第四話 ロリコン野郎、その辺にしとけよ
夕方になり、ノーム迷宮から出た。
一度昼食をとりにいった以外では、ほとんどずっと迷宮にもぐっていた。
手に入れた素材を、街の冒険者ギルドへと持っていく。
冒険者ギルドには、自分と同じように狩りを終えた人々であふれかえっていた。
装備品をしまって、素材売却の列に並ぶ。
ギルド職員たちは、慌しく仕事に励んでいる。
「あれも、俺の選択肢の一つ、なんだよな」
今からでも勉強して、試験を受けるという方法もある。
地味ではあるが、冒険者を支える大切な仕事だ。
やがて、自分の番になって受付に素材をすべて渡す。
「あっ、クラードさん」
「よっ、ミント」
知っている受付だ。
可愛らしいエルフの耳の先を揺らすようにして、ミントが声をあげる。
「今日は一人なんですか?」
「ま、まあな」
これからしばらくは一人になる。
「そうなんですか。怪我しないように頑張ってくださいね」
にこりとミントが笑みを浮かべ、クラードは素材を渡していく。
持ってきた素材のすべてが、ブラッドバットから獲得できたものだ。
このくらいの素材ならば、今ここにいる職員でも取れるものばかりだ。
冒険者になれなかったものが職員になることが多い。冒険者を諦めた、といってもそれでも十階層くらいまでなら攻略できるという者も多い。
本来の落ちこぼれというのは、その程度のものだ。
クラードくらいになると、落ちこぼれを超えてしまっている。
すべての素材の鑑定が終わり、支払われた金額に頬を引きつる。
「……あのクラードさん。もしかして、一人で迷宮に入りましたか?」
「な、なぜわかった」
「持ってきた素材からなんとなくです……あの、無理をして怪我とかしないでくださいよ?」
「わ、わかってるって。今日はその、たまたまな」
「……そうですか? 命あってこそなんですからね?」
「わかってるよ。ありがとな、ミントそんじゃ!」
このままだとあれこれ注意を受けてしまう。
無理やり切り上げ、クラードはそのままギルドを後にした。
今日一日かけて稼いだ金額は五百ラピスだった。
ちなみに、クラードが昼食に使った金額が五百ラピスだ。
一日頑張って仕事をして、なんとかマイナスにはならなかった。
それは喜ぶべきだが、貯蓄できなければ、来月の家賃が払えなくなる。
これからどうしようか。
夕焼けが照らす街の美しさとは裏腹に、心中穏やかではない。
とにかく、強くなるのはもちろんだが、金策を考えなければならない。
所詮一階層程度しか攻略できないのでは、どこにいってもあまり変わらない。
強くなる前に、餓死で死ぬかもしれない。
クラードが頬を引きつらせながら、アパートへの近道に裏通りを進んでいく。
と、可愛らしい少女が目の前を通り過ぎて、そのまま倒れた。
「お、おいっ!?」
呼び止めると、少女はくるっと軽く首を回す。
「……だれ?」
「俺はクラードだ。えーっとどうしたんだ?」
「おなかすいた。ぺこぺこ」
「……」
それを証明するように、少女の腹がぐるぐるとなった。
それはもう異常なほどの爆音だ。
「……俺も助けてやりたいけど、お金なくてさ。悪いな」
クラードはその横を進もうとすると、足をがっと掴まれる。
「は、離せ! たかるなら他の人にたかれ!」
「おなかすいた。もう動けない。ぺこぺこで死ぬ」
「そのわりに力ありますねぇっ!」
「今、このときに、すべてを出している」
「無駄なことすんなよなぁっ。俺だって貧乏で大変なんだっ! 国のちゃんとした機関に保護してもらえっ。場所くらいなら教えてやるから!」
「クラード、お願いぺこぺこのぺこぺこで死んじゃう」
うるうると自分を見てくる彼女に、うっと声を詰まらせる。
その表情は苦手だ。どうにも放っておけなくなる。
クラードはぽりぽりと頭をかく。
一食ならば仕方ない。その後、国に保護してもらえばいい。
「……ああっ、もう! わかったよ。一食だけなら奢ってやる。ただし、五百ラピスまでだからな?」
「……ありがとう。ちなみに、もう動けない」
「おんぶしてやるからっ、しっかりつかまってろよ!」
「しっかり捕まえて」
「俺かいっ!? ああ、もうわかったよっ!」
困っている人を見ると放っておけない。
小さいころに憧れた冒険者は、まさにそんな人だった。
そんな人に憧れた手前、見捨てるわけにもいかなかった。
○
からんからんと入店を告げるベルが響く。
外にいてもうるさかったが、中は一層激しさを増す。
今日の狩りの成果を自慢する声や、難易度の高い依頼を達成したものたちが、酒をあおりながら真っ赤な顔で大声をあげる。
冒険者たちが良く利用する店、『箱の鳥』だ。
質より量を重視した店であり、今の自分たちにはうってつけの場所だ。
安い値段ながら、その量は男のクラードも満足するほどだ。
昼にも利用した店だ。よくラニラーアとも来ている。
そのためにいくらか顔見知りもいる。
「おい、クラード、おまえ別の女を連れてくるなんて珍しいな」
「誤解されるようなことを言うなっての」
「なんだ、あの別嬪さんにはふられたのか?」
「そもそも付き合ってもねぇよ」
冒険者が、冷やかすようなことを言ってきて適当に返す。
ここの空気は嫌いではない。
多少口の悪い人間が多い。
けど、それがどこか心地よかった。
何より、クラードも上品ではない。
