第二十三話 一日我慢していたのが爆発するのかも
シザーズという機獣が出現し、クラードたちはその様子を観察する。
見た目は巨大なカニのような見た目だ。
その全身は黒く染まっている。
爪が二つに、歩行に使われる足が四対ある。
その足の先にも、鋭い刃がついていて、それを地面に埋め込むようにして移動を行う。
崩れた壁にその足をめりこむようにして移動するため、壁にはいくつもの穴があいている。
クラードは大きく飛び上がり、振りぬかれた足の一撃をかわす。
あの刃は武器ではなく、シザーズの体の一部だ。
そのために、装備操作を発動することはできない。
それでも、ステータスでは勝っている。
余裕を持って攻撃をかわす。
逃げた方へ、シザーズの目玉が動く。
その背後から、居合いが放たれる。
強力なレイスの斬撃に、シザーズの体が沈む。
クラードはアイテムボックスから機獣の大剣を取り出して、一時的に装備する。
普段から使うことはできないが、頑丈なその剣は必殺の一撃として使うにはちょうどよい。
重力任せで、大剣を振り下ろす。
シザーズの体にあたり、金属が砕け散る音が耳を届く。
大剣にさらに力を入れると、その強固な鱗のような体を剣が抜ける。
半分になったシザーズは死に、霧散するように消えた。
残った魔石をレイスが回収する。
離れていたフィフィが腕を組んだ。
「また、わたしの出番がなかった」
「ないほうがいいんだって」
三階層――。
景色は変わらず同じ、廃墟のような町並み。
崩れた高いビルなど、この時代の科学技術が発展していたことを証明するすべての建物が、むなしく崩れている。
その三階層においても、クラードたちが足を止めることはない。
ラピス迷宮の難易度は、ノーム迷宮の同じ階層よりも高い。
この三階層が、ノーム迷宮の七階層程度、とレイスは判断した。
クラードはまだ、今の状態でラピス迷宮の七階層に挑んだことがない。
だが、レイスの判断にある程度納得もしていた。
クラードは大剣をアイテムボックスにしまってから、難しい顔をしているフィフィをなだめる。
スキルに目覚めてから、戦闘が楽しくて仕方がなかった。
今までできなかった動きが、イメージでしかできなかった攻撃が、すべてこなせるのだ。
その感情が、フィフィの出番を奪うように、剣を振ってしまう。
「わたしも色々と魔法を試したいのに……」
「色々?」
レイスがその言葉を聞いて、首を捻る。
――そういえば言っていなかったなぁ。
クラードは頬をかいて、苦笑い。
「……それじゃあ、次はフィフィの魔法を主軸に戦うとするか」
三階層の魔物を探していたが、結局魔物は姿を見せなかった。
この迷宮は稼ぎの効率が悪い。
機獣の装備品を手に入れることはできるが、それだけだ。
四階層へと降りる。
高いビル群がなくなり、住宅街のようなエリアになった。
公園のような場所もあり、そこにある遊具のすべてが壊れているのを見ると、ぎゅっと胸が痛んだ。
「昔はさ、ここで遊んでいた子どもたちもみんな機獣にやられちまったのかな」
「かもしれないな……。もしかしたら、竜神ラピスはいつかこういった過去があったことを誰かに知ってほしくて、この迷宮を作ったのかもしれないな」
「確かに、な……それはあるかもしれないな」
(……この過去のこと。真実の過去を知ってもらいたいってことは、それはフィフィが『勇者』の生まれ変わりだから、とかか?)
