第3話 新人《退治屋》、かぼちゃとお茶をする
「ティトンと言います。先ほどは助けてくれてありがとうございました」
ティトンは名乗り、改めて、少年に頭を下げた。
「それで……えっと、以前、何処かでお会いしましたか?」
「ああ。結構、前だけどな」
こちらを向いてイスに座る少年は、腰に吊っている〝かぼちゃ〟のキーホルダーを取るとカウンターの上に――ティトンとの間に――置いた。
そして、カウンターに片肘をついて寄りかかり、
「俺の名は〝ウィル・ジオラ〟。悪霊〝ジャック・オー・ランタン〟の《退治屋》だ」
「――――――えっ……?」
ティトンはその種族――と言っていいのか分からないが――を聞き、ぽかん、と口を開けた。
「《退治屋》の連中からは、ジオラって呼ばれている。で、こっちは相棒のエプリだ」
「よろしくね!」
紹介されて、精霊はぴょんと跳び上がった。
「…………よろしく、お願いします」
ティトンは呆然としながらも頭を下げ、少年――〝ジャック・オー・ランタン〟のジオラを見つめた。
(悪霊?……人じゃない、のか? 会ったって……会ったけど……)
確かに、初めての討伐依頼で〝ジャック・オー・ランタン〟には会っていた。
だが、あの時は〝かぼちゃ〟の頭に黒い三角帽子をかぶり、マントを纏ってランタンを持っていたはずだ。
その姿の変わりように戸惑って口を閉ざすと、くくっ、とジオラは笑った。
「新人講習で教わっているだろ? 一応、〝紹介所〟では人型でいるようにも言われているからな」
「ぁ……!」
それは彼に限ったことではなく、〝闇〟の住人全員に当てはまることだ。
新人講習にて、緊急時を除いて〝紹介所〟の中では〝力〟を抑えるように――見た目も〝現〟の住人に似せるように――指導を受けていた。
そうでもしなければ、様々な〝力〟が渦巻く場所となるからだ。
また、退魔師との合同の討伐もあるため、その時に要らぬ混乱を招かないよう日頃から〝力〟を抑える訓練も兼ねてのことらしい。
そして、〝ジャック・オー・ランタン〟についての情報は、
一つ、〝古き魔女〟の一角、〝黒の魔女〟の庇護下にいる。
一つ、〝黒の魔女〟との契約により、人型を取り、高い理性を持っている。
一つ、容姿は赤みがかったオレンジ色の髪と赤い目を持つが、見た目の年齢は十代から二十代の間で変わる。
一つ、相棒として、闇精霊を連れている。
一つ、〝害〟とならない限り、監視対象とする。
一つ、〝害〟と判断された場合、速やかに討伐されたし。
その他に〝重度の甘党〟、〝もう一人の悪霊の《退治屋》がストーカーとして追いかけまわしている〟、〝それ以上に厄介なストーカーがいる〟などと真実味にかけた内容が多かった。
(悪霊だけど《退治屋》……この子が……?)
じぃーとジオラを見つめていると、
「おーい。穴が開くぜー?」
「―――あっ、すみませんっ」
はっと我に返り、ティトンは慌てて頭を下げた。
「まっ、別にいいけどな。取りあえず、〝紹介所〟が討伐宣言をしない限りは同僚だ。それまでは、討たないでくれよ?」
「は、はい……」
冗談交じりの言葉に、ティトンはぎこちなく頷きを返した。
ジオラは口の端を上げて笑い、カウンターに視線を向けた。
その視線の先には、先ほど彼が置いた〝かぼちゃ〟がある。
それは手の平に乗るぐらいの大きさで、見た目はガラスのような質感のモノで出来ていた。中には、煌々とした温かみのある輝きが見える。
(アレが〝地獄の炎〟……)
どうやって閉じ込めているのかという疑問は、そういうものだと無理矢理納得して考えないようにした。
ジオラはそっと頭頂部――チェーンがあるところに触れ、
「―――〝結界紋〟」
一瞬、大きくその光が揺れて、オレンジ色の淡い光が〝かぼちゃ〟を中心に広がった。
「……?」
ティトンは頬を暖かな風が撫でた気がして辺りを見渡すが、何も変化はない。
「あー、使ってる!」
(使ってる? ……〝力〟を、か?)
