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炎を纏ってかぼちゃは踊る  作者: かぼちゃ
第2夜 とある《退治屋》の災難?
17/33

第2話 かぼちゃ、奇妙な《退治屋》を見つける



 〝収穫祭(ハロウィン)〟が終わった十一月の初め。

 〝十一月一日(万聖節)〟が過ぎた直後は〝力〟が不安定になるため、悪霊〝ジャック・オー・ランタン〟のジオラは、庇護を受けている〝黒の魔女〟の下で相棒と共にのんびりと過ごしていた。


(やっぱ、ココのケーキ屋はロールケーキだな!)


 〝黒の魔女〟が経営する店舗の奥にある住居スペース。

 リビングのテーブルに座り、近くの店で買って来たロールケーキを頬張っているのは、赤みがかったオレンジ色の髪を持つ少年――人の姿を取っているジオラだった。

 今は(・・)十代前半ぐらいの姿で、その目の前にはロールケーキが一本丸ごと置かれていて、それを片端からフォークで一口大に切っては口に放りこんでいく。


『えぇー! プリンだよ、プリン!』


 モグモグと口を動かし、内心で呟いたジオラの頭の中に否定の声が響いた。

 その声の主は、テーブルの上にあるプリンアラモードに特製(ミニ)スプーンを突き刺している三頭身の小人だ。身長は二十センチぐらいで黒に近い紫色の髪と瞳を持ち、不思議な文様が縫われた貫頭衣にズボンを穿いていた。

 ジオラは赤い目で小人――闇精霊のエプリを見下ろし、


(このふわっとした食感の生地に、やわらかめのクリームはちょうどいい甘さでしつこくなくて……おまけにたっぷりフルーツが入ってるんだぞ? 食べ応えも十分だ)


『こっちだって、クリーミーでおっきなプリンがどんっと入ってて、ほろ苦いキャラメルが多めだし、クリームとかフルーツが多いよ?』


 互いに手と口を休めることなく言い合っていたが、その美味しさは上手く言い表わせていなかった。




「面白い子と会ったのね」




 二人が言い合いながらも半分ほど食べた時、突然、リビングに笑いを含んだ涼やかな声が響いた。


「んぁ?」

「んんー?」


 ジオラとエプリは声がした方向――目の前に視線を向けると、切れ長の赤い目と目があった。

 いつの間かテーブルを挟んだ向かい側の席に漆黒の髪を持つ妙齢の女性が座り、見惚れるような美貌に艶やかな笑みを浮かべていた。

 右耳に黒水晶が付いたイヤリングをした彼女は〝黒の魔女〟――ルネ。

 ここの家主であり、ジオラの庇護者だった。

 ジオラとエプリはルネがリビングに入って来たことは気づかなかったが、そんなことよりも(・・・・・・・・)言われた言葉に動きを止めた。


(面白い、だと……?)


『うわぁー……』


 ジオラは慄き、エプリもうめき声に近い声を上げた。

 〝闇〟の住人の中でも異質な存在である〝魔女〟。

 傍観者である彼女が興味を持つ事柄(こと)など、厄介事以外の何ものでもないからだ。

 いつも被害(・・・・・)を受けている(・・・・・・)ジオラとエプリは、そのことを身をもって知っていた。


(……そんなヤツ、いたか?)


『えぇー……誰だろ?』


 ジオラとエプリは顔を見合わせ、〝その人物〟に心当たりがなかったので小首を傾げた。


『ルネが興味を持つぐらいだよね』


 んー、と唸りながらもエプリはスプーンを動かし、生クリームをプリンに塗り始めた。

 ジオラもロールケーキを一口サイズに切り、ぱくり、と口に入れた。


(印象には、残ってるよな……?)


『だと思うけど――でも、十月だったら……』


 エプリから、じとーっ、とした視線を受け、ジオラはモグモグと口を動かしながら顔を背けた。

 悪霊の〝力〟が最も高まる十月中は、少々、羽が伸びてしまうのは仕方がないだろう。

 ごくり、と口の中の物を飲み込んでからルネに視線を戻し、


「誰のことだ?」

「あら。二人とも楽しそうだったのに忘れたの?」


 まるで、その場を見ていたかのような口ぶりだが、それはいつものことだ(・・・・・・・)

 楽しそうだった、という言葉をヒントにジオラは記憶を探った。


(楽しそう……いや、本当に楽しかったのかは、微妙だな)


