第14話 新人《退治屋》、修業中~得る~
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
「―――んっ……?」
ふと目が覚めたティトンは、突然、突き刺さる様に感じる気配にビクリと身体を震わせた。
(なに……?)
顔をしかめ、もぞもぞと身体を動かすと身体の上に何かが掛かっていることに気付く。
薄っすらと目を開けば霞んだ視界の中は薄暗く、すぐ前に壁が見えた。
「……んん?」
身体は左側を下にしていて、自室だとそちらに壁はなかったはずだ。
茫洋と壁を見つめた後、ごろん、と身体を仰向けにした。視界の隅に見えるタオルケットも見慣れた物ではなかった。
「ぁれ……?」
目を瞬き、茫洋とした頭で辺りを見渡して――
「なんで、またガドさんのベッドに……?」
その家具の配置などが、最近、見た室内であること――ガドの寝室だということに気付き、ティトンは身を起こした。
がしがしと頭を掻くと、前髪の辺りが湿気っていた。服もパジャマ代わりのシャツとスウェットパンツではなく、いつの間にか着替えている。
「あーと……?」
身体の奥にある気だるさに加えて、何故か周囲からヒシヒシと霊力を感じて気が散漫してしまい、上手く頭が働かない。
ティトンは壁に背を預けて深呼吸を繰り返しながら、どうしてココにいるのかを考える。
(確か、いつもと同じように〝森に行く夢〟を見て…………それで――)
何かに呼ばれている気がして居ても立っても居られず、最低限の身支度をして家を飛び出して来たのだ。
そして、白い鍵でドアを開けた瞬間、その気配を感じて――。
「ぁ……」
はっとして、両手を見つめる。
その気配を感じ、出会って、それで貰ったのだ。
今までに感じたことのない、霊力を宿したモノを――。
「あれ? ない、ない、ない……っ?!」
握り締めたはずの物が手の中になく、ティトンはきょろきょろと辺りを見渡した。
ズボンのポケットやタオルケットをめくってみても、肝心のソレが何処にも見当たらない。
(確かに手の中に、せっかく見つけ――貰ったのに……!)
さぁーっと顔から血の気が引いていく。
慌ててベッドから飛び降り、ばさり、とタオルケットを引っ張り上げてみるが、どこにも落ちていなかった。
「え……うそっ……落とした?」
ティトンはタオルケットを握り締めたまま、呆然と呟いた。
〝夢〟の中でも、ココでの修業中も、ずっと一緒にいてくれて、それで使ってほしいと渡された、とても大切なモノだったのに――。
――――すぅー……っ
と。後ろ髪を撫でるように風が吹いた。
「っ?」
呼ばれた気がして弾けるように振り返ると、以前、ガドが座っていたイスとデスクが見えた。
整理されたデスクの上に、きらり、と光る物が見えて駆け寄る。
綺麗に整頓された上に置かれていたのは、二つ。
一つは《退治屋》に支給される端末で、ティトンのものだ。持ってきた覚えはなかったが、紛失防止措置が付いているのでポケットにでも入っていたのだろう。
そして、もう一つは――
「あ、あった……!」
折りたたまれた布の上に、綺麗なエメラルドグリーン色の霊石が置かれていた。
三センチほどの大きさで、楕円の形をしているソレは記憶にある――受け取った霊石だ。
「よ、良かった。なくさないように、退けていてくれたんだ」
繊細なガラス細工を扱うように、両手で布ごと霊石を手に取る。
表面は内側から溢れる光の煌めきで輝いていて、宿す〝力〟は今までに見たどの霊石よりも強い。
〝夢〟で森林浴をしていたかのような心地いい霊力を感じ、ティトンはそっと息を吐いた。
「――?」
人心地がついたところで、ふと、知った気配を感じた。
そちらに視線を向けると、デスクの上の棚――書籍やらノートが置かれている一角に、一つの木彫りの像があった。
像の高さは十五センチほどで、精巧に掘られているデザインは目を閉じて淡い微笑みを浮かべている女性だ。その手には布に包まれた小さな塊――おそらく、赤ん坊を抱いている。
(……………………ガドさんが彫ったのかな?)