エプリの言葉にジオラを見ると、にぃっ、と悪戯をした子どものような笑みを向けられ、
「内緒話をする時は、聞こえないようにするもんだぜ?」
「聞こえない……」
「聞き耳、立てている奴らがいるからな」
くいっ、と顎でテーブル席の方を指すジオラ。
「丸聞こえだったぞ?」
「あ、ははは……」
先ほどの一件のことだろう。
ですよね、とティトンは乾いた笑いを返す。
「コレぐらいは目を瞑ってくれるさ」
「………」
ティトンがテーブル席の方に視線を向ければ、さっきまで突き刺さっていた視線のほとんどは外れていた。数人ほど目が合った者もいたが、すぐに逸らしていく。
ジオラに向き直ると、彼は笑みを深めた。
「―――ってことで、ゆっくり内緒話が出来るな」
「……!」
内緒話という言葉に、ごくり、と生唾を呑み込んだ。
一体、何を話そうと言うのだろう。
「そう言えば、あの時、最初にお前のことを〝ドエム〟呼ばわりしたのはコイツだからな」
「え?」
身構えていたところに予想外のことを言われ、ティトンは目を瞬いた。
「あっ! 言っちゃダメだよ!」
コイツと視線で示されたエプリは立ち上がり、カウンターに置かれたジオラの腕に駆け寄った。ジオラを見上げながら、ぺしぺし、とその腕を叩く。
それに対してジオラは片眉を上げるものの、無言で反対の手でエプリの首根っこを掴むと、ティトンの前に差し出した。
「………」
「………」
ばちり、と黒紫色の目と目が合うが、すぐにその視線は逸らされる。
「うぅー……」
エプリは唸りながら目を泳がせていたが、少しして、観念したように眉尻を下げてティトンを見た。
「ごめんなさい。だって……前に友達から聞いたことと同じだったから……てっきり、そうなのかと思って――」
(一体、どういう内容を聞いたんだ……?)
かくり、と首が下に揺れたのは、頭を下げたのだとは思う。
ティトンは何とも言えない表情をしてジオラを見るが、肩を竦められただけだった。
「えっと……気にしないでください。〝闇〟の人たちから見たら、私みたいな未熟者はそう思われても仕方ないですから」
ティトンが苦笑交じりにそう返すと、エプリは少し不思議そうな表情をした。
何か、と尋ねようとした時、エプリの首根っこを掴む手をジオラは離した。
「わっ!」
「あ……」
ティトンは身を乗り出し、落下するエプリに向かって手を伸ばす。
だが、手の中に落ちる寸前で、エプリはふわりと上に浮かび上がった。
(と、飛んでる……!)
危ないよと文句を言いながらエプリは飛び、ジオラの肩に腰を下ろした。
おぉ、と内心で感嘆の声を呟く。
ティトンが前屈みになった身体を元に戻したところで、ジオラは口を開いた。
「あの時、それを聞いてポロッと言ったのは悪かったが……そう卑下することもないと思うぜ? 周りの奴らからあんな視線を受けていたら、そう捉えてしまうのは仕方がねぇだろうけどな」
「……えっ?」
「エプリがああ言ったのは、〝現〟の奴らが〝闇〟に来ることが稀だからさ。しかも、何かと〝訳あり〟の奴らばかり来るから、そいつらもひっくるめてのことだ―――なんたって、ここは弱肉強食の世界だからな」
(敢えて飛び込んで来たから、ってことか……?)
あまり、変わらないような気もするが。
「ジオラ。それって謝ってないよね?」
「だから奢るだろ……」
肩に座るエプリのじと目を振り払うように、ジオラは手を動かした。
「ホントに新人から《退治屋》になるってことは、お前も〝訳あり〟だろ?」
(〝訳あり〟………やっぱり、会いに来たのは――)
噂を聞いたから、だろうか。
けれど、今まで会った――絡んで来た先輩たちとは何処か違う気がした。
どう答えればいいのかと悩んでいると、
「話が進まねぇから、単刀直入で聞くが――」
「は、はい……っ」
唐突に本題に入ったので、ティトンは背筋を伸ばしてジオラを見返した。
「お前、〝混血〟だろ?」
「っ………はい。そうです」
一瞬、息を詰めたが、ティトンは頷いた。
〝混血〟とはその言葉どおり、〝現〟と〝闇〟――それぞれの住人を親に持つ者のことだ。
ジオラは小さく頷くもそれ以上は何も言わず、その肩ではエプリが「へぇー」と呟いていた。
(………あ、れ?)