『そうだねー』


 ルネから見た感想なので、あまり当てには出来ないだろう。

 ルネは答える様子はない――つまり、暗に思い出せと言っているので、ジオラとエプリはここ数ヶ月のことを思い返していたが、


「―――――あ!」


唐突に、エプリが声を上げた。


「ん? 誰かいたか?」

「あら。思い出したのは、エプリの方?」


 ジオラとルネの視線を集め、エプリはブンブンとスプーンを上下に振るった。

 スプーンに付いた生クリームが飛んで来たので、慌てて身を引いて手をかざす。


「きっと、あの子だよ! あの子!」

「あの子ぉー?」


 手の平についた生クリームを舐めながら、子どもかよ、とジオラは片眉を上げた。


「ほらほら。ちょっと前に見かけた、変な子!」

「ちょっと前……?」


 エプリの〝子ども〟〝変な子〟という単語から、ジオラは改めて記憶を探っていき、


「…………ん? もしかして、サンゼたちと一緒にいた奴か?」


頭の片隅に(よぎ)ったのは、知人と彼らが連れていた子どもだった。


「そう! その子だよ!」


 でしょ、とエプリはルネを見上げた。


「ふふっ。当たりよ」

「やったぁっ!」


 にこり、と笑ったルネにエプリは飛び上がって喜ぶ。


「はい。ご褒美」


 ルネは何処からか取り出したチェリーを一つ、エプリのプリンアラモードの端っこに置いた。

 わーい、と再びプリンアラモードにスプーンを突っ込むエプリを横目に、ジオラはルネに尋ねた。


「それで、その子どもがどうしたんだ?」


 何故、〝魔女〟に興味を持たれたのか―― 一番の問題はそこだ。

 ルネは真っ直ぐにジオラを見つめ、


「あら。気付かない?」

「………?」


 質問を質問で返されてジオラは片眉を上げるも、何を、とは尋ねなかった。

 傍観者である故に様々な事柄を見る〝魔女〟は、多くを語らない。

 質問しても答えてくれることは少なく(気まぐれで)、稀に詳しく教えてくれたかと思えば、後から考えると重要な情報(・・・・・)だったということが多々あった。

 そして、今は(・・)話す必要がない――思い出す必要があるということなのだろう。


(―――はぁ……)


 ルネとの会話は、なかなか疲れる。

 話が進まないため、ジオラはその子どもと会った時のことを思い出そうと目を閉じた。


(アレは、確か――)


 約二カ月前、仕事帰りに散歩(・・)をした時のことだ。






         ***






 ―――――― 



 灯せ灯せ 炎を灯せ

 照らせ照らせ 闇夜を照らせ



 ―――――― 




 夜空に輝く月の光の下。

 ジオラは――かぼちゃ(本来)の姿で――鼻歌混じりにランタンを掲げ、左から右へと振るった。

 周囲に、ボッボボッ、と次々と炎の玉が生まれる。


(あんまり、育ってねぇなぁー)


 眼下に広がる黒い大地――闇夜に包まれた森には、数十人近い人の気配があった。

 そして、それらが囲んでいるのは、森にぽっかりと開いている場所。

 中心付近に朽ちた建物が見え、激しく点滅する〝光〟――霊力の力場の歪みに覆われていた。

 さらに、中心部には蠢く〝黒い光〟も――。


(まぁいいかー)


 カラーン、とランタンが鳴る。

 その音を合図に、周囲を漂っていた火の玉が一斉に眼下に――〝黒い光〟に向かって放たれた。

 火の玉は一直線になり、螺旋を描くように獲物(・・)に向かう。


『あー! マズイってー!!』


 ジオラは頭の中に制止の声が響くも、手を止めるつもりはなかった。

 炎の螺旋は〝黒い光〟に一直線に向かい、それを覆ったかと思えば数秒で焼き尽した。


『あーあ。やっちゃったよー』


(こういうのは、早いもん勝ちだぜー? エプリ)


 ジオラは笑いを含んだ声で声の主――エプリに言った。

 ここは、よく霊力の力場が不安定になりやすい場所で、ジオラは幾つかそういう所(・・・・・)を散歩コースに入れていた。

 近くを通りかかった時、エプリが力場の乱れが激しい――〝災級(オードラスカ)〟化する可能性が高い――と言ったので寄ったのだが、森の中にある気配から察するに他の《退治屋》たちも浄化しに来ていたようだった。


