思っていた以上にやばいかもしれねぇな」
「クラード、ランクC、B程度の魔物とは魔王よりも強いのですか?」
「クラードならばぼこぼこにできるのですか? されるのですか? されてほしいのですが……」
「うっせっ。一方的に勝てるかどうかは相手次第だけど、まあ魔王よりかは強くないだろうぜ。ぼこぼこにされるつもりはねぇよ」
ニニにデコピンを放つと、彼女はおでこを押さえて目をつりあげる。
「そうですか。それでしたら依頼を受ける価値もあるでしょう」
ニナがそういって、ニニもこくりとう案ずく。
「価値は十分にありますね。それに、騎士がサボっていたのならば、その人間の名前をつきとめれば、追加報酬もあるかもしれません」
「追加報酬ってのはアリサからか?」
「そうです。べ、別にそれが目的ではありませんよ!」
「そ、そうですっ。困っている人がいたら助けるのです。お菓子食べたいとかではありません!」
ニナとニニが慌てた様子で両手を振る。
全力で否定している姿に苦笑する。
「依頼はうけねぇよ」
「は? 何を言っているのですか。ニナのお菓子はどうするつもりですか」
「アホなこと言ってないでさっさと依頼を受けますよ。蹴られたいのですか、しゅしゅっとやりますよ」
最後まで話を聞け、と二人を睨む。
クラードは腰に手を当て、笑みを浮かべる。
「ついでに村助けるくらいは別にいいんじゃねぇか? そもそも、俺にしても、おまえらにしても、報酬は王女様からもらえるんだしな」
「クラードは何の報酬をもらえるのですか?」
「まさかアリサお姉様の体を――」
「何を考えてんだよっ。俺はただ単に、未開拓大陸の遠征部隊に入れればそれでいいんだよ。村を助ければ、それを理由にできるだろ? 一応、お前たちっていう目撃者もいるしな」
一万ラピスも魅力的だが、リゴ村が危機的状況にあるのならば、無償で助けるのも悪くはなかった。
依頼はそのままにして、別の人が依頼を受けてくれればいい。
クラードはそう思っていた。実際、アリサから旅費であったり、雇われた際に金は支払われている。さらに依頼で稼ぐほど、金に困っているわけではない。
クラードも自分の故郷で同じような体験をしたことがあった。父親がいなくなり、アステルは騎士として聖都に行ってしまった後は、村を守る人が少なくなってしまった。
強力な魔物が出たとき、冒険者が村を守ったが、それがなければどうなっていたか――だから、他人事だとは思えなかった。
「なるほど……それもアリサお姉様との交渉に使いましょう」
「いいですね、ニナお姉様。民を救うために、といっておけばきっと感動してくれるはずです」
二人も納得した様子で顔を見合わせて頷いた。彼女らの目は浅知恵を浮かべる子どものそれになっていた。
リゴの村に行くことも決まったところで、クラードたちはギルドの入り口へと向かった。
ちょうど入れ替わるように、冒険者たちが中へと入る。
六人の冒険者と、さらに一人の女性がいた。
「頼むっ。この街一番の冒険者はキミたちなのだろう? お願いだ、私の村の依頼を受けてくれ! 出来る限り、よい待遇は用意する。頼む!」
「だから何度も言ってるだろ! 一万ごときで、命を賭けられるかよ! ランクC、Bの魔物がたくさんいるんだろ!?」
「……それでも、キミたちくらいしか頼める相手がいないんだ。風の都に行って騎士に話しても門前払い……都のギルドにも相談したがダメで……冒険者はもうキミたちしかいないんだ!」
「だから、もう六万ラピス追加しろよ。そうしたら、手伝ってやるぜ」
にやりと男が笑みを浮かべる。冒険者たちは男性六人の珍しいパーティーだ。
一人あたり、二万ラピス。それでもまだ安いほうだ。どれだけの期間、村に拘束されるかわからないのだ。
女性は恐らく、リゴ村のものなのだろう。顔をうぐっと歪ませる。
「……すまない。六万ラピスが村の出せる限界なんだ。……頼む! 宿や食事はこちらで用意する。だから――」
「なら、体で払うってのはどうだよ」
そう男が笑みを浮かべる。クラードは受付のほうに向かい、ちょこちょこと声をかける。
「……あの冒険者たちって強いのか?」
「……ええ、まあ平均ランクC、うちリーダーともう一人はランクBもありますからね」
「へぇ……わざわざこの街で冒険者やっているのか? そのくらいまで行ったのなら、風の都まで行った方がいいと思うけど」
「いえ、旅の途中だったみたいですよ。最近この街に来たんですけど、ちょうど魔物があちこちで大量発生しだしてしまったので、凄い助かってますよ。まあ、ちょっと口は悪いですけど……」
受付が苦笑を浮かべる。クラードはちらと視線を彼らの方に向ける。
「あいつら、どうしたんだ?」
ニナとニニが、冒険者たちに近づき鋭い目をつくっていた。
「……人を物のように要求するなんて――」
「――冗談だとしても許せません!」
ニナとニニがばっと片手を向ける。
「……なんだてめぇら? 俺たちを『竜の爪』だって知って、喧嘩売ってんのか?」
「……ふん、なかなかいい名前をしていますが、知ったこっちゃありませんね」
ニナとニニはパーティーのリーダーを睨みつけ、それから一人の女性を見る。
「ニナたちが依頼を受けます」
「はい。ニニたちがいればそこら辺の冒険者など必要ありません。ですから、こんな人たちに頼む必要はありません」
ニナとニニは手をつなぎながら、あいているほうの手で冒険者を指差す。
冒険者たちは突然の少女の登場に、驚いたような顔を作る。
クラードは短く息を吐いて、彼女らに近づく。多少面倒だと思いながらも、人を報酬として要求したことは許せなかった。
「おまえら、いきなり喧嘩腰で話しかけるなっての」
「さりげなく体を触らないでくださいっ」
「そうですよっ、まずはあなたをけりますよ!」
ニナとニニがくるりと振り返り、クラードに指をつきつけた。