フィフィがここに来たことで、扉は開いた。
じっと周囲を見てから、景色を目に焼きとめる。
「俺はここを忘れない。ずっと覚えて、もうこうやって悲しむ人が出ないように頑張る」
「そうだな」
初めこそ、レイスは感動した様子であったが、この場で起きていた歴史を、幻視していたのかもしれない。
興奮した様子はすっかりと潜んでいる。
四階層をしばらく進んでいく。
レイスが顎に手をやる。
「この迷宮、もしかしたら大して階層はないかもしれないな」
「なんでだ?」
レイスの言葉に首を捻る。
彼は片手を腰に当て、説明するようにもう片手を動かす。
「階層ごとに、出現する魔物が違うだろ? ノーム迷宮のように深い階層になると、一つおりたくらいじゃ魔物ががらりと変わらないだろ?」
「……確かにそうだな」
ノーム迷宮の二階層には、ブラッドバットとスケルトンが出現する。
その比率はブラッドバットのほうが多い。
だが、この迷宮に出現する魔物は、すべての階層で違う。
「俺あんまり詳しくないんだけど、そういうものなのか?」
「……おまえ、やっぱり一流の冒険者は無理だな」
「別に、関係ないだろっ」
「……一応、知識としては覚えておく必要があるがな。迷宮の階層を調べる上で、参考程度にはなるんだ。いくつか、攻略済みの迷宮もあるが、こう毎回のように魔物が変わる迷宮は、階層自体が浅いんだ。十から、五階層程度しかないのがほとんどだ」
「そうなのか……」
「今までだと、六や七とかで終わっている場所もある。迷宮の最奥にボスがいないのもあるな」
「やっぱりいたほうがいいよな。良い魔石とか宝箱とか落とすかもしれないし」
「そうだな」
宝箱と聞いてフィフィが顔をあげる。
「宝箱みてないね」
「そういやそうだなぁー。けどまあ、運がよければ見つかるだろ」
クラードは軽く息を吐いて、後頭部に手をやる。
と、レイスが腰に手をあてて口を開く。
「水を差すようで悪いが、宝箱を見つけるのは運ももちろんだが、スキルがないと難しいな。特に、こんなに建物があちこちにある場所ともなるとな」
「……建物の中に宝があるかもしれない?」
「ああ。ただ、高い建物もあるからな。隅から隅まで探すのは無理だ」
「……そっか」
「ついでに、少し教えておこうか」
レイスがフィフィのほうへ行く。
気づけば二人も打ち解けている。
クラードはそんな二人を眺めながら、周囲の警戒をする。
「何を教えてくれるの?」
「迷宮の基本だ。どうせ、クラードは教えていないだろ?」
「たぶん、聞いていない」
確かに、離した記憶がなかった。
レイスにじっと睨まれ、そっぽを向く。
「まず、迷宮内での歩き方だ。通常は数人のパーティーで迷宮は移動することになる。この数はだいたい、四人から六人だ」
「……それは聞いたような気がする」
「これが通常の迷宮調査だが……それだけじゃどうしても、深い階層まではいけない。迷宮内を自由に移動するようなスキルは、今のところ見つかっていないしな。じゃあ、深い階層までいくならどうする?」
「……急ぐ?」
フィフィの解答に、レイスは苦笑を交えながら頷く。
「そうだな。無駄をなくして移動する。これは大事だ。ただ、それでもどうしても迷宮内で泊まる必要が出てくる」
「お泊り?」
「そう楽しいものでもないがな」
フィフィはお泊りという言葉に目をきらきらとさせているが、レイスは疲れたような顔だ。
学園にいたとき、最低限の荷物だけで、学園が管理している森に放り出されたことがあった。
迷宮内ですごすための訓練だ。
森には、スキルで作り出された魔物がいて、それから身を守るように一週間生活をするというものだ。
まだ、当時はステータスを渡されていなかったため、作り出される魔物も生身で倒せるような弱いものであったが、森での危険は魔物だけではない。
虫は凄い出るし、ラニラーアは怖がりだった。
あのときは酷かった。
昔を思い出し、がくりと肩を落とした。
「迷宮の途中でお泊り……でも魔物もいるよね」
「ああ。だから、メンバー選びは重要になる。別のパーティーに、結界という魔物が入ってこれないエリアを作るスキルをもつものを入れての十二人パーティーなどは良くあるな」
クラードはこくこくと頷く。
高階層になれば、補助担当のパーティーと戦闘担当のパーティーを作ることもある。
そうでもしないと、魔物が強くてどうしようもないのだ。
「迷宮での歩き方はこんなところだな。パーティーのバランスを良く考えろってことだ」
「……うん。今は、わたしとクラードとレイスの三人は悪くない?」
「ああ、クラードにしてはバランスの良いパーティー編成だな」
いくらか余計なことを言っているレイスを睨む。
「あと追加するなら……補助魔法の使い手とか?」
フィフィが顎に手を当て、レイスに訊ねた。
レイスはほぉ、と短く息を吐く。
フィフィの理解は確かに早い。クラードは少しうれしくなった。
「そうだな……完全な魔法タイプか、それか前衛ができる人間だな。オレはどちらかといえば補助のほうが得意だ」
レイスはどちらの立ち回りも現状では可能だ。
クラードが彼の装備品のステータスを弄れば、より魔法を得意にもできるだろう。
「確かに、レイスも強い魔法を持っている」