『ええー、依頼受けてないのに……怒られるよー?』


 以前、この場所は〝紹介所〟から定期的に討伐依頼が出されている――と言うようなことを聞いた覚えはあるので、この人数からして依頼中なのだろう。


(散歩中に遭ったのが運のツキだなぁ)


『もぅー。知らないからねー』


(へーいへい。―――けど、やっぱなり掛けはショボいな……)


 ジオラはランタンを眼前に掲げ、ランタンに吸い込まれた〝煌めき〟――悪霊を燃やして生まれたエネルギー ――を見つめた。


『勝手に手を出したのに……何か言ってるよ? 下で』


(だろうなー)


 エプリに軽く返し、眼下の森に散る〝気配〟に意識を向けた。

 炎を放って適当に悪霊を滅していると、




『――あれ? サンゼたちがいるよ?』




 ジオラよりも〝目〟が良いエプリは、散開する《退治屋》を見ていたが、唐突に驚いた声を上げた。


(ん? サンゼたちが、かー?)


 ジオラは内心で小首を傾げた。

 サンゼたち――サンゼのチームは、《退治屋》の中でもトップクラスの実力を持つ。

 〝災級(オードラスカ)〟ならまだしも、ただの討伐依頼を受けるとは思えなかった。

 手を止めて、ジオラは眼下に目を凝らした。


『んーと……何か、変な子と一緒にいるけど……?』


(変な子ぉ……?)


 不思議そうなエプリの声に訝しげな声を返すと、引っ張るような感覚があり――エプリに誘導されて――ジオラはそちらに目を向けた。

 それは、さっき〝黒い光〟があった場所だった。

 ぽっかりと空いたその場所の端にいる、四つの〝光〟。

 〝真紅〟と〝群青〟の〝光〟――その強さから、恐らく、サンゼたちだろう。

 そして、その近くには〝白い光〟があり――


(珍しいなー、あいつらが誰かを連れてるなんてさー)


『うん。でも、あれって……何だろ? ドエム?』


(……ドエムって)


 さすがにその言葉には、ジオラは呆れた声を出した。


『え? ああいうの(・・・・・)をドエムって言うんじゃないの?』


(知らねぇーなぁ)


『んんー……ツカサたちが言ってたの、あんな感じだったけど……』


 うんうんと唸るエプリに、何教わってんだよ、とため息をつく。

 そして、サンゼが連れている子どもを見つめた。

 鮮やかな色の中に混じる、〝白い光〟を――。


(んん?)


 すーっとそちらに向かって降りていくと、『どしたの?』とエプリが聞いて来た。


(いやー……あーと……んー……)


 言い表しにくい感覚だった。

 ジオラは曖昧な声を返しつつ、ある程度近づいたところでサンゼに声を掛けた。

 彼らもジオラが近づいてきていたのは気づいていたようで、〝真紅の光〟を放つ銀色の髪の男――サンゼは歩き出しかけた足を止めてこちらを振り仰ぐと「久しいね」と笑みを浮かべた。

 一緒にいるのは、チームメンバーで相棒の金色の髪を持つ男――アミドと萌黄色の髪を持つ女性――ユイリア、そして、初めて見る顔の青年だった。

 ジオラはサンゼたちと軽い挨拶を交わし、青年に顔を向けた。


(んー……?)


 年は十七、八歳ぐらいで金色の髪を持ち、碧眼を大きく見開いていた。

 〝闇〟の住人が過半数を占める《退治屋》は見た目と実年齢が異なる場合が多いが、この子どもの場合は見た目通りだろう。


『なるほど、新人さんか』


 誰だとサンゼに尋ねると、登録して間もない《退治屋》だと返答があった。


(そう言えば、最初は面倒を見ていたなぁ)


 何処か危い――場慣れしていないような雰囲気はそのためだろう。

 普通に挨拶をされたのには、少々、驚いたが。


『なんか、初々しい反応だね!』


(そーだなぁー)


 ジオラは、マジマジと青年を――その〝白い光〟の()を見て、




「お前、ドエムかー?」




気付けば、そう口に出していた。


『ジオラ! 声に出てる出てる!』


(―――っと。ついなぁー)


 うっかり漏れた言葉に、子どもはぽかんと口を開けた。

 その隣で、サンゼがつと目を細めた。


『ついって。サンゼ、怒ってない?』


(いや、言い出しっぺはお前だろー)


