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第五十三話 敵地



 ランクG、という言葉にその場の全員が反応した。ランクは絶対だ。それによって多くの貴族から失笑がもれた。


 アリサがそれらに視線を向ける。貴族たちは慌てるようにして口元を手で隠した。

 クラードも彼らの気持ちは十分わかった。ランクGなど、冒険者失格の烙印をおされたようなものなのだ。ランクGでまさか強い、と考えるよりかは、アリサの頭がおかしくなったのでは、と考える方が正しいとまで言える。


 クラードは毅然と前を向く。その現実は受け入れるほかない。だからこそ、実力を示す。それが、夢を叶えるための道と信じて。


「聖王様、少しいいですか」

「どうしたんだい、オリントス」


 鎧の音を響かせ、オリントスが聖王の前に出た。


「やはり、考え直した方がいいでしょう。アリサ様は勇者の力をその身に持っています。そして、アリサ様の護衛ということは、彼女たちの護衛でもあります」

「そうだろうね」


 オリントスは拳を握りしめた。体が震えるほどだ。それほどまでに、アリサの身を案じているのだろう。


「危険です。魔王を追い返した? たまたま、勇者スキルを持った鬼の隣にいただけでしょう」

「まあ、その現場を僕たちは見ていない。だから、彼の実力もまるでわからない」


 聖王の言葉に、オリントスが頷いた。

 ブレイブが一歩前に出て、言葉を挟む。それは違う、とばかりに。


「彼は、確かに魔王を追い払ったはずです。それは水の都の騎士たちが証明してくれるでしょう。それに、何より、彼は一つ前の騎士団長、アステルの弟子でもあります」


 ブレイブの言葉によって、その場は慌ただしくなった。

 その情報はアリサたちにも伝えていない。「どうなの?」とばかりにアリサはクラードを見た。

 聖王もクラードに視線を向ける。


「はい。アステルは、俺の師匠です」

「そうかいそうかい。……まあ、僕は直接関わることは少なかったが、父からは優秀だと聞いていたね」


 聖王がこくこくと頷く。オリントスが首を振り、声を上げる。


「ですが、それとランクは関係ありません。ランクが一つ違えば、多くの場合、勝つことはできません。聖都の騎士の平均ランクはBです。アリサ様の護衛をするのでしたら、最低でもAはなければ話になりません」


 オリントスの言葉に頷く騎士は多い。それが、常識だからだ。一部の例外など、考えている場合ではない。


「それでも彼は強いわ」


 そんな逆風渦巻く中で、アリサが強くいった。

 アリサの毅然とした眼差しがクラードを射抜いた。

 オリントスはアリサの様子に大きく嘆息をついた。


「実力があれば文句はつけません。ただ、勇者スキルもちの隣で得た名声は、何の意味ももたない」

「そうかもしれないですね」


 アリサにばかり言わせていては情けない。クラードは一歩前に出た。

 オリントスの意見を受け入れた。実際、魔王カルテルを撃退したのはラニラーアの一撃だ。

 もちろんクラードだって、活躍した。だが、ひとりでは魔王カルテルの撃退は難しかった。


 クラードはオリントスを見る。彼と視線がぶつかった。

 オリントスのやりたいことはわかった。

 ここでクビにされれば、せっかく開きかけた夢の扉が、また閉じる。


「俺はそれでも、最強になるつもりです。いずれはこの国で最強――ブレイブ様にだって負けるつもりはありません」


 大きく言い放つ。その態度に、オリントスは目尻をつりあげる。聖王が片手を口元に当てる。


「面白い平民だね。ただ、ランクGでは勇者を任せるわけにはいかないね。そのままの実力、だったらの話だけど」


 聖王がオリントスに視線を向ける。

 オリントスが厳しい目のまま、頷く。


「クラード、キミの力を試させてもらう。水の都を救った力を発揮し、ここにいる彼と戦ってほしい。オリントスは、近衛騎士団の副隊長だ。それに、土の勇者スキル持ちでもある。それでもやるかい?」

