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炎を纏ってかぼちゃは踊る  作者: かぼちゃ
第2夜 とある《退治屋》の災難?
27/34

第12話 新人《退治屋》、修業中~再考する~



 ジオラに相談にのってもらって帰宅したティトンは、自室のベッドに仰向けに寝転がってぼんやりと天井を見つめていた。




―――「もっと強く、それを逃せば後がないぐらいに求めろ。お前、その術具の話を聞いて、別の制御方法に変えられるのか?」




 ジオラは、別段、声高に言っているわけではなかった。

 むしろ、淡々とした――それでいて、聞く者に深く突き刺さるような声だった。


(俺の、夢は――)


 〝現〟で母親やオットーのようなデザイナーになって、平穏に暮らすことだ。

 《退治屋》になって自分の未熟さを痛感し、〝闇〟の住人たちの〝力〟を目の辺りにして、もし自分の中に流れる半分の〝血〟が暴走したらと怖くなった。

 だから、〝()〟の制御を完璧にしたい、とそう思った――はずだった。


(最初は苦しかったけど、ジオラさんやエプリさんに会って、ガドさんを紹介されて……それから、皆さんよくしてくれて)


 〝闇〟に来た当初は、嫌な噂が飛び交っていて視線が怖くて苦しくて、自分の実力不足に嫌気がさしてばっかりだった。

 それを変えたいと思っていた頃にジオラと再会し、ガドを紹介されて少しずつ自分に自信がつくようになっていった。

 決して、夢を忘れていたわけではないが――。


(やりがいが、出来ていたのかな)


 修業を経て霊力の感知能力が向上し、インク作りも順調に進んで地力が上がり、組み手でも霊力が纏えるようになって動きも自覚できるほどに良くなり、〝闇〟の刻印を(術も)習得できて――「よくやった」とガドが褒めてくれるのが嬉しかった。

 未だ、嫌な噂は途絶えないものの、《退治屋》の中でも少しずつ認めてくれる人たちが増えてきたことが嬉しかった。

 《退治屋》として成長していると実感でき――それは〝()〟を制御するためだけじゃなく、ただただ嬉しかったのだ。




―――「〝()〟を制御して〝現〟で暮すことがお前の望みなら、死に物狂いで探して見つけ出せ。それで手に入れろ。お前が望む未来(さき)をな」




 ティトンは唇を噛みしめた。


(――俺は……)


 目を閉じ、右手で覆う。

 瞼の裏に浮かぶのは、デザイン画を見せた時のガドの顔だ。




―――「どちらもいいデザインだな、ティトン」




 ガドは、最初から変わらずにティトンの夢を応援してくれている。

 その指導は厳しいが、端々に見え隠れする優しさも真摯にティトンと向き合ってくれていることも分かっている。

 他の《退治屋》たちが向けてくるような負の感情(・・・・)は一切感じなかった。




―――「ガドさんに顔向けできなくならないようにね」




 だから、失望されたくない――認められたい。


「――――!」


 ティトンは右手でそのまま顔を拭い、パンパンッと両手で頬を叩いた。

 目を開けて天井を睨み付け、よしっ、と小さく気合いを入れてから飛び起きる。

ベッドを降りて部屋の片隅にあるデスクのイスに座ると、目の前の棚からスケッチブックを取り出して広げた。デスクの端に置いてあった端末からメモをたち上げ、ペンを手に地図を書きおこす。


(近くは周り終わったけど、俺の探知だと見逃した可能性は……いや、高品質なものなら、未熟でも少しは引っかかるか)


 白いキャンパス全体に薄くマス目を描き、中心にガドの家を示す〝三角〟を一つとその左上に水色の〝楕円〟を一つ。

 霊石を見つけたところは〝赤い丸〟として、その下に大よその距離を書いておく。

 他には、崖になっていたところや空き地だったところなどを距離と共に描き足していった。


(結局、要注意区域(イエロー一色)だったな。霊石が探知に引っかかった時は――)


