第三十七話 二人とも仲良しだね
火、風、土、水の都は聖都を中心に、円のような形で囲んでいる。
聖都から南東――そこが土の都だ。
そして、水の都は、聖都から南西……土の都から西にある。
乗り合い馬車にたどりついたクラードたちは、料金を支払い水の都へと出発する。
馬車は十人ほど乗ることができたが、今はクラードたちしかいなかった。
御者台から馬車の中がのぞけるようになっていて、時々御者が顔を出す。こちらを見ては声をかけてきて、その理由を明かしてくれた。彼もただ馬を操縦しているのは暇なのだろう。
非常に落ち着いた賢い馬だった。魔物でも飛び出してこない限り、馬はきちんと目的地まで進むだろう。
「水の都で鬼魔が出ましたからね。その噂が流れて、さすがに観光にいく人が減ってるんですよ」。
御者は嘆息交じりにそう言っていた。
確かに、今この馬車はすいている。
通常都の移動に使われる馬車は毎回満員で出発する。馬車もなるべく多くの人を乗せられるように作られている。
クラードたちが乗った馬車もそうだ。
横長の椅子が向かい合うように二つある。詰めて座れば一つの椅子に十人くらいは座れるだろう。
しかし、今はクラードたちの三人だけだ。
クラードはちらと左右を見る。左はラニラーアがいる。張り付くように座っているため、柔らかい胸が当たっている。意識しないように努める。離れろとはいわない、ラッキーだから。
右はフィフィだ。こちらも張り付くほどではないが近い。
ここは広い馬車だ。だが、二人に張り付かれているため、あまりそれを意識できなかった。
「鬼魔が出たって言ってたけど、そんなに影響があるんだな」
「そりゃあそうですわよ。……だって、鬼魔といえば人間がもっとも畏怖する相手ですわよ? 魔王の復活、鬼神の復活……今じゃそんな風に言う人もいるのではありませんこと?」
「……たしかに、そういわれるとこわいもんな」
もしも復活すれば、千年近く続いたとされる平和な世界が崩れ去る。
魔王にしろ、鬼神にしろ、恐ろしいものだ。
フィフィが首をかしげ、それからクラードの服を引っ張った。
「どうした?」
「……わたし、魔王とか、よくわからない」
「そういえば、そうだったな」
ぽりぽりと頬をかき、馬車についている窓から外を見る。
水の都まではまだしばらくかかりそうだ。
「説明、か……説明って俺苦手なんだよなぁ」
座学の授業は後ろから二番目だ。ちなみに最下位はラニラーアである。こういったとき、レイスがいると非常に助かる。
レイスはきちんとした知識を持っている。本人は人に説明するのは苦手、とも言っているが、それでも聞いていて不自由しない。
クラードもラニラーアも、説明がまったくできないわけではないが、そもそも覚えていること自体が間違えている可能性がある。
椅子に座っていたラニラーアが輝いた。その目がのぞき込んできた。
「どうしたんだラニラーア」
彼女は立ち上がり笑みをこぼす。非常に嬉しそうだ。
「わたくし、この前勇者について勉強させられましたの。ですから、詳しく説明できますのよっ」
「本当か。そんじゃお願いするな」
ラニラーアが無邪気に頷く。腕を組みと、胸がぐっと寄る。
フィフィがじーっとその胸を見る。
ラニラーアはこほんと咳ばらいをする。それから腕を戻し、赤い顔のまま口を開いた。
「それでは、かるーく説明しますわね。気になるところがありましたら、聞いてくださいまし!」
「わかった」
フィフィは身を乗り出した。
ラニラーアはフィフィの真剣な顔を見て、「可愛いですわ」と小さくもらしている。
クラードはじろっとラニラーアを見る。可愛いフィフィに見とれるのはわかる。だが、いつまでも見ていられても困る。
ラニラーアがこほんと咳ばらいをして、声を出す。
「まずは、勇者ですわね。勇者というのは、竜神から加護を受け取った特別な人間のことですわ」
