第2話 かぼちゃの歌
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Trick or Treat!
カランカランと 音が鳴り
ユラリユラリと 頭が揺れる
揺れる頭は かぼちゃのかたち
中に灯るは 地獄の炎
闇夜を照らして お化けを探せ
炎で燃やして 散らしてしまえ
炎を纏って かぼちゃが踊り
逃げろ隠れろ お化けは消える
仮面を被って かぼちゃに続け
化かして脅かし お菓子を奪え
Trick or Treat!
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この時期になるとよく聞こえてくる歌。
ソレを歌いながら、庭で踊る子どもたちがいた。
その衣装は様々な〝お化け〟を模したもので、〝ハロウィン〟に着る仮装用なのだろう。
「―――!」
親に呼ばれ、子どもたちはワイワイと騒ぎながら家の中に入って行った。
そんな彼らを柵越しに通りから見ていた少年がいた。
「………」
十代半ばほどの、赤みがかったオレンジ色の髪を持つ少年――ジオラは、止めていた足を動かしてその場を離れた。
腰につけたベルトポーチと〝ジャック・オー・ランタン〟のキーホルダーが、歩く振動でユラユラと揺れる。
(〝ハロウィン〟か――)
町中は既にお祭りムード――毎年、十月三十一日に行われる〝収穫祭〟に向けて、飾り付けられていた。
時折、気の早い住人が門扉の上に〝ジャック・オー・ランタン〟に模したかぼちゃを置いていた。
このかぼちゃは、当日、お菓子を用意して仮装した者たちに配るという〝収穫祭〟の参加を示す目印らしい。
(ホント好きだよなぁ、あの歌。……呑気なことで)
賑やかで活気に満ちた町中をチラチラと見ていたジオラだったが、時折、鋭い視線も投げていた。
その時は、大抵、視線の先で黒い影が動き、そそくさと視界から消えていった。
『仕方ないよ。お祭りだもん』
ジオラは頭の中に唐突に響いた声に驚くことなく、変わらぬ足取りで通りを進む。
何故なら、その声の主は長い付き合いの〝相棒〟だからだ。
『年に一回だもんねー。ほらほら、あっちもあの歌を歌っているよ!』
あっちと言うのが、どの方向なのか分からなかったが、何となく引っ張られるような感覚があったので、ジオラはそちらに視線を向けた。
すると、一組の親子が仲良く手を繋ぎながら歩いているのが目に入った。風に乗って、〝ジャック・オー・ランタン〟の歌が聞こえてくる。
『人気者だねぇ』
からかう様な相棒の声に、ジオラは顔をしかめた。
(うるせぇよ……)
他に歌はないのかよ、と毒づいたところで、ふと、鼻腔をくすぐる甘い匂いに気づいた。
人ごみを避けながら頭を巡らせると、公園の入り口付近で移動販売のクレープ屋を見つけた。
ふらり、と足がそちらに向かって動いていく。
すでに口の中は、クレープの味を思い出していた。
『えっ、ちょっと! また食べるの?』
(あぁ? いいだろ、金は使ってなんぼだ)
少し列が出来ていたので、最後尾に並びつつジオラはメニューを見つめる。
漂ってくる甘い匂いに、ぺろり、と唇を舐めた。
『まさか、買い食いするために〝子ども〟の姿なの?』
(―――偶々だ)
ジオラは今頃気付いたのかと相棒に呆れるも、口からは否定の言葉が出ていく。
『十月なのに、おかしいなと思ったよ……』
やれやれ、とため息をつかれたが、どれにしようか悩んでいるので構っている余裕はない。
デザート系と軽食系――双方ともメニューがあったが、口の中は甘さを欲していたのでデザート系のメニュー表をじっと見つめた。
(チョコかイチゴか……栗? あー、季節限定か!)
うんうんと悩んでいる内に順番が回って来た。
店員の男性が、少し見上げる位置でにっこりと営業スマイルを浮かべた。
「お次の方、どうぞー」
「えーと……キャラメルマロンで、トッピングに――」
せっかくなので、限定ものを頼む。
『あまっ! キャラメルにマロンって、甘いよ!』
(お前も甘いモノ好きだろ!)
「ありがとうございましたー!」
クレープを手にしたジオラは、明るい声を背にしてクレープ屋を後にした。
さっそく、上に突き刺さっているポッキーを摘んで、たっぷりとクリームを付けてから口に入れる。
ぱきぱきぱき、と軽快な音を立てて口の中に消えていった。
『ねぇー、仕事は? 仕事―』
ジオラの足が公園の入り口に向かっていることに気付いた相棒が制止の声を掛けて来るが、
(休憩だ、休憩! 一通り、町の中心部は回ったしな)
『疲れてない癖に………』
日中はだるいわ、と思うも口には出さなかった。
そこそこ人がいる公園の中を進み、空いている木陰のベンチに腰を下ろす。
クレープにかぶりつき、もぐもぐ、と口を動かしながら周囲を見渡し、ジオラは尋ねた。
(で? どうだった?)
