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第二十五話 一つのけじめなんだ



 ノーム迷宮、四階層。

 クラードはノートを取りだして、メモを確認する。


(もっと綺麗に書けよ、昔の俺)


 舌打ちしながら、五階層への道を汚い地図で確認する。

 クラードは自分で書いた地図を一つ持っていた。自分で書いたものの方が、そのときの状況も思い出せる。


「この先穴注意、と」

「ここ?」


 先を歩いていたフィフィが穴の位置で指を差す。

 持ってきた魔石ライトをフィフィに渡すと、彼女はその穴にライトを当てる。


「一番下はどこまで繋がっているんだろう……」

「場所にもよるからよくわからないな。けど、結構下までつながっているはずだな。前に聞いた話だけどさ」

「ここで叫んだら返事返ってくるかな?」

「……どうだろうな」


 穴は深くどこまでも続いている。

 フィフィとともに覗き込むが、その穴の先は見えない。

 着地に自信があるなら、近道として使えるし、十階層のボス部屋を無視して先に進むことができる。


 帰りには十階層のボス部屋を通る必要が出てしまうが。


「フィフィ、戦闘中に気をつけろよ? ノーム迷宮で一番危ないのはこの穴だからな」

「……うん」


 特に、階層があがるにつれ闇が濃くなっていく。

 踏み出した先には地面がなかった、というので行方不明になる人は少なからずいる。

 ノーム迷宮の深い階層の攻略に、ライトは必須だ。


 スキルで、周囲を照らすようなものを持っていれば、攻略はより安全になる。

 迷宮の特徴にあわせて、装備品でうまくスキルを調整する。

 それをパーティー単位で行うのも、迷宮攻略の醍醐味だ。


「クラード、それで何階層まで行く?」

「そうだな……結構いいペースだし、今日は六階層かな」

「わかった」


 『十階層のゴーレムを討伐する』。

 それが現在の目的であるが、今日いきなり挑むつもりはない。

 まずは攻略できる階層を進めていく。

 

 そうして、第九階層までを無難に攻略できるようになったところで、第十階層のボス部屋――ゴーレムに挑むことになる。

 一階層、最短で移動したところでそれなりに時間がかかる。


 十階層に挑む場合、朝早くに出発しなければ、まず間に合わない。

 多少広かった通路から、人一人がやっと通れるような通路に入る。


 ここで魔物と遭遇するのは厄介だ。

 さっさと通りぬけようと足を動かす。

 ライトで前方を照らすと、円形の広間に出て、軽く息を吐く。

 