「……それって、クラードやラニラーアのこと?」
「通常、加護を与えられた人々は、竜の家来、みたいなものですの。勇者はそれよりも特別だったらしいですわ。確かにわたくしは、『勇者』スキルを持っていますけれど、当時の加護はもっと強かったらしいですわ。なんでも直接体に記入していたらしいですのよ」
「体に……」
フィフィは脇腹に触れた。クラードはフィフィのステータスを思い出していた。ラニラーアが言うように、体にステータスが刻まれている。彼女はやはり、勇者なのではないだろうか。
「……クラード、もしかしてわたし、すごいおばあちゃん?」
「おまえが前の勇者って言いたいのか?」
「うん……」
「そりゃあ違うと思うぜ」
ラニラーアが顎に手をやって首を捻る。そういえば、ラニラーアはフィフィの腹のステータスをしらない。
「まあ、勇者のことは記録にしか残っていないので詳しいことはわかりませんけれどね」
歴史というのは途中で歪む可能性もある。
何より、五百年前にあった文明は一度崩壊してしまっている。その時代は、機獣との激しい戦闘があったと、記録には残っている。
千年前の竜鬼戦争の記録がどこまで信用できるのかは難しいところだ、というのが研究者の意見だった。
「あっ、もしかしてフィフィって竜鬼戦争のこともわかりませんわよね?」
「……うん」
「ああっ、そんな悲しい顔をしないでくださいましっ!」
ラニラーアがぎゅっとフィフィを抱きしめて頬ずりをする。
フィフィを慰めるというよりも、ラニラーアが彼女の感触を楽しんでいるようだ。
「ラニラーア、おっぱい柔らかい」
むにむにと胸をもむフィフィ。
フィフィはその感触に、母親を思い出しているいるのかもしれない。
「わたしもいつかこうなれるかな?」
フィフィがぽつりと口にした。
クラードはその純粋な疑問と瞳に頬が引きつった。
「なれますわ! なれなかったとしても、これだけぷにぷにの頬があれば、それだけでわたくしはいいですわ!」
「ほんと? クラード、ほっぺぷにぷにかな?」
「どうだろうな。……って、二人とも話脱線しすぎだっ」
フィフィというよりラニラーアが問題だ。彼女は気になったことをすぐ口にだす。今は大事な話をしているのだ。クラードがラニラーアを睨むと、彼女は頬をかき、フィフィから離れた。
クラードは短く息を吐く。レイスにこの辺りの説明もさせればよかったと本気で後悔していた。
「そ、それでは……竜鬼戦争の話をしますわ」
一度咳ばらいをしてから、ラニラーアは人差し指を立てる。
「竜鬼戦争は、初め、竜神様と鬼神の殴りから始まりましたわ。決着がつくことはなく、力はどんどん消耗し………そこで、竜神と鬼神は代理を立てましたのよ」
「……代理?」
「はい。それが勇者と魔王ですわ」
納得したフィフィが、ぽんと手をならす。
「竜神様が、人間に力を与えて勇者にした。その勇者が鬼神を討伐に行ったってこと?」
「はい。そもそも、勇者というのは千年前、竜神様が異世界から召喚した四人のことですわ。彼らは、協力して鬼神を討伐した、と言われていますの」
「……そうなんだ」
「その異世界から来た人たちが、今のこのステータスやスキルという力を開発したそうですわ。便利でいいですわよね」
竜神の加護の強さが、ステータスの力だ。
人間は世界に誕生してすぐに、竜神から加護を受ける。
人間の血が混じっているものであれば、竜神の加護を受けられる。だから、ラニラーアもステータスなどの力はある。
赤ん坊からおおよそ十五年かけ、竜神の加護が体になじんでいく。
そして、十五歳になったとき、竜神に祈りをささげることで、その力はようやく開花することになる。
加護の強さが、ステータスやスキルの強さだ。
また、十五歳というのはおおよその目安だ。十五歳よりも早い場合もあれば、十六歳、十七歳などと遅れることもしばしばある。
