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第三十四話 一緒に暮らしていますの?



 フィフィについて、どのように話すか迷う。

 クラード自身、彼女のことは、よくわからない、というのが一番の答えだ。

 しかし、ラニラーアがそれで納得するはずがない。

 ニコニコと笑みこそ浮かべているが、僅かに怒りのようなものを感じられる。


「冒険者、仲間だな」

「そうですの? それだけですの?」

「まあ、それだけだな」


 詳しい説明をしたくとも、何も知らないのだ。

 だから、そこで話を中断することにした。

 クラードは頬を引きつらせながら、内心の動揺を悟られないように努めた。


「わかりましたわ。それで、納得しますわよ」


 完全に、とまではいっていないようだが、それでもそれ以上の追及はしてこなかった。


「そうかそうか」

「それでは次にいきますわよ」

「まだあるのかぁ……」


 どんな質問が待っているのだろうか。

 場合によっては黙秘になる可能性もある。

 ごくりと唾を飲み込むと、ラニラーアが声を荒げた。


「わたくし、言いましたわよね! 住む場所が決まったら、教えてほしいって!」

「そういえば、そうだったな。ただ、あのときは色々あってさ。ほら、ラニラーアがも聖都に誘われているって聞いて……ずるいなぁ、とかいろいろと分不相応な感情もあったんだ」


 そのまま会えば、もしかしたら素直に応援できなかったかもしれない。


「……そういえば、そうでしたわね」


 ラニラーアは髪の先を指にまきつけるようにして、どこか居心地悪そうにそっぽを向く。


「とにかく、連絡しなかったことは悪かったよ。それで……どうなったんだ、聖都の話は?」

「……騎士として、誘われましたのよ。冒険者ではありませんわ」


 ラニラーアはだから返答していない、といった雰囲気を出した。

 しかし、クラードは彼女に疑問が生まれた。


「冒険者にそんなにこだわりがあるのか?」

「……別に、そういうわけではありませんわ」


 聖都の騎士に誘われるというのは、平民からすれば最高の待遇だ。

 聖都の騎士になるには、学園で優秀な成績を残す必要がある。

 騎士に目をつけてもらい、それで初めて、聖都の騎士になれる。


 冒険者に憧れる人はたくさんいるし、実際国としても冒険者は貴重な存在だと考えている。

 だが、未開拓大陸――外の大陸へ調査にいった冒険者たちはそのすべてが帰還できるわけでもない。


 外の大陸で得られる資源や、情報は貴重なものばかりだが、そこに存在する魔物は強力で、命を落とす者も少なくない。

 そうなってくると、聖都としては貴重な戦力を、聖都においておきたいということもあり、一流の冒険者に声をかけ、騎士として縛り付けたがることもある。

 

 つまりラニラーアは、それほどの存在として聖都に認められた。

 というのも、彼女の持つ『勇者』スキルが関係するのだろう。


「おまえは、みんなを見返したくて学園に入ったんだよな」

「……そうですわね」


 ラニラーアの夢は一流の冒険者ではない。

 彼女は吸血鬼だ。

 千年も昔にあったとされる、竜鬼戦争の敵側の存在だ。


 鬼は人間にとっての敵だ。

 ラニラーアは鬼の血が混ざっていることから、誰かに嫌われることが多かった。

 人間によく馬鹿にされ、それが嫌で、そんな相手を見返したくて、冒険者学園に入った、と彼女は言っていた。


「で、でもですわよ。……わたくしを認めてくれる人はいますわ。たくさんの人にももちろん認められたいですけど、わたくしを認めてくれた人と同じ夢を目指したい、とも思っていますの」