 目を白黒させる子どもは〝何か〟を言おうと唇を震わせ、




「―――とっ?」




 迫り来る何か(・・)を感じ、ジオラはその場を飛び退いた。

 シュッ、と足元を黒い影が通り過ぎる。


「何だぁー?」


 黒い影――ナイフが飛んできた方向へと視線を向けると、


「ジィィィオォォォォラァァァァァァ!!!」


憤怒の形相でこちらに向かってくる男が一人いた。

 その背後には「おい、待て!」と数人――男のチームメイト――が制止の声を上げながら追いかけている。


『あ。ノディーだ』


(あー……面倒だなぁ)


 再び、放たれるナイフをひらりひらりと交わしながら、ジオラは上空に逃げた。


「じゃあなー」


 軽くサンゼたちに手を振り、背に怒声を浴びながらその場を後にした。






         ***






(あの時は、ノディーの奴のせいでさっさと逃げてきたか)


 ジオラは子どもと会った時の――同業者に追いかけられて逃げた――ことを思い出し、はぁー、と内心でため息をついた。


『横取りするからだよー』


(だから、ああいうものは早いもん勝ちだろ)


 先に〝主役(プロタニス)〟を討伐したぐらいで、いつまでも煩い奴だ。


『もう何回目?』


(さぁなぁー……)


 何故か、ノディー(あいつ)とは散歩先でよく遇うのだ。その回数は覚えてはいない。

 今度、会ったら遊んでやるかと決め、ジオラは目を開いた。


「サンゼたちと一緒にいた子ども、な……まぁ確かに変な奴だったけど」

「そうそう! アレって、〝ドエム〟って言うんだよね?」


 口元がクリームだらけのエプリは、またあの話を蒸し返してきた。

 ジオラはエプリに呆れた目を向け、


「お前、また……」

「ふふっ。さぁ、どうかしら」


 ルネは答えをはぐらかし、ジオラに尋ねた。


「でも、面白い子だったでしょう?」

「っ……」

「そう言えば、ジオラも興味津々だったよね?」


 ジオラはルネの言葉にぐっと息を詰め、続いて言われたエプリの言葉に視線を泳がせた。

 エプリの言う〝ドエム〟かどうかは別にして、少し気になったのは確かだからだ。



 恐らく、そのこと(・・・・)が〝魔女〟の興味も引いたのだろう。



 ジオラは――悪霊は、〝生〟を持つ者を〝光〟として見えた。

 純粋な霊力しかない〝現〟の住人は〝白〟、血によって特殊な力を持つ〝闇〟の住人は種族ごとに〝色つき〟で。


(あの時、見えたのは……)


 サンゼたちが連れていた子どもに見えた〝光〟の色は〝白〟――〝現〟の住人に多い色だ。

 その色が《退治屋》に混じっているのは目を引いたが、決して、いないわけではない。

 退魔師(エクソシスト)から〝何らかの理由〟で〝(こちら)〟に来る者も少なくないからだ。

 ただ、新人(・・)という点は、今までに見た〝現〟から者たちとは違ったが。


(〝白〟だったが………何かが―――っ?)


 そこまで考えたところで、ジオラは眉を寄せた。

 悪霊としての本能――或は、何かしらの〝勘〟から、子どもに興味を引かれた。

 だが、それにも関わらず、何故か今まで(・・・)気にも留めていなかった――ルネに指摘されるまで完全に(・・・)忘れていたことに違和感を覚えたからだ。


「―――ね? 面白いでしょう(・・・・・・・)?」


 ジオラの様子が変わったのを察し、ルネは笑みを浮かべたまま言った。

 ざわり、と仮初めの身体――その両腕に鳥肌が立つ。


(……ヤバイな)


 なかなかの厄介事のような気がして、ジオラはため息をついた。


『どしたの?』


 不思議そうなエプリの問いには答えず、ルネを見据えた。


「………〝面白い〟のかもしれないが、サンゼたちが目を付けていたぜ?」

「ええ、そうね」

「………」


 あっさりと、何でもないように頷くルネにジオラは眉を寄せた。

 サンゼたちは〝五ツ星(サンキ・エワル)〟にこそ至っていないものの、いつなるのかと噂されるほどの実力者だ。その行動一つ一つが注目されており、あの子どもに接触した噂は既に《退治屋》――もしくは、〝闇〟側全体に広がっているだろう。

