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第三話 一流の冒険者になるんだ


 技術だけで戦闘を行うには、限界がある。

 クラードは意気揚々と魔物狩りをしていたが、それはあくまで一階層だ。

 一階層でさえ、魔物の集団に見つかれば、近くの岩に身を隠してやり過ごすほかない。


「どうしろっていうんだよくそったれ!」


 岩に隠れながら、愚痴をこぼす。

 ブラッドバットが二体ほど、自分を狙って飛んでいる。

 その翼の音が聞こえた瞬間、岩の前で小さくなって丸くなる。

 

 「俺は岩、俺は岩」とぶつぶつ呟いて、とにかく魔物に狙われないように祈るばかりだ。

 一対一での戦闘ならば、時間をかけても問題ないが、二対一では戦闘時間がさらに長くなる。

 戦闘でもっとも大事なのは時間だ。


 長引けば長引くほど、戦闘は雑になりがちだ。

 気を引き締めようとしても、疲労はどうしようもない。

 無意識のうちに雑になってしまう。


 そういったことを避けるためにも、学園では長くても五分以内までに戦闘を切り上げて休養をとるように教えている。

 本当は一分以内が望ましい。


 クラードはきょろきょろと周囲を見て、また体を隠す。

 空腹のブラッドバッドは別の冒険者を見つけたようだ。そちらへと飛行している。

 ノーム迷宮の低階層を攻略するには、Eランクは欲しいといわれている。

 

 ブラッドバットが狙った冒険者たちは、それなりの実力者のようだ。

 学園の生徒ではないが、自分たちとそれほど年齢は変わらない。

 学園に通わずとも、冒険者になることは難しくはない。


 例えば、最低限の講習を受けてから冒険者になる方法もある。

 または、冒険者の人に弟子入りし、指導を受けながら攻略をする方法だ。

 指導を受けた後、申請すれば、冒険者三級資格を獲得できる。

 

 ただ、冒険者学園では未開拓大陸の調査にいけるような優秀な冒険者を育成しようとしている。

 そうなると、若い頃からとにかくたくさんの技術を教える必要があるため、十二歳からの入学となっている。


 クラードは、故郷を飛び出してきたこともあり、あてが一切なかった。

 ただ、優秀な生徒なら、無料で通うことが出来る学園を受け、実際に合格したのだ。


 ブラッドバットたちが去り、近くに魔物がいないことを確認してから歩いていく。

 ノーム迷宮は基本的にはだだっぴろい空間に、岩が転々と転がっているような場所だ。

 一階層には、ブラッドバットだけなので、戦闘もそこまで厳しくはない。

 

 だからといって、余裕があるわけでもないのだが。

 魔物の姿が確認できないまま歩いていくと、大きな穴にたどり着いた。

 ノーム迷宮の特徴として、大きな穴がたまにある。

 

 ここを降りれば、第五階層まで落ちることができるが、着地の保障はない。

 事前に風魔法でもつかって着地ができるのなら、ショートカットになる。

 とはいえ、それなりの高さがあるため、ここを利用して戻るのは難しい。


「やっぱ、こえぇな……おい」


 風が下から吹き抜けてくる。

 この崖から、ブラッドバットが下の階層にいくことはない。

 また、下の階層から上へとあがってくる魔物もいない。

 

