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第三十二話 過去の夢


 クラードの住んでいた故郷のクレン村は、はっきりいって田舎だ。

 土の都から離れた森の中にあるクレン村には、時々外から人が来るくらいで、ほとんど外部とのかかわりはなかった。

 それが、当たり前だと思っていた。


 今年で七歳になるクラードは、まだ村の外の世界を知らなかった。

 村の人や家族から聞いた事はあっても、そこ止まりだ。

 一度は土の都に行ってみたい。

 

 さらに、そこよりも発展しているという聖都にも行きたかったが、村で生活している限り、そこに行くことは一生ない可能性もあった。


 クラードは日課のような、畑の手伝いをしていた。

 いつもは面倒であったが、今日だけはわくわくとしたまま作業を行えた。


 今日は、父親が帰ってくる日だった。

 村の近くには、迷宮がある。

 土の都にあるノーム迷宮に比べれば小さな迷宮だ。


 村から、力のある者たちが、そこで狩りを行っている。

 一週間ぶりだ。

 村の仕事を手伝いながらも、門のほうを何度も気にかける。

 今クラードのいる場所からは見えないが、それでも何度も見てしまう。


 やがて、村の入り口が騒がしくなる。

 ――来た。クラードは一目散に走りだす。

 仕事を放棄すれば注意を受けるが、このときだけは特別だ。

 村の全員が、門のほうへと移動していた。


 そこには、冒険者二人がいた。

 自分の父親と、もう一人……アステルだ。

 二人は大きな袋をアイテムボックスから取り出すと、自分たちの前に置いた。

 

 その中には魔石がたくさん入っていて、村人たちの歓喜の声が聞こえた。


「近くの迷宮で獲得した魔石だ。村のために使ってくれや」

「おおっ、さすがフルドさんとアステルさんだ! 二人なら聖都の騎士にだって負けないなっ!」


 村人たちの歓声を受け、手をあげる父親とアステル。

 父は、クラードにとって自慢だった。

 父がぐるりと首を動かす。いつもの、自分を探す動きだ。


 クラードは早く気付いてほしくて、ぴょんぴょんと何度かはねると父が笑みを濃くして近づいてくる。


「おう、クラード! 元気にしていたか?」


 たくましい体でクラードを抱え上げ、髭をごりごりと押し付けてくる。


「やめてよ父さん! 痛いよ!」

「この髭にはたくさんの力が詰まっててな、おまえにわけてやってんだよ。おまえ、泣き虫で弱虫だからなぁ……」


 クラードは、父の言う通り泣き虫で、弱虫だった。

 それを言われるのが嫌で、クラードも言い返す。


「嘘だよっ。アステルさんが、髭にそんな力はないって!」

「なにぃ!? アステル! 俺の息子に真実を教えるんじゃねぇよ!」

「ほら、お父さん! 真実って言ったじゃないか!」

「うげぇっ、しまった! アステル、何笑ってやがる!」


 父にだっこされたまま、アステルのほうに連れていかれる。

 アステルはくすくすと笑っていた。

 父が指さし、ぶすっとむくれた顔をすると、アステルは肩を竦め、村の中へと歩いていく。


「父さん! 今日は母さんがシチューを作ってくれているんだよ! 早く家に帰ろう!」

「おうおう。そうだな」


 地面に降りたクラードは、父の手を掴み、まっすぐ自宅へと向かった。



 〇



 その日の夜は、凄い雨だった。

 家に穴が開くのではないかというほどの雨だ。

 だいたい、こういった強い雨は少しすればやむのだが、その日は一向にやむ気配を見せない。


 この雨はしばらく続きそうだということになり、畑を守るために村全員で雨除けをしていく。

 雨から身を守るように合羽を着用し、まだ眠りについていない子どもたちも協力して作業を行う。

 

 魔石を使って明かりにする。

 大人たちは門のほうに行って動物が侵入してこないかを警戒してくれている。

 自分たちで作業を進めていく。


 隣で作業をする父も、背中に大剣を装備したまま、作業を行っている。

 赤い宝石が柄頭についた、綺麗な剣だ。

 迷宮内で拾ったという、父の愛剣である。


 それがうらやましくて見ていた時だった。

 誰かの悲鳴が村の中に聞こえた。


「なんだぁ?」


 作業をしていた父が体をあげる。

 目を閉じた父は耳に意識を傾けているようだった。


「魔物、動物じゃねぇな。何も聞こえやしない」

「行ってみようよ、お父さん」

「そうだな……おまえも俺の近くにいろ。絶対離れるんじゃねぇぞ!」


 この村で一番強いのは父かアステルだ。

 その父の近くにいれば、間違いなく安全だ。

 父とともに村の中を移動する。


 そんなときだった。

 村人の一人が宙に浮いていた。

 隣の家のロイズさんだ。


「た、助けてくれ! 変な霧に体が……っ!」

「なんだと!?」

 

