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第六十二話 真実


 クラードたちは第四階層にて、鬼魔スライムと対峙していた。

 鬼魔になったことで、物理攻撃のほとんどを受け付けなくなった鬼魔スライムの体にクラードは苦戦していた。

 クラッシュでさえも、衝撃のすべてを受けきってしまう。


 そうなるとクラードでは処理が難しい。

 鬼魔スライムは戦闘の途中でどんどん分裂していく。

 そのたびに、スライムのもつ核は小さくなっていくが、鬼魔スライムの能力自体に変化はない。


 気づけばかなりの数となっている。

 ちらとクラードがフレアを見ると、彼女がこくりと頷いた。


「特大の一発お見舞いしていいか?」

「……ああ、頼むぜ」


 クラードがこくりと頷くと、フレアは片手を向ける。

 火の玉が四つほど出て、クラードたちを囲む。

 鬼魔スライムたちは魔法が放たれたのを理解したのだろう。


 逃げるために体を動かす。

 鬼魔スライムの弱点は魔法への耐性と速度だ。

 どれだけ物理防御があがっても、この二つは変わらない。

 

 フレアの放った火の玉は、クラードたちを囲むように火の壁へと変化する。

 そうして、火の壁は、広がっていく。クラードたちの周囲からすべてを飲み込むように火の壁は迫り、スライムたちの体を捉えていく。

 ぼうぼうっと燃えていく。


 火の壁が消える。スライムたちの姿はなくなり、魔石だけが残っていた。

 クラードは魔石を回収し、それからフレアを見る。


「おまえの魔法は強力だよな……」

「まあな。オレは魔法が得意だけど、ニナは風と回復魔法が、ニニは土と防御魔法のほうが得意だからな。風の都は二人と一緒にいくんだろ? そのときは攻撃役として頑張れよ」

「まあ、そのときにはフィフィもついてくるんじゃないか?」

「いや、たぶんフィフィは来れないと思うぜ」

「え、どうしてだよ?」

「アリサお姉ちゃんが、フィフィを連れて行かせたくないと思うぜ。まだ、ほら……えーと小さいだろ?」

「……まあ、そりゃあそうか」


 ニナとニニの年齢は十三から十五程度だ。

 だが、フィフィはそれよりもさらに小さい。

 フィフィの身を心配するのならば、これ以上旅をさせるわけはないだろう。

 フィフィが旅を望んでいる、としてもだ。


 クラードもすっかり仲間としてフィフィの事を見ていたが、彼女がまだ子どもであることを思い出す。


「そうだよな。……フィフィはしばらく戦ってばっかりだったし、休んだほうがいいよな」

「おう、そうだな」


 そこまで考えていなかったことをクラードは恥じた。

 それから、ニナとニニを思い出す。双子は、自分たち以外の存在をその固有の世界に入れないようにしていた。

 そんな二人とともにラピス迷宮を攻略できるとも思えなかった。


「ニナとニニかぁ……二人とも俺のことなんか嫌っているように見えたんだよなぁ」

「嫌っているっていうか……まあ、そうだな。あの二人は特に人間嫌いだからなぁ……」

「フレアもそうなのか?」

「まあ、あんまり騎士とかは好きじゃねぇかな。ただ、事情を知らない人とそうである人との区別くらいはついているな。だから、クラードはぜんぜんおっけーだぜ!」


 ピースを作る彼女にクラードは苦笑する。

 クラードたちは五階層へと下りる階段を見つけ、かつかつと進んでいく。


「フレアって、ラピス迷宮のことは知っているのか?」

「まあ、簡単にはな。なんか、映像が流れるんだろ?」

「えいぞうって……言えばいいのか? なんか過去の様子が見れるんだよ。土の都のは特には何もなかったけどな」

「あそこには貴重な情報が残されていたらしいぜ。それを国は回収しちまったけどな」

「ああ、そうだったのか」


 何もないのではなく、調査が終わった後だったのだ。

 階段を下りた先、第五階層は何もない平原だ。

 水の都のときと同じように進んでいくと、中ほどで周囲の景色が変わった。


 そこは見たこともない部屋にいた。

 豪華な建物の中、丸いテーブルを囲むようにして、五人の勇者たちが座っていた。


 男性が三人で、女性が二人だ。

 以前見た大剣男と、刀の男もいた。

 彼らは水の都のラピス迷宮のときよりも老けている。

 十年か、二十年は経っているようだった。

 

