ただの乞食
彼らは気が付いたら物を頼まれていた。
『君たちは来世、私たちは世界のため、よろしく頼むよ』
今生まれた感覚に戸惑いながら、ミニチュアの家の中で目覚める。男女二人ずつの彼らは、驚くことに自分たちの状況と何を頼まれたのかわかっていた。
彼らは自分たちがダンジョンマスターとして、最高の来世のために死後地球から魂一つで呼ばれたことを理解していた。その彼らの中の一人、呼び出した側からすると一号と記号された男はすぐに興味を失ってミニチュアの椅子の上で目を閉じた。
彼が目を閉じている間、周りでは何やら騒ぎになっていた。そのことに関してうっとうしいとしか思わず、自分の記憶をたどることすらせずにいる。
それからしばらしくして、彼は立ち上がって目を開けていた。
「なんだこれ」
沈黙を守っていた一号でも、さすがに声が出てしまった。先ほどまで魂だけという状況だったのに、突然肉体が与えられたのだ。
自らの肉体に驚き、足踏みをして体勢を直す。ただの光と香りだけでこけそうになる。
『現在他からは見られない状況になっております。まずダンジョン位置を決めるか、部下を三体以上出現させてください』
一号にはその無機質な声の主がわかっていた。ダンジョンサポーターだ。そして自分にはダンジョンマスターとして行動することを望まれていることもわかっている。だが一号にはその気はなかった。
一号の前身となる人間は地球で亡くなっている。どんな基準で選ばれたか彼にはわからないが、選ばれて新しい魂と身体といじられた脳みそを与えられたのだ。そのいじられた脳みそには地球での記憶がほとんど残っていない。知識から思い出まで、ほとんどだ。
ただ、執着だけは残されていた。漠然とその執着で選ばれたのだろうと考えていた。
しかしながら、その執着が悪さをして、一号をダンジョンに対して無気力にしていた。
「まずは座る場所を作らないとな」
『地図を出します。ダンジョン発生場所を決めるまで、透明化、瞬間移動が許可されております。一号様の担当は大陸西側となっております』
一号は地図を見た。ここはいびつな楕円大陸の西側の森の中。背中には岩山が立ち、囲む木々によって日が遮られている。
地図にはいくつかお勧めポイントが記され、そのうちの一つがここだった。人の手が入っておらず、朝日に小鳥のさえずりが混じっている。息を吸うと自然の香りでむせてしまいそう。
しかし一号は気にも留めず、お勧めポイントにない、西で一番大きな都市を選択する。
『西ルギウス国の首都ペテですね。移動しますか?』
「おう。お前がやってくれるのか」
サポートは一号を瞬間的にペテの門前へ飛ばした。
ペテは西一番の星型城塞都市だ。西にある森からの魔物を防ぐため掘りと木壁に覆われている。都市の規模は城壁内部に山と湖があるほど巨大で、壁の補修のために弱い魔力を持った森が十年に一つなくなっている。
正面の南門前はこの大陸で一番の軍事力を背景にした難攻不落の鉄門扉。魔物はおろか、他国の侵略を許したことはない。夜には閉まる門の前では、朝の開門前から商人や荷運び人が列をなす。南門前に広がる道は広大で、石柱が壁になって獣を封じている
一号は田舎の観光地だと感じた。現代の地球で過ごした記憶は薄れているが、感覚や常識は残っている。それがそう感じさせたのだ。
道行く人間の手は不潔で、靴にツヤなんてなく泥の色をしている。遺跡観光で稼ぐ発展途上国のよう。
「いいところじゃないか」
汚い反面、活気がある。一号はそういったところを気に入った。
南門から堀をつたって東に回ると、ござも敷かずに座り込む乞食たちと、彼らに食事を配るどこかの宗教関係者たち。乞食は奴隷にもならないレベルで教養がなさそうだ。
「こっちはダメだな。飯をくれるんなら座り込まずに説法を聞けよ。それに場所がとられている」
東には農地が広がっている。城壁内の湖からの水が流れていくからか、土地が貧しい印象はなかった。
こちら側にいたら農家からお恵みがあるかもしれない。だが、場所がとられている。乞食は場所にうるさい。もっといい所はないだろうかと、一号は北に回った。
北には南にある大門ほどの門があり、どちらも出入りが多い。どちらかといえば、北側の方が少ないといえる。人種も比べてみれば南のほうが豊富だった。
「人種は地球と違うのか?」
『進化の途中に隕石などで独自種が駄目になった場合、いくつかのテンプレートから知的生命体を作ります。地球もこの星も、同じテンプレートから作られましたから同じ人種です。しかしながらこの星では隕石後も生き残り、独自の進化を遂げた動物の知的生命体もいます』
「人間はたいしたことなかったか。まあそんなもんだな」
猫の耳を持つ人間を眺め飽きた一号は堀を伝って西へ向かった。
西は静かだった。東南北には門がいくつもあり、そこから人の出入りがあったのとまったく違う。西側は西の森からの魔物を警戒して門が一つもない。おのずと人も、乞食もいない。
城壁側でも、星型要塞の突起部分に西の森を監視する兵はいる。ただ壁に空いた矢口には人気がない。
「ここは静かでいいな。獣と魔物はどうなんだ」
『平均的な人間なら住んで三日目の夜には骨も残りません。ここになさいますか?』
「危ないだろ」
『ダンジョンマスターの義務で部下を三人呼べます。周辺の獣と魔物程度なら侵入されても問題ありません』
そういえばそんなことも言っていたなと、星形の辺の真ん中あたりに座り込んだ。まだ早朝で壁にふさがれ日が当たらず暗い。堀のおかげで水が近くじめじめしている。されど地面は堅く乾き、堀の石が並ぶ隙間に草が生えるだけ。
「ここに決めた。ここにしよう」
『位置の再指定はできません。ここをダンジョンの入口になさいますか?』
「やってくれ」
『設置しました。おめでとうございます。次にダンジョンの拡張をしてください。異次元に作成しないのなら五百メートルまで無料で行えます』
一号が決めた場所は掘から二歩離れた程度の場所。異次元を使わないなら森側に拡張することになる。
「いや、拡張しなくてもいい。部下を三体か。これをやったら義理は果たせるな。ダンジョンは作らないから、全部使って三体分見繕ってくれ。問題ないだろ。どうせ俺は経験値装置だ」
『はい。多様性で片付けられる程度のことです。では、一号オリジナル種族ボーナスがあるようですので、三体の人型に一万ポイントをつぎ込みます。そしてできしだい透明化が解かれます。よろしいですか?』
「やってくれ」
その様子を見ている者がいたら、そこには突然四人の人間が現れたように見えただろう。
『一号オリジナル付与種族は首狩りでした。人型は最初辻斬りから初めてもらいます。上位の存在からの評価は普通ですので、ダンジョン拡張許可はありません』
オリジナル種族や個性はダンジョンマスターによって違う。その違いは地球で過ごした人生によっている。
一号の記憶は曖昧。一年前の朝食になにを食べたかを思い出すくらい困難。それでも一号は首狩りという言葉で思い出した。
一号は身体が頑丈だったおかげで、五十年ホームレスを続けた。そしてその終わりのきっかけは思い出せないが、子供の首を狩らされたことで終わった。
何があってそうなったか思い出せないにしても、不本意で、間抜けで、あってはいけない終わり方だ。
「今回こそは後悔しない人生を歩む。俺はここで乞食になる」
『問題ありません』
そうやって一号のダンジョン生活は方向性のない攻撃全振りではじまった。