どこか確認するよう口ぶりだったな、とティトンは小首を傾げた。
噂を聞いてはいないのだろうか。
その疑問が顔に出ていたのか、「どうした?」とジオラは片眉を上げた。
「いえ……噂を聞いて、会いに来たのかと思って」
「噂? いや、聞いてないな」
内容は予想がつくけどな、とジオラは笑う。
えっ、と驚いて目を開くと、彼は少し呆れたような表情になり、
「お前、悪霊が噂を気にすると思うか?」
「あっ……そ、そうですよね」
その言葉は妙な説得力があったので、ティトンはこくこくと頷いた。
(は、恥ずかし……っ)
自意識過剰だったかと顔が熱くなった。
「耳に入って来ることはあるけどな。……さっきのを見る限り、噂で来たみたいに思うのも仕方ないが――」
ジオラはそこで言葉を切り、
「別にアイツらもからかいに来ただけじゃねぇぜ?」
他の奴らは見てないから知らねぇけど、と言われ、ティトンは眉を寄せた。
「それって、どういう……?」
「あー……〝闇〟の事情も絡んで来るんだけどな」
ジオラは一瞬、面倒だな、という顔をして、
「お前、レアなんだよ」
「レ、レア?」
ティトンの脳裏にカードゲームのキラキラとしたレアカードが思い浮かんだ。
「激レアだね!」
戸惑うティトンを置いて、エプリはジオラの言葉に頷いた。
(な、何かイメージが……)
先入観だが悪霊や精霊から出て来る単語には思えず、違和感がすごい。
「げ、激レアってどういうことですか?」
「どうって……お前、他の〝混血〟に会ったことはあるか?」
質問を質問で返され、ティトンは言葉に詰まるが、
「………いえ、ないです。知り合いには、あまりいないって聞きましたけど」
そもそも、〝現〟と〝闇〟の住人が結ばれることは少ないと聞いている。
だから、〝紹介所〟で会うこともほとんどないと思っていた。
「そいつは退魔師か?」
「はい。色々と教えてくれました」
「そうか……」
ジオラは少し考えるような素振りを見せ、
「〝混血〟は〝闇〟の〝血〟も受け継いでいるが、その発現は十人十色だ。〝血〟に目覚めても、その強さには差がある。時折、〝純血〟以上の〝力〟に目覚める者もいるけど、そんな奴が現れるのは数十年――いや数百年単位さ」
「………」
「――で。〝混血〟が〝血〟に目覚めたとしても、〝闇〟の住人たちから見れば未熟も未熟だ。だから、一族で保護しているところが多いんだよ」
「………保護、ですか」
その言葉に、何となく嫌な感じがしてティトンは眉を寄せた。
「〝力〟の弱い――けれど、大事な一族だからな」
「………」
「種族によっては、その〝力〟を鍛えたり、鍛えた後は好きにさせたりしているところもある。《退治屋》の〝混血〟と言えば、そういう奴らがなることが多いから、何かと一目置かれるってわけさ」
ジオラが言葉を重ねる度に嫌な感じは増していくが、最後の言葉にティトンは引っかかった。
「一目置かれるって……まさか――」
「ああ。お前が《退治屋》で〝混血〟だから、どれだけの〝力〟の持ち主なのか興味津々ってわけさ。その上、サンゼたちが声を掛けたんだ。その期待は大きいと思うぜ?」
「………!」
ジオラからここ二カ月の間に起こった事の原因を教えられ、ティトンは愕然とした。
(そんな事情……知らねぇし……っ!)
あの噂だけが原因ではなかったのだ。
そんな〝闇〟側の事情など、〝現〟から来たティトンに分かるはずがない。
それは退魔師だった母親やオットーもそうだろう。
ティトンは今まで晒されていた視線の意味を知って憤りを感じたが、ふと、あることに気付く。
(じゃあ、サンゼさんたちが最初に声を掛けて来てくれたのは……?)