 勇者たちの顔は険しかった。何かに嘆くような顔であった。

 そんな中で、一人の男性が言葉を切り出した。


『竜神の力は確実に弱まっている。……このままでは、将来的に勇者の力を持つものが生まれない可能性もある』


 一人がそういうと、別の男が言葉を挟んだ。


『ならば、勇者をつくればいいだろう』


 その言葉に、その場にいた三名が驚いた反応を見せる。

 だが、もう一人は黙ってことを見守っていた。


『そんなことができるのか?』

『ホムンクルス。……その開発はすでに始まっている。オレはそれに協力している』

『なんだと……? 人を作り出すというのか?』


 人を作り出すことを、禁じていることはない。だが、子どもは竜神からの授かりものとされている。

 それを人間が自らの手で作り出すというのは、やはりクラードも多少の嫌悪感があった。


『おいおい、そう怒るなよ。禁忌かもしれないな。けど、この世界にそれを禁止するものは何もないぜ? それよりか、勇者を人工的に作り出すことができれば、むしろみんなに歓迎されるだろうぜ』

『だが……』

『そりゃあ、多少は悪い気もするがな。……オレはオレの都を、子孫が安心して暮らせない世界なんて残したくはないぜ』


 男の言葉に、誰も反論はしない。鬼神がいずれ復活する恐れのある未来に、子どもたちを残していきたくはない。

 ある勇者の意見もまた、正しい。みなもそれを理解しているようで、誰も何もいわなかった。


 技術について切り出した男が、解説をしていく。時々、もう一人の女性が言葉を挟んでいく。

 作り出したホムンクルスに、勇者たちが残した筆を使って文字を書き込んでいく。

 それらは、勇者たちが使っていた最初のステータスだ。自由に文字を書き込んでいくことができる。


 勇者たちが作り上げた、最高の竜神の加護を含んだ筆だ。それによって、人工的に加護を与えるのだ。

 人工的ならば、最強の勇者を、作り出すことも可能だ。


 実験はしかし、そううまくはいかない。景色は別の場所へと移った。

 そこは、研究所のようだ。最初に比べて建物の造りが随分と変わった。時代が百年単位で進んだのかもしれない。人々の服装も、随分と違った。


 すでに勇者たちの姿はどこにもない。ここから先の映像を作った人物は別の人間なのかもしれない。


 二人の研究者がそこには移っている。勇者たちが持っていたペンをその研究者は持っている。

 ペンをもった年老いた研究者の男は、くくくと笑みをこぼし、隣にいる若い研究者の男に尋ねる。


『知っているかね。ステータスというのは100を一つのランクとしているんだ。100を超えれば、ランクが一つ変わるような感じだ』

『はぁ……』

『まあ、正確には100ぴったりではなく、もう少し上限は上のような気もするがね……130、いや150くらいかね? まあ、そこはある程度その人間によって変わるものだ。まあ、今はわかりやすく100としようか。それじゃあ、100で一つランクが変わるとしたとき、ランクSに相当する勇者を造るにはどうすればいいと思う?』

『えーとランクGの最強が100ってことですよね? でしたら、ランクSは800ってことですかね?』

『まあね。ざっとランクS相当のを造りたかったら、この竜神の筆ですべての数値を800と書いてしまえばいいのさ』

『……凄いですね。ホムンクルス勇者は……これをうまく使いこなしたら、我々でも国家転覆が狙えてしまうのですね』

『まあね。ただ、それはあくまで理想だ。現実はうまくいかない』


 研究者たちはやがて一つの部屋へとたどり着く。

 いくつもの人が入った試験管が並んでいる。そこには、裸の少女たちがたくさんいた。

 髪の色こそ違ったが、彼女たちの容姿はある者に酷似していた。


「……アリサ、フレア、ニニ、ニナ……フィフィ」


 クラードはぽつりとつぶやく。そこにいたホムンクルスと呼ばれた少女たちは、皆つぶやいた子たちに似ていた。

 驚きが隠せない。フレアをちらと見ると彼女の両目は寂しげに細められていた。


『……勇者って五人でしたよね? 男三人……女二人、でしたっけ? なんでここにいる子たちはみんな女の子、それも似たような顔をしているんですか?_』

『ホムンクルスの実験は、基本となる人間が必要だった。それは勇者たちではなくてね。……世界中を探し、当時Sランクを越えるほどの力を持ったある女性がいた。聖都最強の剣聖といわれた女性がね。その人間を使い、ホムンクルス実験は始まったんだ』

