第1話 新人《退治屋》、絡まれる
「ティトン。片づけが終わったら、お昼行ってもいいから」
会議が終わり、後片付けを始めたティトンに先輩の一人がそう声を掛けた。
「はい! 分かりました」
ぞろぞろと先輩たちが部屋を出ていく中、プロジェクターやレーザーポインターなど、会議で使った物を手早く片付け、最後に天井から吊り下がっているスクリーンを引き上げて仕舞い、会議室を後にした。
片手で抱えていた資料を自分のデスクに置いて「お昼、行ってきます」と近くにいた先輩に声をかけてから弁当の包みを片手に休憩室に向かった。
休憩室には十人ほどがいて、それぞれ、自由に席に座っている。
ティトンは「お疲れ様です」と声を掛けながら入り、備え付けられたコーヒーメーカーから紙カップにコーヒーを淹れた。
定位置になっている入り口から最も離れた窓際のテーブルに向かう。
「……ふぅ」
壁を背にイスに座り、コーヒーを一口。
ぼぉっ、とした視線を窓の向こう側――街並みに向けつつ二口目を飲み、カップをテーブルに置いて弁当の包みを開けた。
中には大きめのカツサンドとサラダ、フルーツが入っていた。
(今日はカツか――)
ぺろり、と唇を舐め、両手でカツサンドを持ってかぶりつく。
「―――お疲れ」
モグモグとカツサンドを食べていると、すぐ前に誰かが立った。
食べる手を止めて見上げれば、四十代後半ぐらいの男性が目に入る。
「っ―――お疲れ様です……!」
ティトンは慌てて口の中の物を飲み込み、会釈を返した。
ブラウン色の髪は綺麗に整えられ、同じ色の瞳は細められて真っ直ぐにティトンを見つめていた。
男性の名前は、オットー・コーツ。
ティトンがバイトをしているココの――デザイン事務所の所長だった。
オットーは四角い包みを掲げ、
「一緒にいいか?」
はい、とティトンは頷いた。
オットーは母親の古くからの友人で幼い頃からの知り合いだったが、今は雇い主だ。
ティトンは昔から絵が描くことが好きで――母親の仕事がデザイナーということも影響して――芸術関係の勉強のために進学を考えていた。
無事に卒業試験にも受かったのだが、〝とある事情〟から数年間ほどは大学に通うのを諦めなければならなかった。
ただ、バイトは出来るので社会勉強がてらデザイン事務所に行こうかとバイト先を探していたところ、その〝事情〟も知っており、デザイン事務所を経営しているオットーが「うちに来ないか?」と声を掛けてくれたのだ。
オットーは弁当の包みを開きながら、
「もうすぐ三カ月だが、どうだ? 慣れて来たか?」
「はい。皆さんには、よくしてもらっています」
最初の一ヶ月ほどは覚えることが多くて大変だったが、今は少し余裕がある。
先輩たちに教わったことなどを話すと、オットーは昼食をとりながら幾度か頷いた。
「なら――あっちの方はどうだ?」
そして、周りに聞こえないように小声でそう尋ねて来た。
あっちというのは、ティトンの仕事のことだ。
「あっちの方は……」
あーと、とティトンは何とも言えない表情を返した。
それを見て、オットーは僅かに眉を寄せた。
「やはり、《退治屋》は違うか?」
「そうですね――」
オットーからその単語が出て来るのは、ティトンの〝事情〟を知っているだけでなく、彼自身も退魔師だったからだ。
母親と同様、すでに現役は引退しているものの、今は普通の仕事に就きながら弟子を育てていた。ティトンも、何度か手ほどきを受けたことがある。
また、この事務所でティトンが《退治屋》をしていることを知るのはオットーだけではなく、先輩たちの中にもいた。
彼らも現役の退魔師――兄弟子のような存在――で、その協力もあって〝現〟のバイトと〝闇〟の仕事を両立出来ている状態だった。
「オットーさんたちに聞いていた退魔師の話とは、ちょっと……」
「そうか。退魔師も、《退治屋》の実情はそれほど詳しくは知らないからな」
ティトンが〝ティルナノーグ紹介所〟で登録をし、二カ月が経とうとしていた。
これまでに四回ほど討伐依頼を受けていたが、その間あった〝あること〟を思い出し、知らずと口元に苦笑が浮かんでいた。
「どうした? 何か嫌なことがあったか?」
「えっ……いえ」