一体、どんな意図があって――。
「っ―――!」
サンゼたちへの感情や絡んで来た先輩たちのことを考えるも、頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。
空いている左手で、くしゃり、と前髪を掴んだその時、
「―――お待たせしました。フルーツケーキになります」
コトッ、とすぐ近くのカウンターに、皿が置かれた。
その上に盛り付けられているのは、フルーツがたっぷり乗ったケーキだ。色鮮やかな果物の中には、幾つか見たことがない物も混じっている。
ホールケーキの一ピース分だったが、予想していたものよりも一回りほど大きかった。
「………ぁ、ありがとうございます」
そろそろと顔を上げていくと、店員の男性と目が合った。
店員はふっと笑みを見せて会釈をしてきた。
「チョコレートパフェとイチゴパフェです」
ジオラの前にチョコレートパフェ、エプリの前にミニサイズのイチゴパフェを置いた。
「ジオラ。あまり、新人を混乱させないように」
「誰も言ってないから、教えているだけだぜ?」
店員の言葉に、ジオラは肩を竦めた。
店員は小さく息を吐き、「ごゆっくりどうぞ」と言葉を残して離れていく。
ティトンがその背を見送っていると、
「………っ?」
突然、目の前にたっぷりと生クリームが付いたブラウニーが現れた。
ぎょっとして身を引き、ティトンはブラウニーを突き出している人物――ジオラに振り返る。
その手元にあるチョコレートパフェが目に入り、不自然な窪みを見つけた。
恐らく、そこに盛られていたものだろう。
ただ、いつの間にティトンの皿に付いているフォークを取っていったのか分からなかった。
「甘い物でも食べて、少しは落ち着けよ」
「っ――はい……」
ティトンは礼を言ってフォークを受け取り、ブラウニーを口に入れた。
濃厚なチョコと甘さ控えめの生クリームが口の中に広がっていく。
モグモグと口を動かして飲み込むと、知らずと小さく息を吐き出していた。
「食べながら話すぞ?」
その様子を横目に、ジオラはスプーンを手に持った。
はい、と頷いてティトンもフォークでフルーツの一つ――橙色で半円に切られた物――を刺し、口に運んだ。
(……ん。甘っ)
とろり、とした濃厚な――南国フルーツのような味だ。
二人の間では、エプリが嬉々として自分のパフェにミニスプーンを差して食べていた。
「話を戻すが、さっき絡んできていたアイツらは、その理由からお前に会いに来たと思うぜ。お前を挑発して、ボロを出さないか見ていたようだからな」
「………そんな――」
口から零れ落ちそうになる言葉を呑み込むため、ティトンは一口サイズに切ったケーキを口に入れた。
(……全然、気付かなかった。ただ絡んで来たんじゃなかったんだ)
今まで声を掛けて来た先輩たちの中にも、そう言う人たちがいたのだろうか。
「でも、俺には何の〝力〟も……」
ぼそり、と素で呟いてしまった。
ティトンの中に流れる〝闇〟の〝血〟。
その種族が何で、どんな〝力〟を持っているのかは、母親から教わっていた。
けれど、そんな〝力〟は持っていない――発現はしていなかった。
一体、どうすれば使えるようになるのかも分からない。
ティトンは眉を寄せながら、今度は黄緑色のスライスされた果物をフォークで刺す。
「何だ。お前、気付いていないのか?」
ジオラの不思議そうな声が聞こえたので、手を止めた。
「――えっ?」
その言葉の意味が分からず、ティトンはきょとんとした顔でジオラを見つめた。
ジオラは、くるり、と手に持つスプーンの先を回してティトンを――正確には胸の中心を指してきた。
「〝混血〟も、確実に半分は〝闇〟の〝血〟が流れているんだ。その〝血〟が持つ〝力〟に目覚めないわけがないだろ」
「――――ぇ……?」
ジオラの常識だろと言わんばかりの口ぶりに、ティトンは大きく目を見開いた。
「勘違いしている奴が多いんだよな」
「ホントだね!」
黙々とイチゴパフェを食べていたエプリも、ジオラの言葉に同意した。
「目覚めないわけがないって……」
ティトンは二人を交互に見つめ、
「いや、でも……誰もが必ず〝血〟が覚醒するわけじゃないって聞いていますけど……?」
「それは、やり方の問題だな」
「……や、やり方って」
あっさりとそう言われ、ティトンは頬を引きつらせた。
「さっきも言った通り、〝力〟の強い弱いはあるかもしれねぇが――」
ジオラは、一瞬、射抜くような視線を見せるが、すぐにパフェに向き直った。
パクパク、とチョコアイスを食べながら、
「覚醒する可能性はゼロじゃねぇよ。確かに身体に〝血〟は流れているんだからな」
「………」
その言葉に、ティトンは知らずとフォークを握る手に力を込めていた。
(〝血〟は流れて――俺にも〝あの人〟の……)
顔も声も、覚えていない相手。
唯一、覚えていることと言えば、幼い頃に見た姿――こちらに背を向け、家を出ていく姿だった。
ドアの向こうに消える大きな背中は、一度も振り返ることはなかった。
「本当に……一体、どんな方法で……?」
脳裏に浮かんだその背を振り払い、ティトンはジオラに尋ねた。
「ただ発現するだけなら、手っ取り早く出来るが――」
そこで、何故かジオラは視線を逸らした。
「まぁそれは、おススメ出来ないな」
「そうだねー。最終手段だよねー」
そして、そんなジオラにじと目を送るエプリ。
(何だ?)
