パン一つ分の乞食
ダンジョンマスターとは経験値装置だ。
地上の生き物に経験値を与えて強くするため、いつか殺される運命を持っている。
なぜ地上の生き物を強くしないといけないかというと、魔法がある世界にはバグが存在するからだ。そのバグは魔王降臨。魔法の素が集まって、誰にも予想ができない強力な魔物を偶然が作成する。
この魔王は多種多様で、空を飛ぶものもいれば、海中でしか生きられなかったものもいる。その多種多様に対抗するため、人間にも、ダンジョンマスターにも多種多様が求められる。
つまりこの世界に神はいても運命はなく、偶然によって生存と滅亡が決まっていく。
さて、ダンジョンマスターは経験値装置、そして、呼び出された三体の部下はその装置から生み出された経験値の塊だ。この世界の人間たちはダンジョンマスターが生み出した経験値を倒して強くならないといけない。
しかしながらここで一号が生んだのは、ダンジョン作成に使うはずの経験値をすべてつぎ込んだ個体。一千種の罠、味方必須の回復魔法陣、高価なワープ装置、そういったものを作るエネルギーを凝縮させた三体だ。
『労働条件があります。一日八時間労働で、それ以外は自由時間にしてください』
「それはこの三体が求めているのか」
『これは一定の強さを持ったものたちが離反しないよう労働組合が決めたことです。これらの条件を守っている内は、裏切られません』
経験値を多く持ち、強いがゆえに権利による縛りがある。中ボス、ラスボス扱いされるものは必要な時以外は自由を認められる。良い装備や部下を条件にするものたちもいる。
「基本は労働時間で、他の条件はあるなしを含めて個人や種族によって違うんだったか」
『はい。この三体の条件は、カタログで買い物できることですね』
地球はこの地に魂を派遣する条件として、この地の魔力を対価に地球のものをコピーして送るサービスを行っている。地球産の品はカタログにまとめて、この地の上位魔法使いとダンジョンマスターに配られている。
「そのくらい自由にやれ。義理で生み出しただけだから、すべてにおいて自由にやっていいぞ」
『一応八時間は働かないといけない縛りですから、交代でダンジョンコアはないので、一号を守ってもらうことになります』
一号は三人の風貌を見た。この地に馴染んだ顔と服の男女。違うのは身体の一部らしい凶器。一人は小刀、一人は小ぶりのなた、ナイフのような小さな青竜刀。なぜか見なくても鞘の中身がわかる。成長途中ということも。
「コアってのはダンジョン拡張しなかったから俺ん中に入ってんだろ。乞食が刃物チラつかせる野郎らに守られていたらすぐ探られるだろ」
『ではここのダンジョン初期地点を守ってもらえば職は守れるでしょう。生み出されたものたちがダンジョン内や付近で休むと回復力が上がりますから、彼らにとっても大切な場所になります。寝る時間を職務とするのも一号さえ良ければ問題ありません』
「ならそれでいい。ただここにいる間は屋根なしとして過ごせよ」
一号が話合いは終わりだと、南門方向へ向かっていく。三人もここで突っ立っていてもしかたないで、女の辻斬りを一人残し、一号を追い越して足早に南門へ向かっていった。
一時間半ほど歩き、一号は我先に街道の石壁を越えて城塞都市ペテへ入っていく彼らを気にせず、入門しようとする荷車の流れの逆に歩いた。
ペテの門は夜には閉まる。その上、衛兵のチェックのため列が長くなり、夕方に最後尾に並んでも入れず閉められてしまう。そのため、二キロほど手前に、木壁で囲まれた村ができている。行商人や荷運びはこの南前町で取引をするなり、一泊の安らぎを得るなり、違法な取引に利用する。
一号は南前町を眺め、入らずにまた街道を戻り、門前を守る兵の目の届かない場所を探す。
南の街道は馬車が何台も横並びに通れる広さ。街道の端には側溝を挟んで膝までの高さに切りとられた石材が並ぶ。道も均一の形で整えられた石でしっかりと舗装されている。