心配するオットーの声に、ティトンは頭を左右に振った。
《退治屋》になり、時が経てば〝何か〟はあるだろうと覚悟はしていたのだ。
それが少し――思っていた以上に大きかっただけのこと。
〝闇〟側は弱肉強食の世界だが、まだ大丈夫だろう。実害はない。
「本当か? 〝闇〟は、若くても容赦がないからな」
「大丈夫ですよ。まだまだ未熟なので、これから頑張らないといけないですけど」
オットーはまだ引っかかるのか何か言いたげな表情をしたが、小さくため息をついた。
「《退治屋》になる可能性は聞いていたとはいえ、やはり……」
「………」
ティトンは〝現〟の住人だ。
最初、〝ティルナノーグ紹介所〟に登録するために訪れたのは、退魔師側の方だった。
だが、受付に行って申請を行おうとしたところ、《退治屋》の方に案内されたのだ。
母親からその可能性は聞かされていたとはいえ、実際に〝闇〟側に案内された時は戸惑ったが。
―――「十九歳になったら〝ティルナノーグ紹介所〟に登録するって、〝あの人〟と約束したから」
昔、霊力を操る訓練を始める時、母親はティトンにそう言った。
口元には笑みを浮かべていたものの、少し悲しげに瞳を揺らして。
(〝約束〟、か……)
幼心に残っている母親のその表情の理由は、今もよく分からない。
〝あの人〟がいないからなのか、それとも別の理由があるのか――。
「でも、〝闇〟側を色々と知れるのは、勉強にはなりますから」
「…………」
「ただ、無理のない範囲で頑張ろうと思います」
ティトンが《退治屋》として登録したのは、〝約束〟があったからだ。
それがなければ自衛のためだけに鍛えていただろう。
ティトンの夢は母親のようなデザイナーになること――〝現〟の仕事に就くことなのだから。
「……………………………………そうだな」
オットーはじっとティトンを見つめていたが、小さく笑みを浮かべた。
その表情は幼い頃に見た母親の笑みと重なったが、その理由を問うことは出来なかった。
***
昼間は社会勉強を兼ねてデザイナー事務所でバイトし、夜は不定期ながらも《退治屋》の仕事をこなす――そんな二足の草鞋を履いていたティトンに〝転機〟が訪れたのは、オットーと話して数日後のことだった。
「―――」
その日、ティトンは依頼を受けようと〝紹介所〟を訪れた。
ホールに出た途端、待合場からいくつか視線を感じたが、気にせずに受付に向かった。
一番端にある依頼の更新専用のカウンターに立つと、受付嬢は無表情で一礼した。
「いらっしゃいませ。依頼の更新をご希望でしょうか?」
「はい。更新をお願いします」
ティトンはウエストポーチから端末を取り出して、カウンターに置いた。
「承知いたしました。少々お待ちください」
受付嬢は端末を手に取り、カウンターの中で幾つか操作した後、ティトンに差し戻す。
「現在、クラコーン様に受理可能な依頼が五件、追加されました。ご確認ください」
「ありがとうございます」
ティトンは会釈をして受付を後にし、待合場に向かった。
やや定位置になりつつあるカウンターの片隅に腰を下ろすと、「いらしゃいませ」と店員が近づいて来た。
カフェオレを頼んで、手元の端末に視線を落とす。
「―――」
「―――」
ひそひそと囁くような声と共に、背中に幾つもの視線が突き刺さった。
(ヤバイな。早く、出ないと――)
その中に感じるモノにティトンは少し眉を寄せ、追加された依頼に目を通していく。
視線も声も、自意識過剰ではなかった。
ここ最近は――〝紹介所〟に来るたびに晒されているのだ。
時には、絡んで来る先輩たちもいるほどに。
(……………………まさか、有名人だったとは思わなかったな)
そのきっかけとなったのは、初めての討伐依頼で声を掛けてくれたサンゼたちだった。
あの時は声をかけられたことの嬉しさとヘマをしないかの緊張もあって、チーム名を詳しく聞いていなかったが、後から彼らのことを調べて驚いた。
(〝四ツ星〟の、チームとか……何で、そんな人たちがいたんだろ)
《退治屋》も実力や実績などからランク付けがされ、身分証と鍵の模様に記されている。
新人であるティトンは最下位――〝一ツ星〟だ。