 迷宮が、そういった部分を管理しているのではないか、と研究者が語っていた本を思い出す。

 ノーム迷宮は、竜神様とノーム様が作った人間を助けるための迷宮なのだ、と。

 そこまで竜神が優しいのならば、そこを楽に攻略できるように、もっと優秀なステータスを与えてくれれば良いのに、と心中で呟いていると。


「クラード」

「うおっ!」


 声をかけられ、その場でぴょんと跳ねる。

 心臓もわずかに浮き上がったような気がした。

 ドキドキとしたまま振り返ると、学園の制服を身につけた友人のレイスが片手をあげる。


 学園の制服を着ている彼は、土の都の人間が持つ黒の髪を茶色に染めている。

 他の都は別にそうではないが、土の都は黒髪黒目の人間が多い。

 レイスは土の都の人とは違い、濃い顔立ちだ。髪と顔で、非常に目立つ。


 レイスは剣を一つさしていて、装備品も簡素ながらしっかりしている。この迷宮へ攻略にきたのだろう。

 ちらと彼の後ろを見ると、レイス以外の学園生もいた。


「どうしたんだよ、こんなところで?」

「いや、友人が自殺をしようとしていたものだからな。止めにきたのだ」

「違うっ。俺はすげぇ場所だなぁーって見ていただけだっ」

「相変わらず、能天気さは変わらないようだな。もっと落ち込んでいるのかと思ったが」

「そりゃあもう落ち込みまくったっての。けど、いつまでもそんなことしているわけにはいかないからな」


 引越しに三日かかったのは、何より落ち込んでいる時間が長かったからだ。

 昨日の夕方にはすべて終わり、迷宮にもぐる時間もできたが、体が動いてはくれなかった。

 レイスは腕を組み、顎を撫でるようにしながら自分を見てくる。


「ラニラーアも調子が出ないようでな。何度も同じミスをしていると聞いた。この前みかけたときなんて、ボーっとしていたぞ」

「ラニラーアが? あいつの不調の原因はしらねぇぞ?」

「知らねぇって……どう考えてもおまえだろうが」

「俺が?」


 話し相手になることがあったり、食事をたかられたり、そのくらいが精々だ。

 確かに普段の日常と比べれば変化は大きい。 

 だからといって、いつまでもそうなるわけではないだろう。


「そのうち、ラニラーアも慣れるだろ」

「慣れればいいのだがな。ところで、アパートのほうは気に入ってもらえたか?」

「もっといい部屋なかったのか?」


 友人のツテとは、彼のことだ。

 レイスの知り合いが、あのアパートの管理人で紹介してもらったのだ。


「最高の部屋だっただろう? 雨風防げて、風呂キッチンが完備されている。それでいて、そこそこの広さの部屋で月二万だ。首都でこれほど恵まれた物件はないぞ?」

「……わーってるっての」


 安くて、もっと酷い部屋でも月に四万程度かかる。

 レイスの紹介してくれた場所は条件としては最高だ。

 けれど、学園の寮に慣れていると、すぐに適応できない。


 それでも故郷はもっと田舎であり、木造建築の古い建物が並んでいるようなものだった。

 あれに比べれば、今の生活だって悪くはない。


「まあ、近いうちに金をたくさん稼いで、いいところに引越してやるっての」

「そうか。頑張れよ」

「あっ、おまえ今鼻で笑ったろ!」

「笑ってはいないさ。いつか、そうなってほしいとオレはずっと思っているんだ。頑張れよ」

「お、おう。照れるなーそういわれると」

「オレとしても、ラニラーアとおまえの夫婦漫才が見られないのはつまらないんだ」

「めおと……? まあ、よくわかんねぇけど、あんまり褒められている気がしねぇな」

「いや、かなり褒めているさ」


 レイスは一度笑みを浮かべてから背後を見る。

 パーティーメンバーを待たせている。

 すまなそうにレイスが頭をさげる。


「またあとで、ゆっくりと話でもしようか」

「そうだな。今日は何階層が目標なんだ?」

「とりあえず、十階層のゴーレムだな」

「ご、ゴーレム、か……頑張れよ」

「なんだ、トラウマにでもなっているのか?」

「な、なってねぇよっ!」


 ゴーレムと対峙したときを思い出す。

 ぶるりと体が震えたが、それを武者震いと決めつけた。

 レイスたちが歩いていくのに手を振る。

 

 他の冒険者たちから軽く会釈を返され、クラードも拳を固める。


「俺だって一流の冒険者になるんだ。頑張ろうっ!」


 気合を入れなおし、魔物を狩るために飛び出す。

 それからすぐに、二体のブラッドバットに追いかけられ、死に物狂いでどうにか戦闘をこなしていった。



 ○



 二体同時の戦闘ともなると、やはり厳しかった。

 途中、別の冒険者の戦闘を休憩がてら眺めていた。

 彼らは見事な連携であっさりと魔物を倒していた。


 それを見ていると、悔しさがこみ上げる。


 おそらく、彼らは冒険者になりたてだ。

 動きにどこか危なっかしさがあるし、彼らの顔は迷宮を攻略することの喜びにあふれている。

 ただ、だんだんと才能の壁に震えることになるのだ。


 クラードは首を軽く振ってから、拳を固める。

 他人は他人だ。

 ステータスを獲得してから、何度も焦りを感じたことはある。

 

 だからといって、無茶をすれば強くなるわけでもない。

 深呼吸を二度行う。

 そうすれば、すっと思考が鮮明になる。


 今やるべきことは、とにかく戦闘を繰り返し、ランクをあげることだ。

 ステータスにあるランクをあげる方法に、はっきりとしたものはない。

 死を感じるような戦闘を何度も繰り返したり、または魔物をたくさん狩ったり。


 方法は色々と言われているが、どれも確定しているわけではない。

 ひとまずは限界での戦闘をこなしていく。


 今まではラニラーアに見守られながら戦闘を行うことが多かった。

 それでは、ランクがあがることもなければ、他のステータスにも上昇は見られなかった。

 もしかすれば、落ち着ける状況での戦闘だったからかもしれない。


 いざとなればラニラーアが助けてくれる。

 そんな状況では、成長はないだろう。

 もっと、自分を追い込んで戦闘を行う必要がある。


 そうやって戦闘と休憩を繰り返していく。 

 本来、自分のランクにあった魔物を倒せば、ステータスの数値に変化がある。

 そして、また落ち着ける場所にいってからステータスを確認する。

 

 少しは成長している。それを期待したのだが――やはり数値は変わっていない。


「ああ、くそっ! どうなってるんだか……」


 休憩をとりながら、地団駄を踏む。

 アイテムボックスから水筒を取り出し、ぬるくなった水を流し込んでから口元を拭う。

 時計をみれば時間も昼を過ぎたところだ。


 午前中で狩ったブラッドバットの数は十体ほどだ。

 休憩を挟んでいることと、一度の戦闘に時間がかかりすぎることが問題点だ。

 それでも、今までよりも危険な状況での戦闘は多くあった。それでも、一切成長しないのは、そういう体なのではないだろうか――。


 ぶるぶると首を振る。

 わかりきっていた事実に、改めて直面してしまう。

 それでもクラードは、その可能性だけは否定する。


 絶対に、最強の冒険者になってみせる。

 誰にも負けない冒険者に、そして誰かを助けられる冒険者に――。

 小さいころに命を助けてくれた冒険者を思い出して、クラードはまた歩き出した。

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