以前、この部屋で休んだ時は気にもならなかったが――暴走直後で疲れが残っていたこともあるが――何故か、今はその像から滲み出る霊力を感じられたため、目に留まったのだろう。
(この、感じは――?)
その霊力は知っているような気がしたが、すぐには思い出せなかった。
霊石を右手で握り締め、左手を像に伸ばす。
――――コンコンコンっ、
と。ドアがノックされ、はっとしてティトンはドアの方へと振り返った。
「ティトン? 起きたのか?」
「あ、はい……!」
ガドの窺うような声に、ティトンは左手で端末をポケットに突っ込み、ドアに駆け寄った。
ドアを開けると、こちらを見下ろすガドと目が合う。
「気が付いたか」
「はい。すみません。ご迷惑をおかけしまして」
「いや。大丈夫だ」
ちらり、とガドは握り締めた手に視線を向け、
「とうとう、見つけたようだな」
「はい……!」
ティトンは右手に握る霊石を握り締めて頷いた。
ガドは笑みを見せ、「よくやった」とティトンの肩に手を置いた。
「!」
ぱっと顔を輝かせてガドを見上げた。
にやけそうになる口元を引き締める。
「少し話をしよう。朝食は食べてきたのか?」
「あ、いえ……」
目が覚めて、家を飛び出して来たので何も食べてなかった。
そう思った途端に、急にお腹が空いて来た。
「そうか。軽いものなら用意してある。食べてから話そうか」
「す、すみません……」
ティトンは頭を下げた。
「――――さて。話をする前に紹介したい奴がいる」
用意してくれていた朝食を食べ終え、ティトンがコーヒーを飲んで一息ついていると、ガドはそう言って話を切り出した。
「紹介、ですか?」
誰だろうとティトンが首を傾げると、ガドは小さく笑みを見せ、
「――レンツェ」
そう名前を呼んだ瞬間、ひやり、とした空気を感じた。
はっとして視線を下に――テーブルの上に向けると、そこに一人の女の子がいた。
その背の高さはニ十センチほどで青い髪を肩ほどに伸ばし、左耳のすぐ上に白い花の付いた髪留めをしていた。青色の瞳は真っ直ぐにティトンに向けられ、淡い水色のワンピースに身を包んでいる。
まるで、深い水底を見ているかのようなその瞳――身に纏う気配に、ぶるり、と背筋が震える。
「精霊、さん……?」
「ええ。エプリみたいに姿を見せるのは好きじゃないけど」
淡々とした声は天真爛漫なエプリとは違い、落ち着いた――こちらに興味の欠片も感じられなかった。
「俺が契約している水精霊だ」
「けいっ、ガドさんって精霊術師だったんですか……っ?!」
大きく目を見開いたティトンに、ああ、とガドは頷いた。
ティトンは、ぽかん、と口を開けた。
(だから、湖の傍に住んでいるんだ)
水精霊のために。
驚きでややズレた感想を抱きつつ、ティトンは水精霊――レンツェに視線を向けた。
「えっと、ティトンと言います。ガドさんには、いつもお世話になっています」
ぺこり、と頭を下げてから顔を上げると、少し目を細めたレンツェと目が合う。
「知っているわ。ずっと見ていたから」
「あ。そ、そうですよね……」
ばっさりと言われて、ははは、と乾いた笑いが漏れる。
レンツェは小さく嘆息し、ティトンの手元――その前に置かれた霊石に視線を向けた。
「ソレを手に入れた時のことは、覚えているわね?」
「あ、はい。覚えています」
ずっと〝夢〟の中では近くに感じていたけれど、全然、一緒にいたことに気付かなくて――やっと会えたのだ。
何処かホワホワとして夢うつつな気分ではあったが、会話をしたことはハッキリと覚えている。
「そう。なら、名前を呼んであげて」
「……名前?」
レンツェの言葉に、ティトンは目を瞬く。
そういえば会って話したり霊石を貰ったりしたのに、名前を聞いていなかったことに気付いた。
(あ、失礼なことしちゃったな)
せっかく、霊石をくれたのに。
