第六話 俺と一緒にパーティー組んでくれねぇかな
「面倒だから洗ってもらいたい」といわれた。
そのくらいは自分でやりなさいとしかりつけて、しばらくしてびしょびしょのまま出てこようとする。
今度は体を拭くことを教える。
彼女は今までに風呂に入っていなかったのだろうか。
記憶喪失というものの範囲が良く分からない。
何より、魔法という存在だ。
フィフィにかわって風呂に入り、ひたすら彼女のことを考えていた。
それでも、答えは一向に出なかった。
風呂から出て部屋へと戻ると、フィフィはすやすやと布団で横になっていた。
「自由だな……おい」
フィフィの服はとりあえず、自分が着ているものから貸した。
下着はさすがに持っていなかったが、彼女は特に気にした様子はない。
「これからどうする、とか……考えることがたくさんあるだろうに」
フィフィに聞こえるように呟いてみるが、気持ちよさそうに眠っている。
無理に起こすつもりもない。
別の部屋に布団をしいて、彼女をそちらへ運ぶ。
それから、クラードも自分の分の布団を用意して眠りについた。
○
朝食を用意して、食事を行う。
料理は得意というほどではなかったが、出来ないわけでもない。
卵焼き、味噌汁、ご飯。
朝食としては十分な量だ。
フィフィの分も用意すると、彼女は目をこすりながら起きてきた。
「おはようフィフィ」
「……おはよう?」
「挨拶だ……そういうのもわからないのか?」
「なんとなく、言われたらわかった……ような気がする」
記憶喪失というものがどういったものかはわからない。
指摘ばかりしても、フィフィも気になるだろう。
彼女の分のご飯を用意すると、途端に目の色を変える。
「ご飯っ! 食べていいの!?」
「食べる前に、一つ約束しないか?」
「約束? する!」
「……その即決は素晴らしいけど、詐欺にあうから今後は気をつけるようにな」
「詐欺?」
「悪い人が騙すことだ」
「なら今は大丈夫ってこと?」
「それは……まあ、俺は騙すつもりはねぇけど……だからって、そう無条件に信用されるとな」
照れる部分もあるが、何より彼女が心配でもあった。
「そのあたりはこれから気をつけるとして、だ。フィフィはお金がなくて困っているんだよな?」
「それがないと生活ができない?」
「お金ないとなーんもできねぇ」
「なら、困っている」
フィフィが難しい顔で頷く。
今にも食事に手を伸ばしそうな彼女を、片手で制する。
「それなら……フィフィも一緒に冒険者やらないか?」
「冒険者……? お金稼げるの?」
「ああ、まあそうだけど……魔物と戦ったりして危険もあるんだ。だから、やるかどうかはフィフィが決めるといい。お金を稼ぐなら、他にも色々とあるからな。どっかのお店でアルバイトしたり、とかな」
「あるばいと?」
「ああ。……けど、あれか。フィフィって、前までここに住んでいたとかわかるか?」
「……わからない」
「ってなると、都民籍もねぇかもしれねぇよな」
「都民籍?」
「全部で五つの都が、この大陸にあるのは知っているか?」
「……わからない」
クラードは頬をかく。
「火の都、土の都、水の都、風の都の四つな。ある程度の範囲がその都になる。一応そこに住み人ごとにきちんと管理するってことになってるんだよ。それら四つをまとめているのが、四つの都のちょうど中央にあるのが聖都だ。そこで、都民籍を扱ってるんだ」
このすべてをまとめて竜神国と言われている。
四つの精霊の国と、それを管理する竜神様にもっとも近いといわれている聖都。
それを合わせてようやく一つの国となる。
「……なるほど。さっぱりわからない」
「まあ、とにかく都民籍っていうのはそこに住んでいますっていう証で、これがないと色々と面倒なんだよ。どこで仕事するにも都民籍が必要になるから、それを取り寄せないといけないんだ」
店側も、怪しい人間を雇うわけにはいかないため、そのあたりは徹底している。
逆に、都民籍を必要としない仕事は、つまり国に認知されたくないものということで、それだけ危険なものとなる。
生まれてからすぐに都民籍も申請される。
そのために、ほとんどこのことを心配する人間はいないのだが。
「……フィフィが生まれた場所の住所とフルネームがわかれば、もしかしたらフィフィのこともわかるかもしれないけど」
「住所……?」
「……駄目みたいだな」
そもそも、記憶喪失ではフィフィの名前も正しいものかどうかは分からない。
それでは、申請する際に疑われることになる。
もう一つ、フィフィの素性を明らかにする方法がある。
記憶喪失はともかくとして、人を調べるのが得意な人間に任せることだ。
「それなら、フィフィ。騎士組織にいってみないか?」
竜神国首都直属の騎士組織。
騎士の仕事は、国内の治安維持だ。