 クラードたちに反応してか、迷宮の地面が盛り上がる。

 フィフィが一歩後退し、クラードは両手に剣を持つ。


 軽く体をゆするように動かして、調子を確かめる。

 四階層に入ってからははじめての戦闘だ。

 固まっていた体をほぐす。


「ガガァー!」


 現れたのは二体のスケルトンだ。

 一体は通常のスケルトンだが、もう一体は鎧と剣を身につけている。


「スケルトンウォリアーだな」

「……なんか、鎧をつけたら余計に気味が悪くなった」


 フィフィが口をぎゅっと結ぶ。

 いやな顔をしながらも、すでに魔法の詠唱を始めている。

 彼女の小さな口から、「ひぅっ」と可愛らしい声が漏れる。


 クラードが前へと踏み出すと、スケルトンたちも臨戦態勢をとる。

 それぞれが武器を構える。クラードは剣を振りぬき、スケルトンの剣に当てる。 

 装備解除を発動し、返す刃でスケルトンウォリアーを切りつける。


 その鎧にあたり、装備解除を発動する。

 鎧を解除すると、スケルトンウォリアーの動きが鈍った。

 剣を引きながら、スケルトンウォリアーの持っていた剣に掠らせる。


 スケルトンウォリアーが剣を弾いた。装備解除でスケルトンウォリアーから所有権を奪い取る。

 回収されないよう、クラードは剣を奪い取った。

 動きが鈍くなったスケルトンの体を蹴り飛ばす。

 よろけたスケルトンたちは固まっていた。何度か剣と鎧に視線を向けている。

 クラードはそれを見ながら、後退する。


「アクアランス!」


 放たれた二本の槍が、スケルトンたちを貫く。

 消滅した二体の魔物から、魔石を回収する。

 アイテムボックスにしまうと、フィフィがやってくる。


「クラード、わたしも魔法が得意になった」

「ああ、そうだな」

「ほめてほめて」

「凄い凄い」


 子どもをあやすように言うと、フィフィは嬉しそうにはにかんだ。

 確かにフィフィは魔法をうつのがどんどんうまくなっている。

 地図を確認して先に進んでいき、魔物の襲撃もなく暇になったところで、フィフィに視線をやる。


「……なあ、フィフィ」

「うん?」

「ゴーレムの、戦闘なんだけどな」

「強敵、なんだよね。頑張るっ」

「あーえっとだな……そのゴーレムは俺が一人でやりたいんだ」

「……え?」


 フィフィが心底驚いたような顔を作る。

 ここまで強力してもらって、その大事な戦闘だけは一人で行う。


 わがままなことこの上ない話だ。

 それでも、クラードはどうしてもゴーレムだけは一人で倒したかった。

 

「……一つのけじめなんだよ」


 拳をぎゅっと片手で握る。

 フィフィと出会ったこと。

 今、こうして迷宮に潜れるようになったこと。

 

 すべてはあのゴーレムに勝てなかったところから始まった。

 冒険者として生きていくのは難しいと認定されたあのときの自分とは違うという証明。

 そのために、ゴーレムを倒したかった。


「ゴーレムに勝てなかったから、俺は学園をやめるしかなくなったんだ。別に今更ゴーレムを倒したからって何か変わるわけじゃないけどさ。けど、あのときとは違うんだって、目に見える形にしたいんだ」

「……クラード」

「悪いな、いきなりこんなこといって。一緒に潜っているのに、こんな勝手なこといってさ」


 けど、譲れないものがある。

 わがままであるのはわかっている。

 けれど、今だけはそのわがままを言いたい。


「……クラード。わかった」


 フィフィがこくりと頷く。

 それから彼女は柔らかな笑みを浮かべた。


「わたしは、クラードの道を作る。クラードのために、わたしは戦いたい。クラードのために、わたしはこの力を使いたいから……だから、クラードの好きにして」

「……ありがとな」

「それはわたしがいいたい。クラードがいたから、今のわたしはいる」


 フィフィの言葉に、クラードは口を結ぶ。

 それは俺もだ、とクラードは思った。

 フィフィがいなければ、そもそもこうして迷宮にまた潜ることもできなかっただろう。


「クラード、行こう」

「ああ」


 フィフィが片手を向けてきて、その手を掴む。

 クラードは第五階層に繋がる階段に足を伸ばした。



 ○



 第五階層に出現する魔物は、スケルトンウィリアーとスパイダーだ。

 人のサイズほどもある巨大クモ。さらに階層があがると、毒を吐く固体も出てくる。

 フィフィはスパイダーを見た途端、体を震え上がらせる。


「く、クラード……あれ気持ち悪いっ」


 ぎゅぎゅっと背中を掴まれる。

 対面していたスパイダーが威嚇するように前足を動かす。

 フィフィが丸くなり、クラードは嘆息をついた。


「この階層からはこいつと骨しかでてこねぇぞ?」

「うぅぅ……」


 本当にいやそうに、彼女は目じりに涙を浮かべている。

 スパイダーが糸を吐き出す。

 クラードはフィフィを抱えて横にとび、スパイダーへと飛びかかる。 


 膨らんだ尻へと剣を振るう。

 緑色の液体を出しながら、スパイダーはよろめき、ぺたりと倒れこむ。

 その体が消滅して、魔石がその場に残る。


「フィフィ、いい加減なれろって」

「……うん。うん」


 こくこくと頷く彼女は、先ほどまでの気丈な様子はない。

 今にも泣き出しそうに震えている彼女を可愛いと思いつつも、それをずっと見ているわけにもいかない。


 第五階層も中ほどまで来ている。

 今のところ、クラードは一人で捌けているが、フィフィがいたほうがより安全だ。

 いつまでも彼女を抱えて戦闘を行うわけにもいかない。

 

