第五話 体を洗うって何をすればいい?
自宅に戻ってきたクラードは、部屋の明かりをつけた。
部屋をみたフィフィは、きょろきょろと視線をさまよわせている。
どこか興奮した様子の表情だ。
畳の中心におかれた、丸テーブルの前に座ると、彼女もぺたんと腰掛けた。
ぼろぼろのアパートに彼女が来ると、まるで貴族のお嬢様がお忍びで遊びに来ているように感じる。
部屋の明かりが銀色の髪を跳ね返す。
彼女の周囲に光の砂でもあふれたように、美しい。
しばらくそんな姿を見ていたが、今やるべきことを思い出し、咳払いをする。
「フィフィ。さっきおまえはステータスがどうたらいっていたけどな……本来ステータスっていうのはこういうものなんだ」
クラードはステータスのある画面を彼女のほうに向ける。
ランクG
筋力15(8)
防御16(7)
速度15(7)
魔法力13(8)
スキル 『』
神から与えられた加護は、ステータス画面のように他人に見せることができる。
だから、フィフィにそれを見せると、彼女はきらきらとした目とともにステータス画面に手を伸ばしてくる。
伸ばした手が画面を通過すると、フィフィはますます楽しそうに何度か手を出し入れする。
「これが、本来のステータスな。……それで、体にあるんだったっけ?」
「……わかんない。わたしは、聞いただけだから」
「聞いただけ? 誰にだ?」
「……わかんない」
ぽりぽりと頬をかく。
困ってしまっていると、フィフィはさっさと服を脱ぎ始める。
「ちょ、ちょっと待て!」
同年代の女性に、いきなり脱がれるのは慣れない。
フィフィにばっと片手を向けるが、フィフィは首をかしげてからまた服を脱ぎ始めた。
「俺の反応に理解を示せっ。服を脱ぐのをやめろ!」
「ステータスを見たいといっていた」
「見たいっていったけどなっ。その、いきなり女の子の肌とか……その照れるというか」
「……よくわからない」
「わからないって……記憶喪失になるとそういうのもわからなくなるものなのか……?」
フィフィは受け答えなどはしっかりしている。
この行動に関しては、記憶喪失というよりそもそもそれを恥らうものだと知らないようだった。
とうとう上着を脱いだ彼女に、クラードはその腕をつかんでとめる。
それだけでも結構緊張する。
これがラニラーアならば、ここまで意識もしない。
そもそも、彼女ならばこのような行動もしないのだが。
「……クラード。わたし服着るのあんまり好きじゃない」
「それが最大の理由かよっ。いいからやめてっ! いきなりすっぽんぽんになるのは本当、待って。心の準備させて」
「じゃあして」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。……すー、はー、すー、はー」
「もういい?」
「……よくねぇよ」
「……うぅ」
窮屈そうにフィフィが体を揺らす。
それからしばらくたって、クラードは大きく息を吐いた。
「よ、よし……フィフィ、かもんっ」
「長い……」
フィフィがようやく上着を脱ぐ。
一応下着を身につけてはいたが、彼女の美しい白い肌がさらされると一気に顔が熱くなる。
ちらちらと視線を僅かに向ける程度に観察する。
ステータスの確認をするためではあったが、やはり男としてじっと見てしまう部分もある。
胸はほとんどなく、男か女かわからない体だ。
けれど、線の細さから男ではまずありえないだろう。
そんな彼女の体をしばらくみていると、わき腹の辺りに黒い文字のようなものが見えた。
「それが……ステータスか?」
「わからない。たぶん、そうだと思う」
フィフィが視線を落とす。
彼女は一切恥ずかしがる様子もなく、次第にクラードも落ち着いた。
確かにステータスのようにも見える。
ただ、文字の部分はかすんでしまってよく分からない。
かろうじて読める部分も現代の言葉ではないようだ。
学園の授業で習った、古代語の文字、それと見たことのない模様がついている。
まだ、この世界をすべる神たちがいた時代に使われていたという文字に似ている。
唯一読めた文字を口にする。
「魔法力……100!?」
数字だけは、現代も昔も変わらないようだ。
そのおかげで、そちらは問題なく読めたがその数字に驚く。
ステータスの最大数値は100となっている。
ランクが変わってもこの限界は変わらない。
ただし、ランクSの100とランクGの100では、まるで違う。
そして、仮にクラードがすべての数値が100になったからといって、ランクが一つ上にあがるというものでもない。
このランクはいわば階級のようなものだ。
クラードのランクがFにあがるときには、それに合わせてステータスの数値が変化する。
必ずしも上昇し続けるものでもない。
フィフィのランクはわからないにしても、彼女の魔法力が100ならば、少なくとも自分よりは強い。
何より、現代においてランクGの人間がほとんどいないというのも事実としてある。
これは、神への長い祈りが実ったとも、人間の質が年代を重ねたことであがってきたともいわれているが、定かなところは神に聞くしかわからない。