「え、それってもしかしてレイスか?」

「あなたですわよ!」

「……あ、そうなのか。いやぁ、照れるなぁ」


 そこまでラニラーアに深く意識されているとは思わなかった。

 頭をかいていると、ラニラーアが顔を真っ赤にする。

 腕を組んでふんとそっぽを向く。


 クラードもそちらに目を向ける。

 保健室の外は校庭だ。

 訓練中なのか、まだ幼さの残る顔の男女が模造の武器を振るっている。

 教師の怒鳴りつけるような大きな声が、風とともに室内に届く。


「……懐かしいですわね。入学したとき」

「そうだな」


 クラードは少し昔を思い出しながら、ラニラーアの横顔を見る。

 あのときのラニラーアは周りと距離をおいていた。

 誰ともかかわらず、一人でいることが多かった。


「……聖都、行ってみたらどうだ? みんなを見返すっていう夢だって、まだあるんだろ?」

「……そうですわね」


 小さく、ラニラーアは頷く。


「別に、二度と冒険者になれないわけじゃないだろ? 騎士だって、外の大陸の調査に行くことはよくあるだろ?」


 クラードの師匠は騎士になってからも、外の大陸の調査によく行っていた。

 だからこそ、二度と冒険ができないわけではない。


「俺が一流の冒険者になって、外の大陸に行くとしよう。そのときおまえが騎士として、一緒に同行するのだって別におかしくはないだろ?」

「……クラード、それってつまり、そのわたくしと一緒に行きたいってことですわよね?」

「そりゃあな。やっぱり強い奴と一緒だと心強いし」

「……むっ、そうですわね」


 ラニラーアが不機嫌になる。

 クラードは苦笑しつつ、ひらひらと手を振る。


「そういうわけで、聖都行きを後ろ向きに捉えなくてもいいんじゃないか?」

「……そうですわねぇ」


 ラニラーアは考え込むように腕を組む。


「ちょっと、それについては考えてみますわね」

「ああ、そうしてくれ」


 そこからの選択について、クラードは何も言わない。

 悩んだ末に、冒険者として学園に残ることを決めたのならばそれでもいい。

 自分が理由で、選択の幅を縮めて欲しくない。それだけだ。


「そういえば、コルロは無事だよな!?」

「もちろんですわよ。足の軽い捻挫、それも先ほどのポーション屋の店主のおかげで治っていますわ。今は反省室で先生たちにしごかれているのではありませんの?」

「そうかそうか」


 それは仕方ない。

 無断で迷宮に入り、おまけに問題を起こしたのだ。


 一歩間違えれば三人とも死んでいた。

 クラードが苦笑していると、ラニラーアがきらきらとした顔をずいっと近づけてくる。


「それよりもクラード! あなたもしかして、強くなりましたの!?」

「あー、言っていなかったな、そういえば。おまえと別れてから、スキルが発現したんだよ」

「そうですの!? まさか一人でゴーレムを突破するなんて、もしかして『勇者』スキルですの!?」

「そこまではいかないけど、まあ使い勝手はいいぜ」


 クラードは自慢してやりたかったが、口頭で説明してもいまいちぴんと来ないだろう。

 ラニラーアは「強くなった」という事実だけでも、満足しているようだ。

 クラードは両手を掴まれ、ぶんぶんと腕を振り回される。


「よかったですわねっ、よかったですわね!」


 見れば、ラニラーアの目じりには涙が浮かんでいた。


「お、おうっ! そんな泣くほど喜ばなくてもいいだろ!?」

「だって、凄い心配していたんですわよっ。もう、連絡くらいしてくださいまし!」

「……ほんとう、悪かったよ」


 自分の小さなプライドで、ラニラーアに随分心配をかけてしまった。

 ラニラーアは涙を浮かべながら頬を膨らませている。


 喜怒哀楽の、素直な奴だ。

 クラードが苦笑していると、むくりと隣のベッドが動いた。


 目元をごしごしとこすり、可愛らしくあくびをする。

 フィフィの体にも異常はないようだ。


 軽く伸びをしたあと、フィフィはそのままゆっくりと自分のほうに顔を向けてくる。


「クラード、おはよ」


 きょろきょろと周囲を見て、フィフィは首を捻る。

 いつもと違う景色に、驚き震えているようだ。


 白を基調とした保険室には、先ほどのポーションの薬品の臭いがまだ残っている。

 それがフィフィは嫌いだったらしい。

 僅かに鼻をつまみ、少しだけ体が震えていた。


「なんだか、この臭い凄い嫌」

「ポーションの臭いだ。ただ、普通のものよりもきついな」

「うへー」


 だいたい、市販のポーションはここまでのものはない。

 それは、薄めて販売されているからだ。

 ポーションはある程度薄めても十分効果がある。


 効果の高いものほど、値段はもちろん、臭いがきつくなってくる。

 フィフィはきょろきょろと視線を周囲に向ける。

 それから彼女は、首を傾げた。


「ここどこ? 家じゃない……」

「ここは俺が前まで通っていた学園なんだ」

「……学園。迷宮じゃない?」

「ああ。そういえば、フィフィは結構長い時間気を失ってたよな」


 クラードはそのことを思い出し、あれからどうなったのかを伝える。

 簡単に、どうやって助かったか、それだけを話す。


 ゴーレムを倒し、九階層にてラニラーアに保護された、その程度だ。

 そのラニラーアは顎に手をやり、眉間に皺を刻んでいる。


「……ありがとう」


 フィフィがぺこりとラニラーアに頭を下げる。

 いえいえ、とラニラーアは両手と首を振った。


「冒険者として、当然のことをしたまでですわ。……わたくしはラニラーアですわ。よろしくお願いしますわね」

「わたしはフィフィ……えっと、よろしく」


 フィフィは僅かに人見知りを発動しながら、もう一度頭を下げる。

 と、ラニラーアが考えるように顎へと手をやり、それからじろっとした目を向けてきた。


「どうしたんだ?」

「少しいいですの?」


 ラニラーアは笑みを浮かべる。

 彼女が追及するときは、いつもこの表情だ。

 どんな質問が飛んできても華麗に、返事をしてみせる。

 

「まさか、フィフィと一緒に暮らしていますの?」


 クラードは窓の外へ飛び出したくなった。

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