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第二十七話 すげぇ、落ちたなぁ


 強くなるには、より強い魔物を倒せばいい。

 魔物を倒すことで、それがステータスにわずかながら恩恵が与えられる。

 それは人それぞれだ。伸びやすい、伸びにくいはもちろんある。


 クラードはかなり伸びにくく、ラニラーアは非常に伸びやすい。

 強くなるために、より深い階層に行き、魔物をかる。

 そう考えるのは当然のことだ。


「おまえらっ!」


 先を走っていたリリとユユには、すぐに追いつく。

 その肩を掴む。

 彼女らが驚いた様子で振り返る。


「魔物に遭遇したらどうするつもりだっ!」

「それは……っ」

「ですが、お嬢様がっ!」


 性別をまったく隠すつもりのない二人にツッコミを入れる余裕もない。

 双子はばたばたと手を動かして逃げようとする。


 コルロが道の奥へと消える。

 クラードは小さく舌打ちをして、リリたちに視線を向ける。

 ここは五階層よりも魔物が強い。

 

 双子を先行させ、魔物に襲撃されれば守り切れない。


「あいつは連れ戻すから、とにかくおまえら二人は俺たちの後ろをついてきてくれ!」


 ここで彼女らを追い返してもおとなしく従ってくれるとも思えない。

 それだけを伝えてクラードが先頭に立つ。

 コルロ――。


 無茶をした先に成長があるのは、間違いではないが正しいわけでもない。

 「命を懸けてそれで死んだらどうする?」。

 クラードはぎゅっと唇を結ぶ。

 

 その死が、自分ひとりで終われば構わない。だが、その者だけで終わるということは滅多にない。

 家族、あるいは友達。自分の死で悲しむ人間は必ず出てくる。


 走り抜けた先の小部屋でも、コルロの姿はない。

 下の階層へと繋がる穴を発見する。


「……まさか、落ちているなんてことはねぇよな」


 穴の近くに足跡は見られない。

 クラードはほっと息を漏らしていると、リリが一つの道を指差す。


「クラードさんっ、こっちに足跡があります」

「そっちかっ」


 すぐに道へと入る。

 入り組んだ構造をしているため、一つ間違えた瞬間彼女と再会するのは難しくなる。 

 焦る必要があるが、慎重にならなければならない。

 

 はやる気持ちを抑えながら、クラードは走る。

 人一人が通ることのできる道を抜けた先――小部屋に少女の姿を発見する。

 スケルトンウォリアー二体と対峙していた彼女は、尻餅をついている。


 近くには彼女が持っていた剣が転がっている。

 スケルトンウォリアーがその鎧を揺らしながら迫っていく。


「……はぁ、はぁっ」


 コルロは怯えるように後ろへと下がっていく。

 剣を構えながらも、スケルトンウォリアーの隙のなさに攻めあぐねている。


「おいっ、待て待て! 後ろは、大穴だぞ!」


 コルロはスケルトンウォリアーの放つ威圧感にに気圧されているのか、周囲が見えていない。

 すぐに走り出す。最悪なタイミングで道をふさぐようにスケルトンウォリアーが出現する。


 無視してリリとユユが戦闘を行うことになっても問題だ。

 苛立ちに表情を歪めながら、クラードは剣を抜き、スケルトンウォリアーの装備を無力化し、その頭をなぎ払う。

 一気にコルロへと駆け出す。


 コルロの近くにいたスケルトンウォリアーがこちらに気づく。

 足止めとばかりに、剣を振りぬいてきた。


 走りながらであり、回避行動までに時間がかかる。

 それでも、何とか寸前でかわす。


 ふらつく体を押さえつけるように、下半身へ力をこめる。

 左足で踏み切って、右の剣でスケルトンウォリアーの体を弾いた。

 ラスト一体――だが、コルロへと突進を始めたスケルトンウォリアー。


 その攻撃をかわしきれず、コルロの体が吹き飛ぶ。

 その先は、大穴だ。

 どの階層まで繋がっているのかは、正直覚えていない。


 ただ、うっすらとした記憶だが……大穴にはゴーレムのボス部屋を無視して、移動できると笑い話にされていたことも思い出す。

 それはつまり、十階層より先まで繋がっているということであった。


 クラードは歯噛みする。

 大穴へと走りながら、コルロの姿を見つける。


「ああ、くそっ、行くしかねぇのか……」

 

