神様の声を伝える人の声
次の日起きたらイッシュが炭子の腹にあたるように寝ていた。辻斬りはいつの間に交代して、カタログで買った動物パンをアイスコーヒーと一緒に食べている。そしてよく見たら靴を脱いで敷いたラグマットに座っていた
「辻斬りの中身は日本人なのか?」
『この劣悪な環境に適応しただけでしょう』
辻斬りたちはダンジョンマスターが死んでも残る。このまま期間限定のカタログに慣れたらこの田舎で生きていけるのだろうか。
一号はすぐにどうでもよくなり、一日の予定を組むことにした。
昨日は稼ぎすぎた。その日暮らしの人間は大きく生まれた余裕を持てあます。無駄に余持てあまして生活を狂わせるくらいなら、何もしないことに使ってしまったほうがいい。
その内、炭子が起きてくる。目をこすって革袋の水を飲む。足元には炭になった炭子の足をかじって歯茎の肉を落とすケルベロス。熊の襲撃自体に気付いていない炭子はこらこらとあやしている。
「今日は休みだ。犬と遊んでろ」
やることもなくバッグを枕にして休む。いつも朝早くから動いているので、交代で監視塔が騒がしいのが新鮮だ。
「イッシュが森に行ったよ」
「クソはあっちでしろってしつけたんだよ。ここが臭くなったらいやだろ」
「危なくないの?」
「あいつはケルベロスだぞ」
二キロ三キロ先にある西の森まであっという間に駈けていき、森から木の枝を持って戻ってきた。
「投げろってよ」
炭子は身体が炭でできていて、うまく動かせない。そのためぎこちなく木の枝を投げる。そしてそれをイッシュが加えて戻ってきて、すぐに投げさせる。
炭子の身体は動かしにくいだけでつらそうではなかった。イッシュも喜んでいる。
やることもない。
とりあえず朝飯の堅いパンを噛んで、ゆっくり過ごすことにした。
そうして遊ぶ子供と犬を眺め、辻斬りの交代を見守る。いい加減辻斬りに名前をつけるべきか考えたが面倒になってやめる。監視塔はさらに騒がしくなる。
昼になって、いい加減監視塔を怪しんでいると、兵団がこちらに歩いてきた。
午後になって西日が射しこみ、朗らかで温かい中で整然と歩いてくる。こちらの和やかさと正反対でどこか場違いだ。兵団は三十人程度。偉そうな人間が三人もいて豪華。
炭子とイッシュが戻ってきて、森をうかがう兵団をうかがう。
兵団の中で三番目に偉そうな鎧を着た男がこちらに近づいてきた。男は兵士長を名乗った。
「お前たちはいつからここにいる」
兵士長は炭子を知っているようで、驚く素振りも見せない。頭を下げる一号たちに立ちはだかるようにして聞き、沈黙を許さないようであった。
「三日前でさあ」
「どうやってここで生き延びている」
「親分さんになんとかしてもらっています」
隣にいる辻斬りに話を渡す。中心にいたから話しかけられただけで、一号に用があるという風ではなかった。そのため話し相手は辻斬りに移った。
親分という立場を小銭引き受けさせられたのは別の辻斬りだ。やっかいな役を押し付けられたと渋い顔をしながら対応する。魔物が寄ってこないことに関しては拾ったケルベロスの子の糞尿を使ってテリトリーを主張しているから出てこないことになった。
「協力感謝する」
そして話は炭子へ向いた。
「お前はどうしてこんなところにいる。生きているようだが、病院は無理でも孤児院や教会に世話にならないのか。道化の誘いもあっていい。乞食の他に身寄りはないのか」
「体は痛いところもあります。親は死にましたし、親戚は梨のつぶてです。でもここにいます。ここだと私の炭の身体を長所として見てもらえますから」
炭子の白濁かかった目は真剣に兵士長と目を合わせていた。
「ガキが生意気いってすんません」
急いで炭子に頭を下げさせ、一号もそうする。
「いいんだ。しっかり生き残れよ」
兵士長は兵団に戻って、今度は西の森へ近づいていった。結局何があったのかわからないまま、その日は沈んでいった。
兵団が西の森を望んだ次の日、乞食に座りこもうとしていると、どうも人が多い。行商は少し増えただけだが、出入りする個人やグループが多い。
「旦那様方、聞いてやってください」
いつもの木陰で人を集める。
一号が炭子とイッシュの不幸話を脚色して伝えて涙を誘う。人が多いせいかお恵み様が半円を築くほどになった。そしてお恵みを受け取って、今日も昼過ぎには南前町に寄る。
南前町のほうも道と同じく騒がしかった。
「本当にダンジョンマスターなんていのかな。西の森に」
水場で肘膝についた土をきれいに、増えてきた人に炭子がひとりごちた。
昨日、この世界で神託が降りた。
『ダンジョンマスターが誕生した。西ルギウス国の首都ペテの西に一つ。南ボラの首都デネの南に一つ。東クトゥルスの首都アーの東に一つ。魔王に備えよ。』
それが神託のすべてだ。あともう一人ダンジョンマスターがいるはずだが、どこかで遊んでいるのだろうと一号は考えた。同時に、昨日の兵団は神託を確かめにいったのかと今さら気付いた。
「人が増えれば、お恵みも増える。愚痴るな」