「それはどうも。なにより、クラードが万能だ。あいつのスキルがあれば、ある程度装備品で戦闘タイプを決められるからな」
「まあな」
そう素直にほめられると照れるものがある。
ゆっくりと進んでいると、「キュオーン」と、もうすっかり聞きなれた起動音が耳に届く。
「機獣のおでましだな」
クラードが視線をそちらに向ける。
姿を見せたのは、オークのような魔物だ。
オークだけあり、その姿はかなり大きい。
クラード達の三倍ほどはある。
さすがにまともにやりあいたくはない相手だ。
どう攻めるか考えていると、レイスが肩をつついてきた。
「クラード、オレの装備のステータスを変えてくれ」
「なんでだっ」
「あんな化け物相手に、前衛なんて骨が折れる」
「俺の骨が折れてもいいのかよ!?」
「誰だって、自分のは折られたくないだろ?」
「くそっ、ほらよ!」
クラードはレイスの魔法力にさかれていた装備のステータスを、すべて筋力、防御、速度に振り分ける。
レイスがステータスを確認して、刀を振りぬいてきた。
それをさっとかわす。
「おいっ! ふざけるな!」
「先にふざけたのはおまえじゃねぇか! どっちにしろ、フィフィの特大の魔法をぶちあてれば終わりなんだっ。それまで時間稼ぐぞ!」
「グォォ!」
まるで、本物のオークのように唸ってから、駆け出す。
クラードとレイスは視線を合わせ、左右へと別れる。
オークが一度足を止める。
それから狙いをつけたのはクラードのほうだった。
「ちっくしょっ、レイスのほうにいけばいいのに!」
オークに力技を挑むつもりはない。
ステータスのすべてを速度へと振り分ける。
そうして、オークの視線が追いつかなくなるまで加速して跳躍。
ステータスを元の数値に戻す。
数値を戻すまでに時間がかかりすぎる。
まだまだ、もっと削れるものがある。
戦闘中でのステータス操作は、非常に集中する必要がある。
装備品のすべての数値を、自分の脳内で操作するのだ。
一つずつでは、明らかに遅い。同時に、二つ、三つとできるようになる必要がある。
まだまだ、このスキルには伸び代がある。
ステータスをある程度筋力に割いてから、剣を振り下ろす。
クラードの剣がオークの装甲へとあたる。
関節の隙間に通し、そのまま蹴り飛ばす。
「グガァ!」
オークが叫びながら拳を振り回す。
急いで剣を引き、振るわれた拳に剣を当てる。
剣を切り上げるようにして、クラードは下方向へと移動する。
すぐに着地し、追撃の拳を跳んでかわす。
やはり、力技でどうにかなるわけがない。
計画通りだ。レイスがクラードの横に並ぶ。
オークは鼻から煙を出して両腕を広げる。
いいぞ、こっちにばかり集中している。
クラードは笑みを濃くする。
オークの背中側では、フィフィが魔法の準備をしている。
建物の影に隠れながら、彼女は魔法の準備を行う。
『精霊よ。我、水を求める。水よ水よ。まだまだ足りない。精霊たちよ、その身を働かせ、水を集めよ』
詠唱が歌のように届く。
珍しく、彼女が声を張っている。それにオークも気づいた。
その声を聞いていると、ちりちりと耳が焼かれるような感覚。
異常なほどに、力がこもっている。
「……なんだこれは?」
レイスが声を張り上げる。
未知の出来事に遭遇したような、戸惑いを含んだものだ。
「魔法の詠唱だってっ。けど一日我慢していたのが爆発するのかもっ!」
「ま、待て待て! 魔法の詠唱何が!?」
珍しく声をあらげるレイス。
その姿を愉快なものだと思っている場合ではない。
下手をすれば巻き込まれてしまう。
クラードは急いで走ると、それに合わせるようにレイスも走ってきた。
『形成せよ、水の槍。鋭く尖れ。敵の装甲を破壊し、すべてを貫く不壊の槍となれ』
オークが動きだし、クラードは持っていた剣を投げつける。
オークがわずらわしげに足を振り回す。
「よしっ、時間は稼いだっ! 避難!」
「クラードっ! さっきからまるで状況が飲み込めないがっ!」
「そんなに叫んだって仕方ないっ。まずは見てみればいいんだよっ! 巻き込まれる前に逃げるぞ!」
クラードは走り出して、レイスもまた同じように走る。
フィフィが片手をオークへと向ける。
『飲み込めよ、貫けよ――アクアランス!』
彼女の手から離れた槍は、その小さな体の数十倍にも膨れ上がる。
今まで、ブラッドバットに当てていたのも十分なサイズだったが、今回はオークさえも飲み込むほどの大きさ。
オークはその魔法を見て、逃げ出そうとするが、すでに遅い。
水の槍の先端が、オークの装甲へと突き刺さり、その体を突き破る。
水はそれだけでは終わらない。オークの体を水が包むと、その水がうごめいた後、槍の形となってオークの全身を突き破る。
水がはじけると、オークは一瞬で消滅する。
フィフィは額の汗を拭い、息を乱す。
「……ちょっと疲れた」
「……やりすぎだっての」
水しぶきが、クラードたちにもかかった。
フィフィのほうに行くと、彼女は口を少しだけ尖らせた。
「やっと魔法が撃てた」
「わ、悪かったって」
ぐいっとフィフィが服を掴んできて、クラードは苦笑を返す。
背後を見ると、もう何度目かわからないレイスの間抜けな顔があった。