 飛び降りて、助かる見込みはない。

 それでもクラードは、目の前で失われる可能性のある命を、見捨てたくはなかった。

 自分より先に、小さな影が抜ける。


「フィフィ! おいっ」


 フィフィは一切の迷いなく飛び降りた。

 すぐにクラードも飛び降りる。

 彼女がいれば助かる可能性がぐっと高まる。


 体を前屈みにして、落下している二人に追いつく。

 まずはフィフィで、その次がコルロだ。

 フィフィが風魔法を放ち、コルロの体が一瞬だけ浮かぶ。


 その瞬間に右腕を伸ばして、コルロの体を掴む。

 空中で抱きかかえるようにして、そのま二人を捕まえる。

 

 落下のせいで、風が肌を切り裂いていく。


 穴がどこまで繋がっているのかはわからない。 

 クラードはアイテムボックスから剣を取り出す。

 スケルトンウォリアーから奪ったものだ。


 それを壁に突き刺し、少しでも速度を緩めることに尽力する。


「フィフィっ、ありったけの水魔法を、着地寸前にぶっ放してくれ!」

「……うんっ」

「クッションみたいにな。うちにあるあの可愛いくまさんクッションだ。わかるよな?」

「大丈夫、わかってる」


 最悪、自分の体で着地を成功させる必要もある。

 壁につきさした剣はがりがりと壁を削り、少しだけ落下速度を緩める。

 衝撃に顔をしかめる。耐えられるはずもなく、クラードは剣から手を放してしまう。


『精霊よ。我水を求める。水なきここへ水の元素を集めよ。集めよ、集えよ!』


 フィフィの詠唱が心地いい。

 これに安心感を覚える程度には、フィフィを信頼していた。

 コルロに、フィフィの秘密がばれてしまうが、それはもう仕方ない。


 この状況で、フィフィの詠唱を止めるわけにもいかない。

 「まあ、いいか」とクラードは息を吐く。コルロの秘密、自分たちの秘密。お互いに弱みを握り合っている、とでも思っておけばよい。


「く、くらぁど」


 情けない声がコルロから聞こえた。

 目には涙がびっしり浮かんでいて、クラードはそちらをちらと見る。


「勝手なことして、あとでおしおきだからな」


 そう短くいってから、クラードはライトで下を照らす。

 穴の先――どこが終わりか分からなければ、フィフィも魔法を撃ちにくいだろう。

 フィフィは魔法を自分のライトを見て、思い出したように短い詠唱をする。


『精霊よ。我光を求める。光なきここへ光の元素を集めよ。ライトボール!』


 慣れたものだ。

 穴の先へと放つように光を打ち、その光が途中で消える。

 ぶつかったところで、魔法が消滅するようにしていたのかもしれない。


 となれば、もう地面はすぐそことなり――。


『集いし水の塊よ! それを柔なものへと変化せよっ。アクアゼリー!』


 そうしてすかさず、フィフィは魔法を完成させる。

 巨大な水の塊が出現し、自分たちの体を飲み込む。

 丸い水は、まるでゼリーのように自分たちの体を受け止める。


 水の中ほどまで入ると、フィフィが片手をあげる。

 水が割れると、僅かに体が落ちる。

 背中から落ちたが、その前に防御にステータスを割り振っていたため、痛みはほとんどない。


「あたたっ、よし……なんとか無事だな」


 体を起こし、クラードは二人を見る。

 フィフィはゆっくりと頷いて、服を直す。

 コルロも起き上がり、目を伏せながら自分たちを見る。


 服はぬれてしまったが、無傷の代償としては安い。


「すげぇ、落ちたなぁ」


 水を払うように服を動かし、上を見る。


「とりあえず……ここが何階層か調べないことにはどうにもならねぇな」


 十階層以降の可能性も十分ある。

 周囲を見れば、少し先までしか見えないほど暗い。


 当然、今までよりも深い階層ということになる。

 クラードは十階層までは体験しているが、この闇はそこよりもう少しだけ、深かった。


 上を見上げる。天井なんて当然見えないほどに暗い。

 ここを駆け上がっていくことができればよいが、難しいだろう。


「魔物が出る前に移動だ。俺だって、勝てるかわからねぇしな」


 結局、装備品は今までとそう変わらない。

 無理に弱い剣を装備しても、戦闘の際に邪魔になるだけだ。

 機獣の大剣なども、装備するには大きすぎる。


 それでも、多少はステータスがあがる。なんとかこれでやりあえればよいが。

 すぐに移動を開始する。


 コルロはクラードたちにいくらか後ろを歩いている。

 元気がないのは反省しているからだろうか。


 ひとまず、今は迷宮の階段を見つけないとどうにもならない。

 手に持っていたライトであたりをてらす。