ティトンは小首を傾げて、二人を交互に見つめた。
「正攻法は、その〝力〟の使い方をきっちり教えてくれる奴に師事を仰ぐことだな」
ジオラはチョコレートがかかったバナナをエプリの器に入れ、「やったぁ!」とエプリは再びパフェに向かった。
謎のやり取りに困惑したものの、ティトンはジオラに尋ねた。
「使い方を教えてくれる人って……それって、一族の人に教わるってことですよね? でも、それだと聞いたことと矛盾が――」
一族に保護されているという〝混血〟。
それにも関わらず、全員が〝血〟に目覚めているわけではないのだ。
「いや。きっちり教えてくれる奴だよ。〝混血〟に合ったやり方を、な」
「……!」
「一族の奴らにとって〝血〟の覚醒なんて当たり前のことだ。わざわざ覚醒を促すことはねぇよ――〝力〟を持たなければ、それまでだ」
最後の言葉に、ぞくりっ、と背筋が震えた。
フォークを持つ手が滑り、皿に当たってガチャンッと音を立てる。
「まず始めるとするなら、〝力〟の制御の方法じゃなくてその覚醒を促すような訓練からだ。退魔師がやるような、な――」
「……霊力の制御の仕方とか、ですか?」
「ああ。けど、同じやり方で〝血〟が覚醒するわけじゃないぜ? その〝血〟に合った方法でやらなければ意味はないさ。それこそ、一族が知っているってわけだが――」
そこでジオラは言葉を止めた。
問いかけるような視線を受け、ティトンはゆっくりとその続きを紡いだ。
「…………でも、そこまではしないってことですよね? 〝混血〟、だから」
そういうことだ、とジオラは大きく頷き、
「だから、教えてくれる物好きを探さねぇとな」
「物好き……」
弱肉強食の〝闇〟の住人の中に、そんな人がいるのだろうか。
「ほとんどの一族は、その〝血〟に誇りを持っているからな……」
そう言って、ジオラは肩を竦めた。
つまり、〝混血〟を保護したとしても、その〝血〟の覚醒を促すことも鍛えることも少ないのだろう。
そこまで考えると、〝保護される〟と言われても言葉の通りの意味で受け止めることが出来なくなった。
(〝血〟に誇りを……)
ティトンは皿に視線を落としていたので、ジオラとエプリが視線を交わしたことには気づかなかった。
「お前、そう食いついて来るってことは……その〝血〟、使いこなしたいのか?」
「えっ? それは、」
はっとしてジオラを見るが、ふと、ある事に気付いて口を閉ざす。
ティトンは、ごくり、と生唾を呑み込んでから、
「な、何で……?」
ジオラの言葉は、ティトンが〝血〟を扱えていないことを指していた。
何故、そのことを知っているのだろうか。
「悪霊だぜ? 見たら分かる。その種族もな」
「そうそう。悪霊だもんね!」
「そ、そこまで分かるんですか……?」
当たり前だろと言わんばかりの二人に、ティトンは呆然と呟いた。
何となく引っかかりを覚えたものの、小さく息を吐き出して気持ちを落ち着かせ、
「使いこなしたいというか……どんな〝力〟なのかは聞いているんですけど」
「種族は知っているんだな?」
「はい。けど、そんな〝力〟は……」
ない、と口に出来ず、ティトンは小さく左右に頭を振るうことで示した。
フォークでケーキの端を突きながら、
「《退治屋》になるまでは、それでもいいと思っていました。どうやれば使えるようになるかも分からないし……例え、使えるようになったとしても、鍛え方も制御の仕方も分かりませんから」
制御できなければ、周りに迷惑がかかる。
〝闇〟では拙い〝力〟だとしても、〝現〟では十分強力なモノである可能性も高いのだ。
もしものことを考えているうちに、いつしか〝血〟の覚醒を恐れるようになっていた。
けれど、それは《退治屋》になるまでのことだ。
「んん? なるまではってことは、今は違うの?」
エプリの問いには、顔を上げずに頷きだけを返した。