ランクが上がることに一つずつ星が増えていき、最大は五つ。
それぞれのランクの名称と認識としては、
〝一ツ星〟――新人、半人前。
〝二ツ星〟―― 一人前。
〝三ツ星〟――中堅クラス、全体の四分の一ほど。
〝四ツ星〟――上位者、さらに一握りの者しかいない。
〝五ツ星〟――最高位、確認されているのは十人だけ。
と、なっていた。
このランクの中で、ユイリアは〝三ツ星〟、サンゼとアミドに至っては〝四ツ星〟で、《退治屋》の中でもトップクラスのチームとして有名だったのだ。
あの時、依頼を受けた先輩たちの中で、彼ら以外に上位クラスのチームはおらず、いたとしても中堅クラスのチームだったため、その動向は注目の的だったらしい。
だが、彼らが声を掛けたのは〝現〟から登録に来たティトンだけだった。
そのことは、依頼が完了した直後から噂となって《退治屋》の間に広がったようだ。
(しかも、指導とか……)
その後、サンゼたちとは〝紹介所〟で何度か会い、その度に声を掛けて来てくれた。
そして、少し前には指導を受けてみないかと言われ――それはチームに入らないかと誘われたも同然だった。
その噂は先のモノよりも早く、大きく拡散してしまい、ティトンは依頼先で様々な感情が乗った視線に晒されることになった。
さらにティトンの〝ある事情〟が知られると、絡んで来る先輩たちが現れるようになったのだ。
(誘ってくれたのは、嬉しかったけど――)
依頼をこなしていると、自分はまだ未熟も未熟と再確認することになったので、正直、サンゼたちの申し出は有難かった。
けれど、ティトンは《退治屋》の仕事に就くつもりがないのだ。彼らの手を取ることは、迷惑にしかならないだろう。
「―――だ―――ろう」
「や―――。どう―――」
上手く聞き取れない程度の大きさになった囁きに、ティトンは意識を背後に向けた。
その囁きは待合場にいる全員が聞き取りにくいわけではなく、むしろ、ほとんどの者が聞こえているだろう。
その証拠に、ティトンが背中に感じる視線が増えていた。
(……っ!)
震えそうになる身体を端末を握り締めることで抑えていると、ことっ、と目の前にカップが置かれた。
はっとして顔を上げれば、店員と目が合う。
「ごゆっくり、どうぞ――」
僅かに笑みを見せ、そう一言言い残して離れていった。
ティトンは詰めていた深く息を吐き出した。
ひとまず、落ち着こうと端末をカウンターに置き、カップに右手を伸ばす。
(気にしたって仕方ない。とりあえず、依頼をこなして慣れないと――)
程よい甘さにほっと息を吐き、ティトンは半分ほど飲んだところでカップを置くと端末を手に取る。
(四日後なら、何もないはず)
新しく追加された依頼のうちの一つの内容を詳しく見ているところに、
「よぉ、ちょっといいか?」
笑いと――蔑みの混じった声がかかり、びくりっ、と肩が震えた。
すぐ横のカウンターに手が置かれ、ティトンはゆっくりと振り返った。
「………」
カウンターに寄りかかるように立つのは、三十代半ばほどの男性だった。
枯草色の髪は短く刈り込み、体格はずんぐりと熊のように大きく、背もかなり高い――ゆうに二メートルは超えているだろう。
圧し掛かる様に上から茶色の目に覗き込まれ、ティトンは息を呑んだ。
「お話ししようぜ。〝大型新人〟くん」
にやり、と嗤いながら言われたその言葉に、目元を歪める。
〝大型新人〟――それは、決して期待からの呼び名ではないのを知っているからだ。
「な、何のご用でしょうか……?」
大男の後ろには、同じような背丈の男が三人いた。
三人とも目の前の男と同様に枯草色の髪と茶色の目を持ち、背や体格こそ目の前の大男よりも低かったり小さかったりするが、ティトンから見れば十分大きかった。
一人は目の前の大男よりもやや背は低く、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべていた。
もう一人は細身だが背は一番高く、感情のない冷めた目を向けて来る。
そして、最後の一人は後ろ姿しか見えない――興味がないと言わんばかりに、そっぽを向いていた。
(チーム……同じ種族の人たち、か……?)