 そして、ジオラも関わったとなれば、さらに大きく――様々な憶測が織り交じった噂となるのは必然だった。

 さらにサンゼの種族のことを考えると、煩わしさと厄介さは増す一方なのだ。


(面倒なんだよな、あいつら(・・・・)……)


 同僚としては頼りになるのだが、あの種族(・・・・)には出来る限り関わりたくはなかった。


『えぇー。いい人たちだよー?』


(……それは、菓子をくれるからだろ)


 だいたい、菓子をくれる相手には「いい人だ!」と言う相棒だ。あまり当てにならない。


『でも、友達いるのに』


(友達?……まぁ、友達と言えば友達か)


 色々と面倒臭い種族だが、その中にも知り合い――いわば、戦友のような者もいた。

 随分と――あちらが《退治屋》を引退してからは、会っていなかったが。


(子どもに会ってこい、ってことだよなぁ……)


 ルネは行けとは命じてこないが、その表情や言葉から十分に読み取れた。

 いつも通り(・・・・・)、ジオラを通して子どもを観察するつもりなのだろう。

 ジオラは何となく気乗りせず、フォークに刺した果物に生クリームを絡めていると、


『………どの道、首を突っ込むことなると思うけど?』


(まぁなー)


 エプリのツッコミは、一理あった。

 このまま子どもに会いに行かず、討伐をこなしつつ散歩をしていたとしても、知らぬ間に誘導されて関わることになる――という未来(さき)が、これまれの経験上から容易に想像が出来るからだ。


『何かをしてきて、って言われるわけでもないけどね』


(そこが一番の問題だ……)


 ルネが関与するのは最初のみ、情報を渡すことだけだ。

 それは坂の上にある石を動かすようなもので、その後、転がっていく石がどうなるかは分からない。


『―――また、必要なこと(・・・・・)なのかもね』


 ただ確かなことは、例え厄介事だったとしてもその結果は悪い方向には行かない――後々、何かしら役に立つと言うことだった。


(いや、結局はルネの思い通りに――面白い方(・・・・)にいくだけだろ)


 偶々そう言う結果になっただけで、〝経過〟を覗き見て楽しんでいるような気がしたが。

 ルネ(魔女)興味本位(気まぐれ)による干渉(遊び)の最大の事例がジオラだったが、その事実はジオラの頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。


(………まぁ、興味がないってわけでもねぇし……仕方ないか)


 やれやれ、とため息をついてからジオラは小さく頷いた。


「そう。楽しみにしているわ」


 ふふふっ、とルネは楽しそうに笑った。






         ***






 ルネと子どもの話をして数日後。

 ジオラは(くだん)の子どもに会うため、いつも利用している〝紹介所〟からルネから聞いた番号の扉――別の支店に通じる扉――をくぐり、とある国の〝紹介所〟を訪れていた。

 ルネに指定された日時に来たので、子どもに会えない心配はしていない。

 現在のジオラの姿は、十代後半ほど。人型の見た目は自由に変えられるので、子どもの警戒心をほぐすため――警戒されたままでは面倒なので――似た年齢ぐらいがいいだろうという判断からだった。

 一方、エプリは驚かそうとジオラの影に隠れていた。

 

(さてと。何処に――ん?)


 ホールに出たところで微妙な気配を感じ、ジオラは内心で小首を傾げた。


(何だ?)


『んーと。あっちからだね』


 さっと気配を探ると、その原因は待合場のようだった。

 そちらへ振り返ったところで、


『―――あ! いたよ、あそこ!』


 エプリが示す方向(何かに引かれるまま)に視線を向けると、カウンターの壁際に身長二メートル近い大男たちが四人、たむろっていた。

 その隙間から、小さな人影が見える。


(……何、やってんだ? あいつら)


 枯草色の髪に二メートルほどの身長、筋肉に覆われたあの巨体は森鬼(オーガ)だ。

 本来の姿は、薄緑色の肌にもう少し背が高く、体格も一回り以上大きいので、今は〝現〟の住人に擬態しているようだ。

 あまり意味があるようには思えないが。


『えーと……お話?』


(お話の意味が違うと思うぜ……)


 いかにも険悪な雰囲気を漂わせているのを感じながら、そう言い表すエプリにジオラは呆れた。


(何であいつらがわざわざ……サンゼたちのせいか?)


