第二十四話 生まれたときは裸だよ?
戦闘が終わってからも、レイスは口をぱくぱくと動かしていた。
レイスの驚く顔が見れたのは大成功だが、少々固まりすぎだ。
クラードはレイスの前で手を振る。
「おーい、レイスさーん? 意識あるか?」
「お、おまえ……なんだあれは!?」
突然覚醒した彼に、クラードはのけぞる。
「魔法だっての」
「……フィフィはなんだ? 魔法の詠唱を行っていたが、あれはなんだ? そういう痛い子がやるような、気分が盛り上がるから行っているわけではないのか?」
「痛い子……」
その表現が気に食わなかったようで、フィフィはレイスにむくれた顔を向ける。
レイスは眉間に皺を刻んでいる。
苦笑を返すしかない。
「これがフィフィの能力だ。魔法を作り出せるんだよ」
そう返すとレイスの眉間にさらに皺が刻まれる。
魔法を所有している人間なんて、現代にはいない。
「それって……つまり、昔の人間が使っていた魔法のようなものか? オレたちが使っている偽物の魔法じゃなくて……本物の、魔法」
クラードが頷くと、レイスはますます驚いた様子だった。
それからはぁと嘆息を一つする。
首を振りながら、彼はぶつぶつと呟く。
「……わかった。納得はしないが、理解はした」
レイスは大きく嘆息をついてから、フィフィに目を向ける。
フィフィが疲労を外へと吐き出すようにふうと息をつく。
「……魔法は使っちゃだめ?」
「そういう問題じゃないんだ」
レイスはがりがりと頭をかく。
いつまでも立ち止まっているわけにもいかないので、歩き出す。
「クラード、おまえ……あいつが何者なのか、わかってるのか?」
「わかっちゃいねぇよ。けど、騎士につれていってもフィフィにはあんまりよくないことが起こりそうだろ?」
「……まあ、そうかもしれないがな」
レイスも、わかっているようだ。
「フィフィはたぶん、実験動物みたいにされちゃう。そうなったら、かわいそうだろ?」
「かわいそうではあるが……そうだな。おまえが騎士に連れて行かなかった本当の理由がわかったよ」
レイスが嘆息をつき、少し後ろを歩くフィフィを見る。
「……フィフィか。あの魔法……気になるな」
「ほれみろ。聖都にはおまえみたいな奴だってたくさんいるからな。フィフィのこと色々調べるやつばっかりだろ?」
「……」
レイスはこくりと頷く。
クラードも、そういった人たちの気持ちを理解できないわけでもない。
魔法という失われた強大な力。
それをどうにか我が物にしたがるものは多くいるだろう。
「それでも、気になるなあの魔法は」
「なら、本人に聞いてみたらどうだ?」
そういった範囲で、調べるくらいなら、フィフィも問題ないだろう。
レイスはこくりと頷いて、フィフィのほうへと向かった。
○
ラピス迷宮から脱出したのは、午後六時を過ぎたところだ。
途中休憩を挟み、ゆっくりと迷宮攻略を進めていたのだが、第五階層までしかラピス迷宮はなかった。
「結局、フィフィのことは何もわからずじまいかぁ」
ラピス迷宮の攻略をしていけば、フィフィのことがわかるかもしれない。
そう思っていたクラードだったが、むなしくも迷宮の最奥はあっさりとしていた。
ボス部屋があるわけでもなければ、先に進む階段もない。
第五階層はそんな場所だった。
達成感はなく、一日を無駄にしたのではないかという徒労感のほうが強い。
けれど、実力を試すという点では最高だった。
何より、いつ振りだろうか。
レイスとともにこうして冒険を行えたのは悪くなかった。
「いやぁ、今日は楽しかったな……」
友人と一緒に迷宮攻略を行う。
学園では周りに助けられてばかりだった。
それが、今は共に戦うことができる。
それが何よりも嬉しかった。
レイスも疲れたような顔に笑みを浮かべる。
「……驚くことばかりだったが、まあオレも楽しかったな」
レイスが、ちくりした視線を向けてくる。
魔法を黙っていたことに対してだろう。
「それじゃあ、そろそろオレは帰るとしよう」
「なんだ、夕食食べていかないのか?」
「ああ。、早くこの魔石たちを調べたいからな」
レイスが一つ魔石を取り出し、顔近くに持っていく。
放っておけば頬ずりでもしそうなほどに表情を崩している。
空が暗くなった今の時間に、その動きは不気味さがあった。
「レイス、不気味」
「……そうか?」
フィフィの遠慮ない指摘に、レイスはしゅんと表情を落とした。
「今日はありがとな、レイス。おかげで、ラピス迷宮の最後まで行けたよ」
「オレも、多少安心した。だが、力がついたからって、無茶するなよ」
レイスがそう残して学園のほうへと去っていく。
クラードは軽く息をついてから、家へと戻る。
アパートに向かいながら、フィフィがととっとクラードの前に出る。
その顔はどこか自信にあふれている。
「クラード、わたしもだいぶ魔法が使えるようになった」
「そうだな。けど、だからってあれだぞ。調子にのったら駄目だぞ」
「……わかってる。今日のわたしの魔法とか、凄かった?」
「ああ、凄かった凄かった。だけどな、あれがいつも同じようにうてるわけじゃないからな」
「クラード、うるさい」
ぶーっとフィフィが頬を膨らませる。
うるさい、と言われても言い続けるしかない。
彼女が無茶をしないかが心配でならないのだ。
迷宮で命を失ったものの多くは、油断や慢心によるものだ。
何かあってからでは遅い。
特に、短い訓練の後で冒険者になった人ほど、この傾向が強い。
