第一話 夢を追いたいんだ
倒さなければいけない。
目の前にいたゴーレムに、クラードは歯を食いしばった。
こいつを倒さなければ、学園を除籍させられる。
それだけは嫌だった。
右手をぐっと握り、クラードは顔をあげる。
対面するのは茶色のゴーレムだ。
迷宮第十階層にいるこの魔物を討伐することが、クラードの最後のチャンスだった。
一気に駆け出す。
だが、気ばかりがはやり、ゴーレムの放った土のスキルに反応できなかった。
「クラード!」
背後にいた、友人のラニラーアがその甲高い声をさらにあげたような悲鳴をあげる。
彼女はクラードの試験官のようなものだ。
ラニラーアの声で、遅れて土のスキルに気づく。
クラードは慌ててそれをかわすが、間に合うはずもなかった。
土の壁がクラードの体を押しつぶすように動き、クラードは意識を失った。
○
クラードは大きくため息をつき、学園長室を出た。
渡された封筒には、除籍に関する難しいことが書いてあった。
学園長に今後の進路についての話をされ、そしてクラードは一つの選択肢を捨てた。
だから、除籍ということになったのだ。
「冒険者として仕事をするのは難しい。冒険者を支える、ギルド職員を目指せるサポート学科に移らないか」、と。
だいたいの内容はこんな感じだ。
けれど、クラードは冒険者になるために、この学園にきた。
それ以外の選択は、できなかった。
「仕方ねぇ、よな。うん……冒険者は、諦めたくねぇんだ」
落ち込んでいた自分の頬を叩く。
学園をやめたからといって、まだ冒険者になれないわけではない。
クラードが笑みを浮かべると、ドダダっと廊下を駆ける音がした。
振り返ると、そこには金色の美しい髪を持った女性がいた。
その豊かな胸をぼんぼん揺らした美女は、迷宮の十階層までついてきてくれたラニラーアだ。
クラードたちが所属する土の国では、忌避される吸血鬼の血を持った女性で、その両目は人間の血を望むように赤く染まっている。
「が、学園長のところで何を話してきましたの!?」
「ああ、別になんでもねぇ――」
「なんでもないわけないでしょうっ! わたくしに話してごらんなさい! さあ、さあ!」
がくがくと頭を揺さぶられ、クラードは悲鳴交じりに彼女の手を掴む。
「わかった、わかったっての!」
ステータスの力を発動していないのか、ラニラーアの手はあっさりと離れた。
心配げに覗き込んでくるラニラーアに、誤魔化すのは諦める。
適当なことをいっても、どうせすぐにばれる。
「退学、するか学科を移るかどっちにするのかって話だ」
「……それって、この前のゴーレム討伐が原因ですの?」
「いや、あれは関係ねぇよ。どっちにしろ、俺はそのうちこうなる運命だっただろうしな」
ラニラーアには話していなかったが、二年間何の実績も残していなかったクラードにとっては、あれが最後の試験だった。
同学年の人たちが、パーティーを組んでとはいえすでにゴーレム討伐を達成できている。
それなのに、クラードはまるで歯が立たなかったのだ。
「ランクG……だから? だからって、クラードは一生懸命頑張りましたわっ! なのに、なのにっ……」
「お、おいおい……なくなって」
「泣いていませんわよ! べーっ!」
子どもっぽく舌を出すラニラーア。
それでも、目じりには涙が浮かんでいる。
彼女は誰よりも自分を応援してくれた。
「な、なんでクラードが……あんなに凄かったのに」
「そりゃあ、入学したての頃だろ? あのときはまだステータスとかなかったからな……」
クラードとラニラーアが入学したのは、十二歳のときだった。
冒険者学園では、十二歳から入学者を募集している。
十二歳から三年間は、座学と肉体の訓練に励むことになっている。
そして、十五歳。成人となったその時に、人々は竜神様からスキルとステータスを授かることができる。
そのスキルにあわせ、今度は迷宮に入りながら、学んできた知識をいかし、力をつけていく。
そして、十八歳になったとき、学園を卒業し、それぞれの希望の進路へと進んでいくことになる。
クラードは、入学したての頃は最強だった。
それは、スキルもステータスもなかったときの話だ。
竜神様から与えられるステータスには、あたりはずれがあり――クラードは見事にはずれを、ラニラーアは大当たりを引き当てたのだ。
とはいうが、それらは潜在的な力であり、生まれながらに決まっているものといわれている。
クラードには、「才能がなかった」。
その言葉だけで片付けられてしまうのだ。
とにかく、ステータスをもらう前までは、クラードの右にでるものはいなかった。
だからこそ、今年で十八歳となる日まで、冒険者学園に残れたというわけだ。
今後、何かのきっかけでステータスやスキルが覚醒するかもしれなかったからだ。
「く、クラードが退学になるならわたくしもその、退学しますわ!」