 ティトンは描きあがった地図から顔を上げ、その時の感覚を思い出そうと目を閉じた。

 初めて見つけた時は霊石が感知範囲に入った瞬間、指先に静電気が走った時のような衝撃があった。木の根の下にやや埋もれた形であり、ただ見て回っただけでは分からなかっただろう。


(一カ月で四つかぁー)


 これだけ霊力の力場が高い場所で四つしか見つけられない不甲斐なさに、がっくりと肩を落とす。


(アレが俺の霊力と性質が合――っ、)


 唐突に自分の間抜けさを思い出し、ティトンは頭を抱えた。


(ぬぁぁぁぁぁぁぁーっ!!)


 恥ずかしさに身もだえ、心の中で叫びながらのけ反った。ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしり、はっと短い息を吸うと、


「はぁぁぁぁー……」


デスクの上に前屈みになりながら、スケッチブックの上に重いため息を吐き出した。

 霊石を探すことばかり考えていて、偶に性質が宿ることがあるのを忘れていた。

 その性質は高品質の霊石になるほど宿す確率も高くなるので、うっかり忘れていたという言い訳は情けなさ過ぎる。




―――「感じるままに探せ」




 最初に、ガドに言われた言葉。

 ティトンは〝探知に集中しろ〟という意味に捉えていたが、純粋にそのままの意味だったのだ。


(俺が忘れていたことに気づいていたと思うけど、ガドさんはどうして……?)


 ジオラは話を聞いて、ティトンが忘れていることをすぐに気付いたようだったので、幾度かアドバイスを求められたガドが気付いていないわけがない。

 それを指摘しなかったのは修業の一貫であるから――気付かないのが悪いということだと思うが、少しだけ引っかりを覚えた。


(でも、もしかしたら…………失望された……?)


 ティトンはくしゃりと顔を歪め、うっうぅーと呻き声を口から漏らした。

 情けなさや恥ずかしさ――色々な感情が混じって泣きたくなるが、こればかりは自業自得だ。

 歪む顔を両手で顔を揉んで直し、スケッチブックに視線を落とした。口をへの字に曲げ、ペンでグルグルと円を描く。


(いや、へこんでいる場合じゃ……!)


 頭を振って弱気を追い出し、何度も深呼吸をして心を落ち着かる。

 特殊な霊石を探せと言われ、なかなか見つからない焦りが思考を鈍らせてはいた点もあったと思うが、忘れていたのは事実だ。これ以上、醜態をさらすわけにはいかない。

 ふぅーと大きく息を吐き出し、ティトンは改めてスケッチブックを見つめた。


(特殊な霊石、か……そう言えるといえば、言えるけど)


 確かに、変わった性質を宿す霊石は〝特殊な霊石〟と言えるだろう。

 その話を聞いて、ティトンがイメージしたモノとは少々違ったが。


(うーん。なんか、こうもうちょっと――)


 〝血〟を制御できるほどの術具を動かすのだ。もっと、特別な何か(・・)があるのだと思っていた。


(そこからさらに自分の霊力と波長が合うモノを探すって、確率的にどれぐらい…………いや、そこは考えない方がいいか)


 ティトンは遠い目をした後、スケッチブックに視線を落とすと何重にも重なった円から一本の線を引き、〝性質がある〟、〝波長が合う〟と書き添えていく。


(…………そういえば――)


 ジオラたちに相談した時、幾つか気になることがあった。

 一つ目は――。


(思っていた以上に凄い術具(モノ)のような気がするけど……霊石が見つからなかったら、あっさりと次の方法に行く理由って何だろ?)


 ジオラと再会した時、噂に疎いと言っていた彼が知っていたほどの術具。

 とても希少な術具だとは思っていたが、もしかしたらティトンが予想する以上の物なのかもしれない。

 けれど、ガドは霊石が見つからなくても大丈夫だと言っていた。伝手を使って頼んでみるとまで言った術具を諦めて、次の方法に行くと――。


(いったい、どうして……?)


