表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
攻撃全振りダンジョンマスター  作者: えうああ
8/17

笑顔

 南前町への道は人であふれていた。人が通るのはいつものことだが、異様なことは全員が浮浪者ということだ。

 南門は強襲の鐘の音とともに封鎖されたらしい。一般市民と行商を中に入れ、浮浪者は追い出す、ごく当たり前の対応だ。さらに褒めるところがあるとすれば、浮浪者でも子供は中に入れてやったことだろう。どこかですし詰めにされるらしい。


 南門を通過するとき、兵士から炭子は中に入れると一号は言われた。辻斬りたちも猟師ときこりなので入れる。つまり一号とイッシュだけ入れない。

 妙な空気が流れたが、彼らは兵士に固辞して全員で南前町へたどりついた。ここでも兵士が五十人近く送り込まれて警備についている。しかし、東の壁側から浮浪者が多く、にぎやかなスラム街のような陰惨とした雰囲気だ。

 元より非合法なことを取り扱う雰囲気があったので、町がパワーアップしている。


 ただ町の住人たちは家を硬く閉じて浮浪者たちと壁を作っていた。浮浪者たちは西の森の長く燃える枝を使って道にはみ出して暖をとっているので一緒にされたくないようだ。


「さて、どこで過ごすか。水場は兵が常駐しているから無理だな」


 一号がそう口に出すと、イッシュが前に出て小さく吠えた。


「ついてきてって」


 一号にもわかったが、炭子がいったからという空気でイッシュについていく。するとそこには出ていた男の辻斬り二人が待っていた。そこは町の端の端、墓場のそばの大木の下だった。

 多くの浮浪者は情報がすぐに手に入るよう、町の広場を中心にして過ごしている。兵に管理されているともいう。そのためか、端の端の墓場はひとけのない穏やかな地域になっていた。そこで待つ男の辻斬りたちも、バケツをひっくり返したようなデザインの携帯かまどを使って穏やかに暖をとっている。


「なんだいいところじゃねえか。なんで誰もいねえんだ」


 一号が聞くと、辻斬りたちが追い払ったという。カタログで取り出したものが食べづらいという理由で。

 一号は理由だけ聞くとひどいが、親分としての仕事はしていることを評価してうなずいて満足した。

 携帯かまどの上にはカタログのミネストローフが入った鍋。小刀の辻斬りが背中から下ろされた炭子にいるか聞く。炭子は一号に判断を任せて、背中に背負っていた風呂敷の中から、今日炭子が買った木製の椀を出してやる。


「俺はいらん。身内からのお恵みはしめしがつかん」

「おじさんたちの関係がよくわからないよ」


 一号が硬いパンと酸味の強い漬物を食べている横で、炭子たちはパンにミネストローフをしみこませて食べた。そして満腹になった炭子は習慣どおり暗くなったのでそのまま眠った。

 そうして一号は義務感で新しく入った手斧の辻斬りを紹介した。紹介する前にからなじんでいたから、不仲は問題なかった。男の辻斬り二人が自分で名前をつけていて自己紹介していたのに少し驚いた程度だ。

 小刀の方はラグマットが気に入ったからラグ。なたの方は歯ブラシが趣味らしくハブと名乗っていた。日用品からとったことに、文化の浅さが心配になった。

 その日の夜は、世界がゴブリンから悟られないよう息を潜めているようだった。たかがゴブリンにここまで警戒させたのだ。北のダンジョンマスターの示威行動は成功だといえる。




 まだ暗いうちに目をさます。もうダンジョンマスターになって十日目。平穏無事な時間だった。ヒゲが伸びて髪がぼさぼさ。汚らしくなりすぎないよう、ヒゲばさみで調整したい。この国はヒゲを剃る文化がある。ハサミがなければ剃ってしまおう。

