道化の国、西ルギウス国
「第三軍副将軍ベンス・ナーゼ様の御成り」
お触れの声が王座を据えた謁見室に響く。
ベンスを見守るのは八人の閣僚と五十の近衛兵。彼が王座の前にある小階段手前で膝をつくまで、微動だにしなかった。
「第三軍副将軍ベンス・ナーゼ、北からただいま帰還しました」
「ベンス?ああ、かの副将軍様ではないか!なぜゴブリンから逃げ出して南前町で過ごしているはずの乞食がこんなところにいるのかと思ったら、ベンス副将軍!本当に無事でよかった!五体満足!」
王のそばにいる背の高い道化が低いながらも歌うように高低差を作ってしゃべる。
北のダンジョンマスターとの戦いで、西ルギウス国は二割の兵と多く将官を失った。そして生き残りも、全体の一割の兵はどこか身切れている。道化はそのことを踏まえ、無傷でむざむざと逃げってきたことを揶揄したのだ。
閣僚は黙って道化の冗談を聞く。国付き道化に不敬はないと法律で決まっている。そしてここ謁見室を王国の身内で使う場合、褒章か道化による見せしめのため開かれるのだ。つまり今回の謁見は、
敗軍将への見せしめのために行われている。
道化を動かすのは王。副将軍は道化を通して王の怒りを感じていた。
「よく生きて帰った。説明せえ」
王は鷹揚を保つ。
ベンスは具体的な数を説明した。三万の兵で攻め、どれだけ失ったかを。
「ダンジョンマスターを知らず、一気にゴブリンと鳥の魔物に近寄られて将軍を含め一息で二十名の将官を失い、混乱に陥りました。私は後方での兵站警備を担当しておりましたので無傷でしたので、すぐに撤退を指示し、成功させました」
「生まれたばかりのダンジョンマスターだ。数で押して殺すべきではなかったか」
「軍にはその力はございませんでした」
「指揮のできない副将軍は怯えて逃げ、西と北のダンジョンマスターと二面戦か」
自分の指揮能力のなさを棚に上げた副将軍に王は呆れた。
激昂せず呆れられたのは道化のおかげだ。西ルギウス国の王家の血筋には、一人最低一人の道化がついて、年中悪意のある皮肉や冗談をぶつけられる。これは王族の証明でもあり、テストでもある。この程度で怒ったら、王族として生き残ることもできない。
それに王自ら怒らなくて道化がいってくれる。
「勇者にも兵士になれないきれいな副将軍。次の戦いでもお父様から借りた服を汚さないようにしないとね。あなたが大切していた犬のぬいぐるみは今度こそ忘れずに」
「もうよい。西のダンジョンマスターについてはどうだ?」
第三軍副将軍ベンスの謁見を無視し、閣僚の一人に話が移る。
「依然として見つかっておりません。二日後に大規模な捜索をする予定です」
「西のダンジョンマスターから攻撃はあったか」
「西の壁にいる乞食は無事で、確認されておりません」
西ルギウス王の頭を悩ませる西のダンジョンマスター。最近住み始めた西の壁の乞食が無事なので、ペテ寄りの森にはいないはずだ。しかし奥深くにいるのなら、獣が逃げて大きな動きがあるはずだがそれもない。
西の壁の乞食がケルベロスの子供を飼っているらしいが、まがい物の噂もある。本物なら奥で何かあったと言える。しかし動物移動のケースが一つでは心もとない。
西の乞食どもがダンジョンマスターなら楽な話だが、今のところその様子もない。乞食のすのこの下まで探したのに何も出なかったと王へ報告されている。
「西壁の乞食が何か怪しいのなら、斬ってしまえば良い良い良い。王に悩みは不必要」
「道化め。それをやったら反発する者が出てくるだろう。敗戦で内外が繊細になっておる。そこでちまたで人気の乞食を殺して不安を植えつけてどうする。乞食たちは殺さなくてもいい」
「さすが王、乞食の首にもお優しい」
そういって道化は満面の、一号が衝撃を受けたあの笑みで第三軍副将軍を見つめた。
官吏からの聴取の後も、一号は墓場のそばの大木の下で過ごした。今日はここで過ごし、ゴブリンが討伐されているだろう明日に乞食をして西の壁に帰る予定だ。
敗残兵には身切れた人間が多いと聞く。そうなると自分たちのアドバンテージが減る。そして身切れた人間たちが乞食に立つことになったら、さらに分が悪い。
炭子がいてよかったと一号は感じた。自分ひとりでは乞食で身を立てることもできなかった。
帰ってきたやつを含め、辻斬りたちがちょうど良い休みだと、カタログから食べていないものを取り寄せて試食パーティを開いている。貯めた魔力が有り余っているのか、炭子にも試食させている。
この昼食歓迎会で、手斧の辻斬りの名前はキーマに決まった。名前はもっと考えた方がいい。
「そういえばおじさんの名前なんなの」
「一号だ」
「もっと考えてつけなよ」
「うるせえ」
この世界も悪くないと、辻斬りたちと少し離れたやや冷える木陰で昼寝をはじめようとしたとき、町のほうから浮浪者が十人ほどやってきた。墓場はそんな集団でやってくるような場所ではない。
何の用かと体を起こさずに見守っていたら、簡潔に用を話しだした。
「お前たちを守ってやるから東の壁に来いよ。金は儲けの八割でいいぞ」
たかりだ。地球のヤクザのようなことをする。そういったものはどこもかわらない。
「あっしらは西の壁のほうの親分さんに世話になっております。そちらのほうと話をしてもられませんか」
そうだなと、浮浪者たちが少し離れてパーティ中の辻斬りたちへ向かっていく。
座り込んでいた辻斬りたちが武器を持って立ち上がり、浮浪者たちが向かう前に近づいた。
辻斬りたちは、魔力なく身体が育つ北の生まれかと聞かれるほど背が高い。浮浪者たちと比べて平均身長が二十センチほど違う。
辻斬りたちが威嚇に動いたおかげで、一号の近くで睨みあっている。早く殺してしまえばいいのに炭子がいるせいで遠慮してしまっている。辻斬りなんだからやればいい。
一号が内心迷惑に感じていると、浮浪者の方が引いて帰っていった。
「おじさん大丈夫だった?」
試食パーティに交じっていた炭子がぎこちなく歩いて心配してくる。
一号としては元からあるリスクが表に出ただけだったので、なんでもないと答えた。