第3話 依頼を受けるかぼちゃ
―――「ちょっと用事があるの。店まで来てくれないかしら?」
一仕事を終えたジオラたちの下に一匹のカラス――〝使い魔〟が現れ、魔女からの伝言を告げたのは昨夜のこと。
その後、すぐに相手が経営する店に向かった。
田舎と言うほど人口が少ないわけではなく、大都会と言うほど多いわけでもない町の一角にその店はあった。
輸入雑貨や菓子類を中心に取り扱っている店で、そこそこ客入りはあるらしい。
店頭のディスプレイを覗くと、目と口がくり抜かれたかぼちゃにコウモリ、お化けなどのぬいぐるみが飾ってあり、〝ハロウィン〟仕様となっていた。
窓ガラスに映るのは、十代半ばから後半ぐらいの少年の顔だ。
夜が明けたばかりとはいえ、通りを走る車がそこそこあるため、ジオラは人の姿を取っていた。
―――カランカラン、
と。ドアベルが鳴って入店を知らせた。
ふわり、と少し甘い花の香りが漂って来る。
店内は入って一直線に棚で出来た通路があり、奥のカウンターまで続いていた。左側は雑貨、右側は菓子類と区切られて品物が置かれている。
天井には仄かな光を灯す電灯が幾つも吊り下げられ、重なり合うような光を店内に降り注いでいた。
「おーい。来たぞー」
軽く声を掛けながら、ジオラは人けのない店内に足を踏み入れた。
すぐに視線は右側――オススメの菓子類が並べられた棚にいき、目に付いた品物をささっと手に取った。
「――早いよ!」
その声と共にジオラの足元から、黒い塊が飛び出した。
身長二十センチぐらいの三頭身のそれは、黒に近い紫色の髪と瞳を持ち、貫頭衣にズボンを穿いていた。服には不思議な文様が縫われているが、ジオラにはどんな意味があるのか分からない。
飛んできた小人――闇精霊のエプリは、そのまま、ジオラの左肩に腰を下ろした。
「だって、コレ新発売だぜ?」
諌められても右手は止まらず、ジオラは左手で抱えるように品物を持ち、次々と上に置いていく。
「あー、もう! 開けちゃダメだよ? 買ってからだからね?」
「へーい」
開けるか、と思いながらエプリに軽く声を返したジオラだったが、ふと、視線を店の奥に向けた。
「いらっしゃい。待っていたわよ」
いつの間に現れたのか、カウンターの向こう側に一人の女性がいた。
イスに座り、カウンターに頬杖をつきながらジオラたちを見ている。
艶やかな笑みを浮かべている妙齢の女性で、結い上げられた漆黒の髪の毛先は前に流し、切れ長の赤い瞳が楽しげに揺れていた。その右耳にある黒い水晶が、天井からの光でキラリと輝く。
人ならば、はっと息を呑むような美貌を持つその女性は、この店の店主――ジオラを呼び出した人物だった。
「おう。相変わらず、急だよな」
「貴方の仕事は急に来るものでしょう?」
ふふっ、と小さく笑う店主――ルネは、エプリに視線を向けた。
「エプリ、ご苦労様」
「ホントだよー」
先の現場からココまで、連絡を受けてから半日とかからずに来られたのは、エプリの〝力〟――影移動を使ったからだ。
ただ、闇精霊の力は〝夜〟なら強大だが、〝光〟に弱いのが欠点だった。
光を嫌うエプリは、明るい場所に姿を現すことはほとんどないが、この店の中はルネの〝力〟の影響下にあるため、例外らしい。
「疲れたなぁー」
じとー、と左肩から感じる視線にジオラはため息をつき、
「好きなのを持って来いよ」
「やったぁ!」
喜んで飛び跳ねたエプリは、お菓子が並ぶ棚へ向かって飛んでいく。
「とりあえず、コレ――」
「はいはい。エプリ、ゆっくりでいいから」
ルネはカウンターに置いた品物を清算しつつ、飛び去るエプリに向かって言った。
「………それで、仕事内容は?」
ルネからの用事は、仕事しかない。
「〝紹介所〟からよ。ちょっと、厄介そうね」
厄介と聞いてジオラは片眉を上げるが、それはいつもの事かと気を取り直した。
