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第二十六話 死ぬつもりかよ



「手を貸すぞっ!」


 クラードが声をかけ、剣を振りぬく。

 スパイダーの背中を切り裂く。


 「ぐべぇっ」と悲鳴のようなものをもらし、スパイダーが緑色の液体をばらまきながら、倒れる。

 スパイダーの死体が消えると、二人の女性を拘束していた糸が消える。


 安堵したような女性の視線に返事をしている余裕はない。

 クラードのほうへ、威嚇しながら一体のスパイダーが迫ってきた。


 突然の乱入者に、スパイダーたちは憤っているようだ。

 それならば都合がよい。

 クラードはフィフィの魔法が終わるまで、時間を稼ぐ。


 魔法が完成する。そのタイミングで、クラードは走り出す。

 スパイダーの吐き出した糸が、クラードを襲うが、それを切り落とす。

 スパイダーも闇雲に糸を吐き出しているわけではない。


 クラードの手から剣をはぎ取るように糸を吐き出している。

 クラードは一本の剣をスパイダーに奪われる。

 スパイダーの気が緩んだところで、クラードはアイテムボックスから剣を取り出して走る。


 スパイダーがかわそうとしたが、それより先に剣を突き刺した。

 

 最後の一体――。頭上からとびかかってきたスパイダーがいた。

 尾の部分をこちらに向け、糸をまき散らしてくる。

 クラードはそれを剣で振り払うようにして身を守る。


「フィフィ!」


 空中にいるのならば、隙だらけだ。

 フィフィが片手を向けると、水の塊がスパイダーを殴り飛ばす。


 スパイダーが消滅したのを確認してから、剣をしまった。

 とてとてとフィフィがやってきて、クラードの後ろに隠れる。

 三人に、人見知りしているようだった。


 ぽかんとした様子で、クラードのほうを見ていた双子の少女は、それぞれ両手をあわせてきた。


「ありがとうございます」

「本当に助かりました」


 丁寧に礼をしてきた彼女たちに、クラードはひらひらと手を振る。

 恩を着せるつもりはない。


「迷宮内じゃ、助けるのも助けないのも勝手だ。俺のやったことはおせっかいなんだから、そんな気にしないでくれ」

「いえいえ、気にします」

「はい。あのままでは私たち、餌になっていましたから」


 生きていることを喜んで双子は抱きしめあっている。

 そんな彼女たちの横で、ぐっと拳を固めていた男(?)がいた。


「……なぜ、僕はこんなに弱いんだ」

「……大丈夫か?」


 そんな彼に顔を近づけて声をかけると、ひゃっ、と可愛らしい声とともに距離をあける。

 顔は真っ赤だ。

 どうにも、反応が男らしくない。

 