レンツェは、マズイと眉を寄せたティトンをじっと見上げて、
「直接、名前を聞いていなくても分かるはずよ。それを貰ったのだから」
「これを……貰ったから?」
どういう意味だろう、とティトンはレンツェから霊石に視線を移した。
「さぁ、その上に手をかざして目を閉じて」
そう促され、ちらり、とガドを見ると頷きが返って来た。
(……とりあえず、やってみろってことかな)
ティトンは一度深呼吸をしてから右手を霊石の上にかざし、目を閉じた。
「ソレから霊力は感じるわね?」
「はい。感じます」
目が覚めた直後から、以前よりも強く周囲の霊力を感じるので、霊石から流れてくる霊力も難なく感じることは出来た。
何処か温かみのある――ほっとする霊力を。
「じゃあ、その中心――霊力の源にある〝声〟を聞いてあげて」
「〝声〟……?」
ぽつりと呟いて、ティトンは意識を手の平に集中させた。
手の平全体で感じる霊力の流れ、その根源を探すように自分の霊力を流して遡っていく。
「――?」
吹き抜ける風を切り裂くように、ずんずんと奥へと進んでいき――ふと、〝何か〟に突き当たった。
その瞬間、頭の中に言葉が浮かび上がる。
「――――クレオメ」
その言葉――名前を呟いた瞬間、ふわり、と霊石から吹き上げた風が髪を揺らした。
「………」
ゆっくりと目を開くと、目の前に翼を広げた鳥がいた。
体長はニ十センチぐらいの鳥で、綺麗なエメラルドグリーン色の毛並に胸の辺りは艶やかな真紅色をしている。特徴的なのは尾で、体長よりも長かった。
エメラルドグリーン色の瞳が真っ直ぐにティトンに向けられていた。
「風の、精霊さん……?」
身に纏う霊力と気配は、エプリやレンツェとよく似ていた。
ばさりと羽ばたくその鳥に向かって、霊石に翳していた手を挙げる。
とんっと手首の辺りにとまる衝撃はなく、その体は羽のように軽かった。
「ああ。やっと、名前を呼んでくれた」
その声は、霊石を貰った時に風の渦から聞こえて来たものと同じだった。
〝宝探し〟の霊石について、精霊が関わっていることからそうだとは思っていたが、改めて目にすると驚きが先に来た。
(でも、人の姿じゃないんだ……)
エプリやレンツェは人の姿をしていたので、ふと疑問に思う。
それが顔に出たのだろう、風の精霊――クレオメからふっと笑う気配がした。
「そうだな。こちらの方が散歩をするのに楽だったが……」
クレオメは大きく翼を広げ、その身を包み込む。
少し手が押されたような軽い衝撃があり、バッと羽が弾けるようにして散った。
「!」
そして、羽の中から現れたのは鳥ではなく、淡い黄色のシャツにズボンをはいた小さな男の子だった。
その背はエプリやレンツェよりもやや高く、エメラルドグリーン色の髪と瞳を持ち、左側面の髪が一部分だけ赤く染まっていた。
その髪は肩にかからないぐらいだが、後ろ髪が一房分だけ腰の辺りまで長く伸びている。まるで、鳥の姿の時の尾羽のようだ。
「これでどうだ?」
「えっ、あ――」
小首を傾げながら問うてくるクレオメに言葉を返そうと口を開くが、その身体が下に向かって落ちていくので、ティトンは慌てて手の平で受け止めた。
そっとテーブルの上に手を下ろすと「ありがとう」と礼を言って、クレオメはテーブルの上に降りた。
「その姿になっているところを見るの、いつ振りかしら」
少し呆れた様子のレンツェに、ティトンは小首を傾げる。
「精霊の皆さんは、姿を好きなように変えられるのですか?」
「ああ。人型が本来の姿だが、漏れ出る霊力などで一目で精霊だと分かるからな。少々、面倒なこともあるから、仮の姿として動物や物の姿をとっていることがあるんだ」
私の場合は鳥だ、とクレオメは言った。
「貴方の場合は、そっちの方が都合がいいからでしょ」
レンツェは呆れたように言うと、ふわり、と飛び上がってガドの左肩に座った。
(都合がいい?)