ジオラの仕事は、悪霊退治だ。
普段は自分で獲物を探したり、〝紹介所〟の依頼を受けたりしているが、ルネから回って来る仕事もこなしていた。
輸入雑貨店を開いているルネは〝現〟と〝闇〟の狭間に生きる魔女であり、その力から《退治屋》の〝紹介所〟に対して相談役のような立場を持ち、何より顔が広いために個人的な依頼も入って来るようだ。
そして、ジオラは〝同属殺し〟の自称《退治屋》としてその業界では有名で、ルネとの繋がりも一緒に知られているため、ルネ伝いで依頼が来るのだ。
「厄介、なぁ……」
厄介な方がジオラの〝目的〟のためにも都合がいいが、一つ問題があった。
利害の一致から、ルネからの依頼を断ることは滅多とないが、彼女の〝ちょっと〟と言うのが、周りにとっては大事になりかねないということだ。
(基準ズレてるしなぁ………)
長い付き合いで分かっているが、基本的に魔女という存在は〝傍観者〟だ。
特に彼女はその傾向が顕著で、興味があること以外にはさほど関心を持たないため、本当に〝ちょっと〟の時もあれば大事の時もあり、その判断は気まぐれとしか言い表せない。
以前、後者の時に当たってしまい、現場で鉢合わせした相手に祓われそうになったのは苦い記憶だった。
今回はどっちなんだ、と考えてしまうのは仕方がないだろう。
「………どう厄介なんだ?」
「別の《退治屋》が祓いに行って、ギリギリまで追い詰めたのだけど逃げられたみたいで」
「……ああ?」
ジオラはエプリの力もあって移動が容易いため、尻拭いの依頼も回って来るので、その点についてはいつも通りだ。
「それで見失いつつも追いかけた先の町で〝劇場〟が見つかって……調べると、〝主役〟になっていたようなのよ」
「げっ!」
「しかも、憑依系の〝力〟らしくて――」
厄介よね、と他人事のように呟くルネ。
(他人事には違いねぇが……もうちょっと困った素振りは見せないのか?)
いつも通りのその態度に、ジオラは内心でため息をつく。
「この時期じゃ、仕方ねぇな」
一年の中で、最も霊的な力場が不安定となる十月。
この時期は〝劇場〟が現れやすくなるので起こってしまったのは仕方ない。
「けど、憑依系で逃がしたってことは、たぶん、もう〝誰か〟に憑いている状態だろ? 俺が行ってもいいのか?」
町まで逃げおおせたのなら――追っ手が見逃したのなら――恐らく、人に憑いている可能性が高いだろう。人に憑くとその気配に紛れてしまって、相手が何か行動を起こさない限り、探すのが困難になってしまうのだ。
そして、ジオラが得意なのは、炎による浄化だ。
多少、燃やし分けることは出来るが、相手は見逃すほどに巧妙に隠れている――或は、弱っているため、うっかり違うモノまで燃やしてしまう可能性があった。
そのうっかりが問題となり、こちらが討伐対象となっては目も当てられない。
そこそこ有名な《退治屋》でありながら自称と付いてしまうのは、ジオラ自身が祓われる対象――悪霊でもあることが理由だった。
「そうだよ! 面倒臭がりだから、全部燃やしちゃうかも!」
戻って来たエプリがカウンターに降りながら失礼なことを言って来た。
だが、図星ではあるので否定できず、じと目だけを送っていると「うんしょっと!」と自分の影の中から――エプリにとっては―― 一抱えはあるビンを引っ張り出した。
その中に入っているのは、色とりどりの砂糖菓子――金平糖だ。
「あら。一つでいいの?」
「うん! これだけあれば、みんなも喜ぶよ!」
何であんたが確認するんだよ、と思ったが、ジオラは口には出さなかった。
エプリのビンも加えた金額を言われ、ジオラはベルトポーチから財布を取り出して代金を支払った。
ジオラが持つ現金は、ルネと〝紹介所〟で請け負った依頼の報酬だった。