取り囲まれているわけではないが、カウンターの隅に座っているために逃げ場がない。
「なぁーに、噂に聞く〝大型新人〟くんだからな。ちょっと話をしてみたくてなっただけだ。――今、いいだろ?」
付け加えた最後の言葉だけ声色が一段と低くなり、有無を言わせない雰囲気に呑まれてティトンは僅かに首肯した。
にぃっと大男は笑みを濃くすると、ティトンのすぐ隣のイスに腰を下ろした。
「で? どんな依頼を受けるんだぁ?」
「―――ぁ……」
大男は名乗りもせずに、ティトンの端末を手に取った。
あっと思わず手を伸ばすが、じろり、と睨まれて手をひっこめた。
「ほぉほぉ……この依頼をなぁ」
大男は依頼を読むと、何度か頷いた。
その顔に浮かぶ感情を読み、ティトンはぐっと息を詰めた。
「まあまあだな。けど、〝あいつら〟には生ぬるい依頼だぜ?」
可哀想に、と眉を下げる大男に目元が歪んだ。
大男が言う〝あいつら〟が誰のことを指しているのか、それぐらいは分かる。
「私は、あの人たちのチームメイトでは――」
「なら、一人で受けるのか!」
ティトンの声を遮り、大男は声を張り上げた。その目を大きく見開いて、
「こりゃ、おったまげたなぁ。新人が、依頼を一人で受けるとはっ」
音量は下がったものの、この場にいる全員に聞こえているだろう。
「さすがは〝大型新人〟だ。実力も確かなんだな」
「っ―――いえ。まだ、未熟者です……登録して間もないですし、チームに入るよりも慣れることに重点をおいていますので」
弱肉強食の世界で未熟者と認めるのは危険な気がしたが、すでにティトンの実力も噂で広まっているので今さらだ。
早く話を切り上げたいその一心で、ティトンは言い切った。
へぇ、と大男は口の端を上げ、
「―――ま、〝半端者〟なら仕方ねぇな」
「―――っ」
見下した声色に、くっ、と奥歯を噛みしめ、言い返したい衝動を堪える。
「何だぁ? 何か言いたげだなぁ?」
けれど、大男にその葛藤は筒抜けのようだった。
言ってみろ、と面白げに語る目を睨み上げると、小さく息を吸ってから口を開いた。
「―――なぁーに、遊んでんだぁ?」
言葉を発する前に、呑気な声がかかった。
「―――っ?」
まさか、声を掛けて来る人がいるとは思わなかったティトンは、はっとして声がした方へと振り返った。
「あ゛ぁ?」
大男も顔をしかめ、不機嫌そうな声を上げてそちらに視線を向けた。
(男の、子……?)
ティトンたちの視線の先には、一人の少年が立っていた。
年齢はティトンと同じが一つ二つ年下ぐらいで、赤みがかったオレンジ色の髪に赤い瞳を持ち、ラフな服装に身を包んでいた。
その腰には、暖かな光を放つかぼちゃ――〝ジャック・オー・ランタン〟のキーホルダーがある。
ティトンと大男たちの間に流れる険悪な雰囲気に気付いているのかいないのか分からないが、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「………お前は――」
大男たちは苦虫を噛みつぶしたような顔をしたが、ティトンはきょとんと少年を見つめた。
同い年ぐらいの――見た目だけかもしれないが――子に会うのは初めてだったからだ。
(けど――誰だ?)
困惑した視線を投げかけるティトンに対し、大男は少年を睨み付けている。
その仲間である三人のうち、嫌な笑みを浮かべていた男とそっぽを向いていた男は一転して険しい表情で少年を見ていた。
ただ一人、冷めた表情をした長身の男は、少年を見て目を細めただけだ。
「そんな隅っこで〝ひよっこ〟とじゃれ合って……暇人なんだなぁ。お前ら」
少年は平然と大男たちを見渡し、挑発した。
「何で、てめぇがココにいる」
イスに座ったまま、大男は低い声で言った。
「別に《退治屋》なら何処にいてもいいだろ。それこそ、お前たちには関係ねぇ話だ」
「なら、俺たちが誰と話していようが、てめぇには関係ないだろ」
「それが、俺はあるんだよなぁ」
つと、少年はティトンに視線を向けて来た。
「えっ―――俺っ?」
思わず、自分の顔を指すと「あぁ」とあっさりと頷かれた。
大男たちは、それぞれに眉を寄せた。
「―――ってなわけで、さっさと話を終わって欲しいんだよなぁ。もし、暇潰しだけだったんなら俺が遊んでやるぜ? 〝ひよっこ〟よりも戦りがいがあるだろ?」
「………」
ニヤニヤと笑う少年に大男は無言だ。
(えっと……ど、どう言うことだ……?)