 それはティトンが気負い過ぎないように言った言葉なのか、それとも別の方法でも大丈夫だという安心感を与えようとしたのか分からなかった。

 ティトンはスケッチブックの円からさらに線を一本伸ばし、〝第二案もある〟と書き足す。

 そして、二つ目は――。




―――「確かに、かなり(・・・)特殊な霊石(・・・・・)を動力源としているって聞いたが……」




 特殊な霊石について聞いた時、ジオラは何とも言い難い――少し微妙な表情をした。

 人の姿をとっているジオラに会ったのは三回目だったが、出会った時から飄々とした雰囲気を持つ彼にしては、あまり似合わない表情だった。

 それに、少し奥歯に物が挟まったような口振りは――。


(修業内容に対して口を出しにくいって言う雰囲気じゃなかったし……ホント、どんな性質を持つ霊石を使うんだろ)


 ティトンは頬杖をつき、地図の端に〝かぼちゃ〟を描く。

 そこに三角の目とギザギザの口を書き足せば、〝ジャック・オー・ランタン〟の出来上がりだ。


(それに――)


 そして、相談中のエプリの様子も気になった。

 相談中はティトンとジオラの会話に入って来ることはなく、ずっとプリンアラモードを食べていたエプリ。

 霊石について尋ねた後、考え込んだジオラはエプリに視線を向け、それに促されたかのようにエプリはチラッと視線をティトンに向けては来たが――。


(エプリさん、何か言いたそうだったけど……結局、何も言われなかったし)


 その時、エプリの視線に感じたのはティトン(こちら)を窺うような――〝何か〟を言うべきか否か、決めあぐねている複雑な感情(モノ)だった。

 どうしたのかと、問いかけるのも憚られた。




―――「お前も食べてないで少しは助言しろと言ったんだけど……まぁ、食べるのに忙しいみたいだ」




 何も言わずにプリンアラモードを食べることを再開したエプリについて、恐る恐るジオラに尋ねると、彼はそう言っていたものの、じっとティトン(こちら)を無言で見つめて来ただけで二人が会話を交わしたところを見ても聞いてもいなかった。

 ただ、精霊術師は契約した精霊と声に出すことなく意思疎通が出来る――念話のようなものが可能となると噂で聞いていたので、その時は特に疑問に思わなかったがジオラは悪霊だ。契約することは出来ないはず。

 そうすると、本当に二人が会話をしていたのか分からなかったが、あの妙に間の空いた無言の時間はティトンの聞こえないところで会話をしていたとしか考えられなかった。

 何かしら、契約する以外で意思疎通を図れる方法を得ているのかもしれない。


(………………ジオラさんには、何か言っていたのかな)


 描いた〝かぼちゃ〟の下に、脳裏に浮かぶエプリの姿を描いていく。

 プリンアラモードの美味しさに、ぴょんぴょんと飛び跳ねていたエプリ。

 ずっと食べていたのは相談の邪魔をしないようにしているのかと思ったが、不可解な視線を見た後では、わざわざ背を向けていたこと――その表情が見えなかったことに引っかかった。

 そして、よくよく思い出してみれば、エプリがティトンの方に顔を向けていたのは最初だけだった気がする。

 ジオラがエプリに視線を投げた時には、既にティトン(こちら)に背を向けていてその表情を(・・・・・)見ることは(・・・・・)出来なかった(・・・・・・)


(食べやすい位置に、ってわけでもなさそうだったよな)


 ティトンは気づかないうちに何か失言をしてしまい、エプリに嫌われてしまったのかと不安になったが、ジオラはそれを否定したので大丈夫だろうと思う。思いたい。

 そうすると、アレは食べるのに夢中というよりは――。


(話しかけられたく、なかった? …………二人が見て来た後(あの後)、ジオラさんが霊石に宿ることがある性質を忘れていることを指摘してくれて――)


