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炎を纏ってかぼちゃは踊る  作者: かぼちゃ
第1夜 悪夢を視る少年
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第1話 始まりの悪夢




―――カランカラン、カラーン、カラン




 背後から聞こえてくる金属が当たる音。

 揺れて立てられるその音は、時折、甲高く鳴り響いた。

 さらに、ぼっぼぼっ、と微かに聞こえるのは、炎が燃え盛る音。

 走り続けた足は重く、胸が軋んだように痛むが立ち止まることは出来ない。



 立ち止まってはいけない。



 暗い――黒い通路を、燃え盛る炎が背後から照らしていた。

 揺らめく炎に照らされるも、黒い影が覆い被さって来る。

 そしてまた、左右に並ぶ奇妙な仮面も照らしていた。

 色とりどりの――派手な物もあれば、獣の顔をした物、単色で塗りつぶされた物など様々で、けれど、どこかで(・・・・)見たことのある仮面ばかりが並んでいた。

 その仮面の奥からも〝何か〟が覗いているような気がして、ぞくり、と背筋が震えた。

 我慢していたモノが喉の奥からこみ上げて来て―――




―――ドンドンドンッ、




 何処からか何かを叩く音が聞こえ、びくっ、と身体が震えて――ランドルは目が覚めた。


「っはぁ――!」


 詰まっていた息を吐くと、はっはっ、と長距離を走り終えたように呼吸が乱れた。

 数秒ほど、自分が何処にいるのか分からなかった。


(俺の……部屋……)


 横に見えるのは見慣れた自分の部屋で、そう気づいた時にやっと自分が寝ていたことを思い出した。

 ランドルは視線を泳がせながら手を目の前に持ってくると、微かに震えていた。首の辺りが少しべっとりとしているのは、冷や汗でもかいたのだろう。


(な、んだ………あの、夢)


 脳裏によみがえるのは、鮮明な光景。

 黒い通路に、その壁に飾られた仮面、そして、背後から迫る炎と――


(見すぎ、か?………それにしては……)


 寝て起きたばかりなのに、精神的な疲れがどっと襲い掛かって来る。

 ランドルはギュっと手を握り締め、深くゆっくりと呼吸を吐いた。


「ランディ! いつまで寝てるのっ、遅刻するわよ!!」


 微かに母親の叫び声が聞こえ、さっきの音は母親が階下から壁を叩いたのだと分かった。

 ランドルはゆっくりと身を起こし、ぶるり、と身体を震わせた。

 それは肌寒さと生々しい悪夢――そのどちらが原因なのか分からなかったが。


「………」


 視線を動かして部屋の一角――壁に掛けられた〝ハロウィン〟用の衣装を見た。

 〝ハロウィン〟の日、友達と仮装して一緒に町を回ろうと用意していた物だ。

 狼のお面に、ネットで調べて来たどこかの民族を元にした衣装。

 その時、〝かぼちゃ〟を幾つも見たので、夢にまで出て来たのだろうか。


「………はぁ」


 悪夢を振り払うようにため息をつき、ランドルはベッドから立ち上がった。











「―――行ってきます!」


 朝食を飲み込むように食べ、ランドルはカバンを手に家を出た。

 学校へ足を進めながら、茫洋とした瞳を空に向ける。


(それにしても、変な夢だったな……)


 夢の記憶なんて、時間が経つにつれて薄れていくはずなのに、中々、忘れることが出来ない。

 掛けられていた仮面は、友達が作っていた物が混じっていたので、起きている間に見ていたものが夢の中に出て来たのだとは思うが、何故、アレに追いかけられたのかは分からなかった。

 無意識に行き交う人をすり抜けて、学校まで半分の距離を歩いた時だった。

 前方の交差点が赤になったのが見えて、ゆっくりと歩く速度を落としていき――




―――ぞくっ、




と。背筋が震え、ランドルは立ち止まって辺りを見渡した。

 突然、辺りを見渡し始めたランドルに近くの人が訝しげな視線を向けて来るが、気にしている余裕はない。


「―――っ……?」


 ふと、通りの向こうにいる赤い目と目が合い、ランドルは動きを止めた。

 間を通る車の隙間から見えるソイツは、ランドルと同い年ぐらいの少年だった。

 百六十近いランドルよりも少し低い身長に、赤みがかったオレンジ色の髪は中途半端に伸びていた。パーカーにズボン、ブーツと動きやすい服装で、何故か手ぶらだ。

 ただ、その腰にはベルトポーチと拳大の〝ジャック・オー・ランタン〟のキーホルダーが付いていた。

 中に電球が入っているのか、仄かに光っている気がする。


(………何だ? アイツ)


 同い年ぐらいなので通学途中のはずだがカバンも持たず、さらに近づいている〝ハロウィン〟に浮かれているのか〝ジャック・オー・ランタン〟のキーホルダーを付けていることで、何故か目に留まったのだ。

 ただ、少年と視線が合っていたのは僅かな時間で、ふいっと顔を逸らされたと思えば、その姿はすぐに人ごみに消えてしまった。


(あっちに学校は……?)