「頑張る」


 フィフィは握りこぶしを固め、一つ頷く。

 クラードは彼女の体を下ろして、四階層同様先を歩いていく。


「まあ、クモや骨が苦手なのは仕方ねぇよ。ラニラーアも、初めてのときは嫌いだったみたいだし」

「ラニラーア……」


 フィフィの眉間に僅かながら皺が刻まれる。


「どうかしたか?」

「別に。なんでもない。ラニラーアと仲良さそうだね」


 不服そうに彼女は頬を膨らませている。


(……よく考えたら、学園にいたときはラニラーアと行動することが多かったよな。というか、俺が誰かと一緒にいても気づくと背後にラニラーアがいるような……あいつ友達いなかったのか?)


 クラードはこれでも学園では色々な人と関わっていた。

 特に親しいのは、ラニラーア、レイスではあるが。


「まあ、他にも仲いいのは色々いるけどさ。当時の俺を連れて迷宮に潜るようなのは、ラニラーアかレイスくらいだったからな」

「Gランク、だから?」

「そう。まあ、今もランクに関しては変わってないけどさ。俺を連れていくってのは、パーティーメンバーが一人いなくなるってだけじゃないからな。下手したら、足手まといになることもあったし」


 実際、ラニラーアがいなければゴーレムへの挑戦という無謀なこともできなかっただろう。

 学園は、クラードに夢をあきらめさせるために、その課題を出したのだろう。


 彼女は、クラードという足手まといをつれて、一人で第十階層まで行っている。

 おまけに、学園ではパーティーで討伐するゴーレムを一人で仕留めている。


 規格外の天才――。


「けど今は十分強い」

「ラニラーアにはまだ、並んでもないだろうけどな」

「……そんなに?」

「そんなに、だな」


 フィフィも驚いたように目を開く。


「けど、クラードは優しいから」

「ラニラーアも優しい奴だぜ」


 たまに理解のできない行動をするときもあるが、基本的には面倒見の良い人間だ。


「……クラードは、クラードだから」

「いや、別にそんな慰めるようにいわなくてもいいからな」


 そもそも、ショックは受けていない。

 細い通路を抜けた先。小部屋のようになっている場所に出る。


 たいそう昔なら、この大穴のような場所で生活を送っていたかもしれない。

 大きなフロアでは、戦闘しているのか声と金属音が聞こえる。


 暗闇の中をこらしてみる。

 三人がスパイダー三体と戦っていた。 


 うち一人にクラードは目を向ける。

 非常に整った顔をしていて、男用の服を着ていなければおそらくは女性と間違えていただろう。


 スパイダーたちの吐き出した糸が体についていて、一人は満足に動けていない。

 先頭に立っていた男(?)は、毅然とした様子で剣を構えている。


「くっ……こんなところまでしか僕はいけないのか……っ」

「き、危険ですお嬢様! わたしのことはいいですからお逃げください!」

「お、お嬢様って言うな! 僕は今、男なのだぞ……っ!」


 男(?)が声を荒げて、剣を構える。

 と、それをあざわらうようにスパイダーの糸が伸びる。

 男は横にとんでかわしたが、糸が曲がる。


 追尾するような糸の動きに、男が驚愕の声をあげる。


「なにっ!」

 

 スパイダーの糸が巻き付き、男の動きが鈍る。

 ぐるりと体の自由を奪うように糸が巻き付いていて、危険な状況なのは一目瞭然だ。

 男(?)は苦悶の顔を浮かべる。


 あの糸は頑丈だ。力で破るには、かなりの筋力が必要だ。

 剣をこぼしてしまった男がもうどうにかする手段はない。

 クラードは剣を抜く。


「フィフィ、助けるぞ!」

「うんっ」


 迷宮内で人と人が出会った場合、基本的には何もしない。

 お互いにプライドがある。

 相手が助けを求めてきたのならばともかく、勝手に手を出すことはしない。


 ただ、目の前で人が死ぬかもしれない。

 その人はいいかもしれない。

 

 けれど、残された人の悲しみは、痛いほどわかる。

 だから、文句を言われることになったとしても、助けたかった。

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