「……もちろん、やります」


 聖王が無邪気な笑みを浮かべた。


「お互い、今日は疲労もたまっているだろう。明日、訓練場で戦闘を行ってもらう。それまでにお互いに準備を済ませてくるんだ、それの結果次第で、護衛としての仕事を任せるか決めよう」


 聖王の放った言葉に謁見の間が沸き立つ。それらは、オリントスを応援する声が多い。

 完全な敵地でありながらも、クラードは強く全体を見渡した。彼らに力を認めさせてやる。クラードは拳を固め、笑みを浮かべた。


「それじゃあ、次は最後の勇者について紹介しておこうか」


 聖王がフィフィに視線を向ける。謁見の間内では、先ほどよりも困惑の声が上がっていた。


「ど、どういうことですか?」


 一人の貴族が声をあげる。聖王はちらと彼の方を見ると、貴族は慌てて口を押さえた。


「そういえば、あまり話していなかったね。勇者は合計五人いることが、わかったんだ。その五人目は、すべての属性の魔法を使いこなすまさに、最強の勇者だ。それがここにいるフィフィだ」


 指名されたフィフィは驚いていた。

 クラードも驚いていた。フィフィに関して詳しい話をするつもりはない、とアリサから聞いていたのだ。

 アリサとブレイブが額に手をやる。聖王の気まぐれ、だろうとクラードももうすでに慣れた。

 聖王は包帯を巻いた左手を大きく伸ばした。


「これで、すべての勇者が揃った。世界は今、鬼魔、魔王、そして鬼神の恐怖に怯えているだろう。しかし、例え鬼神が復活したとしても、勇者たちがもう一度封印してくれるだろうさ!」


 聖王の言葉に、謁見の間に集まっていた貴族たちが声を荒げた。

 聖王は大きく息を吐き、フィフィに視線を向ける。


「まだ、色々と混乱しているだろう。アリサ、あとで詳しく説明してあげておいてね」

「……わかりました」


 聖王が悪戯っぽく微笑む。

 アリサは何度か頬を引きつらせながら、頭をさげる。

 聖王が全体に目を向け、手を前に出す。


「それじゃあ、ここで解散としよう。明日を楽しみにしているよ、クラード」


 クラードは頭をさげ、謁見の間から離れた。



 〇



 使用人たちが使っている建物が、クラードの暮らす場所だ。

 与えられた小さな一室。

 室内のベッドに腰掛け、クラードはアイテムボックスを整理していた。リュックに詰めていた荷物を取り出し、部屋の隅に置く。


 クラードは大きく息を吐いた。今もまだ緊張が残っている。もともと、別に心が強いほうでもない。

 昔は泣き虫の、弱虫だった。

 クラードは首を振り、一度頬を叩いた。それが意識の切り替え方法だ。


 部屋にあった小さな鏡の前に立つ。クラードは自分の笑顔を確かめてから、リュックサックの中身を整理していった。


 アイテムボックスにあったフィフィの分を取り出し、隣の部屋に向かう。

 しばらくして、フィフィが部屋の扉を開けた。


「ほら、フィフィの荷物だ」

「うん、ありがと」


 フィフィはぎゅっとリュックを抱える。不安そうな顔を上げた。


「わたし、これからもクラードと一緒だよね」

「……ああ。俺がオリントスに勝てば、アリサの護衛になるんだ。そうしたら、まだまだ嫌でも一緒だからな」

「嫌じゃないよ。うん、勇者とかまだわからないけど、わたしもがんばる」

 

