第二話 ……やっぱ、弱いな俺
現在、世界にはまだまだ未開拓の大陸がいくつもある。
霧に覆われたそれらの大陸は、かつて世界を荒らした鬼たちが住み着いているとされている。
それらの調査と、迷宮の攻略を行うのが、一流の冒険者たちだ。
現在、人間の国は一つしかなく、それを五つに分ける形で、世界は成り立っている。
火、水、風、土の都、そして、四つの都の中央に位置する竜神様にもっとも近いとされる聖都。
これらすべてを含め、竜神国と呼ばれている。
クラードたちがいる土の都では、土の精霊を祭っており、ノーム迷宮と呼ばれる巨大迷宮がある。 土の都はノーム迷宮の入り口を囲うように作られ、発展していき、人々はその迷宮から得られるものを獲得して生活を送っている。
迷宮を探索するものは冒険者と呼ばれている。
冒険者がいなければ生活は成り立たないといわれるほどで、だからこそ、冒険者は他の職業よりも優遇されている。
クラードは小さくため息をついて、軽くなった財布をちらと見る。
丸い木製のテーブルの上で、ぺたんとしおれた財布を見てから天井を見る。
ショックを受けていても仕方ない。
学園の知り合いのつてで、アパートの一室を借りた、
安いアパート、畳の部屋でごろんと寝転がったクラードは、ようやく終えた引越しにとりあえずは一息ついた。
部屋は六畳間ともう一つさらに小さな部屋があるだけ。
風呂やトイレはあるが、お世辞にも綺麗とは言いがたい。
アパートの値段を聞いたときはすぐに飛びついたが、もう少し良い部屋もあったのではないかとそんな失礼なことを思っていた。
アパートを借りても、まだしばらく生活できるだけの金は残っている。
それでも、心もとないというのは変わらない。
引越しにかかった日数は三日だ。
必要最低限、学園の寮に預けていたものを移動させただけであったが、それでもそれなりの量だ。
おいてきても良かったが、中には金になるものもあるかもしれないと思うと、すべて移動しなければと思ったのだ。
疲労のたまった体を休ませていたクラードだったが、金を稼がなければならないと思う。
「ステータスオープン」と念じたクラードは、ステータスにしまわれているアイテムの確認を行っていた。
神に与えられた加護の力、メニュー画面だ。
メニュー画面には、ステータス、装備、アイテムボックスの三つが表示されている。
まずはアイテムの確認だ。
傷を癒すためのポーションや、水分補給などで使われる水筒。
水筒の中身を確認してからしまう。
これがなければ、迷宮で長く活動はできない。
アイテムはすべて、アイテムボックスと呼ばれる場所で管理されている。
必要なアイテムを念じるか、あるいはこの画面で操作すればその場所から取り出すことができる。
ただし、しまっているものも、外と同じ時間が経過するため、水筒などはきちんと洗って水の入れ替えを行う必要がある。
アイテムボックスに、いくつか素材が残っている。
食料などはないが、牙や爪など、換金することのできるアイテムがある。
ラニラーアと一緒に迷宮にもぐったときのものだ。
ゴーレムと戦ったときを思い出す。
学園長が最後のチャンスをくれたにも関わらず、結果は悲惨なものだった。
本来、ゴーレム討伐はパーティーで行う。
だが、クラードは今までのこともあり、一人でゴーレムを狩れるくらいでなければ、認められないほどだった。
思い出して、嘆息する。
自分の無力さを噛み締める。
魔物と、自分との圧倒的な差に何もできなかった。
悔しいが、仕方ない。
今の自分には、圧倒的な力で敵を無力化するようなことはできない。
ならば、他のやり方で強くなるしかない。
クラードは、冒険者学園こそ首になったが、冒険者として必要な訓練期間を経ているため、冒険者資格二級を所持している。
冒険者として仕事をするために必要な資格であり、これの提示を行うことで迷宮に挑戦することができる。
装備品を確認して、武器と防具を確認する。
クラードは立ち上がり、ステータス画面を操作して、装備を行っていく。
武器や防具は、装備を行うことでステータスに補正が入る。
昔、異世界より召喚した者と協力し、人間が強くなれるための手段を、竜神様が模索した結果、こうなったらしい。
ものによっては、スキルなどもついていて、それの力を得ることもできる。
単純な話、装備品はいいものをつけていたほうがいい。
ただし、基準は判然としていないが、身の丈に合わないものをつけていると、装備品の本来の力が引き出せないという制限もある。
クラードは、ロングソードに、ウルフの毛皮を用いて作られた胸当て、ガントレットの装備を行う。
脛あてを最後に装備して、全身を確認する。
装備はそこまで悪いものではない。
これも、ラニラーアが協力してくれたからだ。
今はそれをありがたいと思いながら、家を出た。
腕時計が示す時間は、まだ午前七時だ。
外はまだ静かで、たまにはこういうのも悪くない。
「さて、とっ」
気合を入れるように頬を叩く。
冒険者が金を稼ぐためにやることはわかりきっている。
迷宮で、魔物を倒し、魔物が落としたドロップアイテムを回収して、冒険者ギルドで売却する。
これが、冒険者の基本にしてすべてだ。
精霊迷宮がもっとも有名だが、他にも町の外にいけばぽつぽつと小さな迷宮がいくつかある。