ペテの西には西の森しかない。そのせいか、勇者になりたがる人間が西の森に入るため防波堤となっているペテに集まりだしたのだ。
勇者候補が増えるのはかまわない。ただ、こちらの世界の学のなさから、すでに自分が勇者になった気持ちでいる人間が多い。そのことが炭子の不満だ。
「田舎の性格の悪い子供がそのままおっさんになったみたい」
この世界の感覚でいうと都会っ子の炭子の評価だ。お恵み様になんて口を聞くんだと一号は思ったが、まあひどいやつはお恵みを出さなかったので一理あると認めた。
二時間かけてゆっくりと西の壁の寝床に帰る。
広大な西の森へアタックする場所は決まっていない。ただ、人間の道に近いほど魔物が駆除されていて入りやすいから、炭子の足で二時間のここから入る人間はいない。さらにいうと寝床にしている西の壁辺りから入ると、盾熊のような中堅どころから出てくるのでこの辺りは避けられているのだ。
今日だけでも、一号はダンジョンマスターがどれだけ世間に影響を与えているのかいくつか見た。城壁内に入らず、大人しく乞食をしているだけでもこれだ。
「ダンジョンマスターが居ついて、町はどうなると思う?」
「うちは古着屋だったから、ぼろの古着が売れることしかわからない。お金のない人たちがくるんでしょう?」
「そういうやつも多いだろうな」
とりあえず、炭子はこの城塞都市ペテが安全だと考えているようだった。軍事大国としての信用を垣間見る。
住処に戻ると、辻斬りが三人とも集まって柱を立ててビスでとめていた。床にはすのこを敷いて、その上にラグマット。
「何やってんだ」
聞くとこれから雨が降るらしく、柱をいくつか立てて布で覆った簡易なシェルターを作るようだ。見るに柱が高くないので立ち上がることはできない。しかし広さがあり、一号と炭子を入れても十分そうだ。
兵士の許可をとっていることを聞き、一号が自分たちも入っていいのかたずねると辻斬りは答えた。
「熊の金で買ったのか」
「熊の金って?」
寝ていて気づいていなかった炭子は首をかしげる。
一号は無視してシェルターの完成を待ち、中に入る。
「本当にこんなの広げて兵士の許可をもらえたのか」
「東の壁ではこんなの多いよ」
「雨がやんだら片付けないとな」
夕方から夜になると雨雲が広がり月を隠し、雨と風がシェルターを揺らすようになった。
シェルターの中にランプはない。だがカタログのバックライトがうっすら輝いていて、完全な暗闇ではない。
「カタログはダンジョンマスターが出たら世界十大魔法使いの人に配られて、そこからコピーが広まるんでしょう。親分さんたちはもう持っててすごいね。この街には二人いるからみんな持ってるのかな」
辻斬りにそっちの伝はないだろう。ただ雇用時に使い放題を許されただけだ。
感心するように辻斬りたちを見る炭子に、イッシュが獣用のカタログを見せて褒めてもらおうとする。
「イッシュも持ってるんだ。すごい。何があるか見てもいい?これは動物用なんだね。お肉ばっかりじゃないんだ。家とかおもちゃもある」
それをヒントにダンジョンマスターだと知られる可能性あることに一号は気付いた。しかし今さら何かすることもできず見守る。
「私も魔力があればいいんだけどな。ここだと少なくて操れないし」
カタログから購入するには魔力が必要だ。そして魔力が身体から出てくるのは人類の一割しかおらず、炭子はその一割に入っていない。されど炭子は熱耐性のような祝福を持っている。祝福も人類の一割。充分幸運と言える。
カタログが光っているとはいえ外が暗くなったので眠る。雨のせいで冷えるのに、何か生暖かい空間で寝づらかった。
次の朝も雨が降っていた。土の質が硬いから雨水がしみ込まずに堀へ流れていく。この雨の中、二時間も歩いて乞食をするのはやめた方がいいと考え、シェルターにこもる。
辻斬りたちは雨で森に出られず宿にこもるより、魔力が回復しやすいここで過ごすことを選んだと一号は気付いた。それをいっても仕方ないので、横になったままシェルターの隙間から暗い世界の雨を眺める。
儲けすぎたと一昨日休んだ。それはいい判断だと思っていた。しかし雨が降るだけで乞食ができないのは問題だ。天候しだいで飢えてしまう。今はまだ余裕ある食糧事情でも、雨が三日続けば動けなくなる。
シェルターも必要性も感じた。その日暮らしをきどってそのまま寝ていたら、雨に打たれて低体温で死んでいた。
稼ぎすぎたとかっこつけている場合じゃない。
起きた炭子に休みを伝える。軽く食事を取り、雨水を空になった革袋へつたわせる。
イッシュがカタログから購入した骨に似せたおもちゃで遊んでくれと炭子に差し出す。それを炭子は喜び、イッシュの遊び相手になってやっている。
それに炭子がいつの間にか辻斬りたちと会話するようになり、辻斬りに名前を聞いていた。辻斬りたちがコミュニケーションとることも、自分で名前をつけていたことも驚いた。
雨の日はそうやって終わっていく。明日は晴れたら生きるために乞食をしないと。