 少年が消えた方角には学校はないので、ランドルが内心で小首を傾げていると、ばんっ、と背中に衝撃が走って息が詰まった。


「っ?!」

「おーすっ!」


 夢の事もあって、びくりっ、と身体が震えたが、同時に聞きなれた声が聞こえたので悲鳴を呑み込んだ。

 振り返ったランドルのすぐ後ろにいたのは、ランドルよりも少し背が高くガタイの良い少年――幼馴染のザズだった。

 茶色の髪と同じ瞳は楽しげに揺れていて、にかっ、と笑顔を向けて来る。


「っ――おい! 驚かすなよ!」

「ぼさっと立っているからだろ。遅刻するぜ?」


 ははっ、とザズは笑い、ランドルが見ていた方向に視線を向けた。


「でも、じっと何見てたんだ? 綺麗な人でもいたのか?」

「違ぇよ!」


 はぁーとため息を吐き、ランドルは頭を横に振った。


(何、気になってんだか……)


 ちょっと、変なキーホルダーをしていただけの少年だ。

 ザズを見ると、どこだよ、と辺りを見渡している。


「ほら、行くぞ」


 その腕を軽く叩いて、ランドルは歩き出した。


「あ? お前が見てたんだろ……」


 慌ててザズが追いかけて来て横に並び、頭を小突いて来る。


「はいはい。悪かったよ」


 軽く謝って話題を変える。


「そう言えば、お前、〝ハロウィン〟の衣装は出来たのかよ?」

「あ? ああ、まぁボチボチだな……」


 ザズはぴくりと眉を動かした後、コクコクと頷いた。

 その様子にランドルはじと目を向けた。


「ボチボチ、なぁ………ホントだろうな?」

「あ、ああ……」


 ぎこちなく頷いて、僅かに視線を逸らすザズ。

 かなり、怪しい。

 じとー、と見ていると、次第に視線を泳がし始めた。


「おい? 今度の土曜に見せる約束だぞ?」


 当日、一緒に回る仲間たちで〝ハロウィン〟前に出来た衣装を見せ合う約束をしていた。

 その日まで、あと二日しかないのだ。


「…………うぅっ………あと、もうちょっとなんだよ」


 根気負けしたザズは、正直に白状してきた。


「やっぱ、出来てないのか……」

「だってさぁ……なかなか、ピンと来るデザインの衣装がなくてよぉ」

「………急に、仮面を変えるからだろ」


 仮装のコンセプトで決めたことは、仮面を被る事。

 有名な〝ハロウィン〟の歌の中にも出て来るので、それぞれ仮面を作ったり選んだりして、それに合わせた衣装を探すことにしたのだ。

 当初、ザズは買った仮面に手を加えて使おうとしていたが、数日前に「一目ぼれした!」と、どこかで買って来た仮面を使うことにしたため、それに合わせて衣装も変えることになったのだ。

 自業自得としか言えなかった。


「買い直した服にちょっと手を加えるだけだろ」

「お前、俺の不器用さは知ってるだろ!」

「あー………まぁ、な」

「なぁ、ちょっと手伝ってくれよぉー」


 ザズは背中を丸くして、今にも泣きそうな顔で頼んで来た。


「はぁー? 小母さんか姉ちゃんに手伝ってもらえばいいだろ」

「前に手伝ってもらったから、ダメだった。……姉ちゃん、自分ので手一杯だしさ」


 がっくりと肩を落として、ザズは言う。

 ほぼ出来上がっていた物から急に変えたので、怒られたのだろうか。


「それは……ご愁傷さま」

「だから、手伝ってくれよ! ホントにあと少しなんだ!!」

「いや、俺も得意ってわけじゃないし……」


 ランドルも裁縫は苦手だが、凝り性なこともあって、コツコツと作ることでやっと出来上がったのだ。今から手伝って役に立てるとは思えない。


「俺よりはマシだ!!」

「あー………」

「頼む! また、何か奢るからさ!」


 結局、ザズに押し切られたランドルは、放課後、ザズの家に行くことを約束された。






 その頃には、ランドルの頭の中からあの少年のことは抜け落ちていた。



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