自分たちの力を錯覚しやすいため、特に初心者冒険者はきちんと見張る必要がある。
所詮、「その人間の決めた行動での生き死に」ではあるが将来有望な若手が死ぬのはもったいないというのが国の考えだ。
だから、特に、初心者冒険者に対しては厳しく指導を行う必要がある。
フィフィはその教育を受けていない。
弟子という制度を悪用するようにして、迷宮に潜っている。
だからこそ、クラードは自分がきちんと指導を行わなければならないと強く思う。
嫌われることになったとしても、多少厳しく、彼女に言葉をぶつける。
それがあまりおきに召さないようで、フィフィはむくれた顔を作った。
アパートについて、部屋の明かりをつける。
クラードは軽く伸びをして、息をはく。
ようやく戻ってきた。
迷宮に一日近く潜っていると、さすがに疲労がある。
夕食は軽いものですませるか、と冷えた魔道具を開き、肉が残っているのを確認する。
肉料理で何か作るか。
メニューが決まったところで、フィフィが自分のもとにやってくる。
「クラード、料理手伝う」
「あー、いやいいよ。フィフィは先に風呂に入ってきてくれよ。あとだと、時間被っちゃうし」
「……わかった」
フィフィが残念そうに顔をうつむいたあと、必要なものを持って風呂場へと向かった。
鼻歌まじりに料理をしていく。
豚肉のしょうが焼きだ。部屋に肉の焼ける匂いが十万して、空腹を刺激する。
いくらか味見をしつつ、残っていたご飯も用意していく。
しょうが焼きのあと、野菜炒めも作って料理は完成だ。
料理も終わり、調理に使った道具を洗っていたときだった。
ばたばたと慌てたような音とともにリビングに裸の少女が転がり込んでくる。
「クラードっ! 明かりがつかなくなった!」
慌てた様子でフィフィが飛び出してくる。
裸身に水が僅かに付着している。
ひっと一瞬クラードは悲鳴をもらしそうになる。
それをこらえてから、クラードは呼吸を整える。
彼女をあまり見ないようにしつつ、顎に手をやる。
「明かりがつかなくなったんだよな?」
「う、うん……壊しちゃったかな」
「いや、たぶん魔石の寿命だな。ちょっと変えるから待ってろ」
「わかった」
風呂場へと行き、洗面所でタオルを掴む。
フィフィにそれを渡すと、彼女は首を捻る。
「べつに寒くないよ?」
「そうじゃねぇよっ。裸で出歩くなってことだ!」
クラードは声を荒げる。
この子には羞恥心はないのか、と嘆息をつく。
「裸で……それって駄目なことなの?」
「ダメだ」
「生まれたときは裸だよ?」
「そういう問題じゃないのっ」
そこまでいうと、フィフィはタオルを体にまいた。
成長したとはいえ、まだ子どもくらいの常識しか持ち合わせていない。
フィフィの知識がどの程度のものか。そういえば考えたことがなかった。
彼女がどこで何をしていたのかはわからない。
けれど、知識については調べられる。
「今度暇なときに本とか読むか?」
まさかこれを自分がいうことになる日がくるとは思っていなかった。
よく、「本を読め」と師匠やレイスに言われていたが、読書は大嫌いだった。
本とか読んでいてもだるいだけ。
それがクラードの意見だ。
睡眠導入材としてなら、完璧だ。
それがクラードの意見であったが、知識を獲得するという点では悪くないだろう。
「本……わかった。読んでみよう、かな」
フィフィはそれなりに勉強も得意そうだ。
魔石を取り替え、フィフィがもう一度風呂に入る。
それから彼女が出てくる。僅かに赤らんだ肌が目に入る。
「クラードは?」
「ごはん食べてからにする。それじゃあ食べるか?」
「うん」
二人で食事を始める。
フィフィがお肉に口をつけると、目を輝かせる。
「おいしーっ!」
我ながらなかなかの出来だ。
にんにくとしょうががうまく混ざり合い、醤油風味の味がごはんとよくあう。
ぱくぱくと食べ進めて、何度かご飯をおかわりしていく。
食事をしながら、明日の日程を考える。
「次からはノーム迷宮の攻略をしていくつもりだけど、一日くらい休むか?」
「わたしは大丈夫」
迷いのない返事に、クラードのほうがむしろ戸惑う。
クラードは戦闘が好きだから、毎日のように迷宮にこもるのは問題ない。
ただ、フィフィは一日くらい休みたいのではないか。
遠慮していっているのではないか、と疑いの目を向ける。
「別に無理しなくてもいいんだぞ? お金はあるし、たまには一人でゆっくりしても――」
「わたしはクラードと一緒にいるほうが落ちつく」
そうはっきりいわれると照れる。
隠すように頬をかいて、クラードは頷いた。
「わかった。とりあえずの目標は……十階層のゴーレムを必ず倒す」
「うん」
ずっと思っていたゴーレムの討伐。
それが現実味を帯びてきた。
十階層まで潜るとなると、どこかで一度テントを張る必要も出てくる。
ラニラーアといったときは、彼女が道中の敵を一撃でしとめ、恐ろしいほどの速度で迷宮を移動したため、行き帰りで十五時間程度だった。
ただ、フィフィとの移動はそんなハイペースとはいかないだろう。
戦闘用のアイテムもある程度余裕を持たせる必要がある。
食事も、保存の利くものを用意する必要がある。
「とりあえず、色々と考えてみるか」
ゴーレム討伐は、今の自分たちなら難しくはないだろう。
前までなら、絶対に考えられなかったことが、目の前まできている。
クラードはそれがたまらなく嬉しくて、興奮していた。