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第二十八話 自分にできること



 コルロの状態を確認して、クラードはそちらに向かう。

 

「……いつ痛めたんだ?」

「……魔物と交戦したとき、だ」


 ちらと彼女は足首をこちらに向けてくる。

 靴を脱ぎ、足首を見せてくる。

 細く、触れれば折れそうな綺麗な足だ。

 赤く、少しはれている程度だ。


「たぶんだけど、捻ったんじゃないか? 冷やしたほうがいいけど……今もっているのは」


 クラードはポケットからハンカチを取り出す。

 ちらとフィフィを見る。


「フィフィ、もしかして氷とか出せるか?」

「……水とかに入れる奴?」

「ああ。小さくていいんだけど……」

「わかった、やってみる」


 フィフィが目を閉じて、しばらく固まる。

 それから片手を自分の手に向けてくる。


『精霊よ。我氷を求める。水よ集まりて、氷へと変化せよ。形成せよ、アイス』


 クラードの手に、小さな四角く平べったい氷が生まれた。

 冷たい氷にクラードはわわっと驚きながら、それをハンカチで包む。

 手にひんやりとした冷たさが伝わる。


「まあ、うまく冷やしておいてくれ」


 それを、彼女の足首に当てる。

 コルロの頭上にある耳がぴくぴくと動いていた。

 それと尻尾。

 フィフィもさすがに気になっているようで、たびたび視線を向けてきていた


「す、すまなかった……です。僕は……その、勝手な行動で巻き込んでしまって……」


 頭を下げてきたコルロに、クラードは驚いていた。

 おそらくは貴族の少女が、必死な顔で頭を下げている。


 もともと、別に彼女を責めるつもりは別にない。

 ただ、伝えたいことはあった。

 クラードは彼女の前で膝をつく、睨みつけるようにのぞき込むと、びくりと肩をあげる。


「……コルロ、何か理由があるのか知らないけどな。自分の命を捨てるようなことはしないでくれ。そう約束してくれるなら、別に怒るつもりはねぇよ」

「……クラード」

「……まあ、俺が言える立場じゃねぇんだ。おまえの気持ちもよくわかるしな」

「クラードが? ……クラードは強いじゃないか」

「まあ……うん。そうだな。この話は終了ってことでっ。準備ができ次第、上に向かうぞ。ここで助けを待ってても、誰と遭遇するかわかったものじゃねぇしな」


 法も整備され、迷宮内での殺し合いは禁止されている。

 だが、それを守る人間ばかりじゃない。

 犯罪者の中には、迷宮をアジトにしているような集団もいると聞いた事があった。


 コルロの気持ちも痛いほどわかる。

 力がほしくても、決して得られない状況に、つい先日までそうだった。

 クラードは腕時計を確認する。


「フィフィ、大丈夫か?」

「……うん」


 彼女も、どこか表情は芳しくない。

 似たような表情をどこかで見たことがある。

 それがいつだったか……クラードが記憶を掘り起こしていると、コルロが控え目に口を開いた。


「……フィフィさんは魔力切れ、ではないか?」

「ああ、それだ」


 クラードはぱちんと指を鳴らして、アイテムボックスからポーションを取りだす。


「ほら、フィフィ。最後の二つ、飲んどけ」

「……わかった」


 フィフィに青色ポーションを渡すと、彼女はごくごくと二つとも飲み終えた。

 クラードは魔力を持っていなかったため、これしか所持していない。


「戦闘中のことなんだけど、フィフィの魔法は極力なしで行く」

「どうして?」

「まだ水筒はあるけど、攻略にどのくらいかかるかわからないからな……。魔力の使用は慎重にしたほうがいいだろ?」

「うん」

「フィフィとコルロは後方で待機、周囲の警戒にあたってくれ。俺が戦闘はやるから」


 コルロがこくりと頷く。


「……十五階層といえば、敵も強い。クラード、その、こんなことを言える立場じゃないけど、気をつけていかないと」

「おう任せろって」


 コルロは足を引きずるようにして立ち上がる。

 表情にはでていないが、痛みは随分とありそうだ。


「コルロ、調子はどうだ? ていうか、歩けるか?」

「歩くことはできるが……その戦闘は――」

「まあ、そうだよな。本当、無理しないようにな」


 申し訳なさそうなコルロに、クラードは苦笑する。

 不安がないわけではないが、今この二人の前でそれを表に出すことは絶対にできなかった。

 やるしかない。気合を入れるように頬を叩いた。


 第十五階層へとあがり、まずは周囲の確認だ。

 やはり、移動の際にはライトがあったほうがいい。


 クラードはライトで道の先を確認していく。

 小部屋のようになっているそこを、ぐるりとライトで照らす。

 魔物はいない。それから、なるべく素早く移動していく。


 フィフィとコルロに合わせて進み、腕時計を確認する。

 どうにかして、一時間に一階層のペースで進みたい。

 特にこの階層の魔物相手に、二人を庇いながらどこまでやれるかわからない。

 