精霊迷宮に挑む人間は多い。
だから、素材を売るという点で考えれば、外の迷宮で流通の少ない魔物の素材を狙ったほうが効率はよい。
まずは軽い運動として、慣れているノーム迷宮へ向かう。
○
ランクG
筋力15(8)
防御16(7)
速度15(7)
魔法力13(8)
スキル 『』
空中に、黒板のような形で映るステータスを確認する。
相変わらず低い。
神に与えられたステータスは、その人間の才能とも言われているのだが、だとすれば神は自分にどれだけの恨みがあったのだろうか。
改めて確認したステータスに愕然とする。
ステータスで表示されるものは、ランク、力、防御、速度、魔力の五つだ。
ランクは、その人間の格のようなものだ。
G、F、E、D、C、B、A、Sで表記され、GとFの差はかなりのものだ。
例えば、Gの最強と、Fの最弱はほとんど互角、といったような感じだ。
クラードが何よりも酷いのは、ステータスとしての数字もそうだが、ランクがGであるということだった。
ランクは変動のないものではない。
努力していれば、やがてはFやEとレベルアップする。
ただ、歴史をみても、二つよりランクがあがったことはない。
例外がないわけではないが、それでもクラードのランクがSにまであがることは極めてありえないことなのだ。
カッコの中の数字が、本来のクラードのステータスだ。
数値が違うのは、装備品の分追加されているからだ。
スキルをみれば、空白であることがわかる。
これは、スキルを所持しているが、いまだ発現していない状態ということだ。
十八歳まで学園に残れたもう一つの理由だ。
だが、さすがにステータスが低すぎる。
魔物を狩ったときに僅かにあがるといわれているこれが、クラードは一切変動しないのだ。
例えば、誰もが憧れる最強のスキルとして、『勇者』がある。
だが、今更クラードがこれを獲得したところで、所詮ランクGだ。
それでは、よくてDランク程度の力しか出ないだろうという判断されてしまったのだ。
「……どうやって魔物を狩るか、だな」
ノーム迷宮の入り口にたどり着き、一言呟く。
小山のように盛り上がった迷宮の入り口は、茶色だ
かまくらを茶色にしたものと考えればわかりやすい。
冬の月。雪がたくさんふったとき、寮の庭でラニラーアとかまくらを作ったことを思い出す。
その後、結局寒いということで、コタツに引きこもっていたことを懐かしく思いながら、入り口の冒険者に、資格を見せる。
「冒険者二級資格、問題ない。入るといい」
騎士がそういって、クラードは中へと進む。
小山をくぐると、すぐに階段だ。
ずらっと、地下へと延びた階段は、土の天井がすぐ近くにあり、なんとも窮屈だ。
壁には、魔石が埋まっている。
魔石は魔力を使用し、明かりを放つ。
階段が終わったところで、一気に視界は開ける。
巨大な土のダンジョン。
足場はすべて土で出来ていて、昔一度だけ探索をした炭鉱に似ている。
土の精霊であるノームが作った迷宮といわれるだけあり、全体的に暗めの色が多い。
この迷宮の明かりは、魔石によるものだ。
浅い階層は、その魔石の明かりが強いのだが、深くなればなるほど、明かりはどんどん弱くなっていく。
「……いたいた」
眼前には一番弱い魔物であるブラッドバットがいた。
コウモリのような見た目をしたそいつは、まだこちらに気づかずに飛んでいる。
彼らは、こちらが危害を加えないか、腹をすかしているとき以外は襲い掛かってこない。
吸血攻撃を仕掛けてくるため、何ともラニラーアに似ている部分がある。
奴も気を抜いた時に首筋にがぶりとしてくるからだ。
ブラッドバットの一体が迫ってきた。
腰を落としながら、クラードは剣を抜く。
もともとの肉体に、プラスでステータスの力が乗る。
ステータスの力は圧倒的であるため、もともとの体なんて無意味だ、という声もあるが、クラードの場合は体を鍛えていなければ、剣さえ握ることができなかったかもしれない。
鍛えまくった筋肉を意識し、力をこめる。
それでも、ひょろっとした高ステータスの人と腕相撲であっさり負けるのだから、ステータスの差は本当に大きい。
迫るブラッドバットの攻撃をその場で軽くかわす。
その隙だらけの体に剣を降る。
それで、仕留め切れない。
完全にブラッドバットの背後をとったにも関わらずだ。
剣をさっと戻して、すぐに飛び掛ってきた攻撃へと当てる。
剣の腕だけは自信がある。だてに、三年間、冒険者学園で訓練をつんできたわけではない。
ステータスのない戦闘なら、負けるつもりはない。
体力にだって自信がある。
ただし、それらすべては、ステータスでひっくり返ってしまう。
ブラッドバットを倒すまで、かわして剣を振り続ける。
ブラッドバットの体が落ちて、そこに魔石と牙が残る。
軽く息を吐いて、額の汗を拭う。
腕時計を見ると、戦闘開始から十分ほどが経過していた。
「……やっぱ、弱いな俺」
思わず呟いてしまうほどだった。
ラニラーアが一撃で葬り去る姿を思い出し、クラードは口を尖らせた。
最強までの道はまだまだ遠い。
だからといって、諦めるつもりはない。
負けず嫌いは昔からだ。だから、誰よりも努力を続けた。
打倒ラニラーアを目標にしながら、クラードは前へと進んでいく。