きょとん、とクレオメを見ていると「――さて」とガドが声を上げた。
「彼も来たところで、話の続きだ」
「? はい」
ガドの改まった言葉に、ティトンは背筋を伸ばした。
クレオメも来たところで、とはどういうことだろうと疑問に思いつつ、次の言葉を待った。
「〝宝探し〟についてだが、一つ、黙っていたことがある」
「?」
「特殊な霊石というものはない。アレは試練のための嘘だ」
「えぇっ?!」
思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。
あっと思って口に手を当てるが、もう遅い。
ガドはすまなそうに少し眉尻を下げ、
「すまない。試練の条件だったから、詳しくは話せなかったんだ」
「あ、えっ、いえ……」
こちらこそ変な声を出してしまって、とティトンは頭を下げる。
そぅっと視線を上げて、気になった単語について問いかけた。
「えっと、それで試練ってなんですか?」
「ああ、それは――」
ガドはクレオメに視線を向けたので、ティトンもつられて視線を向けた。
クレオメはガドに頷いた後、真っ直ぐにティトンを見上げる。
「精霊を見つけることが、あることの条件であったからだ」
「クレオメさんを見つけることが……?」
何のために、とティトンは小首を傾げた。
「精霊は自身の霊力と酷似した霊力の持ち主――〝主〟をずっと探している。それはこの世界で力を使うためであり、〝契約〟によって力を増幅させ、己の格を上げることにも繋がるからだ」
「はい……?」
突然の説明にティトンは目を瞬きつつ、耳を傾けた。
「ココに留まったのは程よい霊力が心地よかったからだが、それでも〝主〟を探すことは忘れたことはない――どれぐらいの年月いたのかは分からないが……ただ、ようやく〝主〟たり得る人の子を見つけることが出来た」
「…………!」
真っ直ぐに見つめられて告げられたその言葉に、察しないわけがない。
「私の〝主〟になってくれないだろうか?」
「っ!?」
そう問われ、息を呑んだ。
「あの悪霊とともにこの地に降り立った時から、ずっと貴方のことを見て来た。湖の周りを走っている時も、レンツェの〝主〟と訓練をしている時も、森での探索の時も……ずっと傍で見て来た。貴方がその身に宿す〝血〟のために修業をしていたのを見て来た。私なら、その〝力〟を制御する手助けが出来る――貴方を守ることが出来る」
どうだろうか、と尋ねられるも、ティトンは呆然としたまま目を瞬くだけで答えることは出来なかった。
「俺と、契約……?」
自然と共にある精霊術師。
〝自然たる精霊〟に認められてなるからこそ、その数は少ないと聞いている。
だから、精霊に認められる条件などはほとんど分かっていない。
「なんで、俺なんかと……」
ぼそり、と呟いた言葉は無意識だった。
《退治屋》になって、ずっと心の奥底に沈んでいたものが零れ落ちた。
「――ティトン」
突然、ガドに名を呼ばれて、びくりっと肩が震えた。
はっとして顔をガドに向けると、少し険しい表情でこちらを見つめていた。
「確かに〝闇〟では〝混血〟の肩身は狭いが、それに合わせて自分も卑屈になる必要はない」
ガドはレンツェやクレオメを見て、
「クレオメは君こそが自分の〝主〟たる人物だと確信しているんだ。精霊が〝主〟に選ぶのは、唯一人――それは〝精霊の愛し子〟が否だと言っても、それは覆すことは出来ない。彼には、君しかいないんだ」
「!」
「自分を卑下するということは、自分を認めてくれるその人の思いも否定するということだぞ、ティトン。認めている者から見れば、それは悲しいことだ」