 クラードは慎重に進みながら、背後を見る。

 緊張しているのか、二人の表情は固い。

 びくびくと、コルロの頭上に出現した猫耳が揺れている。


「コルロ……その耳と尻尾ってどうにかできないか?」

「へ……? わぁっ!?」


 コルロは、それまでまるで気づいていなかったようで、耳と尻尾を押さえた。

 彼女はびくりと肩を震わせる。

 両目にはじっとりと涙が浮かんでいて、クラードは頭をかく。


「可愛いのになんで?」


 何もしらないフィフィが、素直な感想とともに首を捻る。

 クラードもそれにこくこくと頷く。


「まあ、可愛いのはわかるけどな」

「か、可愛いぃ……」


 かぁぁとコルロが顔を真っ赤にする。

 彼女にあった尻尾と猫耳は消えているが、また出現しそうなほど動揺している。

 素直にほめられるのが苦手な子なのだろう。

 

「……土の都に都長というものがいるんだけどな。その一族はみんな獣人なんだ」

「都長?」

「まあ、偉い人だな。偉い人たちが俺たちの上で、難しいことを色々してくれているから、俺たちはこうやって生活ができるんだよ。……で、ここからは俺も予想でしかないんだけど、コルロってもしかして――」

「……僕の父親は都長だ。……だが、父が街で一目ぼれした女性との間に生まれた子どもだ。……もちろん、関係こそあるが、立場はもっとも……弱い」

「……それで、強くなりたいってことか?」

「そう……だ」


 貴族は基本的に長男が家を引き継ぐことになる。

 もちろん、多少の例外はあるが、家が面倒を見るのは精々次男、三男程度までだ。

 それ以降になると、聖都の騎士学園や、各都の冒険者学園に入学させ、卒業と同時にお別れ、なんてのも珍しくはない。


 コルロもそのようなものなのかもしれない。


「まあ、そういうわけで……その。あんまり詳しくは聞かないでほしい。この耳と尻尾、それに……胸に秘めておいてくれ」

「……うん、了解。フィフィもそういうことにしておいてくれ」

「わかった」


 コルロの問題に深入りするつもりもなかった。


「あんまり、気負うなよ。……環境を変えると、案外いい方向に物事が動くこととかもあるからな?」


 自分の経験からの意見を伝えると、コルロは小さくうなずいた。

 少しでも、彼女の状況がよくなってくれればいい。

 何もできないもどかしさを覚えたが、クラードは首を振る。


 自分にできることはたかが知れている。なんでもかんでもやろうとしてはいけない。

 そんなとき、耳が不気味な音をとらえた。


 魔物の出現だ。

 周囲にライトを向ける。

 魔物はちょうど、地面を掘り返すようにして出現していた。


 その肉体は腐っているのか、奇妙な体液がこぼれている。

 人間のような容姿にも関わらず、片目は失われている。


「き、気持ち悪ぃっ」

「な、なにあれ!?」


 ゾンビだ。

 クラードは剣を即座に構える。

 フィフィとコルロはぶるりと震えてお互いに抱き合っている。

 

「二人は後退しててくれっ」


 ゾンビがフィフィたちに狙いをつけないよう、すぐに駆け出す。

 ゾンビが動き出すより先にしとめるつもりだ。

 ダッシュのままに剣を振りぬく。 


 クラードの剣はやすやすとゾンビの片腕を落としたが、魔物は消滅しない。

 様子をうかがうと、即座にゾンビが片腕を振るう。

 