 フィフィがぐっと拳を固める。そんな彼女の頭をクラードは撫でた。

 フィフィは勇者だ。それも、五人目の勇者だ。そんな彼女を支えたいと思った。


「楽しそうね」


 クラードはアリサの声に振り返った。

 眉間にしわを刻んだ彼女は、それを解すように手を当てた。


「楽しくはねぇよ……。なんかやべぇことになっちまったしな」


 思い出すは先ほどの聖王とのやり取りだ。

 オリントスとの一騎打ち――オリントスは勇者スキル所持者だ。

 ブレイブほどではなくとも、その実力は確かだ。

 アリサは仏頂面のまま、頬を膨らませた。


「まったく、あの義兄は計画と全く違うことばっかり言って……!」

「やっぱり、そうだったのか?」


 実は隠していただけ、という可能性も僅かながら考えていたクラードだったが、アリサの苦虫をかみつぶしたような顔ですべて計画外のことだったのだと理解する。


「そうよ。ランクGのことは誰にも伝えないって決めていたのよ。ランクGのクラードなんて、誰も受け入れないわ。現に、オリントスがそうだったでしょ?」

「おう、そうだな」

「だから、クラードに実績を与えようと思っていたのよ。それなら、ランクGと発覚しても、それまでの実績があれば、ぎりぎり認めてもらうことはできるでしょう? 基本的には公表するつもりなんてないのよ。どうせ、少なからず話の文句が出るんだから。それに、そんなことに意味なんてないし」


 アリサはがりがりと頭を掻き毟る。


「アリサ、あんまり怒らないで」


 フィフィがそういうと、アリサははっとしてすぐに落ち着いた。


「……そうね。取り乱しすぎたわ。ごめんなさい。いったい、あの人は何を、考えているんだか」

「自分の兄貴なんだろ?」

「けど、血は繋がっていないわ。……義父さんが死んでから、義兄さんは強制的にあとを継いだわ。だから、色々と大変なのはわかっている。誰かをからかって息抜きしたい気持ちもわかるけど、今回ばかりは勘弁してほしかったわね」


 はぁ、とアリサはため息をつく。

 義兄を思っているのは、彼女の表情から十分にわかった。


「……そういえば、そうだよな。前聖王様って……たしか五年くらい前になくなったんだよな?」

「そうよ。今までの王様だと三十から、三十半ばくらいで継承していたのに、それよりも十年近く早かったわ。……寄ってくる貴族全員が敵に見える、とよく愚痴をこぼしていたわ」


 クラードはアリサの心配げな顔に頷いた。まだ不慣れな王だ。それを利用しようとするものも少なくはないだろう。


「それじゃあ、余計な心配させないように、頑張らねぇとな」

「……まあ、クラードのことに関しては楽しんでいるようだったわね」

「なら、もっと楽しませてやらないとだなっ」

「……クラードはいいわね、能天気で前向きね。だから、フィフィのことも任せるわね」


 アリサが真面目な顔でそうつぶやいた。


「……そういえばさ、俺っておまえの護衛をするんだよな?」

「そうよ。けど、それはあくまで口実っていったでしょ? あたしには、あたしで調べたいことがあって、あんたはその協力をするって感じ」

「……そうなのか?」

「そうよ。できれば騎士を使いたくないの。けど、実力ある冒険者で、信用できる人っていないのよ」

「けど、俺のことは一瞬で決めたよな」

「だって、何も知らないはずのフィフィの面倒を見てくれたんだもん。……あたしにとっては、それだけで十分よ」


 アリサは唇を結び、振り返った。


「クラード、あんたのスキルをいかすために武器庫を見てきたけれど、どうにもいい武器はなかったわ。お金は渡しておくから、街にいって明日の準備をしてくるといいわ」

「アリサ、ありがとな」


 クラードが彼女を見ると、アリサは髪をかきあげた。


「別に。あたしはあんたを雇っただけよ」


 アリサはきっぱりとそう言ってから、部屋を出ていった。

 クラードは軽く背中を伸ばしてから、フィフィを見る。


「そんじゃ、俺は街に出てくるけど、フィフィはどうする?」

「わたしもついていく」

「了解、そんじゃあ行こうぜ!」


 フィフィの手を掴み、クラードは聖都の街へと向かった。

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