「……っ!」
ガドの言葉にはっとしてクレオメを見ると、少し困ったように笑っていた。
「す、すみま、」
「――それと」
とっさに謝罪の言葉を言おうとして、ガドに言葉を遮られた。
えっと顔を上げると、笑みを浮かべて真っ直ぐこちらを見つめるガドと目が合う。
「君は自慢の弟子だ。もっと、自信を持て――」
「!?」
その言葉に、ティトンは目を大きく見開いた。
一瞬で、視界が滲んだ。
とっさに顔を俯かせて目を瞬く。目から零れた滴が、テーブルに落ちていった。
震える唇を噛み締め、目の端に残る涙を指ですくいながらティトンはクレオメに視線を戻した。
一度、大きく深呼吸をして、
「…………本当に、俺で?」
それでも、出た声は掠れていた。
その問いかけに「ああ」とクレオメは大きく頷き、
「君と、契約を交わしたい」
「まだ〝血〟に目覚めたばかりだし、色々と未熟だから助けてくれるのはとても嬉しいけど……俺の夢は〝現〟でデザイナーになることだから、デザイナーとして一人前になるまでは《退治屋》の仕事は抑え気味になるよ?」
そうなると、力の制御以外でクレオメの力を借りる機会は少ないだろう。
「 ゆくゆくは《退治屋》を本業にするかもしれないけど……それは、当分、先のことになると思うし」
ガドは〝混血〟の寿命は二百年ほどだと言っていた。
その間、ずっと〝現〟で仕事を続けることは難しいことは分かっている。なので、それまでは腕が鈍らない程度に《退治屋》として活動する予定ではあったが、その程度でもいいのだろうか。
「君のためなら〝力〟を使うことは厭わないが、絶対に使いたいわけではない。ずっと、この森にいて風の噂以外は知らないから、君と一緒にゆっくりと世界を見に行けたら嬉しい」
「一緒に世界を……」
こくり、とクレオメは頷いた。
「森の散歩の約束はしたが、それを世界を見に行くことにしてはダメろうか?」
真っ直ぐに見つめて来るエメラルドグリーン色の瞳の奥に、真摯な光と僅かな恐れ――断られることへの恐怖があることに気づいた。
(そんなに、俺と……)
純粋な願いに胸の奥が温かくなり――気が付けば、ティトンは首を横に振っていた。
「ううん。そんなこと、ないよ」
「!」
クレオメは目を見開く。
「君といると――君の霊力と波長が合うっていう意味は、何となく分かる。君の霊力は、どこかほっとするから」
〝夢〟で感じた暖かくて心地良い風は、彼の霊力だったのだろう。
こうして向き合っていると、彼からそよ風のように漂ってくる。
ティトンは目を閉じて一息ついた後、真っ直ぐに彼を見つめた。
「まだまだ未熟で至らないこともあるけれど、そんな俺で良ければ――」
どう続けようかと思ったところで、脳裏にジオラとエプリの姿が横切った。
「〝相棒〟になって欲しい」
ティトンが右手を差し出すと、クレオメは僅かに目を見開き――口元に笑みを浮かべた。
「ああ。喜んで――私の〝主〟」
ぎゅっと、両手でクレオメはティトンの指先を握り締める。
その瞬間、触れた場所からクレオメの霊力が流れ込んできて、思わず目を閉じた。
全身を駆け抜けた霊力は後頭部の後ろの辺りに留まり、バツンッと何かが繋がった気がした。
『――――この声が、聞こえるか?』
そして、唐突に頭の中に響いた声に、ゆっくりと閉じていた目を開く。
「えっ……」
きょろきょろと辺りを見渡すと、無言でこちらを見守っているガドとレンツェが目に入った。
『今、君に霊力の流れで出来た繋がりで話している』
(霊力の、繋がり……?)