 何かしらの要因から、霊石に宿る変わった性質。

 ティトンは〝波長が合う〟の言葉の後に〝性質を宿す〟と書き――何となく、その後に〝精霊〟と書き足した。


「高品質……霊力が多い…………性質が宿る……宿る……精霊――ぁっ」


 じぃっとそれらの言葉の羅列を見つめていて――ふと、思いついた突拍子もない可能性にティトンは間抜けな声を上げた。






         ***






「―――ガドさん……っ!」


 ガドがリビングで本を読みながらくつろいでいるとドアが強めにノックされ、返事をする前に勢いよく開け放たれた。

 外から室内に吹き込んで来たやや強い風が、室内を駆けていく。

 ガドが本から顔を上げてドアの方へ振り返れば、飛び込んできたティトンが目に入った。その様子に片眉を上げ、


「おはよう。今日はいつになく早いな」

「おはようございます! あのっ、一つ確認したいんですが……!」


 ティトンはガドの向かい側に来ると、「コレどうぞ」といつものパウンドケーキが入った紙袋をテーブルの上に置いて、身を乗り出した。

 珍しく興奮したティトンの様子に、持っていた本をそっと閉じる。


「何だ?」

「その、霊石のことなんですけど!」

「ああ……?」

「ガドさんが言っていた特殊なものって、もしかして、精霊の力の影響があったモノ――その一部が宿ってしまったモノのことだったりしますかっ?」


 その問いに、ガドは片眉を上げた。

 期待に満ちたティトンの瞳を真っ直ぐに見返し、


(――レンツェ)


『そこまで気付いたのなら、いいと思うわ』


 契約した精霊の言葉にどう答えようか数秒ほど考え、


「どうして、そう思った?」


ガドが視線でイスを指すと、ティトンは慌ててイスに腰を下ろした。


「探知の修業でもあるのかなと思って、ただがむしゃらに探していたんですけど、でも、全然、ガドさんの言う特殊な霊石が見つからなくて。……探すことばかりに気を取られていて、ガドさんが見つからなかったら次の方法に行くって言われていたことも深く考えてなかったんです。今さらなんですけど、どうしてかと考えて――」


 そこで、ティトンは一度言葉を切った。


「それで、霊石に宿ることがある変わった性質のことを思い出して……あと、霊石にも波長が合うモノがあるって聞いて、」

「聞いて?」

「はい。あっ……」


 ふと、気になったことをガドが口にすると「しまった」という顔をしてティトンは固まった。

 えっとその、と視線を泳がせる。


(誰かに相談したのか……別に悪いことではないだろうに)


 探せないことに焦燥感を抱いたようで幾度かアドバイスを求められてしたが、それでも見つけることが出来ず、日に日に纏う空気が重くなっていったことには気づいていた。

 相談相手は〝現〟の師か母親かと考えたところで、吸血鬼(ヴァンパイア)のことや隠居した元《退治屋》の修業内容を気軽に話すとは思えない。

 そうすると、消去法で相手は決まってしまうのだが――。


また(・・)会いに行ったのか……?)


『ジオラは気づいていないから、偶然じゃないかしら?』


 何処か呆れた様子のレンツェの声に、ガドは内心で苦笑した。

 どうやら、ティトンはなかなかの運の持ち主らしい。


(エプリも、さすがにコレについては話さないか)


『ええ。ジオラも知ればリッキが関わることぐらいは予想がつくでしょうから、余計なことは言っていないとは思うけれど』


 さすがにウィルも〝精霊の愛し子(リッキ)〟と事を構えるようなことはしないだろう。

 ただ、ティトンの様子から相談にのったようなので、何かしら気にかけているのだとは思う。

 どんな話をしたのか少し問い詰めたい気もするが、ティトンは隠したいようだ。

 あからさまに勢いが落ちて分かりやすいその姿にガドは口の端を上げつつ、話が進まないので深くは聞くことはしなかった。


「――まぁいい。それで霊石に宿ることがある力は、精霊の影響によるものだと思い当たったということか?」


 はっとしてティトンはガドを見上げ、頷いた。


「〝紹介所〟の資料室で霊石について調べて来たんですが、ガドさんの言う特殊な霊石の記述がなくて……それで精霊関連の本を見たら、その力が宿った霊石が出来ることがあると記述があったんです。霊力の力場が高い場所は精霊も好んで住むことがあるので、その力の影響で稀に生じることがあるんですよね……?」