左右の獣避けの石壁のすぐそばには一定間隔で木々が並び日陰を作る。一号はその日向を嫌うような影に座り込み、兵がいないことを確かめるため周りを見渡す。兵はおらず、街側を見ると巨大な山。
一度山に向かって拝み、おもむろに頭を下げ、両手で椀作って物乞いをはじめた。
「どうだ、みんな見ているか」
『注目を浴びています。ただ動こうという人間はまだいません』
自分では見えないため、小声でサポートに聞いた一号はその返答に喜んだ。まずは見てもらうことからだ。
「おっさん物乞いか。やるよ」
「ありがとうごぜえます」
最初に物乞いに光を当ててくれたのは、列からでなく帰りの行商人だった。彼は昼食に用意していた大型なパンから二切れ一号に恵んだ。
「今進軍中で人がいないから実入りも少ねえかと決めてたら、けっこう浮かれてて余計に売れたんだよ。まあ凋落の北リス国なんて西ルギウスからしたらもう狩場だもんな。今度は何を持って帰ってくるかな」
「みなさん無事に帰ってきたらええですな」
戦争のことは知らなかったが、うまいこと話を合わせる。
それから帰っても退屈だからと話すお恵み様の話を聞く。この世界に来たばかりで臭わないせいか、一号相手によくしゃべって帰っていった。
「お前は西の壁にいた乞食か」
「へえ、東の水はあわなんで」
二組は見張りと警邏の兵士だった。態度がでかく、何もくれない。ただ悪い出会いではなかった。
「そうはいってもあそこは三日続けて人がいられない場所だ。夜になると獣が音もなく迫り、人間の骨も残らない。悪いことはいわない。口を利いてやるから東にいけ。ドルに言われたと話せばいい」
悪い人間ではないと感じ、這いつくばって断った。
「そうか。まあ無理だと思ったらすぐに逃げろよ」
兵士はあっさりと引いた。それでも一号は悪くない気分だった。警邏が頼りになるのはいい国だ。
一号はそのまま午後三時ごろまで物乞いを続けた。恵まれたものはバターロール二つ分ほどの切られたパンと、見たこともないお金。パンはそのまま食べ、恵んでもらった金銭で、出入り自由の南前町でフランスパンの皮だけで構成されているようなパンを買う。
パンは一つ三百カイ。それだけでお恵みのほとんどすべてを使った。
そして水場で水を飲み、西の壁に歩いて帰る。
『餓死機能もありますがどうしますか?』
「やっといてくれ。乞食として生きていくなら飢えないと失礼だ」
ダンジョンマスターは三大欲求から解放されている。飢えも疲れもない。それを帰りに思い出した一号はオフにして死ねるようにした。
オフにしてすぐ効果が出るわけでもないのに、急に腹が減ったような気がしてくるのは不思議なものだった。
腹を軽くさすって帰っていると、門前が閉めるところに出くわした。一応出入りする小扉はあるが、大きな音と振動を立てて閉まっていく姿は心細さを感じさせた。
門が閉まるのを見守り、西のダンジョン初期位置へ向かう。誰にも盗まれないように懐に入れた堅いパンをなでながら歩くと、後ろからついてくる音が聞こえる。
パンの一かけられで人を殺すこともある。されど死ぬのは後回しにしたいので、一号は辻斬りのいるダンジョン初期位置へ急いだ。
そうして無事部下の辻斬りの横に座り、どんなやつが来るのかと三十分待って薄くなってきた西日を頼りに目を細める。すると出てきた人間に、部下の辻斬りさえも一瞬に息を乱した。
ついてきた人間は子供で、身体が炭でできていた。髪の毛は皮膚ごと燃えつき、炭になるまで焼かれた体が焦げたぼろい服で隠しきれていない。体が炭になって固まっているのか、動きがぎこちない。
「あの」
濁った声だった。喉も焼かれている。生きて動いているのが信じられない。
「なんだお前。生きているのか」
「はい。それで、そこにいてもいいでしょうか。東で追い出されてしまって」
一号は嫉妬した。こんな乞食をしやすい体があるのかと。そして一生こいつに乞食で勝てないだろうと深く理解した。そのことに少しだけ泣きそうになった。
「勝手にいるだけだ。お前も勝手にしろ」
「ありがとうございます」