そんな経験から彼女を連れてきたのだが、彼女は鼻をひくひくと動かして両手で抑える。
「なんだか、臭い」
「酒だろうな」
「酒……酒……? 聞いたことがあるようなないような」
「まあ、まだおまえには早いもんだ」
少女は恐らくは子どもだ。
まあ、見た目が小さいという点による判断ではあったが。
彼女とともにテーブル席に腰掛けて、食事を注文する。
少女に選択権は与えない。
クラードは椅子に深く腰掛け、少女を見る。
服装は平民の子が着ているような、ワンピースのような簡素なものだ。
おしゃれ、というほどではないがそれでも彼女に良く似合っている。
「それで、おまえの名前は?」
「確か……フィフィだったはず」
「煮え切らねぇ言い方だな……確かってなんだよ?」
「あまり名前を呼ばれることがなかったから」
深い事情があるのかもしれない。
よく見れば服もしばらく洗っていないのか、汚れている。
「……それで? そんなおまえがどうしてあんな場所で倒れていたんだ?」
「あんまり食事がとれてなかった。そのまま戦闘したから」
「……戦闘。ってことは冒険者、か?」
「冒険者、ではないけど。魔物を倒してお金を稼いでいた? 詳しいことは良く覚えていない」
「……どういうことだ?」
「わからないけど、前に道行く人に聞いたら、『それは記憶喪失という奴ですわね!』といわれた」
「記憶喪失って……」
厄介な奴に関わってしまったかもしれない。
最低限のことは覚えているようだが、それ以上は何も覚えていない様子だ。
やがて、食事が運ばれてくる。
皿一杯に肉とご飯がのっかっていて、たれも一緒にかけられている。
普通の店ならば、これらをわけて出すだろうが、ここはすべてまとめてだ。
見た目はあまり綺麗ではないが、味は問題ない。
フィフィはためらうようなそぶりを見せるかもしれないと思ったが、がつがつとフォークを使って食べていく。
その食いっぷりから、本当に空腹であったことは良く分かる。
すぐに食事は終わり、フィフィは腹を撫でる。
それから、支払いに必要なだけのお金をテーブルに置く。
席を立ち、片手をあげる。
「フィフィ。それじゃあ、まあ大変だろうけど頑張れよ」
「待って」
ぐいっと彼女が手首を掴んでくる。
腹が満たされたからか、手首を掴む力が増している。
必死に引っ張って逃げようとするが、クラードの手を掴んで離さない。
「なんだよっ! もうこれ以上は食わせられないからなっ!」
「お礼をしたいと思った」
それは意外だった。
クラードは彼女に失礼な発言をしたのを反省しつつ、首を振る。
「そんな、別にいいって。これ以上は俺だってどうしようもできないし……それにおまえ何ができるんだよ?」
「何も、できないかもしれない」
フィフィがしゅんとうなだれる。
慣れない反応にクラードが頬をかいていると、近くにいた冒険者がずいっと顔を近づける。
「お穣ちゃん、それならいい方法があるぜ?」
「なに?」
「へへ。まずはおじさんが色々と教えてあげるぜ……いい方法ってのは体で払うっていうのがあってだな。クラードが嫌だっていうなら、俺が相手してお金をやるぜ? それをクラードに渡すってのは……」
「お金……? 体で……何をすればいい?」
「おい、ロリコン野郎、その辺にしとけよ」
クラードが睨むと、冒険者は軽く笑って去っていく。
短くため息をつく。
本当にここはこういうアホが多い。
ほとんどは冗談みたいなものだと知っているが。
クラードはあきらめて席に座りなおした。
フィフィは彼の言っていたことが気になったようで、自分のほうに顔を寄せてくる。
「どうすればいい? どうすればまたごはん奢ってくれる?」
「あれ、お礼はどこいったんだ?」
「ご飯また食べたい。クラードはいい人。お礼をすればまた奢ってくれる?」
「……おまえなぁ」
フィフィの無邪気な問いかけに、クラードは呆れて嘆息をつく。
「俺だって、そんな何回も奢れるほど金に余裕はないんだ。だから、今回だけだ」
そこを強調して厳しくいうと、フィフィはしゅんと沈んだ顔を見せる。
「それじゃあ、どうすればいい?」
「どうすればって……自分で稼げばいいんじゃないか? 魔物を倒していたんだろ?」
「魔物……倒せるかわからない」
「……ステータスはどうなんだ?」
冒険者ではないと彼女は言った。
それでも魔物と戦えるのならばステータスカードは持っているはずだ。
彼女に声をかけると、フィフィはこくりと頷いて服を脱ごうとした。
「ま、待て! 何をするつもりだ!」
銀色の髪を揺らしながら、フィフィはぽかんとした様子で首をかしげる。
「ステータス、体に書いてあるから」
「……体に?」
そんなことはありえない。
彼女の言葉は周囲の冒険者の声にかき消される。
それを確認してから、クラードは短く息を吐く。
思っていた以上に問題を抱えているのかもしれない。
クラードは頭をかいてから、
「……とりあえず、ここで話すのもあれだから、一度俺の家に来るか?」
「行ったら、またごはんおごってくれる?」
「わかったよ。とりあえず、しばらくは面倒見るから」
いうと、フィフィはぱっと目を輝かせた。
どこか子どもっぽさの残る彼女を、一人で夜の街に送りだすのもまずい。
これからの生活について考え、肩を落としていたが、フィフィの嬉しそうな顔を見ると多少は落ち着けた。