 この森とか、と期待の眼差しを向けてくるティトン。


「ああ。そうだ」

「!」


 やっぱり、とティトンは目を見開いた。

 ガタガタ、と強風に煽られて窓が揺れる。


「森に入っているから分かると思うが、ココはそれなりに長い間、人の手が入っていない古き森だ。精霊がいる可能性は高い(・・・・・・)。そして、通常よりも純度が高い霊石は、その分、周囲の霊力を多く取り込んだということの証――より多くの霊力の影響を受けると言うことだ。そこ在る(・・)精霊の力の一端などを、な」

「それが、変わった性質を宿すことに……」


 なるほど、とティトンは感嘆の声を上げる。


「あとは、お前の霊力と波長が合う霊石が見つかるかどうか――相性の問題だろう。見つけた霊石も、多少はお前の霊石と相性がいいということだぞ?」


 必要な純度がなかっただけでな、とガドは付け足した。


「アレが……探すのは、アレよりも影響の強い霊石ということなんですよね?」

「…… そうだ(・・・)

「……………………精霊は、」


 ティトンは何かを考え込んだ後、少し言葉に詰まりながらさらに尋ねて来た。


「人の前に姿を見せないって聞きますが、こちらには気付いているんですよね?」

「ああ。常にそこに在る(・・)存在だからな」

「……――」


 何か思うことがあるのか、黙り込むとテーブルの上でぎゅっと両手を握り締めた。









―――「外で、考えてきます」




 そう言って、ティトンはウェストポーチを手に、外に出ていった。

 ガドはイスの背もたれにもたれ掛かり、目を閉じる。

 気配を探ると、真っ直ぐに湖の方へと向かっていた。


(やっとというべきか……なかなか、アドバイスも難しいな)


 リッキのアドバイス通り、ティトンに〝宝探し(霊石探し)〟を告げて一ヶ月。

 森に入ったことでさらに刺激を受けて、ティトンの霊力も高まってきていた。

 そろそろ、良い頃合いだろう。


(それにしてもウィルに相談か…………っ、)


 脳裏に浮かぶ、飄々としたウィルの表情が戸惑ったモノに変わり、ガドはくくっと笑いをこらえた。


『〝悪霊に相談するな〟とか、言っていそうね』


(――ああ。そうだな)


 人型になれるとはいえジオラが悪霊であることに変わりはなく、それ故に本能に忠実な行動をとることが多いのは確かだ。

 ただ、〝魔女〟との契約によって〝理性〟を得て、現世に戻って来てから過ごした日々はその〝心〟に与えている影響もあるだろう。

 初めて会った時――〝紹介所〟に登録して間もない頃よりも断然、現在の方が〝人らしさ〟があった。

 ウィル(本人)は、頑なにソレを認めようとはしていないが――。


『……………………………………………………ジオラも、少しはいいことを言ったのかしら』


 ぽつり、と珍しくウィルを褒めるレンツェにガドは口元の笑みを深めた。

 ふと、湖の方でティトンの霊力が上がったのを感じ、


(ティトンはどうしている?)


『…………湖を覗き込んでいるわ』


(そうか――)


 どうやら、一つずつ確認をしていくようだ。






         ***






―――「常にそこに在る(・・)存在だからな」




 ティトンはガドから特殊な霊石が精霊の力を宿すモノだということを確認し、フラフラと湖の方へと向かった。

 精霊は自然そのもの――例え目に見えなくとも、常にどこにでもいる存在。


(精霊の力は〝四大元素〟と光と闇……森の中(ココ)には、火の精霊はいないかな?)


 ティトンは湖の縁につくと片膝をつき、中を覗き込んだ。

 縁に近いところは青く澄んでいて底が見えるが、中心部に行くに従って深くなっていき、その先は深紺に染まっていて見通すことが出来なかった。

 右手を伸ばして水の中に手を入れると、思った以上に冷たい。


(そういえば、インク作りに使う水ってココのものなのかな?)