だから、目の前の少女が少なくとも魔法に関しては自分よりも強いというのはわかった。
「魔法力100……?」
フィフィが反復するようにいって小首を傾げる。
「あ、ああ……そりゃあすげぇ才能なんだよ。えーと、何か魔法って使えるか?」
「……魔法? 魔法がよくわからない」
「ああ、そうか。スキルとも言うんだけどな。ほら、火出したり、水出したりとかってできるか? スキル名とか、自分でわからないか?」
「……わからない」
「そっか。もしかして魔法そのものが良く分からないって感じか?」
「……うん」
自分の才能にまだ気づいていないのだろう。
申し訳なさそうに小さくなった彼女に、慌てて片手を振る。
「そんな悪いことじゃないって。それじゃあ、ちょっと魔法について教えてやろう」
「教えて」
学園からこちらに移ったときに一緒に持ってきた冒険者学園の教科書を取り出し、そこの魔法に関する項目を読み上げていく。
現代の魔法は、擬似魔法と呼ばれている。
その最大の理由は、スキルで発動するからだ。
昔の魔法は、詠唱を行い、世界にいる精霊に声をかけ、力を借りて放つものだった。
精霊の力を借りる才能があれば、どんな属性の魔法でも使用できるのが特徴的で、威力も高いが、次第に人々は精霊を感じる才能がなくなってしまった。
そして、現在は、神の加護という形でスキルの欄に魔法に似た力がある。
ただし、スキルとしての魔法は『ファイアショット』のように、ある程度魔法の形や威力など、決まってしまっている。
多少のアレンジはできるが、『ファイアショット』を『ファイアウォール』に変化することはまずできない。
そういったことから、昔に使われていた魔法を精霊魔法と呼び、現代に用いられているものを擬似魔法と呼んでいる。
「つまり、魔法名とか分かれば、フィフィもその魔法力をいかしたつよーい魔法が使えるかもってわけだ」
「……魔法? 精霊?」
「ああ、いや。一緒に説明しちゃったけど、そっちはもう関係ないな。ごめんごめん」
「わたし、喉かわいたときに水を出した」
「……水かぁ。ってことは水を基本とした魔法だな。水属性ってのは人を癒す魔法が多いからなぁ。フィフィにぴったりかも」
「わたしにぴったり?」
「ああ、ぴったりぴったり」
フィフィは良く分からない様子であったが、それから笑った。
「水を作るくらいなら、出来ると思う。見たい? 見たい?」
「ああ、見たいみたい」
フィフィが何度もいってきたので、頷く。
ただ、いきなり出されても困るため、クラードはコップを持ってくる。
「ここに水を入れられるか?」
「うん、できると思う」
フィフィがそういってから、一度目を閉じる。
次に彼女が目を開けたとき、フィフィから感じられる迫力が強くなった。
「『精霊よ』」
彼女が始めに放った言葉に、一瞬思考が追いつかない。
それから、フィフィがさらに口を動かす。
「『我、水を求める。水なきここへ、水の元素を集めよ』」
彼女の手元が淡い青色で光る。
「ちょ、ちょっと待て!」
明らかに異常な詠唱。
しかし、フィフィは、一度詠唱を始めてからは、まるで先ほどまでの無知な様子とは一転する。
クラードの声も届かないのか、フィフィはその両目を真剣なものに変える。
「『水の球となれ。形成せよ、アクアボール』」
彼女は詠唱を始める。クラードが待ったをかけるより先に、その詠唱が完成した。
右手に集まっていた青色の光はその場で消える。
だが、なくなったわけではない。
その光は水の球へと姿を変えたのだ。
大きな水の球になって、その場に落ちる。
コップの上におちて、はじける。
コップが水のすべてを受け止めきれるわけもなく、はじけた水がクラードへと飛んでくる。
クラードは自分の顔にかかった水に頬を引きつらせる。
それから、フィフィがはっとした顔で自分を見てくる。
「……ご、ごめんなさい。そのえっと」
フィフィが申し訳なさそうに頭を下げてくる。
そんな彼女に、クラードは頭をかいて嘆息をついた。
「……とりあえず、色々言いたいことはあるけど。次に使うときはもっと威力を考えてくれな」
「……ごめんなさい」
フィフィの放った魔法について考えながら、タオルを持ってくる。
制御が難しいのか、フィフィの体にも水がかかってしまっていたため、とりあえず風呂に入ってきてもらうことにする。
フィフィははじめ、風呂を良く理解していなかったが、体を洗う場所だと伝えると、なんとなくは分かった様子だった。
彼女が去ったあと、部屋のぬれている場所を拭いていく。
畳はもう仕方ない。ぬれた場所にタオルをおいておく他なかった。
そうしながら、彼女が放った魔法について考えていた。
先ほどの魔法は、まさに彼女に説明した精霊魔法そのものだった。
一体、フィフィは何者なんだ……と考えていると、
「クラード……その、体を洗うって何をすればいい?」
「……うわぁ!」
完全に裸となったフィフィが、堂々と部屋に登場して驚く。
思わずのけぞる。
テーブルに足をひっかけて、そのまま派手に背中から倒れた。