「退魔師として、それなりに訓練は重ねて来たつもりでしたが……それだけでは、全然、通用しなくて……このままでいいのかと」
〝約束〟を果たすため、幼い頃から母親たちに鍛えられ、退魔師として登録するに十分な力は付けたと背中を押されて〝紹介所〟の門扉を叩いた。
けれど、〝闇〟が求める実力は予想以上に高く――新人という点を抜いてもついて行くのがやっとで、実力不足を痛感していた。
(――それに……)
そして、ジオラの話を聞いた後では――。
「……っ」
ティトンはぐっと息を詰めると、勢いよくフォークをケーキに突き刺した。
大きめに切ったケーキを口いっぱいに頬張り、飲み込んでからジオラに振り返る。
「もし〝血〟を使えるようになる方法があるのなら、試してみたいです」
「そうか……」
ジオラはティトンから器に視線を戻し、スプーンからフォークに持ち替えた。
「自分の種族を聞いているのなら、師事を仰ぐことが困難だってことも分かっているか?」
「………やはり、そうですか」
半ば予想していた答えに、小さく息を吐く。
ジオラはバナナをフォークに突き刺し、たっぷりと生クリームを付けた。
「サンゼたちに頼んだらどうだ?」
「! サンゼさんたちに、ですか……?」
そうだとジオラは頷いて、バナナを口に入れた。
モグモグと動かし、中の物を飲み込んでから、
「……気付いているだろ? あいつらの――サンゼとアミドの種族」
「っ…………はい」
彼らと出会い、話をしていくうちに〝親しみ〟を感じ――ふと、同じ種族なのだと気づいた。
ティトンが気付いたのだ。彼らも同族と気づいているだろう。
だから、何かと声を掛けて来てくれたのだと思う。
(でも、さっきの話だと――)
《退治屋》の〝混血〟への認識。
保護という名目で〝混血〟を囲う一族。
〝血〟を誇る〝闇〟の住人たち。
そして、何よりもサンゼたちが高ランクの実力者であるということ。
それらのことを踏まえて考えると――
(疑いたくは、ないけど……)
彼らの善意を信じたいし、無事に〝約束〟を果たすためにも〝力〟が欲しい。
そのためには、彼らの手を取るのが最善なのだろう。
けれど、例え〝血〟の覚醒を求めたとしても、ティトンが帰る場所は〝現〟なのだ。
「………あの人たちに頼るのは、申し訳なくて――」
ぐるぐると空回りするばかりで考えがまとまらず、ティトンは最初に抱いた気持ちを吐露した。
「なら、他に師事を仰げそうな奴を探さねぇとな」
「っ! そ、それは……」
ただ事実を指摘したジオラの言葉が胸に突き刺さり、ティトンは息を詰めた。
そんな相手は――伝手はないからだ。
「いるのかって聞こうと思ったが……まぁ、いないよな」
「………はい」
がっくりとティトンは肩を落とした。
頼れそうなのはサンゼたちしかいないが頼りにくい――複雑な心境に唸っていると、
「何なら、紹介してやろうか?」
「えっ!?」
ジオラの軽い声に勢いよく振り返ると、カウンターに片肘をついてこちらを見ている彼と目が合った。
「これでも、そこそこ《退治屋》として活動しているからな。何人か知り合いはいるぜ? しかも、俺と交友がある程の変人だ」
「………変人って」
ティトンは言葉が続かず、呆然とジオラを見つめた。
「でも……どうして……?」
「まぁ、この前の詫び二つ目ってことで」
ジオラはフォークを持つ手を伸ばして来たかと思えば、すっとフルーツケーキを一口分だけ取っていった。
大口を開け、一口でケーキを頬張るジオラ。
「詫びって……奢ってもらってますし」
どうしてそこまでと考え、少し眉をひそめた。
先ほど聞いた〝事情〟を思い出したからだ。
「……登録してから、結構、揉まれたんだなぁ」
ティトンの表情の下にある感情を正確に読み取り、ジオラはそう言った。
あっさりと見破られたことに目を泳がせ、
「さっきの話を聞いたら、余計に……」