 父が急いで駆け寄る。

 悲鳴はさらにあちこちから聞こえてくる。

 父は急いでロイズの手をつかむ。


「なんだこれは……っ! まさか、今問題になっている霧隠れか!?」


 それはクラードも聞いた事があった。

 霧隠れ……とつぜん現れた霧が人一人を飲みこむ現象だ。

 人を飲み込んだあと、霧は完全に消える。


 だが、飲み込まれた人の行方は今もわからないままだった。


「フルドさんっ! いやだ、助けてくれ! 頼む、もうすぐ俺は子どもが生まれるんだ……っ!」

「わかってる! 諦めんな! フルド! おまえも力入れろ!」


 父が踏ん張るようにして力をこめる。

 しかし、ロイズの体はどんどん霧へと沈んでいく。

 クラードもロイズの余っている方の手を掴んで引っ張るが、子ども一人が加わったところでどうしようもなかった。


「父さんっ! どうしようっ!」

「……くそっ!」


 父が悔しそうに叫んだ瞬間、ロイズの体が完全に消えた。

 父が地面を殴りつける。

 それからすぐに立ち上がる。

  

「……嘆いている場合じゃねぇ! 早く村のみんなを避難させるぞ!」


 父は口をぎゅっと結び、走りだす。


「おいっ! 霧に近づくな! この霧に近づいたら、飲み込まれるぞ! どこでもいい! 村の外でもなんでも、霧のない場所に避難しろ!」


 外で動物に襲われた方が、まだ助かる見込みがある。

 父が必死に声を張り上げると、すぐに村人たちが逃げていく。


 クラードもその父の背中を追っていく。

 そのときだった。視界の端から突然霧が襲いかかってきた。

 

 腕がつかまれた。

 そう錯覚するほどに、霧は質量を持っていた。


「父さん!」

「クラード!」


 父がはっとした顔で振り返る。

 彼が腕を伸ばしてきて、クラードはそれを掴む。


「父さん! 助けて!」

「わかってる……っくそ!」


 父が引っ張ろうとするが、クラードは自分の体がどんどん飲み込まれるのがわかった。

 嫌だ嫌だ。

 涙が浮かび、必死に父の腕を引っ張る。


「ふざけるんじゃねぇ!」

 

 父がぐっと腕を伸ばす。

 クラードの足がつかまれた。

 それは、霧ではなく、暖かいごつごつとした父の手だ。


「よしっ、まだいける……か!」


 父の体が飲み込まれる。かわりに、クラードの体が浮かびあがっていく。

 そうして、父の半身が飲み込まれたとき、吐き出すようにしてクラードが外へと出た。


「父さん!」


 助けようとまだ無事だった父の足を掴むが、父に蹴り飛ばされる。


「俺は大丈夫だ! それよりクラード! 母さんのこと頼むぞ!」

「父さん……っ。だめだよ! 飲み込まれちゃ――!」

 

 会話する時間もなく、父の全身が霧に飲み込まれた。

 人一人飲んだことでか、霧は満足したように消滅する。

 霧のあった場所に手を伸ばすが、手には何の感触も帰ってこなかった。


 本当に、何も残らなかった。そこにさっきまでいたはずの、父――。

 笑顔が二度とみられない。そう思っただけで、クラードは両目に涙が浮かんだ。


 ――ダメだ、泣いちゃだめだ。

 父に頼まれたことを思い出す。


 涙をこらえ、必死に外へと走る。

 全員がすでに避難している村の外に到着した。

 知っている顔が半分ほどなくなっていた。


 母が自分を見つけると、笑顔で抱きついてくる。

 そんな母に、自分のせいで父が飲み込まれてしまったことを伝える。

 村の人たち全員が悲しんでいた。


 母の涙を見たのは、それが最初で最後だった。


 その日から、母は毎日笑っていた。

 一人で自分を育ててくれた母に、もう一度心の底から笑ってもらいたい。

 やがて、霧隠れに飲まれた一人の人間を保護したことが、村にも届いた。


 未開拓大陸に行けば、もう一度父に会えるかもしれない。

 一番手っ取り早いのは有名な冒険者になればいい。

 騎士は制限がかかってしまう場合があるから、難しい、と聞いた。


 それからは、ひたすらに剣を振り続けた。

 

 朝早く起きて、村の仕事を始める前に。

 村の仕事を終えてから、夜寝るまで。

 必死に剣を学び、アステルの指導も受けた。


 そうして、十二歳になる半年前、冒険者学園の入学試験に受験することを母に告げた。

 母は反対した。

 自分のやろうとしていることを知って、「それは本当にあなたのやりたいことなのか?」と聞いてきた。


 それにクラードは、答えることはできなかった。

 父との約束、母の笑顔――。


 何が正しいのかはわからない。その答えは、きっと今も出せない。

 クラードは、それでも冒険者学園に向かった。

 自分の選んだ道が正しい、とは言えない。

 けれど、正しくなってほしい。そう願うように、学園に向かった。


 能天気にいつも笑顔だった父を真似る。

 泣き虫で、弱虫のクラードはどこにもいない。


 胸の前で拳を固め、一度軽くたたく。

 土の都の門を通ったクラードは、土地勘がまるでなかったため、その日行われる学園の試験に遅刻してしまった。


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