 左右に手を動かして霊力を流せば、それなりに霊力を含んでいることが分かった。


(たぶん、霊石もありそうだけど、さすがに潜るのは……)


 ティトンは手を引いて、ウエストポーチからハンドタオルを取り出して拭いた。

 少し後ろに下がり、どさり、とその場に腰を下ろすと、後ろ手をついて空を見上げる。

 何となく、水は違う気がした。


(あとは風と土と、光と闇か……うーん……?)


 右手をかざし、その周りに難なく均一に霊力を纏わせる。

 少し前の朧げに纏っていた時からは、だいぶマシになっていた。瞬時に厚くして防御を固めたりすることは、まだ遅いが。


(光と闇も……ちょっと違うかなぁ)


 己の霊力越しに空を見つめ、うん、と一つ頷いた。

 光は神々しい――後光が射すようなイメージが湧くも、自分には合わない気がした。

 そして、闇と言えばエプリだ。こちらもイメージが湧かず、何故か脳裏に浮かぶのはジオラとのツーショット。何かが違う気がする。


(そうすると…………土か風、かな?)


 ティトンはそのまま後ろに倒れ込み、大の字に寝転んだ。

 霊力を纏ったまま右手で地面を触り、吹き付ける風に目を細めた。


(感じる、ままに――)


 自然と目を閉じて、ティトンは〝己の内側〟に意識を向ける。

 自分の霊力の源に触れ、そこから少しずつ周囲に放出していった。



 背中から、地面に根付く木の根のように――。


 呼吸をして、空気と一体化するように――。



 それは自分を中心として球体を作るイメージで広げていき、半球は風を感じ、もう半球は大地に向けて探知範囲を伸ばしていく。

 土の中を深く浸透していくと、その中で生きる生命が蠢いていた。

 風が吹き抜け、遥か遠くまで霊力を浚っていく。


(波長が合うのは――)




―――ざぁぁーっ……!