素直に認めると、だろうな、と納得したようにジオラは頷く。
機嫌は損ねなかったようなので、ティトンは内心でほっと息を吐いた。
「…………一つ、お聞きしてもいいですか?」
「何だ?」
「最初に、噂を聞いて会いに来たわけではないと仰っていましたが………それなら、どう言う理由で会いに?」
ジオラは登録してから今まで流れていたティトンの噂を聞いていないと言っていた。
恐らく、さっき聞いた〝混血〟に関する事情が関係しているとは思うが、それだけでわざわざ会いに来た上に、手を貸すようなことを提案するだろうか。
「そりゃ、色々と面白そうな奴だからな。お前」
「えっ……それだけ、ですか?」
「何だ? 他にどんな理由があるんだ?」
予想以上にあっさりとした理由に重ねて確認すると、心底不思議そうな顔で言われた。
「えっ?……えっと……」
「深く考えちゃダメだよ。本能で動く悪霊だもん!」
ティトンが混乱して言葉に詰まると、エプリが明るく笑いながら言った。
「ジオラが興味を持つのは、面白いこととか甘い物とか、悪霊を退治することだからねー。普通の人に見えても、その考え方は全然違うよー?」
「……………ぁ――」
そこで、ティトンは講習で言われたことを思い出した。
―――「人型を取り、理性は高いとは言え、その思考は本能に従うことが多い」
―――「特に〝収穫祭〟が近づく十月が要注意だが、それを過ぎても動向には気を付けろ」
いつの間にか、ジオラが悪霊であることは頭の片隅に追いやっていた。
あまりにも〝人〟と変わらなかったからだ。
(……想像していた感じと、全然違うし……)
今思い出したと言わんばかりのティトンの表情に、お前なぁ、とジオラは苦笑した。
「――まぁ、あとは先入観のない奴は貴重だからな」
「……!」
さらりと言われた言葉に、はっとした。
(そっか。この人も俺と同じ………)
ティトンは〝混血〟故に〝半端者〟と言われているが、悪霊である彼もまた、ある意味ではそうなのだろう。
先ほどの先輩たちがジオラを見た時の表情を見れば、それは容易に想像がついた。
(信頼、していいのかは分からないけど……)
面白いと言われて戸惑いはあるが、本能に従うその言葉は信用できるような気がした。
ジオラやエプリの雰囲気も、嫌な感じがしない。
ティトンは心を決め、真っ直ぐにジオラを見つめると、
「……ありがとう、ございます」
頭を下げたティトンにジオラは虚を突かれたような顔をして、エプリに振り返った。
「何か、お礼言われたぜ?」
「んー……ん?」
ゆっくりと小首を傾げていくエプリ。
ティトンは頭を上げ、二人の様子に小さく笑みを浮かべた。
「―――紹介を、お願いしてもいいですか?」
「ああ、いいぜ」
ジオラは強く頷いた。
「声を掛けるのは引退している奴らばかりだから、気が合いそうになかったら断っても大丈夫だからな」
「引退した方、ですか……?」
「引退と言っても〝闇〟には長寿の種族もいるから、その実力は現役と変わらねぇぜ? 気分で辞める奴が多いんだよ、《退治屋》は」
ティトンが小首を傾げると、そう付け加えられる。
(その辺りも、退魔師と違うんだな……)
なるほどと思いながら頷くティトンにジオラは、にやり、と笑い、
「安心しろ、とっておきの変人を紹介してやるから」
「とっておき……」
一体、どんな人なんだろう、とティトンが頬を引きつらせると、
「〝とっておき〟はダメじゃないかな?」
そう、エプリのツッコミが聞こえた。
***
ジオラは例の子ども――ティトンとの話を終え、四日後に会う約束をして別れた。
十の黒い扉が並ぶ専用のホールに足を向けつつ、
(さぁーてさて。どうしたものか……)
『どうしたもこうしたも、紹介するんでしょ?』
頭の中に、ジオラの影に潜るエプリの声が響く。
(まぁ、そうだけどな――って、お前も気づいているだろ?)
