炭の少女
一号は、部下の辻斬りは警備上炭子を嫌がると思ったが、同情してむしろ迎え入れていた。性質として生物を斬りたがるはずなのに、さすが世界一乞食の王に近いやつだと唸る。
「うちで夜の内に火事があって、家族全員が寝たまま誰も気付かず、消火されてから私は発見されました。私には昔から耐火の祝福がありました。そのせいで私は一人生き残ってしまいました」
「耐火って、体が炭になってんじゃねえか」
「ここで死なず、苦しくないから祝福みたいです」
祝福は魔王に対抗するための生命の武器で、多様性の強調だ。持つものは一割程度。生命ならどんなものにも持つ可能性がある。それが植物だろうと。
日が落ちてもう周りは見えない。火をつける燃料もなく、あとは眠るだけ。城壁の上部にある監視塔に灯りがともる。灯りと離れすぎていて自分の手のひらも見えない。
一号は寝ころび炭子の話を聞くことにした。
「それでみなしごになって東の乞食に加わろうとしたら拒否されたのか。気持ちが悪いとかだろ」
「はい」
暗くて見えずとも、落ち込んでいることは声で分かった。子供がたばこを吸いすぎた声をしている。喉が実際に焼けているのだから恐ろしいものだ。
一号はふところに隠しているパンを一なでした。
「もう今日は寝ろ。明日も乞食しないといけない」
「ご飯は東の壁の外で宗教の人たちが朝と夕に配っていますよ。私も食べてきました」
「そんなの知らん。もっといい方法がある。寝る」
そうして会話は終り、二人は眠りについた。
見張りの辻斬りは小青竜刀の女と交代して小ぶりのなたの男。彼は月の光すら乏しい壁の外で、目をこらして西の森に視線を向けて彼らを一晩守った。
翌朝、まだ日も昇らぬ内に一号と炭子は起き、手探りで方向を確かめて南門前へ向かった。朝からの水の用意もなくどうするか考えていたら、炭子が水を入れた革袋を持っていたのでパン五分の一と引き換えに分けてもらう。東には農地があるので、おのずと複数の水場もあるらしい。
門はまだ空いていなかった。東の空が白くなってきている。あと一時間もすれば開門の日の出だろう。
門前から三十分かけて一度南前町へ行き、水を飲んでパンを食べる。炭子は口の中も焼けているからよだれがなかなか出ず、水で溶かすようにパンを食べていた。固まった皮膚のせいで動きが鈍く、いやがおうにもゆっくりとした朝になった。
食後、街道を戻って昨日と同じ場所で物乞いをはじめる。いつの間にか炭子に協力していることに気付いて、さすが物乞いの王になる女だと小さく唸った。
「いいか、物乞いをするのなら、情けなくなれ。俺もお前もこの世のゴミだ。哀れに思われろ。言葉もお恵みさま方の扱いも丁寧に。しかしながら無教養に。どうしてそうなったか聞かれたら悲しそうに説明しろ。そのままのお前では金を稼げない」
「やります」
二人で頭を下げて、手で椀を作ってお恵みを待つ。
この日は六千カイ、昨日の二十倍の稼ぎがあった。
「お嬢ちゃん大変だったね」
「こんな不憫なことがあるのか」
一号は痛くなくてもときどき痛がるふりをしろと指導した。それが良く当たって、塗り薬も少しもらえた。
「騙しているようで申し訳ないです」
「くれるもんはもらっておけばいいんだ。あちらもそれで安心できる」
南前町で炭子との儲けを使って、水を入れる皮袋と毛布、金入れに使えそうな袋を買う。それと今回はパンを一本。すべて店からでなく、水場近くのござを敷いている農家から買った。撤収前の時間で安くしてもらえる。
人通りを失った南門への道を炭子のペースに合わせて歩く。すぐに暗くなり、炭子の体が夜に溶けていく。
西の壁の初期ダンジョン位置にたどりつくと、交代した別の辻斬りが日本で見たナッツ入りチョコレートを食べていた。これがカタログで取り寄せたものかとすぐに興味を失う。ダンジョン初期位置なら魔力が回復しやすいから、暇なうちに魔力で買っているだけだと。
炭子も特に興味を持たず、買った毛布が嬉しいのかすぐにくるまってそのまま寝る。
一号は寝るまでの時間、自分と炭子の違いを考えた。あれだけ圧倒的にお恵みに違いがあると反省に似たものをしてしまう。
「口に出さなくても聞こえていたな」
『はい。御用でしょうか』
どこにいるのか知らないサポートに声をかける。
「乞食の道具が欲しい。ポイントはどのくらいある」
『辻斬りたちが暇つぶしに森に入って魔物を倒していますから、ピンハネ分が多少入っている程度です。具体的に何をお求めでしょうか』
頭で調べると、森や町の中でなんやらあったようで、生き物を殺したときに出る経験地をピンハネできている。かといって大した量もない。
「同情を引く動物がいい。この動物の前足をとったらどうだ。いや、ポイントは足りるが、つまらない」
脳内に広がるリストを見て、何が同情されるか想像する。翼のないワイバーンは見た目が恐竜になるだけで危険に思われる。炎を抜いた炎の精霊は希少すぎると教えられる。下半身のないケンタウロスはただの人。
他にも耳のないウサギ、乾いたカエルなどを考えたが、どこにでもいそうだと却下した。
そしていいものを見つける。
「このケルベロスを選ぶ」
『ポイントは足りています。注ぎ込んだ値が少なく実力がないので、契約としては一号有利になっております。休憩は一日六時間です。では出します』
カスタムされたケルベロスが出現するが良く見えない。触ってみると想像通り、子犬サイズで首が一つしかない。三つ首の犬のはずのケルベロスさえも、首が左右二つないとポイントがかなり減る上、前足も右がない。首があったはずの場所はコブのようになっていて、毛皮がなくつるつるしている。肩幅が広い。
「これは元から二つないのか。ないまま生まれたのか」
『左右のないまま生まれました。ダンジョンマスター特性が追加されて種族名は首狩りケルベロスです』
真ん中の首はわかっているのかいないのか、鼻で一号の匂いを嗅いでいる。
「じゃあもう寝るぞ。寝ろ」
生まれたばかりの犬に寝ろといっても眠れるのか疑問だったが、どうでもいいと一号はそのまま毛布にくるまって目をつむった。
犬が寄り添って伏せる。
これでいけるはずだ。