 攻撃を剣で受ける。

 その際、剣が悲鳴をあげたような音がした。


「な、なんだ……?」


 距離をあけて剣を見る。

 ステータスを確認すると、性能が落ちていた。


「……こいつ、まさか。剣を劣化させる魔物かっ!?」


 武器は、耐久度のようなものがある。

 剣であれば切れ味がそれに当たる。

 手入れをしなければ、装備品は劣化していく。


 それらを直すには、鍛冶という特殊なスキルを持つ人間が必要になる。

 とはいえ、武器の劣化なんてそうすぐには来ない。

 それが今の一瞬の攻防で起きてしまった。


 ゾンビは、武器を削るような能力を持っているのだろう。

 こうなると、まともに相手をしたくはない。


 装備品のステータスが半分にまで削られる。

 この武器を使用し続ければ、やがてその武器は壊れてしまう。


 クラードはその剣をしまい、機獣の大剣を取り出す。

 ゾンビの攻撃をかわし、体を斬りつける。

 ゾンビの攻撃は厄介だが、動きは遅い。


 耐久力も、それほどではない。

 上半身と下半身を両断すると、その中央に核のようなものを発見する。


「……こいつの倒し方は、これか」


 核を切りつけると、ゾンビの体が消滅した。

 ゾンビが消滅したのを確認して、魔石を回収する。

 アイテムボックスに魔石をしまう。


 もともと、アイテムボックスはそれほど容量があるものではない。

 これまでの狩りで稼いだ魔石と合わせると、アイテムボックスはかなり圧迫されている。


「ゾンビの相手ははっきりいって、面倒だ。さっさと突破しようぜ」


 戦うだけなら問題ない。

 ただ、今ので普段使っている剣の一つが、本来の性能を出せなくなってしまった。

 残っている装備品には、スケルトンから盗んだ剣がまだ残っているとはいえ、無駄に消費したくなかった。


 クラードはそんなことを考えながら進んでいく。

 十五階層では、たびたびゾンビが出るが他の魔物は出てこない。


 ゾンビは敵が自分たちに気づいていなければやりすごすことも出来るし、何より走って逃げることができる。

 クラードはコルロを背中に担いで走る。

 フィフィも全速力で走れば、何とかゾンビをまけるくらいの速度は出た。


「十四階層だっ」

 

 クラードは声をあげて、階段へと入る。

 ゾンビたちのうめき声が背後から聞こえたが、魔物たちは階層を超えて移動することはない。


 無事逃げ切って、一気に息を吐く。

 コルロを担いだままの移動は、体への負担が大きい。

 けれど、なるべく疲労を表に出さないよう努める。


 コルロに心配させたくなかった。

 呼吸を整えながら、水筒を取り出す。


 持ってきていたお茶をごくごくと飲む。

 フィフィにも、同じように飲み物を渡す。


「この調子なら、どうにかいけそうだな」


 腕時計を確認すると、午後三時半だ。

 予定より多少時間はかかったが、それでも夜になる前までには、十階層につきそうだ。


「十階層は、ゴーレムがいるけど……クラード、どうするつもりなの?」


 コルロの不安げな声に、クラードは片手を開く。

 

「俺がなんとかするから余計なことは考えなくて大丈夫だぜ」

「……ほんとう、か?」

「ああ、もちろんっ」


 ゴーレムのことを考えれば、体が震えだしそうだった。

 それでも、このまま助けを待ち続けていられるわけもない。

 仮に、助けが来るとしてもしばらくは時間がかかる。


 おまけに、それはすぐに来た場合の話だ。

 救出が、そもそもすぐに来ない可能性は十分にある。

 リリとユユが六階層にいる。


 彼女らがすぐに地上へ戻れていれば、明日には救出が来るかもしれないが――。

 最悪の場合を考えれば、じっとしているわけにはいかない。  

 十階層までいければ、あとは助けを待たずとも、自力で帰還できる。

 

 クラードの返事に、コルロは頼もしさを感じてくれたようだ。

 コルロの表情も初めに比べて明るいものになった。


「……クラード凄い強いんだな」

「そうか? 逃げ回ってただけだぜ?」

「ゾンビにも戦えていたではないか」

「ありゃああいつの動きが遅いしな。たぶんだけど、ゾンビの厄介なところは戦闘力じゃなくて、戦闘したときにこっちの手持ちが使いにくくなるところなんだろうな」


 体力も低階層の魔物に比べればある。

 だが、一番はじわじわと削ってくる部分だ。

 ゾンビを警戒するのは、深い階層に潜る予定の冒険者たちだろう。


 とはいえ、クラードからしても天敵だ。

 クラードは装備品でステータスを誤魔化している。

 ゾンビと戦闘すれば、一気に弱体化させられるのだ。


 とてもじゃないが戦いたくはない。


「十四階層の敵が、何かわからないからな。……ここから先が正念場だ」


 ゾンビは動きの遅さがあったが、十四階層からはどうなるかわからない。

 逃げ切れない相手なら、戦わなければならない。


「なあクラード」


 コルロが小さく呟いた。

 視線を向けると、彼女は悲しそうな目でいった。


「……どうしたら強くなれる? 弱い人は、もう一生強くなれないのかな?」


 それは心からの言葉だったのだろう。

 コルロは涙を目じりに浮かべている。

 もらったステータスが酷かったときの気持ちは、確かに絶望的だろう。


 自暴自棄になるのも仕方がないし、クラードだって無茶なことを繰り返してきた。

 けど、成長するのに必要なことが、最近はわかってきた。


「焦らず、じっくりと自分にできることを考えるくらいだな。諦めなければ、いつかきっと強くなれるっ。そう思って頑張り続けることだ」

「……そうなんだ」


 コルロはクラードの言葉に小さく頷く。

 呼吸も落ち着いてきたところで、クラードは立ち上がる。


「コルロ、階段は上がれるか?」

「うん、大丈夫だ」

「そんじゃ、上を目指して頑張るぞっ」


 コルロとフィフィに視線を向ける。

 「おー」とフィフィが小さな手を上につきあげる。

 二人の顔を見ていると、少しだけ疲労も和らいだ気がした。


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