豊かな胸に手をのせ、目じりの涙をこらえながらラニラーアが叫ぶ。
「何をあほなこといっているんだか……」
「あ、あほとはなんですの!? わたくし、本気ですわよ!?」
「あのな……本気だとしたら、あほを通り過ぎたあほだってのっ」
「あほあほうるさいですわね! わ、わたくしが学園に通っていたのは、その……クラードが毎日一緒に訓練に付き合ってくれたからですの! クラードがいないなんてつまらないですわ!」
そこまで言われるとは思ってもいなかった。
涙をためたままのラニラーアに、かける言葉はすぐに出てこなかった。
「それでも」、とクラードは腰に手をあて、必死に言葉を紡いだ。
「冒険者には出会いと別れが良くあるだろ? ていうかまだやめるなんていっていないんだが……」
「や、やめませんの?」
「……まあ、冒険者学科は無理だろうけど、な」
「そ、そう……ですわよね。冒険者学科ではなくて、ギルド職員とかの公務員を目指す学科も……なんなら、パーティーの荷物持ちなどの、サポート学科だって……」
そこが、悩みどころではあった。
実際、冒険者学科が厳しく、それを支えるためのサポート学科に移る人間は多くいる。
クラードも知り合いでそういう人を見てきたし、同じパーティーを組んだ人だってたくさん見てきた。
クラードも、何度も誘われたが、それでも断ってきた。
――冒険者になりたくて、故郷を飛び出してまで、この学園にきたのだ。
だから、そう簡単に諦められるものでもなかった。
「クラードが学園に残って、わたくしのサポートになってくれるのなら……」
「俺は外で冒険者をやる」
「ぼ、冒険者、諦めていませんの!?」
「いや、おまえのサポートになるなんて聞いたら、な」
軽く苦笑交じりに言ってやると、ラニラーアも笑みを浮かべながら唇を尖らせる。
「凄く酷い言い草ですわ! でも冒険者をまだ諦めませんのね!? それじゃあ、わたくしも一緒に退学しますわ!」
「いや、それは駄目に決まってるだろ」
「な、なんでですの!」
ラニラーアは、歴代でも最強になれる可能性を持った冒険者だ。
そんな彼女は、しっかりとした場所で、同じ強さの仲間と切磋琢磨していったほうが良いに決まっている。
「単純な話を言うとだな」
「はい」
「俺はおまえに、負けたくねぇ」
クラードの口から出た言葉は、あまりにも子どもっぽい感情だった。
ラニラーアは天才だ。
すでに、現時点でも彼女に合わせられる学園生はほとんどいない。
そんなラニラーアに、最弱の自分がいうのはあまりにもふざけてはいるが、それでもクラードはその精一杯の対抗心を忘れなかった。
「な、なんですとっ。わたくしは別に、勝つとか負けるとかそういうのはいいんですのよ? そのえっとですわね、わたくしあなたと一緒にいたいといいますか……」
つんつんと彼女は頬を染めながら、下を向く。
クラードは目をひんむいて叫ぶ。
「それこそどうでもいいわっ!」
「どうでもよくないですわよ!」
「そりゃあ確かに、おまえは俺の作った飯目当てでよく人の部屋にきてるもんなっ」
「そ、そうではなくてですね! いや、それも理由の半分ほどはありますけれど、あとはその……わたくし」
まだふざけたことを抜かす彼女をしかりつけるように、クラードはびしっと指を突きつける。
「とにかくだっ、ラニラーア! 俺は、おまえと一緒にいたら、俺の秘密の特訓がばれるだろ?」
「な、なんですとっ! 秘密の特訓とはなんですの?」
それはまだ考えていない。
ただ、クラードは腕を組んでにやりと笑った。
「それを教えたら、おまえに追いつけないだろ。ラニラーア、俺は学園をやめるけど、冒険者までやめるつもりはねぇよ。だから、また一緒のパーティーを組むときまで、しばらくのお別れってだけだ」
「……クラード」
「わかってくれ……俺は夢を追いたいんだ。今のままじゃダメだってわかってる。だから、今は一人にしてくれないか?」
今までのようにラニラーアと一緒では、きっと強くはなれない。
一度環境を変える。
クラードの言葉に、ラニラーアは僅かに首を動かした。
未だ晴れない彼女の顔に、クラードは笑みを返した。
「おまえ、最強になってろよ? 俺も最強になって、また一緒にパーティー組もうぜ」
「は、はい。わかりましたわ。そのクラード。外で暮らすのでしたら、住む場所決まりましたら連絡入れてくださいまし」
「……おまえ、これから生活苦しくなる俺にたかるつもりなのか?」
「違いますわよ!」
ラニラーアが声を荒げ、クラードは苦笑を返しながら腰に手をやる。
「まあ、これからどうなるか分からないからな。とりあえず、生活の場所とかいろいろと落ち着いたら連絡する」
「……わかりましたわ。全部、約束ですわよ」
じろっと見てきた彼女に、クラードはこくりと頷いた。