第四十一話 ラニラーアと一緒にいたい
クラードはロロに視線を向けた。きっとすました顔で、まっすぐ前を見て歩いている。
クラードの視線に気づくと、ロロは僅かに眉根を寄せた。
「なんだ。私の顔に何かついているか?」
「いや別に」
それからロロは口元を隠し、首をかすかに振る。違うんだ、といわんばかりに。
ロロは素直ではない。
クラードは昔ロロから聞いた話を思い出した。ロロは公爵家の三女だ。彼女の家では、代々女性が家を継ぐことになるが、三女の彼女に権利はなく、それゆえに、聖都の学園に通うこともなく、また彼女自身も強くなりたくて、冒険者学園を志望した。
ロロは幼い頃から平民と貴族の違いについて、何度も教えられた。外に出てから、それが異常な古臭い考え方というのを知ったのだが、ずっと信じて教えてもらったものを変えることはできなかった。
それゆえに、今のような態度をとってしまっている。
あとは、単純に、公爵家の娘として幼い頃にいじめを受けたことがあったからだそうだ。
学園に通っているとき、すべて筆談で教えてもらったことだ。
彼女は文字で書くときだけは、落ち着いた素直な子になれる。
クラードはロロのそんな態度を思い出し、苦笑した。
「何を笑っている」
「いや、なんでもねぇよ」
「……ふん、べつになんでもいいがな」
ロロは水の都の中央区画へと歩いていく。都の中央区画になると、裕福な人間が暮らしている。
並ぶ建物は、聖都にだって負けないような立派なものが多い。
水の都は避暑地として貴族に利用されることもあり、聖都で力を持っている貴族が別荘を建てる。
そのため中央区画は、暑い時期以外は建物のわりに人通りが少ない。
ロロに案内された店は、中央区画の中でももっとも外寄りの場所だ。
「ここはなかなかの場所だぞ」
「……へぇ」
ロロが素直になれないのは人に対してだ。
料理の評価に嘘をつくことは少ない。
料理を作った本人が目の前にいた場合は、だいたい素直に発言しないが。
公爵家で育ったロロがなかなかと表現するのならば、かなり味には自信があるはずだ。
ロロとともに入った店は、冒険者が利用する酒場兼食堂のような場所とは違う。
綺麗に並んだテーブルにはテーブルクロスまで敷かれていた。
身なりの良い客ばかりだ。
「……俺、こんな店で食えるような金持ってねぇぞ」
「そんなに高くないぞ。それに、私がそのくらい払ってやってもいい」
「いーや、おごってもらうなんて情けねぇっての」
普段クラードが行く場所は騒がしい店ばかりだ。このような店は、行ったことがない。
クラードたちは席につき、ロロは軽く息を吐いた。
「クラードは今、何をしているんだ? ああ、言っておくがな。冒険者学園をやめてから、これまで何をしているのか気になっているわけではないからな?」
「ロロはもうずっと水の都にいるのか?」
「そう、だな。おまえが除籍される少し前から、私はここで仕事をしているさ」
店員が水を運び、クラードは口をつける。水の都だけあり、やはりうまい。
「俺はまだ一流の冒険者を目指しているよ」
クラードがそういうと、ロロは嘆息するように息をはいた。
「まあ、おまえがどうなろうが知ったことではないが……ステータスは弱いままなのだろう?」
「心配してくれるのか? ありがとな」
「そ、そういうわけではないっ! 万が一、おまえが死んで、それを私が見つけたときに、処理をするのが面倒なだけだっ」
ロロがそう言い切り、拳を固める。その態度にクラードは笑うしかない。
「……冒険者なんてやめてしまえ。貴様には才能がないんだ」
「それがな、つい最近スキルが発現したんだ」
「えっ?」
「そのおかげで、十階層のゴーレムもしとめたんだぜ? まあ、俺だけの力じゃなかったけどさ」
コルロとフィフィがいたからこそ、ゴーレムを倒すことができた。一人で挑んでいたら、途中で心が折れていたかもしれない。
クラードはそのときの状況を説明する。簡単にではあったが、スキルの説明もした。
クラードが話を終えると、ロロは小さく俯いた。
「そうか……十分強くなったんだな」
ロロがわずかに頬を緩めた。
「そういうことだ。俺も頑張るから、ロロも大変だろうけど、頑張れよ」
「……言われなくても、問題ない」
ロロとの会話に一区切りがつき、料理を注文する。普段の店よりも高かったが、その分料理もおいしかった。
○
宿に戻ってきたクラードは、ロロとの話を思い出す。冒険者になったばかりの頃の話をしていた。
部屋にいるフィフィに視線を向ける。彼女は先ほど、公衆浴場に行ってきた所だ。
僅かに髪は湿っていて、部屋の明かりが反射して綺麗だ。
ラニラーアはまだブレイブの元から帰ってこない。部屋に一人でいるのもつまらないと、クラードの部屋に来ていた。
「フィフィ、水の都に来た理由はわかるか?」
「うん、ラピス迷宮に行くから、だったはず」
「まあ、それはもちろんあるんだけどさ。今回はフィフィの訓練のためっていうのもあるんだ」
「わたしの?」
「ああ」
フィフィは冒険者になって経験が浅い。この前のように、どんな事態が起こるかはわからない。
クラードはじっとフィフィを見た。今までは、ゴーレムを倒したいという焦りのようなものがどこかにあって、先に進みすぎていた。ラピス迷宮の攻略だって、急いで行う必要はない。