『……なるほど。その剣聖が、こんな容姿だったんですね』

『そういうわけだ。さて、先ほどの数値に関する話をしようか』


 研究者は一人のホムンクルスを試験管から取り出す。

 どこか商店の定まらない目をした少女が、研究者を見上げる。

 銀色の髪を揺らす少女は、フィフィに酷似している。


『最強の数値である800の勇者。それは簡単には作れないんだ』


 彼女の体に文字を刻んでいく。古い文字だ。

 数字だけは800と読み取ることができる。

 すべてを書き終え、竜神の紋章を書き入れると、紋章が光りだした。


『う、あ……っ。痛い、痛いよ』


 ホムンクルスは短い悲鳴をあげ、その場で暴れる。

 やがて、その紋章が強く光を放つと、ホムンクルスの腹に穴があいた。

 ホムンクルスは動かなくなる。


「……なんだよこれはっ、おい!」


 クラードは怒りで頭がいっぱいになった。それから研究者に掴みかかるが、それは映像だ。

 研究者はくすくすと笑った。


『こういうわけだ。強大な加護に耐えられる体を持つ個体はいまだ一度も発見されていない。だから、まあ、理想の最強は今は作れていないというわけだ』

『……かわいそう、ですね』

『そうか? こいつらはただの道具にすぎないんだ。情を持つなよ。無駄でしかないからな』


 筆をもった老いた研究者はそういって、立ち去る。

 ホムンクルスたちを見ていた若き研究者はぐっと拳を固める。そして、そこで映像は終わった。


 クラードは過去の情報を見終え、その場で硬直していた。

 恐ろしい事実に、思わずフレアを見る。


「フレア……さっきのは――」


 彼女は両手を頭の後ろにやった。「あーあ、全部終わっちゃった」。フレアはそんなことを呟いてから、口を開く。


「オレたちは、ホムンクルスなんだ。過去、スラム街に拾われたなんてのは嘘。そっちのほうが、まだ聖都にとっては都合がいいからな」

「……そうなのか」


 ホムンクルスの研究は、人によっては嫌がる側面もある。

 だから、それによって作り上げられた彼女たちは、スラムで拾った、などといったほうがまだ都合がいい。

 フレアは悲しそうな目をしながら、そういった。


「……フィフィは?」

「フィフィは、偶然研究所の一つから逃げ出してしまった個体だ。ホムンクルスとばれれば反対する人間もいるからな。秘密裏に捜索は進められていたけど、まあ、なかなか見つからなかったみたいだな」


 フレアがあっけらかんと言い切る。

 聞きたいことは聞いた。

 クラードは怒りに震えた。先ほどの映像にいた研究者が、まるで道具のようにフィフィを扱っていたことに対して。


 そしてフレアの表情は沈んだままだ。

 クラードは短く息を吐き、拳にこめた力を抜く。今大事なことは怒りをぶつけることではない。 

 フレアをちらと見て、クラードは笑みを浮かべる。


「まあ、ホムンクルスかどうかは別にどうでもいいんだけどさ。フレアはどうなんだ?」

「へ?」


 目の前にいるフレアは人間で、フィフィたちだってそうだ。


「大変な運命を背負わされちゃったんだな。……って思ってよ。けど、生まれはなんであれ、こうして出会えたんだ。感謝しかねぇよ俺は」

「い、いや……オレはホムンクルスなんだぜ。……オレたちは道具として作られただけなんだ。人間、じゃないんだ」

「人間ってなんなんだろうな。……ほら、鬼のこと人間じゃないっていうけどさ。最近は竜神の加護も持っていて、鬼だって人間みたいなものだろ?」

「あ、ああ……」

「だから、何が人間の基準なのかは俺にはわからん。一つだけ、俺もわかることがあるんだけどさ。……人間って人間を見るとやっぱり意識するだろ?」

「……えと、どういうことだ?」


 クラードは考えるように頭をかいてから、それからフレアの腕を掴む。

 フレアがいつもやるように腕に腕を絡めた。クラードは羞恥で顔が熱くなる。

 フレアも同じように顔を赤くする。不意打ちには弱いようだ。


「ほ、ほれみろっ。俺はな、こうしておまえにくっついたり、くっつかれたりすると……そのなんだ、嬉しさと恥ずかしさがあるんだっ。俺はゴブリンにこうされても命の危険しか感じねぇけどな……だから、ほら。俺はおまえを人間としてみているんだ。……つまりだから、その人間とかホムンクルスとか難しいこと、考えなくてよくねぇかな?」

「……クラード。そ、その……恥ずかしいからちょっと離れてくれ」


 フレアが顔を真っ赤にして、そっぽを向く。クラードはその態度があまりにも新鮮で、まずいことをしてしまったのではないかと両手を振る。


「わ、悪い! セクハラとかいって、アリサに言いつけないでくれ! クビにされちまう!」

「いうわけねぇだろ、別に」


 フレアはくすくすと笑顔を浮かべる。目じりにはうっすらと涙が浮かんでいた。それを彼女は人差し指で拭った。

 クラードはその姿に胸をなでおろした。元気を出してくれたのならばよかった。慣れないことをして、心臓がばくばくとなっている。

 

 フレアは笑みを浮かべ、それからクラードに抱きついた。


「お、おいっ」

「へへ、いいだろ別に? 人間として、見てくれるんだろ?」

「……ま、まあ……その……あ、ああ」


 フレアの表情はいつもよりも可愛らしかった。からかうような色があまりなかったことに、クラードはいつも以上に緊張していた。

 


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