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第三十六話 旅立ち



 五日ほど経ち、旅に出る準備が整った。

 フィフィと話し合い、まずは水の都に行くことになった。


 アイテムボックスを開いたクラードは、水の都に行くための荷物を確認する。

 アイテムボックスに入る荷物は限りがある。

 だが、これをある程度緩和することもできる。


 また、アイテムボックス内の荷物は重量で計算されていることが、長年の研究でわかった。

 どれほど軽いものでも一つと換算されるが、ある程度の重量でも一つになる。ただ、ある程度を超えると二つ、三つとなってしまう。

 食料や水分は、二つ以上に換算されることが多くなってしまう。


 メニュー画面を開き、クラードはアイテムボックスの操作を行っていく。

 アイテムボックスは、10個まで収納できる部屋が、三つある。

 その合計で、三十個までアイテムの所持ができる。


 部屋が分かれているため、10個ずつポーションを持つなど、使い方は人それぞれだ。

 クラードは、リュックサックに荷物を詰め込み、それをアイテムボックスに収納した。

 服などを一つずつ入れるのではなく、このようにまとめて入れることで、ある程度の緩和となる。


 アイテムボックスにしまったリュックサックは、三つ分の換算となっている。フィフィの分まで入っているのだから仕方ない。それでも、三つ分ですむのなら、それほど無駄にはならない。


「それにしても、しばらくここには戻ってこねぇのか。寂しくなるねぇ」


 部屋でくつろいでいた大家が、後ろに倒れる。だらしなく服がめくれ、可愛らしいお腹が見えている。もう少し気にしてほしい。


「大家さん、寂しいの?」

「すげぇ寂しいっての。だって、クラードがいねぇとごはんたかれねぇしな」


 アイテムボックスの確認を終えたクラードは、食器を洗いながら息を吐いた。それは寂しいとは違う感情ではないのか。


「それは確かに寂しいね」


 フィフィが大家の気持ちに同調するようにうなずく。恐らく、クラードの食事を食べられないという部分に同意したのだろう。


 大家がごろんと畳の上で寝転がる。クラードも食器を洗い終え、居間へと戻る。

 このアパートは大家の故郷の生活様式に似ている。 大家の故郷である風の国では、このような生活が一般的だったらしい。


 靴を脱いでの生活について、知識だけはあった。実際に自分がその生活を送ることになるとは思っていなかった。


 それでも、この生活が本来のこの世界での暮らしとも言われている。

 歴史に詳しいレイスが、そのあたりの解説講座を開いたことがあった。それを最後まで聞いた事はなかったが。


 食器を洗い終えて今に戻ってくると、大家が横になったまま新聞を見ていた。

 週に一度作られる聖都新聞には、様々な情報がありクラードもたまに見ていた。大家が勝手に持ってくる、というのも理由の一つだ。


 ちらと大家が見ているものを脇からのぞく。

 そこには、来月に迫った勇者祭についてが書かれている。


「勇者祭か……おっ、今年はなんでも派手にやるみたいじゃねぇか」

「勇者祭?」


 疑問を抱いたのかフィフィが首を捻る。

 大家が目をにぃっと緩め、


「勇者様が鬼神をぶっ倒した日らしいんだよ。だから、その日は世界が平和になったことを祝って、大きな祭りを開くんだ」

「……そうなんだ。楽しいの?」

「おうっ、そりゃあもうな。こりゃあ、楽しみだぜ!」


 子どものような無邪気な笑みを浮かべる大家。


「大家さんは聖都で仕事があるんじゃないですか?」


 大家は聖都から土の都に派遣された騎士だ。こんななりでも、部隊の副隊長だ。


「そんなのは部下たちにやらせて、あたしは遊びまくるぜ!」

「……最悪じゃないですか」

「うるせぇ、文句あるならあたしより偉くなってから言えってんだ!」


 がはは、っと大家が大きく笑う。

 クラードも、勇者祭には何度も行ったことがある。あのときは、ラニラーアに連れ出されてのものだった。

 聖都までの移動は馬車で行うのだが、その日ばかりは馬車がいっぱいで何時間も待たされることになる。仕方なく徒歩で移動し、聖都に行った。街は人であふれていた。そんなわけで、とにかく大変だった思い出しかない。今年はさらに派手になるとなれば、聖都の人の数は恐ろしいものになるだろう。