 木々の間を駆け抜けた一陣の風が、その勢いのままに空いたこの場所を駆け抜け、ティトンの全身を撫でて過ぎ去っていく。


 その感覚に、ぞわり、と全身が震えた。


 吹き抜けた風は湖の上を周り、森の中へ。

 木々を縫うように別れ、時に合流して奥へ奥へと進んでいく。

 短い草の上を駆けて、木の根で跳び上がり、荒い木の幹に触れ、密集する木の葉を突き抜ければ揺れて音を奏でる。

 そして、空けた場所に出ると――。




「――――ティトンッ!!」




「っ?!」


 直接、頭の中に声が響き渡り、ティトンは我に返った。

 閉じていた目を開くと、視界は色々なペンキをぶちまけたかのように歪んでいて目が回り、ぎゅっと強く瞼を閉じる。


「うぐぅっ――っは、……ぐぅぅっ!!」


 吐き気が込み上げ、喉の奥が鳴る。

 まるで、霊力を使い始めた当初に戻ったかのように体の中で暴れ回り、全く抑えることが出来ない。

 全身が鉛のように重く、意味もなく胸元の服を握り締めた。噴き出した冷や汗で気持ち悪く、吹き付ける風が冷たく突き刺さる。上手く呼吸ができず、はくはくと口を動かした。


「ティトン、落ち着け!」


 ぐっと熱い手に肩を掴まれて身体が動き、背中に何かが触れた。

 ほんわりと温かい霊力に包まれ、誰かに抱きかかえられていることに気付く。

 左腕を熱い手が擦り、右側に感じる優しい温かさに、無意識に身体を寄せた。


「俺を見ろ、ティトン」

「ぐぅっっ、はぁっ――っは」


 信頼出来る声に導かれるままに薄っすらと瞼を開くと、鮮やかながらも透き通った赤色が見えた。


「ティトン!」


 もう一度、頭上で強く名前を呼ばれた。

 そろそろと視線を上げれば、こちらを心配そうに見つめる赤い瞳と目が合う。


「ぁ――」


 つと細められた瞳を真っ直ぐに見つめた瞬間――どくり、と身体の中で〝何か〟が脈動した。

 それに押されて「はぁっ!!」とティトンは大きく息を吸った。


「そうだ。ゆっくりと深呼吸をしろ」

「はぁっ、はっはっ」


 身体を大きく揺らして呼吸を再開したティトンの視界を手の平が覆う。

 それに導かれるままに目を閉じると、指が額をこすったような感覚がした。


「吐く息に合わせて霊力の流れを感じろ。そのまま、吐き出すように霊力の放出を止めていくんだ」


 背中をゆっくりと擦られ、その動きに合わせて深呼吸を繰り返して荒れ狂う霊力を宥めていく。


「そうだ。ゆっくりでいい……その調子だ」

「…………っ」


 声が出ないので小さく頷きを返し、荒れ狂う霊力が次第に収まっていくのを感じながらティトンは意識を手放した。











「――――……っ?」


 ふっと目が覚めて、ティトンはゆっくりと目を瞬いた。

 視界は薄暗く、左側は黒い影――壁があることは分かった。

 身体を受けとめる柔らかさから、どうやらベッドに寝ているようだ。身体の上にも薄い何か乗っている。

 耳の奥がぼうっとしていて、頭の芯が重い。全身がだるくて動かしにくく、身体を起こす気にもなれなかった。

 妙に喉も乾いている。


(あ……れ……?)


 いつ、ベッドに入って寝たのか分からなかった。


(いや、俺……帰って…………?)