声に出さずに内心で呟くと『ああ、そうだ』と肯定が返って来たので、びくり、と肩を震わせた。
『これが精霊術師の、契約した精霊との会話の方法だ』
(これが……この会話はガドさんたちには聞こえていないってこと?)
ちらり、とガドたちに視線を向けると戸惑いが顔に出ているのだろう、苦笑が返って来た。
まるで、自分も最初はそうだったと言うように――。
『ああ。これは特別な繋がりだからな。このまま、契約を交わそう』
「!」
そう言われ、ティトンはクレオメに視線を向けた。
『彼らもやり方は知っているが、〝吸血鬼〟にとって、名前は特別なものだから』
名前――それはいつも名乗っている〝あだ名〟のことを示しているのではないと、すぐに分かった。
クレオメはティトンの指先を両手に持ったまま、その額を指先に当てた。
『我が名はクレオメ。〝古の盟約〟により汝を〝主〟と求める者なり』
クレオメがそう言った瞬間、頭の中に言葉が浮かんできた。
(我、ティトライア・デンヴァーゲン・クラコーン。〝古の盟約〟により、精霊クレオメと契約を交わす者なり)
自然と、それが当たり前であるかのように、本来の名前を告げていた。
「っ……?!」
次の瞬間、どくり、と身体の中心で霊力が脈動するのを感じ、ティトンは左手で胸元を握り締めた。
唐突に膨れ上がった霊力は、爆発するように周囲一帯へと放たれる。
全身の霊力が湧き立つその衝撃に息を詰め、ティトンはぎゅっと目を閉じて耐えた。
脳裏に、覚えたばかりの術式が浮かび上がった――。
クレオメが触れている指先から流れ込んでくる彼の霊力が、その術式に注ぎこまれて発動する。
術式からエメラルドグリーン色の光の筋が溢れ出し、ティトンの霊力を追うように大きく広がった。
そして、ティトンの霊力を優しく包み込むと、ゆっくりと収束へと導いていく。
ティトンはその優しい霊力に身を任せ――ふと、霊力が抑えられていくにつれて、首の後ろの辺りに出来たクレオメとの繋がった部分が、熱さを帯びてくることに気付いた。
(この、感じは――)
その熱さは、クレオメとの繋がりがより強固になっていっている証なのだと直感で分かった。
首の後ろから徐々に後頭部に広がっていき、靄がかっていた視界が鮮明になっていくように――眠っていた〝何か〟が目覚めていく。
その感覚に、今まで曖昧だった〝血〟に目覚めていないというのがどういうことなのか、それが何となく分かった気がした。
体の内側から溢れる霊力も、それが全身を巡る勢いも、周囲の霊力への感覚も――何もかもが、違ったからだ。
そして、〝古の盟約〟がどういうモノなのかも理解した。
ソレは傍観者である〝魔女〟の一角が提示したモノ。
〝自然〟――〝世界〟の均衡を保つために定められた役割。
そのために〝自然〟は意思を得て、共に為してくれる者を探すのだ。
己と〝力〟の波長が合う、互いに〝力〟を高め合える相手を。
「〝魔女〟が示した、〝盟約〟……」
ティトンは目を開き、俯いていた顔を上げてクレオメを見つめる。
「………」
ティトンの指先から顔を上げていたクレオメは目が合うと、小さく頷いた。
突然、刷り込まれたように頭の中にある知識に困惑するが、繋がりから感じるクレオメの気持ちは、ただ一緒に歩きたいというものだ。
(俺は……)
ティトンは右手を戻し、左手でクレオメが触れていた場所を触る。
未だに霊力は沸き上がって身体を巡っているが、暴発する気配もなく、安定していることは分かる。クレオメの優しい霊力が、一緒に流れて導いていてくれるのだ。
(俺は、夢を諦めないよ。今まで、そのために頑張ってきたんだから)
右手の手の平を上にしてクレオメに差し出すと、彼は察して乗ってくれた。