この町に来てから、なるべく人通りの多い場所を一周してきた。
『今はホントに分からないよ。そっちはどうなのさ』
分かっていた答えに、だろうなぁ、と頷いて、ジオラは頭上を見上げた。
木漏れ日の先にあるのは、日光が燦々と輝いている空。
真昼を過ぎた今は、最も相棒の〝力〟が弱っている時間帯だ。
(小物しかいねぇな……)
見つけたのは小物ばかりで、一睨みすればほとんどが逃げていった。
『でも、あの弱さで日中に見つけられるってことは、そこそこ〝劇場〟の影響を受けてるよね』
元々、霊的な力が集まりやすい場所が〝何か〟をきっかけにして、霊的な力場が爆発的に高まってしまった領域――〝劇場〟。
そうなってしまえば、周囲の弱い悪霊を呼び寄せては、その〝力〟を増幅又は活性化させ、さらにその影響で力場が高まって悪霊を集めてくる――と言う悪循環に陥ってしまうのだ。
そして、そのまま放って置くと〝現〟と〝闇〟の二つの世界の境界が曖昧になり、〝現〟の世界に悪影響を及ぼしかねないため、〝劇場〟を祓うこともジオラの仕事の一つだった。
(まぁ、祓うのは今夜で大丈夫だろ)
ただ、〝劇場〟に引き寄せられ、浮かれた町に入り込んでしまった弱い悪霊だ。逃げた痕跡も難なく追えるほどに弱いので、今すぐに祓わなくても大丈夫だろう。
例え、それが〝劇場〟の中にいたとしても、だ。
(それより、〝主役〟だな。……やっぱ、混じって分からねぇから、強くなるのを待つしかねぇか)
今回の目的は、この町に発生した〝劇場〟を祓うこと。
完全に祓うには、それを引き起こしている原因――〝主役〟となった悪霊を祓わなければならなかった。
そうしなければ〝主役〟を中心として再発してしまうのだ。
そのため、〝主役〟の悪霊を探しているのだが、一向に手がかりは掴めていなかった。
『ええー、いいの?』
(そう言われてもな……)
今回の〝主役〟は、別の場所で祓われかけて逃亡した悪霊だった。
追っ手を撒いてこの町に逃げ込み、何処かに身を潜めて〝力〟が戻るのを待っているのだ。そう易々と尻尾は出さないだろう。
〝劇場〟が発生したためにココにいることは分かったが、色々な事情が重なってジオラに尻拭いが回って来たのだ。
(一気に祓えば楽だけど……ダメなんだろ?)
ジオラはクレープを左手に持ち替え、右手で〝ジャック・オー・ランタン〟のキーホルダーに触れた。
オレンジ色のかぼちゃは半透明で、中から光が漏れていた。
触れると色付きのガラスで出来ているように硬質な手触りだったが、ガラスほど脆くはない――むしろ、生半可な衝撃では壊れることはなく、所有者のジオラにもその素材は不明だった。
そして、一見、中で電灯が光っているように見えるが、空いている穴から中を覗き込むと、その光がユラユラと揺れている――〝炎〟が燃えているのだと分かる。
かぼちゃの中心に閉じ込められた〝炎〟こそ、ジオラの〝力〟――その源だった。
ジオラは、そのキーホルダーに〝炎〟を封じることにより、人の姿を取ることが出来るのだ。
これぐらいの規模の〝劇場〟なら、〝炎〟を解放して本来の姿に戻れば、一息で〝原因〟ともども浄化することが出来るが、それは仕事を依頼してきた相手から禁じられていた。
『ダメだって! 何回言えば分かるのさ!』
(面倒臭いなぁ……)
『毎回、言ってるよ?』
(……そうだったか?)
『だーかーらー、元人間なのに、何でそこのところはいい加減なの!?』
ジオラの本来の姿は、かぼちゃ頭に〝地獄の炎〟を宿すランタンを持つ悪霊――〝ジャック・オー・ランタン〟。
悪魔との契約――呪いにより、この世を彷徨い続ける悪霊となってしまった元〝人間〟だった。
(……さぁなぁ)
ジオラはため息交じりに答え、クレープにかぶりついた。
人の姿を取っただけで難なく〝現〟に溶け込むことが出来るのは、〝人としての名残り〟が少しは残っているからだとは思う。
ずっと彷徨い続けてきたせいか、生前の記憶はほとんどないに等しかったが。
『それに、あの人からの依頼断ったことないし!』
(それは……利害の一致もあるからな)
ジオラの〝目的〟を達成するには悪霊を祓い続けなければならないため、〝とある人物〟から来る悪霊退治の依頼は断ったことはなかった。
『えぇー……絶対、違うと思うけど!』
(そうか? まぁ、確かに付き合いは長いが……)
相棒が指摘するのは利害の一致だけでなく、その依頼者とは付き合いが長いこと――何より、ジオラの命の恩人でもあることも関係していると言う点だろう。
(相手が相手だからな……)
依頼者――彼女は〝現〟と〝闇〟の狭間にいる存在、魔女だ。
基本的に傍観者である魔女に瀕死のところを助けられたのも、ただの気まぐれ――ジオラの〝契約という呪い〟に彼女が興味を持ったからだ。
その行く末に興味があるからこそ手を貸してくれるだけで、一体、どこまで干渉されているのか――。
(何となく手の平の上で踊らされていそう――いや、いるからなぁ)
『それは……』
彼女と出会う前からの付き合いである相棒も、珍しく言葉を濁した。
だろ、と相棒に頷いて依頼を受けた時のことを思い出し――ますます、その気持ちが強くなるジオラだった。