『んー?』
すっ呆けたエプリの声に、ジオラは顔をしかめた。
(…………予想以上の厄介事だな、これは)
やはり〝魔女〟の望み通り、面白い方に動いている気がしてならない。
『はいはい。自分も興味津々なんだから、諦めたら?』
軽くエプリに言われ、ジオラはむっと口を閉ざした。
改めてティトンと会ってみたが――やはり、面白い奴だと思った。
術中にはまって忘れていたとはいえ、ティトンが〝混血〟であることは気付いていた。
また、その種族についても、あのサンゼたちが声を掛けたことから予想はつき、今日、間近で術を見ているうちに確信に至っている。
それと同時に、何故、ルネが会いに行けと言ったのか――その理由も分かってしまったが。
これからどう立ち回るか考えていると、
『やっぱり、紹介する人は〝あの人〟?』
(アイツしかいないだろ……)
ティトンと同じ種族で、紹介できる人物となると一人だけだ。
例え、ティトンがサンゼたちと知り合っていなかったとしても、サンゼたちを紹介しようとは思わない――出来ないが。
何故なら、ティトンの内に宿り、術で隠されている光は〝真紅〟。
その色が示すのは、彼の身に吸血鬼の〝血〟が流れていると言うこと。
彼の一族は〝闇〟の住人たちの中で、最も〝血〟に誇りを持っている。
その〝混血〟となれば、他種族の〝混血〟以上に厄介な存在だ。
その上、一族の保護を逃れていることも加われば、かなりの〝訳あり〟だろう。
『えーと……引退して、何処かの山奥にいるんだよね?』
その影にいるため、ジオラの感情を正確に読み取ったエプリだったが、そのことには触れずに話を進めた。
(ああ。ちょっと厄介な場所だったな)
知人からアイツの噂を聞いたのは、十数年ほど前。
《退治屋》の中でもトップクラスの実力者でありながら、引退した後のことは全く噂を聞くことはなかったのだが、どうやら、何処かの山奥に引きこもったらしい。
それも、ただの山奥ではない場所に。
『引き受けてくれるかな?』
(そこは大丈夫だろ)
『そうかなー?』
少し不思議そうなエプリに、ジオラは苦笑した。
アイツの頑固さを分かっているからだ。
(さて、行き先は――)
ジオラは黒い鍵を手に扉の前に立った。
アイツの居場所を知らなかったが、〝魔女〟からの依頼で会いに来たのだ。
この鍵の行き先は、そこに決まっているだろう。
鍵穴に鍵を差し込み、ガチャリ、と道を繋げた。
扉を開けると、その先に見えたものは――
(……森か)
『うわー。凄い霊力……』
数メートルほどで途切れた地面に、視界の半分以上を埋める深い森――そして、その向こうに山脈が見えた。
扉をくぐれば、ギギィー、と軋んだ音を立てて勝手に閉まっていく。
後ろを振り返ると、ゴツゴツとした垂直の崖とそこに立てかけられた木の扉が一つあった。
どうやら、ジオラが立っているのは崖の一角にある僅かな出っ張りのようだ。
(何で、こんな場所なんだ? アイツの家の物置でも使えばいいのに……)
周囲一帯には人型でも分かるほどに緻密な結界が幾つも張られているが、その隙間をついて〝扉〟を設置することなど〝魔女〟には容易だろう。
『面白くないから、じゃない?』
十分あり得そうな理由に、はぁ、とジオラはため息をついた。
サバイバルかよ、と森に向き直り、
(エプリ、アイツがいる方向が分かるか?)
『んー……色んな術がかかるし、今はちょっと分かりにくいかな?』
その返答にジオラは手で日差しを遮りつつ、空を見上げた。
燦々とした輝きを放つ太陽に、目を細める。
深い木々に覆われて影が多いとはいえ、まだ日も高いのでエプリの〝力〟も弱まったままなのだろう。
(本格的な散策は、夜か……)
『そっちは、やっぱりダメ?』
エプリの問いに手を下ろし、ぐっと握ったり開いたりして確認した後、ジオラは片眉を上げた。
(ちょっと違和感があるな……無理そうだ)
人型になると〝力〟は本来の十分の一ほどに抑えられるが、その分、霊力による術や〝力〟への抵抗力は飛躍的に高まっていた。
感知の方は、多少鈍る程度だったが、どうやら人型になっているとはいえ、森に張られた術の影響を受けているようだ。
完全に発動していないとは思うが――発動していれば悠長にしていられないはずなので――もう少し〝力〟を抑えた方が動きやすいだろう。
(ルネが何かしていそうだが……ティトンに掛けられた術のこともあるからな。捜索は頼むぜ)
『うん。分かった!』
エプリは精霊――この世界に自然と在る存在だ。
自然に満ちた霊力を使って張られているこの森の術――認識阻害や結界など――の影響は受けにくい。
(近づけば、あっちも俺たちに気づくだろ……気長に行くか)
『四日後までにね!』