悪霊であるジオラは、特に金銭は必要に思えなかったので、最初は報酬を貰うつもりはなかった。
欲しければ、騙して貰えばいいのだ。
だが、それではダメだとルネとエプリを含めた知人たちに説得され、見合った報酬を受け取っていた。
そこそこ稼いでいて、お金を使うのも食べ物しかないため、力を使う手間を考えると受け取っていてよかったかと思うジオラだった。
「ええ。人間に憑いていると思うから全部を燃やすのは困るけど、〝劇場〟の規模も規模だから、恐らく、力を取り戻してから現れると思うわ。だから――」
「……そこを叩けってことか」
だが、それは反対に「力を取り戻すまで放っておけ」と言っていることに、ジオラは片眉を上げた。
(〝劇場〟の放置ってことは、集まって来る悪霊たちを祓い続けないといけねぇか……)
どの道、逃げた悪霊の〝力〟が弱いので探し出せず、人間に憑いたままではそう易々と手出しすることが出来ない。
なら、ルネが言った通り、〝劇場〟に引き寄せられる悪霊を祓いつつ監視を続け、力を取り戻した悪霊が尻尾を見せたところで一気に祓うしかないが――
「この時期でしょう? 人手が足りないみたいなのよ」
「…………俺なら、単独で監視も浄化も出来るしな」
「そう言うこと。それに相棒もいるから」
ルネはにこっとエプリに笑いかけ、ジオラが買った品物を紙袋に入れ出した。
「それで――引き受けてくれる?」
断ることはないと分かっているのに、そう尋ねて来るのは何故だろう。
(変な感じはしねぇし――)
あまり、あてにならない勘に内心でため息をつき、
「ああ。その場所と――あと、討伐失敗の詳細を聞きたい」
***
そして、ルネから情報を聞いたジオラは、取り逃がした奴らに会いに行く前に現場を一目見ておこうと思い、この町を訪れたのだった。
『――で。予定通り、様子見?』
ジオラの影に潜っている相棒――エプリは、仕事の話に戻してきた。
(ああ。弱ったとはいえ追撃を逃れたのなら、そこそこ、能力に自信があるみたいだからな。……ひとまず、夜までに逃がしたヤツの顔でも見に行こうぜ)
ルネに聞いた間抜けな追っ手は、顔見知り――ジオラと同様、〝闇〟側の住人だった。
依頼に失敗したようなので、いじり半分文句半分で会いに行っておこう。
『うーん……この感じだと、〝力〟が戻るのって〝ハロウィン〟近くだよね?』
(あー……そうだな。たぶん)
紙屑を丸めて手の中で燃やし、ジオラはベンチから立ち上がった。
そのまま、公園の入り口の方へと足を向ける。
日中のため、エプリの〝力〟は使えない。
会いに行くには別の方法をとるしかないが、目ぼしい場所は見つけてあった。
『そう言えば、見てた子いたよね? アレ、何だったの?』
(何のことだ?)
『朝だよ! ほら、大通りの交差点で子ども見てたでしょ?』
大通りの交差点と聞いて、そう言えば、目に付いた子どもがいたことを思い出した。
十五、六歳ぐらいの金色の髪の少年で、カバンを手に足は学校の方角に向かっていたので、通学途中の学生だろう。
何となく辺りを見渡していた時、何故か目に付いた相手だった。
(アレはなぁ……)
『どうしたの?』
(まぁ、あっちが俺を見たからな……)
何かを感じて視線を向けたら、目が合ったのだ。
『えぇっ! 見つかっちゃったの?』
その言葉にエプリは声を上げた。
人の姿を取り、本来の〝力〟も抑えているとはいえ、ジオラは悪霊だ。
子どもの姿でも、人の目には留まりにくい――はずだった。
それを見たのなら、可能性は一つしかない。
(たぶん、霊感があるな……)
〝現〟の住人が悪霊を見える理由は、ソレしかない。
(まぁ、あると言っても弱いか、まだ完全に覚醒していないかだと思うけど)
『へぇー……いても不思議じゃないけど、来て早々に会うなんてね!』
(そうだな――)