(でも、その力を貸してくれるというのなら……一緒に歩いて行ってくれるのなら、俺も――俺なりにその役目を一緒に果たすよ)
目の前に持ち上げてそう告げると、クレオメは口元に笑みを見せた。
『ありがとう。ティトン』
(ううん。これからよろしく、クレオメ)
***
ガドはティトンが風精霊と契約を交わした後、これからの修業内容についての方針を決めて、ひとまず、今日のところは帰宅させた。
あちらでも色々と話すこともあるだろうと用意していた母親宛ての手紙をティトンに渡し、次の修業日まで少しの日を置くこととした。
「―――さて。術具についてはどうなるかだが」
ティトンから預かった精霊石を前にして、ガドは呟いた。
レンツェも精霊石を見ていたが、つと、ドアの方へと振り返った。
「何の問題もないみたいね」
「そうだな」
ほぼ同時にその気配に気づいたガドは、口元に苦笑を浮かべた。
―――コンコンコンッ、
と。ドアがノックされた。
(相変わらずの速さだな)
のぞき見をしていたのではないのかとさえ、疑ってしまうほどだ。
ガドは立ち上がってドアを開けると、
「お久しぶりでございます。ガルファド様」
そこには、腰を直角に曲げて頭を下げている一人の女性が立っていた。
機能性を重視した濃紺色のメイド服を着ていて、スカートは膝よりもやや長く、ブーツを履いていた。隙の無い身のこなしは護衛を兼ねているからだろう。
金糸のような髪は綺麗に編み込まれており、細い首筋がガドの前に晒されている。
「お久しぶりです。まさか、来ていただくとは思いませんでしたよ」
ガドではないガルファドを言われたことに、小さく笑いつつ、ガドはそう言った。
すっと頭を上げた女性の顔はガドが良く知るものであったが、彼女と会うのは三回目だ。
妙齢の女性で細面の美しい顔立ちに赤茶色の瞳は、服装こそ異なるが〝ティルナノーグ紹介所〟で働く受付嬢たちと同じだった。
正確には、その本体――統率個体と言えるのが彼女であるが。
「我が主は、あの使い手が現れるのを心待ちにしておりましたから」
唯一、受付嬢たちと異なる点は、彼女の表情が豊かであることだろう。
その美貌に艶やかな笑みを浮かべ、金糸のような髪を持つ女性――フォルシアはそう言った。
我が主――それは彼女の創造主であり、仕える者のことだ。
〝魔女〟の一角を担う、ガドが求める術具の製作者――。
「……そうでしたか」
その口ぶりからして、どうやらリッキに頼むまでもなかったようだった。
「あの時も、ルネ様が面白い依頼をしてきたと、それは大層、お喜びになられました」
その時のことを思い出してか、フォルシアは笑みを深める。
〝黒の魔女〟の面白い依頼で作った術具の使い手を心待ちにしていたのだと分かり、ガドはぴくりと片眉を動かした。
『大丈夫かしら?』
レンツェの呟きは、術具にさらに何かしらの手が加えられていないか、という疑問だろう。
それは大いに同意したかったが、彼女の前で敬愛する創造主については下手な言動や行動は控えた方がいいのは知っているので、「どうぞ」とガドは彼女を家の中に招き入れた。
「失礼いたします」
一礼して、フォルシアは中に入った。
フォルシアの行動は創造主第一主義なので、お茶も不要だろうとガドはテーブルの方へ足早に向かった。
「こちらがお願いしたい精霊石になります」
「――はい。確かに」
布の上に置いたまま差し出された精霊石を覗き込み、フォルシアは頷いた。
両手で布ごと恭しく受け取ると、メイド服のポケットから小さな箱を取り出してその中に入れる。
「これで術具の製作依頼を承りました」
箱をポケットに戻し、両手を重ねると綺麗にお辞儀をするフォルシア。