 食器を洗い終え、クラードは考える。今年もラニラーアに誘われるのだろうか。そのときは、フィフィも連れていってやりたいものだ。

 部屋の時計を確認する。水の都へ出発する馬車が、そろそろ出発だ。馬車の乗り合い所にでも移動しよう。


 立ち上がったクラードが、フィフィに声をかけようとしたときだった。がんがんと玄関が強く叩かれた。こんなときに誰だ、とクラードは視線だけを向ける。

 

 何者かが、またすぐに、玄関を強く叩いた。

 それで、来訪者が誰かわかった。こういうせっかちな友人は、一人しかいない。

 急いで玄関に向かい、扉を開ける。予想通りの顔がそこにはいた。


 薄い青のシャツに、膝より上の短いズボンをはいた美少女。

 黙っていれば、貴族のご令嬢と勘違いされそうな容姿だ。

 ラニラーアがほっと息を吐く。心底安堵した、という様子だ。


「水の都に行くのは今日でしたわよね?」

「ああ、そうだけど……」

「わたくしも行きますわ!」

「は……? おまえ学園とか、聖都行きの話はどうなったんだよ?」


 彼女はクラードと違い、まだ学園に籍がある。水の都に行くよりも大事なことがたくさんある身だ。

 ラニラーアは人差し指を左右に振る。まるで自分の考えを馬鹿にするような動きだ。


「その話をするために、水の都に行くんですわよ。学園にはきちんと話をとおしてありますわよ」


 クラードは首を捻るしかない。まるで、話が見えてこないのだ。

 フィフィが、とてとてと玄関に姿を見せる。ラニラーアの声につられたのかもしれない。


「ああっ、フィフィ久しぶりですわね。相変わらず可愛いですわね!」

「久しぶり」


 ラニラーアがフィフィの体をぎゅっと抱きしめる。まるでぬいぐるみでも扱うかのようだ。

 最後は大家だ。居間をころころと転がって移動している。立つのが面倒なのかもしれない。


「おっ、誰かと思えば騎士団長に勧誘されたラニラーアじゃねぇか」

「げっ、ぴんにゃさん……」


 ラニラーアがその場で一歩後ずさる。そういえば、この人のことは苦手だったな、とクラードは苦笑する。

 大家は口角を吊り上げる。ラニラーアの反応が心底嬉しいようだ。


「水の都といえば、今騎士団長様率いる部隊が滞在してんな。会いにいくってことか?」


 騎士団長は騎士団のリーダーだ。

 その彼が率いているのは遊撃部隊だ。

 国内で何か起きたときに、行動する部隊だ。


「そうですわね。直接会ってお話したいですの」

「なるほどな……水の都といえば、最近『鬼魔きま』が出たらしいぜ」


 最近では聞きなれない言葉だ。

 鬼魔とは、鬼神の最強の配下である魔王のみが作り出せるといわれている魔物だ。

 その額には鋭い角があるため、人々は鬼魔と呼んでいる。


「……鬼魔? でも水の都といえば、野生の動物も多いですよね? それが鬼魔化したってことかもしれないですよね?」

「それならいいんだけどな……とにかく、物騒になってきちまったからな。気をつけろよな」


 大家は腕を組み、難しい顔を作る。何か、彼女のもつ勘のようなものが働いているのかもしれない。

 千年前にあった鬼と竜の戦争――竜鬼戦争で、竜神から力をさずかった勇者たちが鬼たちの神を仕留めた。それは完全な勝利だった、と記録には残っている。


 勇者たちが圧倒的な力を見せつけ、それに怯えた鬼たちは別の大陸へと逃げながら霧を吐いた。

 そのため、外の大陸は深い霧がある。それが原因で、未開拓大陸の調査は難航している。


 この大陸にも鬼は残っている。例えば、吸血鬼であるラニラーアだ。

 彼らは人間と友好的に過ごしている。

 鬼魔を作り出せるのは、鬼神から力を授かった鬼――魔王と呼ばれる存在だけだ。