 というか男にしては可愛いすぎた。


「……助けてくれたこと、感謝する。ありがとう……」


 すっと頭を下げてきた。

 クラードは頬をかきながら、指を向ける。


「それなら、ちょーっと気になっているんだけど聞いていいか?」

「なんだろうか?」

「さっき、少し話を聞いたんだけど……あんた男なのか? 女なのか?」

「ひゃっ!?」


 男性は抑えていた声を突然可愛らしく跳ね上げる。

 隣にいた二人の少女が慌てた様子で口を抑える。

 今さらだ。


「あー、悪い。何か事情があるのなら別にいいんだ。この話はなかったことにして……」

「お、おまえっ!」


 男性が声を荒げ、鋭い目を作る。

 しかし、瞳の奥は不安そうに揺れている。


「な、なんだ?」


 クラードが困惑気味に返事をすると、男性はくしゃっと顔をゆがめた。


「……こ、このことは黙っててください、お願いします。本当にお願いします……」


 男性は両手を合わせて頭を下げてきた。

 隣にいた少女たちも合わせて頭を地面にこすり付けている。


「……まあ、別に誰かに話すような趣味はねぇけどさ。とりあえず、ここに留まっていても危険だし、落ち着ける場所に行こうぜ」


 クラードの言葉に、男性は小さくうなずく。


「第六階層はすぐ近くだ」

「んじゃ、そっち行こうぜ」


 クラードは男性をじっと観察する。

 スパイダーたちにやられていたのが、偶然ならば問題ない。

 だが、実力が伴っていない可能性もある。


 何より、彼女らは学園の生徒だ。

 見覚えのない顔と、自分よりも若く見える容姿。

 おそらくは今年になってからステータスをもらった生徒たちだ。


 加護を受けてからおおよそ一ヵ月。

 まだまだ、新一年生には迷宮攻略が苦しい時期でもあった。



 ○



 六階層へと繋がる階段の踊り場に、クラードたちは腰掛けた。

 迷宮内で冒険者を見るのは久しぶりだ。

 四階層からは、入り組んだ形になっている。


 どこを通っても、最後には次の階層への階段に到着する。

 そのため、あまり冒険者とすれ違うことがないのだ。


 人とであったのは二階層ぶりだ。

 細い道、小部屋、あるいは大部屋、細い道……といった構造をしているため、遠くで戦闘をしていてもわかりにくい。


「名乗るのが遅れた。僕は……コルロだ」

「私は、リリです」

「あたしは、ユユです」

「俺はクラードで……」


 後ろに隠れていたフィフィの背中を叩く。

 出てきたフィフィは控えめに名前を名乗る。


「わたしはフィフィ」


 ひとまずの自己紹介が終わり、クラードは三人を見る。

 これ以上は本当にただのおせっかいになる。だが、言わずにはいられなかった。


「三人とも、なんで制服で潜っているんだ?」

「……」

「……」

「……」


 リリとユユがちらとコルロを見る。

 コルロに何か理由があるのだろう。

 耐え切れなくなったコルロがぽつりと呟いた。


「……学園にいくふりをして、ここにきた」

「そりゃどうしてまた? 言っておくけど、野良冒険者って結構学園の生徒に厳しいぜ?」


 『野良冒険者』と呼ばれる人たちがいる。

 誰が最初に呼んだかわからないが、大した教育を受けていない放し飼いのような存在たち。

 野良猫、野良犬……それをもじって野良冒険者と呼んだ。


 野良冒険者とは、学園の授業を受けなかった冒険者たちのことだ。

 というか、恐らくこの都の冒険者の八割ほどは、野良冒険者だ。


 野良の冒険者たちは、学園に通いたくても試験で不合格を言い渡された者もいる。

 学園に通って国のバックアップを受けながら、迷宮攻略が出来る人たちを気に入らないという人も多いのだ。


 だから、野良冒険者の人たちは、卒業生たちを『ゆとり冒険者』と馬鹿にしている。

 冒険者とは、厳しい環境の中で育つものだ、というのが彼らの言い分だ。


 つまりまあ、どっちも嫌いあっている。

 ただ、学園を卒業した冒険者のほうが、野良冒険者よりも圧倒的に少ない。

 聖都ならともかく、属性都市で生きていくなら、野良冒険者のほうが生活しやすい。


 絡まれてもそれを払いのけられるような自信がある人は、制服着用のまま生活を送っても問題ない。

 例えば、ラニラーアやレイスだ。

 彼らの場合、野良冒険者たちにも一目置かれているからだ。


 対面する三人はとてもそのような実力者には見られなかった。


 コルロは腕を組み難しい顔をしていた。

 リリとユユは黙ってそんなコルロを見ている。

 この三人、友人関係というわけではないようだ。


 リリとユユの態度は、まるで主に仕える人間のようだ。

 学園には、貴族も結構通っている。

 召使や護衛、そのようなところだと予想した。


「わかってはいる。ただ……強くなりたかったんだ」