 構造は今までとそう変わらない。

 それでも、視界が十分に確保できていないのは不安だ。


 ライトがないと、歩くのに苦労する。

 そこで、フィフィが先ほど魔法を放っていたのを思い出す。


「フィフィ、さっき放った光の魔法を……こう持続するように使えるか?」

「……うーん」

「家の、部屋の明かりみたいな感じなんだけど、周囲を照らすようにできねぇかな?」

「それなら、できると思う」


 イメージがついたのだろう。フィフィはこくりと頷いて詠唱を行う。


『精霊よ。我光を求める。光なきここへ光の元素を集めよ。形成せよ、ライトボール』


 彼女の透き通る少し幼い声が耳を抜けると、自分たちの頭上に丸い球が浮かんだ。

 電球というよりは、小さな太陽のようだ。


 広場一つを照らすほどの明るさだ。


「……魔力は大丈夫なのか?」

「……もうちょっと明かりを抑える」


 歩くのと戦闘で不便にならない程度まで抑えてから、進んでいく。

 それからしばらく移動すると、すぐに階段を見つける。

 運よく、上り階段だ。


「……ここは、十五階層に繋がる階段ね」


 コルロがぽつりともらす。視線をそちらに向けると、彼女はしゅんと体を小さくしていた。

 その頭には、いつのまにか猫耳がついている。

 指摘しようか迷ってから、クラードは首を振る。


「……どうしてわかるんだ?」

「え、えっとね……その、僕は迷宮内の階層がわかるスキルを持っている。だから、それで分かったんだ。調べるまで、ちょっと時間かかるけど」


 十六階層と聞き、クラードは 頭をかく。

 予想していたよりは最悪の事態となってしまっている。


「十六階層かぁ」

「さっきから、結構落ちた?」

「十個分だ。敵も十回層分強くなっているからな。ちょっと想像できねぇな」


 何より、ここから先は未知の領域となる。

 地図もないため、移動は時間がかかるし、クラードは嘆息をついた。


「とりあえず、階段で休憩だな」

「……」


 コルロは先ほどから一言もしゃべらないでいた。


「……」


 クラードはそんな彼女を見て、眉間に皺を寄せる。

 

(なんで……猫耳と尻尾が生えているんだ?)


 それがかなり気になってしまい、クラードも口を閉ざしていた。

 ひょこひょこ揺れる尻尾にあわせ、フィフィが左右に首を振っている。


 指摘するか迷いながら、階段の踊り場を陣取り、腰掛ける。

 冒険者でも通れば地図をメモさせてもらうなどできただろうが、運悪く一人とも出会わない。

 

 十五階層が微妙な階層なのが問題だ。

 迷宮は奥に行けば行くほど人の数が減る。

 そして、十を超えることになれば、まず間違いなくどこかで眠る場所を確保しなければならない。


 十五階層は一応きりの良い場所であるが、現在時間もあり微妙なことこの上ない。

 現在は午後二時だ。

 十五階層を目指す冒険者がいたとしても、この時間にいる可能性は少ない。


 運がよければ、十五階層を目指す冒険者がいるかもしれないが、それを待つのは賭けだ。

 食料も水分も、あまり持ってきていない。

 ここで待って、誰も助けに来なかったときのことを考えれば、階層を上がって行った方がよい。


「コルロ」

「は、はいっ」


 びくりと彼女は肩をあげて、自分のほうを見る。


「食料はどのくらいある?」

「……もう、もってないです」


 アイテムボックスに制限がある以上、そうなるのは仕方ない。

 クラードとフィフィも昼はすでにすませてしまっていて、残っているのは水があるくらいだ。

 それがあるだけ、よかった。


 未知の階層だが、時間をかければどうにかなるか。

 このままここで誰か他の冒険者が来るのを待っていても、どうしようもない。

 その人が騎士に関係のある人間ならば、助けてもらえる。


 だが、他の冒険者ならばどうだろうか。

 コルロが学園の制服を身に着けているのも問題だった。


 迷宮内は、そこが怖い。

 犯罪が起きても、魔物が原因の可能性もあるため罪に問われることがない。

 もちろん、目撃があったり何か記録が残っていたりすれば話は別だが、そんなのは稀だ。


「とりあえず、少し休憩とコルロの応急処置をしてから、十階層に向かうぞ。ここで助けを待ってても仕方ないしな」


 ちらとコルロを見る。彼女は視線をそらす。

 コルロは、おそらく魔物との戦闘のときに足を痛めている。

 移動のときも、足をひきずるような仕草を何度か見せていた。




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