 鬼神がいなくなった今、力を授かることは不可能なはずで、自然に発生する鬼魔以外はありえない。


 未開拓大陸では、鬼の残した霧の影響か、それを吸った動物や魔物が鬼魔化する。

 水の都では、漁業も盛んだ。鬼魔化した魚が、人間たちが使っている船に張り付き、そのまま水の都へと侵入した、という可能性もある。

 クラードが考えていると、大家も肩をすくめた。


「さぁな。あたしも詳しい話は入ってきてないからしらねぇな。水の都以外じゃ、混乱を招かないようにってあんまり情報もでてねぇしな」

「……たしかに、俺も聞いてないですね」

「そういうわけだ。遊撃部隊が珍しく仕事しているのも、たぶんそれがらみのことだろうぜ。水の都に行くのなら、気をつけな。まあ、そう事件に巻き込まれることもねぇだろうけどな」


 がははっと大家が大きく笑う。まったくもってその通りだ。何もなければそれでいい。

 クラードはもう一度荷物を確認し、旅の日程も確認する。旅は、水の都、火の都、風の都と移動していく。移動はすべて馬車を利用する。


 水の都は初心者冒険者向きでもある。そこで、じっくりフィフィの訓練も行うつもりだ。

 金に余裕はある。深い階層で手に入れた魔石と、レアゴーレムの魔石。それらを売りさばいたところ、しばらくは迷宮に入らなくても問題ないほどの金ができた。


 アイテムボックスを閉じ、息を吐く。迷宮攻略に必要なモノは旅先で購入していけばいい。生活に必要な衣服にしてもそうだ。そこまで、気を張るところでもない。


「それじゃあ、そろそろ出発だな。フィフィ、準備はいいか?」

「うん、早く行きたい」


 フィフィが小さくうなずいてから、大家を見る。


「わたしたち、水の都行くけど、大家さんは大丈夫?」

「おうおうフィフィ。あたしの心配するなんて優しいじゃねぇか。しばらくはつまらねぇが、そういうのは慣れてっからなっ。若いうちに旅は楽しんでおけよなっ」

「……わかいうち? 大家さんは――」


 クラードはフィフィの口を背後から隠した。それだけは言ってはいけないことだ。


「そ、それじゃあ大家さん。鍵は預けちゃっていいですか?」

「別にいいが、持っていればいいんじゃねぇか?」

「いやぁ……旅先で万が一なくしたらって考えたらもっているのが怖いんですよ。アイテムボックスに入れておくにしても、一つ分埋まっちゃいますしね」

「まあ、そりゃあるな」


 クラードがカギを取り出し、大家に渡す。何より、大事なものを持っているのが嫌なのだ。


「そんじゃ、預かっておくぜ。あたしだっていつも家にいるわけじゃねぇからな。帰ってくるってときに渡せないかもしれないからな」

「そのときは適当に時間を潰しておきますよ……それじゃあおねがいしますね」

「おう。いい旅にしてこいよなっ」


 フィフィが靴を履き、つま先で何度か床を蹴る。履き心地を調節しているようだ。

 クラードも立ち上がり、振り返った。腰に手をあて、子どものような笑顔を浮かべる大家に頭を下げる。


「それじゃあ、行ってきますね」

「おう……ってあっ、おみやげもちゃんと買ってこいよな!」

「わかっていますよ」


 クラードが片手をあげると、大家が元気よく手をあげる。

 アパートから外に出て、そのまま馬車の乗り合い所へと歩いていく。

 街はまだ静かだ。


「いい天気でよかったですわね」


 ラニラーアの動きにあわせ、クラードも上を見る。

 雲一つない晴天がどこまでも広がっている。隣を歩くフィフィの顔も、空に負けないくらい明るい。

 ――いい旅になりそうだ。



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