 寝起きで鈍い思考の中、ぼんやりと天井を見上げた。

 次第に目が部屋の暗さに慣れてきて、知らない天井だと言うことに気付く。

 どこだろうと僅かに頭を動かせば、衣擦れの音が静かな室内に響いた。


「――――気がついたか」


 少しほっとしたような声が聞こえ、ティトンはそちらに顔を向けた。

 ベッドから離れたところに、黒い人影がいるのが目に入る。

 その影が動いたかと思えば、カチリ、と音がして淡い光が灯った。

 ほのかな光も暗闇に慣れたティトンには眩しく、目を眇める。


「ガ、ドさん……?」

「ティトン、何をしていたか覚えているか?」


 何度か目を瞬いて明るさに慣れたら、その人影がガドだということに気づいた。

 その後ろ――反対側の壁際にはデスクがあり、どうやらその上のランプを付けたらしい。

 ガドは立ち上がると座っていたイスを手にベッドに近づいて来た。ベッドのすぐ横にイスを置いて、改めて座り直す。


「何を…………えっと……?」


 上手く頭が働かず、ティトンは目を閉じて今日ガドのところへ来てからの行動を思い出す。

 乾いた唇を舐めて、とつとつと思い出したことを紡いだ。


「精霊の、力が宿る石を…………どんな波長が合うのか、考えていて……」

「ああ、それで?」

「それで……風と土かなと、思って……思ったから……ぁ――」


 一度、集中して探知範囲を広げようとして――そして、どうしたのか記憶がなかった。


「どうやら、集中するあまり霊力が暴走してしまったようだな――」

「暴走……?」


 どうして、いきなりそんなことが起こってしまったのだろう。

 まだ動きの鈍い頭で考えるも、答えはでない。


「お前が思っている以上に、ココの影響は受けていたようだ」

「影響……」


 茫洋とガドの言葉を反芻し、ふと、気になったことを尋ねた。


「どのくらい……気を……?」


 ガドはちらりと机の方へと振り返り、


「三時間程度だな。今日の修業は中止だ、もう少し休め。何か食べた方がいいが食べられるか?」

「…………」


 空っぽなのに胃が重く感じ、身体を動かす気にもなれず、ティトンは首を横に振った。

 途端に目まいがして、ぎゅっと目を閉じる。


「そうか。……なら、水だけでも飲んでおいた方がいい」


 ガドは立ち上がり、デスクから水差しを持ってきた。

 ティトンが身を起こそうと身じろぎすると、手で制される。


「起こすぞ――」


 ガドはベッドに片膝をつき、左手で軽々とティトンの肩の辺りを支えて起こした。

 口元に水差しが傾けられ、口に含んでからゆっくりと飲んでいく。

 水はちょうどいい(ぬる)さで、身体の中に染み込んでいった。


「…………すみません」


 再び、ベッドに横たわり、ティトンはガドに謝った。

 それは霊力が暴走したことだけでなく、ベッドを借りることや時間を無駄にしてしまったことなど、色々な意味が込められていた。


「いや、気にするな。私の落ち度もある」


 ガドは小さく笑い、タオルケットを掛け直す。


「さぁ、もうひと眠りした方が良い――」

「…………はい」


 ティトンは頷いて、目を閉じた。

 すると、まだ疲労が残っていたのか、すぐに意識が途切れた。






         ***






 せっかく、あの子の霊力に触れられたのに―― 一緒に飛べたのに、零れ落ちるようにあの子は手の中から消えてしまった。

 どうして、彼女の〝主〟は連れて行ってしまったのだろう。




―――次第に大きくなる赤い光が気になって、最近は一緒に湖の周りを駆けていた。



―――森に入って探検しだした時も、その後をついていって流れて来る霊力に乗って遊んだ。




 そして、やっとこちら(・・・)に手を差し伸べてくれたのに、何故、邪魔をするのか。

 またとない機会だったのに、どうして。

 こんな結界(モノ)まで張って――。


〝―――〟


 高まる感情に、ぶるり、と全身が震える。

 それを消し去ろうと〝力〟を解放しようとしたその時、


「その結界を破るのなら、それ相応の対処をすることになるわ」


結界の上に同胞(彼女)が現れた。


 それ相応とは、どういう意味だ。

 こちらの邪魔をする権利など、そちらにはないはずだ。


 かっと胸の奥が熱くなり、沸き起こる感情に呼応して周囲の風が唸り声を上げる。


「私の〝主〟に害を為す気?」


 つと、彼女が目を細めれば、結界を覆うように無数の水滴が出現する。

 それは唸りを上げる風で霧散することはなく、むしろ、その数が増えていった。


 害もなにも、あの子とやっと一緒になって遊べたのに、邪魔をしたのはそちらだ。

 ただ、あの子に――。


「あなたがあの子どもを壊しかけたのを〝主〟が止めたのよ。攻撃される謂われはないわ」


 その水滴を押しのけようとして、彼女の言葉に動きを止めた。

 壊しかけたとは、どういうことだ。


「〝愛し子〟が言っていたでしょう? 彼はまだ幼子だと――」


 〝アレ〟を置きにきてから、久しく会っていなかった〝愛し子〟。

 久しぶり(・・・・)に顔を見せたと思えば、彼もあの子については知っていた。

 彼女の〝主〟と会っていたので、そこから話を聞いたのだろう。




―――「ずっと待ち望んでいた存在だ。すぐにでも会いたい気持ちは分かるよ」



―――「けれど、まだまだ成長途中の幼子なんだ。きっと、見つけてくれるから、もう少し待ってあげて欲しい」



―――「レンツェの〝主〟が、必ず、導いてくれるはずだ」




 〝愛し子〟は、待ってやって欲しいと言っていた。

 彼女の〝主〟が会えるようにしてくれるから、と――。

 その言葉を思い出し、風の唸り声が収まっていくと、水滴も消えて行く。


「あの子どものためにも待ってあげて――そう時間はかからないから」


 〝愛し子〟の言葉は我らのため、我らを想ってのこと。

 〝自然〟が認めた存在の言葉を信じろ、と彼女は言う。


〝――――〟


 もちろん、〝愛し子〟の言葉は疑いようがない。

 先走ってしまったが故に、彼女の〝主〟が引き離したということか。

 あの子のために――。


「ありがとう――」


 漏れ出す〝力〟を抑え始めると、彼女は小さく笑みを浮かべた。




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