「品物につきましては、次にお弟子様がお見えになる前日には納品させていただく予定でございます」
「よろしくお願いします」
数日も掛からないことに少し驚きつつ、ガドは頭を下げた。
「それで対価についてですが、何かご希望は?」
いくつか候補を頭の中に浮かべながら尋ねる。
このまま〝貸し〟にするのではなく、支払えるものであれば早々に清算しておきたい。
ガドの問いかけに、ファルシアはにこりと笑みを浮かべた。
まるで、話が早くて助かるとでも言いたげだ。
「我が主はお弟子様が精製された〝血〟の試験管を三本、対価として所望しております」
「試験管……それは、精製後の〝インク〟に混ぜる前のモノをということでよろしいのですか?」
「はい。そうです」
確認すると、ファルシアは頷いた。
「覚醒後はまた効果が上がる可能性は高いですが、今、お持ちの試作品の中からで大丈夫だということです」
「それは幾つかありますので、お渡しすることに問題はありませんが」
〝混血〟の血が欲しいと要望しそうな相手なので、少々、拍子抜けしたガドだった。
精製するために何十回と試し、また効力の持続性を確認するために月単位でサンプルは何本も残してあるので三本ぐらいなら問題はない。
ただ、何に使うのか分からないのが、やや不安ではあるが――。
「いつのモノをお渡しすれば?」
それでも迷いは数秒ほどで、ガドは問いかけた。
不安要素はあるものの、ココで借りを返しておくことと伝手を繋いでおくことの方がいいだろう。
「このメモの通りに」
箱を入れたポケットは別のポケットから、二つ折りにされたメモを差し出される。
そこには日付が三つ、記されていた。
「分かりました。少々お待ちください」
ガドは作業部屋に向かい、棚の一角に並んだ試験管——ティトンが精製したモノが入っている——から、指定の日付が書かれたラベルが貼ってあるものを手に取り、別の棚から真新しい布を取り出して包み、紐でくくった。
リビングに戻って、ファルシアに包みを差し出す。
「こちらになります」
「確かに。頂戴致しました」
ファルシアは両手で包みを受け取って一礼し、顔を上げると「それでは失礼します」と微笑んで颯爽と家を後にした。
「…………」
ガドはドアの向こうで、掻き消えるようにその気配が消えたのを感じ、イスに腰を下ろした。
背もたれにもたれ掛かり、目元を指先で揉む。
(これで、ひと段落着いたか)
〝血〟に目覚め、精霊と〝契約〟を結べたので制御の方も問題はなくなった。
さらに〝エントラの腕輪〟によって、それはより強固となるだろう。
『そうね。お疲れさま、ガド』
頭の中に響くレンツェの声。
目を閉じたまま、ガドは小さく笑い、
(もう少し、仕事はあるけどな)
残る期間は、ティトンの戦闘スタイルと風精霊の〝力〟——それらをどういう方向性で纏めるか、その指針となれそうなことを伝えるだけだ。
最終的にどういった戦闘スタイルにするかはティトンたちが決めることではあるが、先達として示せるものもある。
レンツェから、精霊の加護を得られる可能性があることを伝えられてから考えていたモノを脳裏に浮かべていると、
『………………早かったわね。二年は』
ぽつり、と呟いたレンツェにガドは目を開く。
(ああ——本当に、あっと言う間だったな)
視線を下に——テーブルの上に向けると、こちらを見上げる青色の目と目が合った。
つとガドは片眉を上げ、
(どうして、子どもはあんなに成長が早いんだろうな……?)
『さぁ? 精霊には人の子のことは分からないわ』
レンツェは肩を竦めた。
『でも、〝血〟は争えないのかもしれないわね――』