「……強くって……ステータスはいつもらったんだ?」

「この前だな」

「それで強くって……そこまで焦るようなことでもないだろ」


 明らかにステータスが低いのならば、焦る気持ちも出てくるかもしれない。

 クラードは実際そうだった。

 おせっかいとわかっていても、彼女に言わずにはいられなかった。


「僕には……どうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ」

「……だからって、さっきおまえ、俺がいなかったら死んでいたかもしれないんだぞ?」

「どの道、強くなれなければ、僕は死ぬしかない」

「……おいおい」


 彼の本気の目に、クラードは眉根を寄せる。

 彼女が何を抱えているのかはわからないが、それでも尋常ではないことだろう。

 手を貸してやりたいが、強くなる手助けなんてできない。


「コルロ様。……それでも無茶をするべきではありません」

「そうです。コルロ様がいなくなれば、それこそ……」

「……」


 コルロに進言する双子の少女たちであったが、コルロは唇を固めていた。


「事情は知らないけど……いつか強くなるかもしれないんだ。今はじっくりしておけって」

「……」


 コルロは黙ったままだった。

 クラードは腕時計を見る。

 予定外の出来事があったため、今日の攻略はこのあたりにしておこう。


 フィフィの気持ちも切れてしまっている。

 無理に進んでも、いい結果にはならないだろう。

 コルロは少し離れたところに腰かけていた。


 納得したくはないが、状況は理解しているようだ。


 クラードとフィフィは腰掛けて、フィフィにおにぎりを渡す。

 リリとユユも自分たちの対面に座る。


「……ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「うちの主が、本当にごめんなさい」


 ぺこぺこと二人が頭を下げる。

 クラードはぶんぶんと首を振る。


「まあ、何か事情があるんだろ? それなら仕方ない」


 クラードだって、自分のステータスが嫌になったことはある。

 これは一日二日でどうにかなるものではない。

 時間をかけて向きあっていかなければならない問題だ。


「それでも、助けてくれてありがとうございます」


 ぺこりと何度も頭を下げてきて、クラードはどうにも慣れない。

 

「学園の、新一年生ってことでいいのか?」


 別のことでも話して、この感謝地獄から逃れよう。

 ステータスを与えられる前が訓練生として、三年間。

 ステータスを与えられてから、冒険者としての一年生が始まる。


 クラードは今年で三年生であった。


「はい。学園のことに詳しいのですね」

「まあ、知り合いがいるんだよ」

「そうですか」


 「この前まで所属していて、退学させられました」とは恥ずかしくていえなかった。


「それで、ステータスとかあんまり気にする必要はないと思うけどな。俺だって、かなり初めは弱かったんだし」


 それでも、この階層では戦えるようになった。

 そういう意味をこめて伝えると、彼女たちは目をふせる。


「少し、事情がありますから……あまり話せるものでもありませんので、すみません」

「いや、そこまで聞くつもりはねぇよ。……急いでいるなら仕方ないけど、無茶して死ぬのだけはやめてくれって、言っておいてくれ。もう赤の他人ってわけじゃないんだ。あんたらが死んだって聞いたら、悲しいからさ」

「……わかりました」


 リリが驚いたように目を見開いてから、首を振って頷く。

 ユユも、どこか寂しげに自分を見てくる。

 やがて、コルロが立ち上がり、自分たちのほうへやってくる。


「……すまなかった二人とも。もう付き合わなくていい。これは僕の問題だ」

「……どういうことだ?」


 コルロの言葉に、クラードは首を捻る。

 しかし、返事はない。

 コルロはだっと逆を向いて、走り出す。

 走り出した方向は第六階層だ。

 

 クラードは慌てて立ち上がろうとするが、長く座っていて若干の痺れが足にあった。

 遅れて階段をおりたときには、すでにコルロは六階層へと消えていった。


「お、お嬢様っ!」

「ど、どうしましょう!」

「……本当に死ぬつもりかよ!」


 放っておけばいい、という考えは即座に消える。

 彼女が何に悩んでいるのかはわからないが、がむしゃらになんとかしようとしている姿が昔の自分と重なる。


 奥歯をぐっと噛み締め、クラードは背後を見る。


「おまえたちはってうぉい!」

「二人は向こう!」


 背後にいるはずの女性たちに声をかけるが、いたのはフィフィだけだ。

 リリとユユが横を抜けていった。



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