しかし、騎士ときいた瞬間、フィフィはびくりと肩をあげて顔を青くする。
「騎士……それは嫌っ」
「……何か、あったのか?」
「わからない……わからないけど、騎士は……嫌」
「嫌って……」
フィフィの反応に、クラードは考え込む。
彼女が何か、騎士に追い掛け回されるようなことをしたのではないかと勘ぐる。
ただ、そうだとしても、フィフィのこの反応は露骨だ。
彼女の素直さがそうさせるのか、それともすべて演技なのか――。
あいにく、人の嘘を見抜く術を持っているわけではない。
けれど、フィフィはどうにも嘘をついているようには見られなかった。
そこに根拠はなく、勘だけだ。
「フィフィ、素直にいってくれ。何か、騎士に怒られるようなことをしたか?」
「……わからない。けど、騎士って言葉が、なんだか嫌。頭の中をがつがつ殴ってくるような、いやな感じがする」
「そっか……わかった」
フィフィを信じるほかなかった。
クラードにとって、騎士というのは信用できる人たちだ。
だからといって妄信的に信じているつもりもない。
騎士の中に悪い人間もいる。
フィフィがそういった人たちに、何かいやなことをされたという可能性だってある。
クラードは軽くため息をついてから、フィフィを見る。
それなら――最後だ。
フィフィが生きていくための、最後の選択肢。
「それなら、冒険者になるか?」
これで初めの質問に戻る。
「……冒険者。それって具体的に何をすればいい?」
「迷宮とかに潜って、魔物を倒してそこでゲットした素材を売り飛ばすんだ」
「冒険者……それなら、わたしも出来るの?」
「出来るかどうかはやってみないとなんともいえないけど、選択肢として選べるのはこれくらいだなぁ……。あとは、やばーい仕事とかくらいだ」
「やばーい……? それは……いやな気がする」
「そうだよな。俺もあんまりやりたくないし、オススメもしない。ただ、冒険者として仕事をするとなると、魔物と戦わないといけないんだ。大変だけど、やれるか?」
「……わからない」
フィフィは軽く首を振る。
それもそうかと、苦笑を返す。
「まあ、まずはやってみないとだよな。……それで、さ。その冒険者をやるにしても、一応迷宮の出入りには冒険者であることを証明するカードが必要なんだ」
「それ、わたし持ってない」
「まあ、冒険者はそこまで厳しくないんだ。俺の弟子ってことにすれば、問題ない」
実際、そうして冒険者のパーティーを組む人も多くいる。
いわゆる弟子入りのことだ。
こくこくと頷く彼女に、クラードはいいたかったことを伝える。
「それで、その……相談なんだけど」
「なに?」
「俺と一緒にパーティー組んでくれねぇかな?」
あまりのステータスの低さに、自分とパーティーを組んでくれる人間はまずいない。
自分から対価を支払うか、あるいは聖都の裁判によって、奴隷落ちした人間を購入するくらいだ。
どちらも資金が必要になるため、フィフィを仲間に入れるのが一番だ。
「ぱーてぃー? いいよ」
「……おまえ、今絶対理解してないだろ。簡単に説明するとだな。一緒に迷宮の攻略をしませんか、ってことだ」
「もともと、そのつもり。頑張れば、クラードがご飯をくれる」
犬の尻尾でも生えているかのように、フィフィは元気よく言った。
「ペットみたいになってるじゃねぇか……。まあ、それでいいなら、別にいいんだけど……先に言っておくぞ、俺はくっそ弱いぞ」
「くっそ弱い?」
「ああもう、そりゃあそこら辺のわんわんを仲間にしたほうがいいんじゃないかってくらいだ。それでもいいか?」
「別に構わない。わたしも、戦ったことは……ない、と思うから同じようなもの」
「……まあ、そうなんだけどさ」
弱いと、詳しく説明をする必要もない。
だが、クラードは、自分が原因で彼女に迷惑をかけることを恐れた。
それを、あっさりと否定したフィフィは、ラニラーアに似ていた。
「まあ……そういってくれるなら、別にいいんだ。それじゃあ、とりあえず迷宮にいってみるか?」
「うん」
やる気に満ちていたフィフィは、そこで首を捻る。
「それで、戦うってわたしは何をすればいいの?」
「……そうだよな。とりあえず移動しながら話すとするか」
フィフィがほとんど知識がないのは当然だ。
そのあたりを一から説明しなければいけないだろうが、それでも素直な彼女にならば教えるのもそう苦労しないだろう。
「ひとまず、動きやすいように服装を整えようか」
「うん」
フィフィが今着ている服ではサイズがあっていない。
戦闘の際には、魔法を主軸に、後衛として戦ってもらおうと考えているとはいえ、魔物がまったく接近しないことはない。
ある程度の身のこなしが許される服装にするべきだ。
とりあえず安い服をいくつか購入するため、街へと向かった。