 ジオラも見覚えのある森鬼(オーガ)の四人組は〝三ツ星(トロワ・エワル)〟のチームだったはずだ。

 四人のうち二人が子どもを煽り、一人がその様子を分析し、もう一人は周りを牽制していた。


普通は(・・・)手を出さないけどね?』


(まぁ、その威光(・・・・)が効かない奴らもいるだろ)


 サンゼたちの実力やその種族は〝闇〟では上位の存在であるが、その威光が誰にでも有効という訳ではない。

 その証拠に、待合場にいる他の《退治屋》の様子――好奇や嫉妬など様々な感情が乗った視線――から、このやり取りが何度も繰り広げられていることが伺えた。


『ジオラみたいな?』


 あぁなるほど、と納得するエプリを無視し、災難だなぁと呟いた。

 サンゼたちに声を掛けられなければ、絡まれることもなかっただろうに。


『けど、今からが(・・・・)もっと不運かも』


 くすくすと笑いながら付け加えられた言葉に、ジオラはぴくりと眉を動かした。


(それ、お前も含まれているからな?)


『ええー!!』


(お前も今から行くのに、何で驚くんだよ……)


 他人事のように驚く相棒に、はぁ、とため息をつく。


(ひとまず、俺が声を掛けるまで気配を消してくれ)


 人型の時は気配が読まれにくいので、まだ受付嬢たち職員以外はジオラたちに気づいていない。

 子どもがいる場所(あそこ)まで周りに気付かれずに近づくために頼むと『はーい』と少し不服そうな声が聞こえた。

 ジオラはそれを無視して、ゆっくりと歩き出した。

 待合場を横切るが、周りのテーブルにいる者たちは誰も――何人かは違和感を覚えたのか辺りを探りだしたが――ジオラに視線を向けることはなかった。

 近づくにつれて、森鬼(オーガ)たちの隙間から子どもの姿が見えるようになった。


「―――」


 端末を取られ、煽って来る森鬼(オーガ)の一人に、子どもは顔を上げて睨みつけた。

 以前、見た時よりも強い光を宿した碧眼が見え、

 

(―――なるほどな(・・・・・)


つと、目を細めた。

 子どもの中に見えた〝白い光〟は、一見、何の変哲もないもので、彼と会ったほとんどの者たちは〝現〟の住人だと思うだろう。

 だが、感知能力に優れている者か同族(・・)なら違和感を覚えるはずだ。

 その()にある、馴染み深い〝気配〟を感じて――。


『―――ジオラ』


(ああ。分かってる)


 ジオラとある程度は感覚を共にしているエプリも察し、少し真剣な声を掛けてきた。

 それにジオラは口の端を上げて答え、




「―――なぁーに、遊んでんだぁ?」




笑いを含んだ声を掛けた。


「っ?!」


 子どもはびくっと肩を震わせてこちらを振り返ると、驚愕の眼差しを向けて来た。

 一方、森鬼(オーガ)たちはふっと湧いて出た気配に警戒して周囲を見渡し、ジオラを見止めた途端に顔をしかめた。

 その中でも周囲を牽制していた森鬼(オーガ)は、一瞬だけ苦虫を噛み潰したような顔をした。全く気付いていなかったようだ。


(なかなか、面倒なことになってるなぁ)


 ジオラは子どもや森鬼(オーガ)たちの様子に笑みを濃くし――子どもから目を離すことは出来なかった。




―――何故なら、その〝光〟の奥底に〝闇〟の住人の〝()の気配がした(が隠されていた)からだ。




 ぼんやりとしか見えない奥底の〝光〟にジオラは目を凝らし、


(術者の痕跡は一切なし、か………)


 子どもに施された術が〝()〟を隠し、〝現〟の住人であるように見せていた。

 そして、気付いたとしてもそのこと(・・・・)を忘却させ、さらには術を掛けられたことも悟らせないという強力且つ高度な術だった。

 恐らく、相当な実力を持つ術者によって施された(モノ)だ。


(この感じ……全員、とはいかないだろうが――)


 子どもに違和感を覚えた者もジオラ同様、忘れてしまっているだろう。

 一体、どれだけの者が子どものその異常さ(・・・・・)に気付いているのか――。


『ホントだね。でも、何でこんなことするんだろ? やっぱり、ドエム?』


(いい加減、ソレから離れてくれ)


 いつもの調子で呟くエプリに呆れた声を返した。


かなりの(・・・・)厄介事だな、これは)


 子どもに関わるということは、いずれ、その者と接触する可能性が高くなるが、


(…………………やっぱ、ルネの手の平の上か)


面白いと思ってしまった時点で負けか、と思うジオラだった。



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