 いっそ辻斬りに切らせるかと考えなくもない。そう思い一号が周りを確認すると小刀の辻斬りラグがいない。


「あいつもう仕事に出たのか。感心だな」


 寝起きで一人つぶやく。ついでに大木の幹を枕にして寝ていた炭子を起こして、水場に向かう。


「水場近いと便利なんだね」

「堀から水でも汲むか」

「ぜったい汚いよ。あれ下水だし」


 水場は外で夜を明かした人間たちが変わるがわる訪れていた。不安のせいか眠れぬ者も多く、念入りに顔を洗っているように見える。


「今日はどうするの?」

「こんなときに乞食したら邪魔になる。休みだ。墓掃除でもして小銭稼げねえか」


 朝日が入ってくると墓場の不気味さが薄れる。

 整然と立ち並ぶ木材を縦に立てただけの墓は、どこかしら理性を感じさせた。

 ここでは木は貴重品だ。そのため、木を立てただけでも敬意を表したことになる。立ち並ぶのは西の森ではなく、濃度が少しだけ濃いだけの木からとったもので石より高価。

 それをきれいにするのだ。少しくらいこづかいがもらえないかと一号は考えたのだ。


「こんな状況だから墓守の人も出てこないよ」

「それもそうだな。そういえばお前の親の墓はどうなってんだ」

「無縁仏になったみたい。親戚とかいなかったから」

「そうか。うちの親と一緒だな」


 この世界の無縁仏の墓は便利なもので、一つの無縁仏の墓で拝めば、他の場所の墓も拝んだことになる。

 二人で拝み、勝手に無縁仏の墓の周りを掃除する。墓となっていた木に生えるこけを落として、雑草を抜く。水をかけると腐りそうなので、そのあたりで終わらせる。

 水場に行き手を洗い、また墓場のそばの大木の下ですごす。炭子とイッシュは青空の下で遊び、ラグを抜いた辻斬りたちはカタログで取り寄せたナンの素をこねている。ラグは放置されたラグマットの様子を見るついでにまき係りにされていた。仕事ではなかった。


 一号が大木の下であぐらをかいて携帯かまどのそばで何も考えずにいると、こちらに向かってくる官吏と兵士の三人が見えた。

一号はすぐさま姿勢を正し、炭子を呼ぶ。そして声をかけられるのを待った。


「人数の調査だ。お前たちは何人いる。職持ちもいるようだが」

「お疲れ様でごぜえます。人数は五人で、今一人まきを集めにでてませえ。浮浪者は自分とこの子供の二人。あとはお察しの通り職持ちでせえ」


 二人と一匹で頭を下げる。辻斬りたちは携帯かまどの前で大人しくしているだけ。

 話しかけてきたのは身分の高そうな鮮やかな服の官吏。一号は靴より下に視線を下げる。ここでは失敗できない。


「そうか。その子供が火事にあった女か?それは塗り物ではないのか?触ってもよいか?」

「どうぞ」


 炭子が頭を下げたままぎこちなく右手を差し出す。こういったことはよくある上に、ここまでさせてお恵みを出さない人間は少ないから炭子も嫌がっていない。

 官吏は最初優しく、次は軽く爪を立てて炭子の肌を確かめる。


「確かに炭化している。よく生きているな。ああ、すまん。ここでお前に銭をやると全員にやらないといけない」

「わかっています。どうぞお気になさらずに」

「すまないな」


 官吏が確かめている間、一号はずっと頭を下げていた。小刻みに頭を地面にこすらせ続けて停止しない。

 どれだけ地位を上げようとこのような歓迎はされない。さらに迫力は、国を分かつ会議に出ているかのようだった。官吏には彼を自らが知るこの国の乞食とは違う、別の世界の乞食に思えた。自分はこの乞食に対する偉そうさを出すことができていない。

 官吏は自らを律すことができない小さく深いパニックに襲われた。


「もうよい、双方頭をあげろ。迷惑をかけなければ明日まではいてもよい。明日になれば解決しているだろう。それと子供、無理はするなよ」


 小さく深いパニックは官吏に炭子への笑顔を作らせた。官吏の仕事ではしない、別の仕事での笑顔だ。

 その笑顔に顔を上げた一号は官吏と同じように衝撃を受けた。

 口角が見たことないほど上がり、目尻が見たことがないほど下がっていた。

 見たことがない笑顔。その笑顔に一号はプロフェッショナルを感じおののいた。

 官吏は間違えに気付いて顔を戻す。


「あと、そうだな。お前は道化になる資格が十分にある。希望するなら道化学校の門を叩くといい。歓迎してくれるだろう」


 そう伝え、官吏は来た方向へ戻っていった。姿が見えなくなるまで再び二人は頭を下げ続ける。そうしてしばらくして一号が顔を上げたことを確認して炭子も顔を上げた。


「道化かあ。あの人もそうなのかな」

「そうなんだろうな。あの笑顔はすげえな。ペタに来て二度目の衝撃だ」

「一度目は私?」

「そうだ。乞食の王かと思ったな」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