ウンディーネ迷宮は、すべての迷宮の中でもっとも魔物が弱い。なおかつ、基礎体力をつけるには適している。
実際、クラード達も一度水の都に来たことがあった。
水の都にある学園に泊まり、ひたすら迷宮の一階層で鍛錬を積むことがあった。ウンディーネ迷宮ならば、加護をもらうまえでも一階層の魔物と戦うことができる。
「でも、大丈夫? わたしのことばっかりで、クラードのやりたいこと、全然できてない」
「俺のことか?」
「……うん」
「……別に焦る必要もないんだ。それに、フィフィに指導することで俺だって基本を思い出せるからな」
クラードは、焦りすぎていた。遅れを取り戻そうと、突き進み続けた。
倒せたとはいえ、無謀を続ければ命を落とすことになる。だから、ここで一度見直そうとクラードは考えた。
「まだまだ、フィフィは冒険者として初心者だしさ、ウンディーネ迷宮はちょうどいいんだ」
「うん」
「フィフィはあんまり戦闘中は動かないだろ? ウンディーネ迷宮なら、移動の間に体を鍛えられるからな。フィフィが、冒険者を頑張っていくなら、ここで一度鍛えたほうがいいと思うんだ」
「うん。わたし、冒険者やりたい」
フィフィがぐっと拳を固める。やる気のある彼女に、笑みをこぼす。
「それじゃあ、しばらくはウンディーネ迷宮で訓練でいいな」
「うん。……そういえば、クラードはいつも朝早く起きて外に出ていた」
「ああ、走りこんでるぜ」
クラードは毎朝走るのと、剣を振ることはかかさずにずっとやっている。
特に、トレーニングは大切だ。
武器の性能を完全に引き出すには、その武器を扱える技術が必要だ。
例えば、剣の素人が数値の高い武器を装備しても、そのままステータスに反映されるわけではない。
装備の力をそのまま引き出すには、生身の体によるトレーニングが欠かせない。
クラードは今のところその点に関しては一切問題がなかった。その点だけは密かな自慢でもある。
「それも、やる」
「……本当か?」
「うん。この前みたいに、途中で倒れるのは嫌だから。クラードを助けられなかったから」
フィフィのことを考え、無理にあれこれ指導しようとは、そもそも思っていなかった。
彼女は他に手段がなく、冒険者をひとまずの小遣い稼ぎ程度でやっているに過ぎない。
しかし、今の彼女の目はまさに冒険者だった。
クラードは師匠や、父親を思い出し、頷いた。
「わかった。できるところからやっていこうぜ」
「うん」
部屋の扉を叩く音がした。せわしないノックだ。誰が戻ってきたのは、すぐにわかった。
入口にいき、扉を開く。
明るい金髪が、クラードたちの部屋へと飛び込んだ。
「クラード、フィフィっ! 戻りましたわよ!」
「おう、どうだった?」
ラニラーアは苦笑交じりに頬をかいた。
「……まあ、そのなんですの? 『こいつ、まだ学園生なのにブレイブ様に声をかけらたのか?』みたいな目がたくさんありましたわっ!」
「……そっか。まあ、実力で黙らせていくしかないわな。ブレイブ様が間違っていないことを証明するには」
「わかっていますわよっ。それと、宿のことを話しましたら、別の騎士が利用する宿を紹介されましたわっ」
「へぇ……それじゃあ、今日だけか。フィフィ、残念だな」
「うん」
しゅんとフィフィが顔を伏せると、ラニラーアがぶんぶんと首を振る。
「ああ、そんな泣きそうな顔をしなくていいですわっ! わたくし、いい情報を持ってきましたのよ!」
「いい情報?」
ラニラーアが満面の笑みを浮かべる。
「ただで宿を借りる方法ですのよ」
「本当か!?」
「ふふん、良い情報でしょう?」
「ああ、最高だラニラーア。それでどうするんだ?」
ウンディーネ迷宮にしばらく潜るため、宿代は安い方がよい。
「クラードに、騎士の仕事の手伝い……というか、冒険者として巡回をしてほしいのですわ。ほら、今は騎士たちが街の警戒をしていますでしょう? それだけだと手が回らないので、冒険者に依頼を出しているそうですわ。……あんまり来ていないのですが」
依頼が来ないのも仕方ないだろう、とクラードは思った。巡回の途中に鬼魔が出現すれば、それと戦うことになる。鬼魔という不気味な存在と戦うのははっきりいって嫌だ。
「巡回か……?」
「ええ。仕事を手伝ってくれるのでしたら、騎士の宿舎を利用できますわよ」
「本当か?」
騎士の宿舎を利用できるのは破格の条件だ。
「ええ。ブレイブ様が話していましたし、なんでもロロもそこを利用しているそうですわ。あとは、協力している冒険者とかも、泊まっていますわね」
「巡回ってどのくらいするんだ?」
「日にちを決めて、夜や昼に巡回をしますのよ。協力している間は、宿はただになりますわ」
「……なるほど」
宿は比較的安い場所を選んだ。それでも、金はかかる。それがただになるのならば、そちらのほうがずっといい。
ただ、一つだけ問題もある。
「フィフィは、大丈夫か?」
「……うん。別にいいよ」
フィフィは騎士を嫌っている。あるいは、恐怖していた。
クラードは彼女をじっと観察する。我慢しての発言でないかを見ていた。
フィフィはラニラーアを眺めながら、笑みをこぼしている。
「ラニラーアと一緒にいたい」
「わたくしもですわよ! それでは、明日にはそちらに行きましょう!」
ラニラーアがぴょんとフィフィに抱きついた。
豊満な胸を持つラニラーアが、それをフィフィに押し当てている。フィフィは苦しそうにもがいていた。