ティトンは睨み合う二人の間で、視線を泳がせた。
少年はティトンに会いに来たと言っていたが、その理由が分からなかった。
ただ、見かねて助けてくれただけなのかもしれないが。
(けど、普段はここに来ないみたいだし……見かけたことも……)
少年と会った――見かけた記憶が全くない。
混乱し、目を泳がせていると、
「―――お前と遊ぶほど、暇ではない」
大男の仲間のうち、ずっと冷めた表情を浮かべている長身の男が沈黙を破った。
その場にいた全員の視線が男に集まる。
「行くぞ」
長身の男は特に気にした様子もなく、くいっ、とアゴを動かしてホールの方を指した。
大男は舌打ちし、ぽいっ、とティトンに向かって端末を投げて立ち上がった。
「わっ、と―――」
慌てて両手を出し、投げられた端末を受け止めた。
大男は振り返ることなく、待合場を横切ってホールに向かう。
その後を仲間たちが追いかけていき、
「…………」
最後に残ったのは、大男に命令した長身の男だった。
少年とティトンを交互に見るが、何も言わずに踵を返すと先に歩く大男たちを追った。
(ホントに、行っちゃった……)
ティトンは呆然とその背を見送り、見えなくなった――ドアが並ぶ場所に消えた――ところで、少年に振り返った。
「あーあ。面白くねぇなぁ」
少年はがっくりと肩を落とし、とても残念そうに呟いた。
その言葉に目を瞬いていると、
「ホントだね! せっかく、デザート奢ってもらえるかと思ったのに」
少年の声に答えるように、明るい――さらに幼い子どものような声が聞こえた。
(っ? ど、何処から……?)
きょろきょろと辺りを見渡すが、子どもの姿はない。
「こっちこっち!」
声の主はティトンの様子が見えるのだろう。呼ばれた方へと視線を向けると、ひょこっと少年の頭の後ろから、小さな頭が出て来た。
「ぅわっ!」
驚いて身を引くと、「良い反応ー」と声を上げて笑った。
よいしょっと少年の頭の上に座ったのは、三頭身の小人だった。
黒紫色の髪と目を持ち、不思議な紋様が書かれた服を着ている。
(手の平サイズの小人……)
ぽかん、と口を開けて小人を見ていたティトンだったが、じぃーと小人に見つめられていることに気付いて我に返った。
「えっと……せ、精霊さん、ですか?」
「そだよー」
問いかけると、にこっと小人――精霊は笑った。
(本当にいるのか、精霊って……黒紫色……闇精霊か?)
母親やオットーたちから話には聞いていたが、つい、マジマジと見つめてしまう。
「あれ? 精霊って初めて見る?」
「あ、はい。初めて、です……」
こくこくと頷くティトンに「ふーん?」と呟いて小首を傾げた。
「えっと……ありがとうございます。助けてくれて」
何となく敬語になりながら――恐らく、見た目以上の年齢だと思い――ティトンは頭を下げた。
いいよ、と言いたげに少年は片手を左右に振り、真っ直ぐにティトンに目を向けて来た。
少年と精霊を交互に見つめ、
「それで……私に、何か用が?」
「ちょっと、時間いいか?」
「えっ? あ、はい」
少年から言われたのはさっきの先輩たちと同じ言葉だったが、嫌な感じはしなかったのでティトンは頷いた。
よっと、と少年は今まで大男が座っていたイスに腰を下ろし、精霊はカウンターの上に降りてその場に座った。
「チョコパフェ、一つ」
「僕はイチゴパフェ!」
近づいて来た店員に、それぞれ注文する二人。
(パフェ……食べられるのか?)
パフェの量を思い浮かべて精霊を見ていたティトンに、二人と店員の視線が集まる。
「お前も何か頼めよ。この前の失言の詫びに奢るから」
「奢りって……いや、そんなことはっ」
唐突な少年の申し出に慌て、首を左右に振って遠慮したが、
「大丈夫だよ。頼んだデザート、ちょっと食べたいだけだから」
甘党なんだよ、とにこにこと笑いながら精霊が言った。
「一口ぐらい良いだろー」
ちぇっと口を尖らせる少年は、見た目相応に思えた。
「………じゃあ、フルーツケーキで」
ティトンはその様子に小さく笑い、少し気になっていたメニューを頼んだ。
「かしこまりました」と一礼して立ち去る店員を見送っていたが、
「ん?……この前の、失言?」
ふと、少年が言った言葉に引っかりを覚え、小首を傾げる。
(初対面、だよな……?)
どういうことだ、と訝しげな視線を少年に向けると、
「―――」
目が合うと、にっ、と少年は口の端を上げて笑った。
その赤い目の奥で、オレンジ色の炎が揺らめいたような気がした。