実際、クラードの持つスキルが開花したのも、十八歳になってからだ。
噛み締めるように何度もフィフィは頷いた。それでも、しばらくして疑問が生まれたようだった。
「勇者の力はわかった……それじゃあ、魔王も同じなの?」
「彼らは鬼神より力を与えられ、『鬼魔』と呼ばれる角を持った魔物を作り出す、と言われていますわ」
「……それが水の都で出たから、みんな騒いでいるんだね」
「ええ。ですが、例えば海に生息する魔物や動物は、霧をずっと吸っているからか、みんなすでに鬼魔になっていますわね」
「……それじゃあ未開拓大陸もそうなの?」
「賢いですわね。ですから、力のある人が必要なんですのよ」
「……そうなんだ。クラードは危ないところに行こうとしているの?」
フィフィの瞳が揺れる。うるうると心配するかのような瞳に、クラードは何も言えなかった。
確かに、外の大陸は危険な場所だ。
その攻略を国がしているのは、大きな利益があるからだ。
鬼魔が持つ魔石は、迷宮などで拾えるものよりもずっと強い効果がある。
古代文明に関するものも残っている。
それらが見つかれば、今の生活をより豊かなモノにできる可能性も秘めている。外には何があるかわからない。
「俺は父さんを探したいからな。……まあ、あとはついでに師匠もな」
そういってクラードはフィフィから視線を外した。師匠も行方不明であるが、全く心配はしていない。きっとどこかで生きている。クラードはそう思っていた。
「わかってるけど、あんまり無茶してほしくない」
「無茶なんてしねぇよ」
「この前の迷宮でした」
「そりゃあおまえもだろっ!」
「……だって、目の前で誰かが死ぬかもしれないっていうのは……なんだかすごくいやだったから」
フィフィが胸に手を当てる。苦しそうな顔をしていて、その気持ちは痛いほどわかった。
フィフィの感情に納得していたクラードに、びしっとラニラーアが指をつきつける。
「どちらにせよ、クラードは無茶することが多いのですわよ。もう少し、その状況にならないよう頭を使ってくださいまし!」
「お、おまえにそれはいわれたくねぇよ!」
「な、なんですとっ。わたくしは、戦闘に関してはクラードよりよっぽど頭を使っていますわよ!」
「いやいや、そりゃねぇっての!」
クラードとラニラーアの視線がぶつかる。ラニラーアの戦闘は力任せのものばかりだ。そんな彼女にだけは、頭を使え、とは言われたくなかった。
フィフィがくすくすと笑った。
「二人とも仲良しだね」
「……そうか?」
「そうですわね」
頬を赤らめたラニラーアが、それを隠すように手をあてる。ラニラーアとの付き合いは確かに長く、お互いに共と認め合っている。しかし、仲がいいといわれるのは照れるものがあった。
「二人は、学園で出会ったの?」
「……うーん、まあそんな感じだな」
ちらとラニラーアを見ると、彼女は昔を懐かしむような顔をする。
あのときのラニラーアは今とはずいぶん違い、もっと接しにくい奴であった。
「ちょっと聞きたいな。友達って、どんな感じなのかな」
「……ああ、そうだな」
悲しそうな顔のフィフィに、クラードとラニラーアは顔を見合わせた。
「俺たちのこと、少し話してもいいけどさ。フィフィ、友達っていうのは俺たち三人みたいなことを言うんだからな?」
「そうですわよ、フィフィ。まあ、わたくしは別に妹でもなんでもいいですわよ。へへへ……」
「……不気味な息を吐くなって、フィフィに嫌われるぞ」
「そ、そんなことありませんわよね?」
とたんに不安そうな顔になったラニラーアに、フィフィが笑顔を浮かべた。
「どうかな……」
「えぇ!? ふぃ、フィフィ嫌わないでくださいましーっ」
「冗談、だよ」
フィフィがにこりと微笑む。最近、冗談を言うことが多い。それは決して悪いことではないだろう。